イフの勇者令嬢ー勇者になるかもしれない私と元勇者の女装メイドー 作:カオス箱
ジゼルは兎に角無我夢中で走った。
がむしゃらに逃げた先の路地裏で、ジゼルは背中を壁にあずけていた。
震えながら、逃げている最中ずっと握りしめていた手を開く。
そこには、剣の刃先らしきものが生えていた。
刺さっているのではなく、生えている。
「おさ、まれ――」
ジゼルは震えながら、手のひらの刃先を押さえ込むかの様に強く握りしめる。
血が滲むのも厭わずに握りしめること数分。ジゼルが再び手を開くと、すでに刃先は無くなっていた。残っていたのは血の跡だけだった。
それを見届けたジゼルは、気が抜けたかの様にその場にへたり込む。
「また、やってしまった…………」
こうなったのは数ヶ月前。
ある日突然、剣の様なものが手から出せる様になってしまった。
こんな奇怪な力を突然与えられて十全に使いこなす事なんて当然出来るわけもなく、先程のように暴発しては人やモノを傷つけてしまう事がちょくちょくあった。
このことは誰にも言っておらず、剣が出てしまうたびに無理矢理引っ込めているのだが、このやり方もいつまで持つか。近い将来、傷害罪とか殺人罪とかで捕ま。りかねない。
やだよ前科持ちとか。こちとらうら若き少女だぞ。
『
「広告で身内の顔見せられんの、ほんと勘弁して欲しいわ……」
街頭モニターから流れるコマーシャルが目に入り、ジゼルはげんなりとする。
ジゼルの実家たるレインズライン家が経営する、ラトレイユでも指折りの複合企業。
古来よりラトレイユに存在する魔術と、異世界よりもたらされた科学技術を融合した科学魔導。その分野においては他の追随を許さず、誰もがその恩恵にあずかっている。それほどの有名企業。
その経営者こそジゼルの実兄にしてレインズライン家の現当主・ローゼン。今街頭モニターのコマーシャルに映っている、青い長髪の目立つ青年だ。
「それにしても、なんなのアイツ…………メイドの癖に馴れ馴れしすぎない?」
街頭モニターから目を逸らしたジゼルはは、先程自身を捕まえようとしたメイド――
なんだあの不遜極まりない態度? 新人教育がまるでなっていないではないか。
ジゼル相手じゃなかったらクビになっててもおかしく無いだろう。
(でも、顔に傷つけちゃったのは謝らなきゃな……あそこだけは完全に私が悪いし)
が、ジゼルは基本的に小市民寄りな人間だ。
生まれ持った家柄を振るうのを好まず、悪いことをしたら人並みに罪悪感を抱いてはちょっと自己嫌悪してしまう、どこにでもいるような内向的な女の子。それがジゼルなのだ。
呼吸を整え、そろりそろりと路地裏から顔を出してみる。
無我夢中で走ったせいで、なんだかよくわかんない所に迷い込んでしまったようだ。
辺りには薄汚れた雑居ビルが立ち並び、ガラの悪そうな連中がちらほら見受けられる。ここを抜け出すのには苦労しそうだ。
我ながら考えなしになんてことをしてしまったのだろうと、ジゼルは数分前の自分の行動を責める。
――と、そこに。
「よう、探したぜ」
「おぴゃあああああああああっ⁉︎」
撒いたはずのミクリが、何食わぬ顔で背後からジゼルに声をかけてきやがった。
驚きのあまり、ジゼルは腰を抜かしながら路地から飛び出してしまう。
「こんな治安の悪そうなとこまで逃げやがって……お前に何かあったら俺のクビが飛ぶんだからな」
「あ、あなた……………………」
「んー、ひょっとして、さっき俺を傷付けたことを気にしてるのか? いいよいいよ、これくらい大した傷じゃねーし」
ミクリは頬の傷から垂れた血を指で拭うと、腰を抜かしているジゼルに手を差し伸べる。
「さ、帰ろう」
「…………………………」
「あれ、俺めちゃくちゃ警戒されてる? まいったな、これでも昔よりは人相マシになってる方なんだけど」
「当たり前でしょ……」
ジゼルは戸惑いと警戒心を拭えないまま、ミクリの手を取り立ち上がる。
今更名乗ったところで警戒度合いは変わらないと思うのだが、コイツに言うだけ無駄な気がして来たのであえて何も言わないことにしよう。うん、その方がいい。
ミクリはジゼルと握手を交わした後、辺りをぐるりと見渡す。
二人が今いる場所は、王都・ハレーの外れに位置するスラム街。都市の再開発により放置された廃墟群にワケアリの連中が住み着いてできた、治安の概念が欠如した無法地帯だ。
こんな場所に綺麗な格好をしたお嬢様とメイドがいれば、色々と飢えた悪人どもの餌食になるのは想像に難くない。さっさとここを立ち去るに限る。
「とりあえず、ここは危ないし離れよう。長居してたら変態とかクズとか寄って来そうだ」
「……わかったよ」
「なんだその不満そうな返事。はあ、お前が逃げなきゃこんなとこに入り込む必要なかったんだがねえ」
「そもそもあなたがいきなり掴んで――」
その時。
「見つけましたぞ、巫女殿。村の皆が心配しておりまする、さあ、我々と一緒に帰りましょう」
「ひっ……⁉︎」
にゅるりと。
二人の間に割り込むようにして、法衣の男が姿を現した。それも複数人。
どいつもこいつも、目からビームが出せるんじゃ無いかと思えるほどに、異様にギラついた眼差しをジゼルに浴びせてきている。
明らかにマトモな雰囲気じゃない。クスリと邪教やってますと言わんばかりのキマリ具合だ。
「知り合いか?」
ミクリの問いかけに、首をぶんぶんと横に振るジゼル。
知らない。てかこんな不審者と知り合いであってたまるか。
「だ、そうだ。人探しなら他を当たれよ」
「ははははははははッ‼︎‼︎ 御冗談はよして頂きたい。どこをどう観ても貴女は我々が探し求めていた巫女殿本人ッ‼︎ さあ村に帰りましょう、皆が貴女の導きを所望しておられるのですぞ‼︎」
「あのすいません何言ってるかわかんないです巫女ってなんですか村ってどこですかアナタタチハダレデスk」
「往生際が悪いッ‼︎」
うわ言のように男の言葉の一切合切を否定するジゼルの声を遮るように、法衣の男が怒鳴り声をあげる。
すると、男の指先から火球が飛び出し、ジゼルの目の前の地面に焦げ跡をつけた。
魔術。
このラトレイユにおける、一般に普及した異能体系。
使い様によっては人を容易く殺せてしまうそれを、目の前の男は躊躇なく放った。
つまり、彼らは話が通じる相手では無いということ。
それを理解してしまったジゼルは、たまらずにその場から這うように逃げ出した。
「う……うわああああああああああああああああああああああああああっ‼︎‼︎」
「逃げるんじゃないっ、貴様が逃げたせいで村がめちゃくちゃになっているのだ! 責任を取ってもらうぞ!」
「だから違うって言ってるでしょうが――いっ‼︎⁉︎」
ジゼルは必死になって逃げようとするが、何かに足を取られて転倒する。
いつの間にか、ジゼルの足に蔦の様なものが巻き付いていた。
見ると、法衣の男の仲間の一人が、自らの手に紫色の魔力を込めている。どうやらこの蔦の発生源は、彼の魔術らしい。
「そこのお前も逃がさんぞ、我々から巫女殿を奪った不届き者め。天罰を下してやる」
「ここまで話の通じない奴と相まみえたのは久しぶりだな」
男達は手に持った杖の先端をミクリに突きつけながら、彼女を取り囲む。
そして、杖の先から火球やら氷柱やらを一斉に放ってきた。
「っ、来る――!」
あんなのをくらったら最低でも病院送りは免れない。
咄嗟に顔を庇うジゼル。
しかし。
直撃するはずだった火球は、ジゼルに到達する寸前で何かに阻まれ霧散した。
「……………………え?」
「なんだ、今何を……?」
「あのなぁ、俺のご主人様に手ェ出してんじゃねえよ」
ジゼルが顔を庇っていた腕を下ろすと、そこにはミクリの腕があった。
もしかしてミクリがかばってくれたのか? と思ったが、彼女は無傷だ。火球から身を挺して庇ったなら、どこかしらに焼け跡がなければおかしい。
よく見ると、ミクリの腕は黒いオーラのようなモノに覆われていた。
あまりにも薄くてぱっと見ではわからなかった。恐らく、法衣の男も今になってそれに気付いたのだろう。顔を歪ませている。
ミクリが無傷なのはこのオーラが理由なのだろうか。
(術式が掻き消えた……まさかコイツの魔術か⁉︎ いや違う、奴が魔力を回した痕跡は皆無。なら何故――)
「その顔……大方、“なんで術式が打ち消されたんだ?”って疑問に思ってるんだろ。ひとつ言っておくと、別にテメェのふざけた幻想をぶち殺したわけじゃあないのよね。単に破壊しただけだよ、テメェらのしょーもない術式をな」
「破壊……?」
「千年前――お前らラトレイユの民が俺達の世界から持ち込んだのは、ヒトやモノ、技術や文化だけじゃかったのさ。
ミクリはそう語りながら、オーラに包まれた腕を振るう。
すると、腕全体を薄く覆っていたオーラがミクリの手に収束してゆき、禍々しい光を放ち始める。
「なんだ、その力は……⁉︎」
異様な光景に驚く法衣の男に、ミクリが答える。
「ロスト能力。俺のいた世界ではそう呼ばれていた」
◇ ◇ ◇
「こちとら勤務初日だしな、出血大サービスだ。テメェら一人残らず蹂躙してやるから覚悟しろ」
それが合図だった。
男達が再び火球を放とうとするが、それよりも早くミクリは動き出しており、瞬く間に男達の懐へと潜り込んでいた。
男達がそれに反応できた時には既に手遅れであり、オーラを纏った掌底により彼らの杖は瞬時に破壊されていた。
「なっ、魔導合金製だぞ⁉︎ 人間の腕力で破壊できるはずが――」
「黙れ」
杖を破壊され狼狽える男達に、ミクリの容赦無い回し蹴りが炸裂する。
近くの雑居ビルの窓ガラスに頭から突っ込んだ男達は、そのままのびてしまう。
「まずは二人。さ、次はどいつだ?」
「ひ、ひいいいっ‼︎」
恐怖に駆られた別の男が、杖をミクリに向け魔術攻撃を仕掛けようとする。
ミクリはそれに対して、足元に落ちていた小石を拾って投げることで、男の杖を弾き落として妨害する。
そして、丸腰になった男の胸倉を掴んでビルの壁面に思いきり叩きつけてしまった。
さらに続いて、別の方向から火球が飛んでくる。
だがミクリは、オーラを纏った手で火球に触れるだけで、跡形もなくそれを消し去ってしまう。
「ほらよ」
ミクリが地面を軽く小突く。
すると、男達の足元に向かって地面に亀裂が走っていき、直後に男達の足元の地面が崩落し、彼らを数メートル下へと引きずり落とした。
集団の半数以上をあっさりと無力化したミクリは、手袋についた土埃を払いながらにやりと笑う。
すでに男達の戦意は削がれている。この場は完全にミクリの独壇場だった。
ミクリはそのまま、ジゼルの足を拘束していた蔦をも触れるだけで破壊し、ジゼルの手を取って立ち上がらせる。
「これが俺のロスト能力“
「すごい……」
「ロスト能力――魔力に依らない未知の異能。なるほど、実に不思議な力だ。ですが、圧倒的な数の力の前ではそんなものは無意味です」
しかし、部下をやられていながらも法衣の男は冷静さを保っていた。
法衣の男が左腕をあげると、彼の部下達は杖の先端にドス黒い魔力の塊を生成しはじめた。
魔力弾。
魔力をそのままぶつける魔術の基本技のひとつ。だがそれ故に、火球や氷柱といった他媒体に魔力を変換するときのエネルギーロスが発生しづらく、魔力を消費した分だけ威力が上昇する。
そして、魔力弾は込められた魔力の密度によって威力と色が変わる。黒色となれば、下手な対物ライフル並みの威力はあるだろう。そんなものを人体がくらえば木っ端微塵になるのは間違いない。
「やばいって! この数は流石に全部捌けないんじゃ……」
ジゼルはミクリの手を引っ張ってその場から逃げ出そうとする。
それでも、ミクリの顔から笑みは消えない。
「知ってるか? はるか昔、この
「…………? 何を言い出すかと思えば。貴様の話に付き合う義理はない。死ね」
「なっ――」
法衣の男が合図を送ると、背後に居た男達が一斉に杖の先端から漆黒の魔力弾を発射した。
マシンガンを思わせる速度でぶっ放されたそれらは、人体など簡単に粉砕してしまえる。それを四方八方からくらったミクリなんて、骨さえも残らない。
――男達はそう考えていた。
魔力弾に寄って生じた黒煙が、次第に晴れてゆく。
しかし。
そこにあったのは、男達もジゼルも、この場にいた誰もが予想だにしない光景だった。
「話の途中だろうが。人の話くらい最後まで聞けねぇのか? お里が知れるってもんだぜ」
煙の中から現れたのは、五体満足のミクリだった。
ありえない。
対物ライフル並みの威力の攻撃を何発もくらって生きていられるわけがない。
否。
魔力弾はミクリに命中していなかった。そして、先ほどの火球のように破壊もされていない。
全て空中で静止している。
まるで、
「破壊……ではない、別の能力……⁉ で、では、これが奴の術式……」
「――勇者権紋、起動」
ミクリはそう言い放つと、左手の手袋を外す。
顕わとなったミクリの左手。
その甲には、光り輝く紋章が浮かび上がっていた。
その輝きに呼応するように、ミクリの周囲に光の粒子が集まってゆき、ある形へと収束されてゆく。
それは剣だった。
神聖さを通り越して不気味さすら感じてしまうほどに白い輝きを放つ、一振りの剣。その刀身の根元には、ミクリの手にあるモノと同じ紋章が刻まれている。
剣を構えたミクリは、目を閉じて詠唱を始める。
「
詠唱が続くにつれて、刀身に光が蓄積されてゆく。
「その剣――もしかして」
それは、かつてこの世界を厄災から救った勇者の剣。
時を超え、未来と過去を定める運命の刃。あらゆる災厄を祓い、悠久の時を経て今尚世界を守護する聖なる力。
その煌めきは、ラトレイユに生きる全ての命が知っている。
――聖剣クロノス。
それを扱える存在は、この世界にただ一人。
「退けよ
聖剣の勇者。
この日、伝説でしか知らなかったはずの存在が、ジゼルの前に現れた。
用語
◯レインズライン・カンパニー
通称LLC。
ジゼルの実家たるレインズライン家が経営する巨大企業。
現在の社長はジゼルの兄。
◯魔術
ラトレイユに古来から存在する異能体系。
素養のある者ならばちゃんと学べば誰でも習得できる。
人に向けて撃つのはダメです!