イフの勇者令嬢ー勇者になるかもしれない私と元勇者の女装メイドー 作:カオス箱
トリスメギストス高等学園。
アズール王国首都・ハレーの中心街に位置する、上流階級の少年少女が集うお金持ち学校。
凄い綺麗で豪華なキャンパスに、他所では絶対にないであろう最新鋭の設備。学問もスポーツも超一流で、数多の秀才天才を世に輩出した実績をもつ、絵に描いたようなパーフェクト名門校。
それがジゼルの通学先であった。
かくいうジゼルはというと、心ここにあらずといった感じに欠伸をしながら窓の外を眺めていた。
(結局一睡もできなかった…………)
昨日、ミクリから聞かされた衝撃の事実。
ミクリは伝説に聞く聖剣クロノスの所有者で、ジゼルにはロスト能力とかいう変な力が目覚めていて、おまけにその能力に基づくと、自分は聖剣の勇者らしくて。
もう何がなんだかわけがわからなかった。
しかし、悩める少女のことなどお構いなしに日常はまわる。
世界は待ってはくれない。
――否応なしに、運命を連れてくる。
「えー、今日は転校生を紹介しまーす。しかも二人」
無精髭を生やした男性教師がそう言った瞬間、教室が一気にどよめいた。
新年度が始まってまだ半月も経っていないというのに転校生が来るとは珍しい。
「まじかよ、一気に二人も……?」
「転校生……女の子だったらいいなぁ」
「馬鹿、お前許嫁いるだろーが」
「私はイケメンに一票!」
「ぼくはどっちでもいいけど……変なヤツじゃなきゃいいよ」
突然降って湧いた転校生の存在に、生徒たちは期待不安憶測願望の嵐を飛ばし合う。
(転校生、か。私には関係ないかな。どーせ関わる事ないだろうし)
ぼっちを極めた陰キャお嬢様からすれば、クラスメイトの増減なぞイベントのいの字にすらならない。どうせ関わる事のない存在に、わざわざ意識のリソースを割く意味がない。
無関心を決め込むことにしたジゼルは、ぼーっと天井のあたりを眺めながら、教室内の喧騒をシャットアウトしようとする。
「ほら、入って入って」
しかし。
その次に教室に入ってきたその人物の姿が目に入った瞬間、ジゼルはギョッとした。
「霧江御久理だ、ヨロシクなお前ら」
なんてことでしょうか。
転校してきたのは、
お高そうな(実際めちゃくちゃ高い)女子制服に身を包んだアラサー女装男子は、まるで少年マンガの主人公のように不敵な笑みを浮かべながら黒板の前に立っている。
あまりの光景に唖然とし、口をパクパクさせることしか出来ないジゼルを他所に、つつがなく進行してゆくホームルーム。
「えー、ミクリ君はこう見えてオトコノコだからね。間違えないよう――」
「ちょっと待たんかあああああああああああああああいッ‼︎‼︎‼︎」
それでもなんとか声を取り戻し、男性教師の声を遮ってジゼルは立ち上がった。
「なんっ、なんななななななんでッ⁉︎ なんであんたがうちの学校に来てるのよ⁉︎」
「愚問だな。その方がボディーガードとしては都合がいいだろ」
「理屈はわかるけどソレ以外の箇所が破綻しまくってるんだよッ‼︎ アラサー男性がJKやるとか何処の漫画の世界だってのッ、正直キツイんだけど‼︎」
「似合ってんだからいいだろ。つーかJKが女の子だけの特権だっつー考えが古いのよ。世の中多様性だよ、覚えておきなさい」
「言い訳になってないし後半何言ってるのかわかんねぇしっ‼︎」
――と、ひとしきりツッコミ終わったジゼルは、そこでようやくクラスメイトの視線を独占してしまっていることに気付く。
普段空気だったヤツが声を荒げてるんだから、そりゃ奇異の目を向けられるに決まってる。
「……………………………………ゴメンナサイナンデモナイデス」
我に返ってしまったジゼルは、たちまち意気消沈したように黙り込んでしまう。
「あー、うん。色々言いたいことはあるだろうけど、ホームルームの邪魔はやめてね」
「は、はい………………」
先生にまで注意されてしまったジゼルは、気恥ずかしさから机に突っ伏して小さくなる。
誰か穴でも掘って埋めてくれないかな。
ところで。
ミクリのインパクトのせいで忘れていたが、転入生はもう一人いるのだ。
「………………あのー、そろそろボクの自己紹介やってもいい?」
「あ、ごめん。いいよ、やっちゃって」
ミクリの隣に立っていた転入生の少女が、恐る恐る教師に尋ねる。
「はじめまして、セレニア・ファムロックです。仲良くしてくれたら嬉しいな」
真新しい制服に身を包んだ、薄桃色の髪の少女。
遠目でも綺麗だと感じるほどの肌の白さと制服越しでも分かる線の細さを持つその姿は、実は私花の妖精なんですよー、と言われても納得できてしまいそうで。
どこか浮世離れしている。
その表現が似合う、不思議な雰囲気の少女だった。
「えっと……まあ、その辺座って」
「適当だなぁ……」
自己紹介を終えたミクリとセレニアは、空いてる席へと向かう。
――ジゼルは気付いていなかった。
自分の席へと向かうセレニアが、すれ違いざまにジゼルの方に一瞬だけ視線をむけたのを。
そして。
その時、ジゼルの左手の勇者権紋が淡く発光してるのを。
◇ ◇ ◇
「ミクリちゃんってホントに男の子なの? 全然そう見えないんだけど~」
「そーだぜ」
「じゃあそのおっぱいも偽物…………? いや構わんッ、偽物だろうと俺は揉むね!!!!」
「おっぱいはいいぞ。でかいのがぶら下がってるのを見るだけで自信が湧いてくる」
「マジか、じゃあ明日から俺もつけてくる」
「お前にゃ似合わねーよ筋肉ダルマ!」
衝撃の転校生紹介から数時間経ち、昼休憩。
ミクリは早速人気者となっていた。
そりゃまあ、見た目は完全に美少女なわけだし、男子人気が出ないはずがないのだが、だからといって皆簡単に受け入れ過ぎだろう。
――目ぇ覚ませよ、お前らの目の前にいるのは女装したアラサー男なんだっての!
そう叫びたいジゼルだったが、浮かれ切ったクラスメイトどもにその言葉が通じるビジョンが思い浮かばないし、仮に言ったとしても”ノリの悪いバカ”の称号を得るだけ。
浮かれ馬鹿しかいない教室に嫌気の刺したジゼルは、そそくさと教室を後にする。
そして、購買で余りモノのパンを買って、人気のない校舎裏の木陰で貪るのだった。
普段なら学食(超お高いメニューしかない)で優雅に孤独な一人飯と洒落込むのだが、今日のジゼルはそんな気分にはなれなかった。
「ったく、この間まで誰も私に興味なんかなかったくせに……これじゃあ私がアイツのオマケみたいじゃない」
いいとこ育ちのお嬢様とは思えない昼食を摂り終えたジゼルは、不貞腐れたまま芝生の上に寝転がって空を眺めることにした。ただいまの季節は春。暑すぎず寒すぎずなこの時期だからこそできる行為だ。
そのまま眠りに落ちてしまいそうな陽気の中、ジゼルは気を紛らせようと考え事を始める。
(ロスト能力――聖剣の勇者)
何気なく空にかざした手。
その甲には、ついこの間まではなかった勇者権紋。
今は目を凝らさなければ見えないほどの薄さだが、この状態でも微かな熱を権紋から感じる。
(ミクリの言葉通りだとしたら、私が勇者だった可能性があるってことだよね……?)
ミクリは言っていた。
ロスト能力は“あり得たかもしれない可能性の発露である”と。
(前から見ていたあの夢――あれってもしかして、“私が勇者だった時の記憶”だったりするのかな?)
幼い頃から見てきた、勇者の夢。
幾多の出会いと別れ、喪失と悲劇と苦痛で彩られたあの旅路。
あれが自分の”もしも”。
あり得たかもしれない
――あれが?
何も救えず、孤独と絶望に塗れながら死んでいったアレが、勇者の旅路だと?
あれが自分のイフだというならば、悍ましいにも程がある。
考えただけで怖くてたまらない。
今こうして平和な世界で生きていることすら恐ろしく感じてしまう。些細なきっかけで、あの“
春の陽気にさらされているにもかかわらず、身体の芯から冷えてゆくような感覚がしてくる。
それを振り払うように、ジゼルは別のことを考え始める。
(そういえば……セレニアだっけ。あの子はどこに居るんだろう?)
ミクリと一緒に転入してきた少女、セレニア。
教室にはいなかったが、多分彼女もミクリのように他所で皆に囲まれているのかもしれない。ジゼルと違って人当たり良さそうだし。
(って何考えてるんだろう私……)
その時だった。
「あら、今日も一人でお昼ですの? 相変わらず寂しいお方」
「…………………………げぇっ」
「何その嫌そうな顔。貴女如きがわたくしにそんな態度を取っていいとでも、ねえ?」
聞きたくもない声を聞いてしまったジゼルは、頭を抱えながら立ち上がる。
いつの間にか、ジゼルの側には黒髪を長く伸ばした少女がいた。
レヴィ・ヴィダール。
由緒正しき公爵家の令嬢で、ジゼルの同級生。
ハッキリ言って、ジゼルはレヴィの事が嫌いだった。
見た目は清楚系。しかしその実、家柄を鼻にかけた典型的なイヤミ系お嬢様。
気に入らない奴には取り巻きを使ったり親の権力を振り翳したりしながら、ネチネチ陰湿な嫌がらせをした上でトコトン追い詰める。
そんな彼女にジゼルは入学当初から目を付けられていて、ことある事に彼女に突っかかられてはこうしてネチネチと嫌味を言われたり貶されたりしている。
レヴィは学園に顔が利くせいで教師に相談しても暖簾に腕押しだし、そもそもジゼルにはまともな友達がいないので相談相手すらいないし、かと言って激務続きの兄に話すのも
結果として耐えるだけの生活を送ることにしているのだが、こんな関係がもう一年も続いているのだから、ジゼルは学園生活が嫌で仕方がなかった。
「聞きましたわよ、また魔導実技で再試験になったんですって? あの“閃雷の青薔薇”の妹とは思えない愚鈍っぷり…………生きてて恥ずかしいと思いませんの?」
「…………兄様のことは関係ないでしょ」
「大アリでしてよ。常日頃から申しておりますが、わたくし、貴方のような落ちこぼれと同じ空気を吸うのが大変苦痛なのです。ですので貴方にはとっとと退学してもらいたいのですが」
「私だって、好きで落ちこぼれになったワケじゃないし」
考え事の邪魔をされたジゼルは、さっさとレヴィを追い払おうと、やや投げやりに返事する。
が、それがレヴィは不愉快だったらしい。
「あらあら、今日は随分と反抗的ですの、ね。いいのかしら、わたくしにそんな態度を取って」
「…………………………」
どん、とレヴィに突き飛ばされ、ジゼルはその場に尻餅をつく。
「わたくしに逆らうとどうなるか、知らないわけじゃないでしょう?」
ジゼルは何も言わない。今のレヴィに何を言っても通じないからだ。
こうなったら、いつものように彼女の気の済むまでサンドバッグにでもなってやろうじゃないか。そうすれば、全ては丸く収まる。
が。
「何やってるのかな、君は」
「⁉︎」
そこに割って入る存在があった。
ばっと振り返ったレヴィの視界に入って来たのは、薄桃色の髪と桃色の瞳。
皺の少ない真新しい制服に身を包んだ少女――セレニアが、レヴィの肩を掴んでいた。
「仲睦まじい学友同士――には到底見えないね。何やってるの?」
「――まさかとは思いますけど、わたくしに話しかけてらっしゃる?」
「なんだ、聞こえてるじゃん。てっきり耳がお飾りなタイプの人かと思ったよ」
「ッ、わたくしを侮蔑してるのですか⁉︎ このウィダール公爵家の跡取りであるわたくしを!」
(あの子……可愛い顔してめちゃくちゃズケズケ言うじゃん⁉︎)
レヴィに臆すことなく容赦ない口撃をかますセレニアの無鉄砲っぷりに、側から聴いているだけで身震いしてしまうジゼル。
場の空気は、完全にセレニアとレヴィに支配されていた。
一触即発と呼ぶのも生温いほどに殺気だった空気に、ジゼルは耐えるだけで精一杯だ。
両者今にも火花が飛びそう――となったその時、チャイムが鳴る。
昼休みが終わったのだ。
「くっ、もうこんな時間………………貴女の顔、覚えましたからっ‼︎ すぐに学園にいられなくしてあげますからねっ‼︎」
捨て台詞を吐きながら、レヴィはその場から立ち去ってしまう。
途端に、緊迫した空気が一気に薄れ、ジゼルは糸が切れた様にその場に倒れ込んだ。
「なんだったんだ……今の空気」
「やれるもんならやってみろってんだ、バーカ」
緊迫感を作り出した元凶たる少女は、去り行くレヴィの背中にそう吐き捨てると、ジゼルに手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「…………ありがとう」
「ならよかった。じゃあボクは先に戻るね」
レヴィの独壇場だったこの場をあっさりと切り崩してしまった少女は、ジゼルを立たせると何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
その背中に、ジゼルは思わず声をかけた。
純粋な、心配から。
「ね、ねえ」
「? どうかしたの?」
「あなた、レヴィに喧嘩売っちゃってたけど本当に大丈夫なの? あいつに目つけられたら何されるか…………。結構根に持つタイプだし、碌なことにならないよ」
「別に構わないよ。あんなやつ、どうせ口先だけだろうし」
事の深刻さをイマイチ理解してない様子の少女に、ジゼルは呆れてしまう。
レヴィは教師からも気に入られている。彼女がちょっとあることないこと吹き込むだけで、気に入らない相手の居場所を消し去ることも造作ないくらいに。
「心配してくれるのはありがたいと思ってる。気持ちだけ受け取っておくよ、ジゼル。それじゃ」
「まっ――」
ジゼルの呼び止める声を無視して、セレニアはどこかに行ってしまう。
後に残されたのはジゼルだけ。
そして。
朝と同じように、ジゼルの手の勇者権紋は淡く光を放っていた。
――これが、ひとつ目の出逢い。
例えどれだけ足掻いても、定められた
既に、勇者の戦いは始まっている。
本人の意思とは裏腹に、運命は動き出す。
〇アズール王国
ジゼル達の住む国。
科学魔導技術の発展した経済大国。
〇トリスメギストス高等学園
ジゼル達の通う学園。
お金持ちの子息ばっかりが集う名門校。