イフの勇者令嬢ー勇者になるかもしれない私と元勇者の女装メイドー 作:カオス箱
作家とはそういう生き物なので…………
■前回のあらすじ
・ミクリがジゼルのクラスに転入
・公爵令嬢レヴィに絡まれるジゼル
・もうひとりの転入生・セレニアとの邂逅
放課後。
ジゼルは足早に教室を抜け、実習棟へと向かっていた。
――その後ろを、勝手に着いてくる
「………………ミクリ、なんで着いてくるの」
「いやほら、俺ってばお前の専属メイドなワケですし? ご主人を一人にするわけにはいかないのよねー」
「私今日の昼休みひとりぼっちでしたが?」
「………………………………で、お前は何処に向かってるんだ? 部活動とかは入ってなかった筈だが」
「その話題の変え方は無茶がすぎるだろ」
今明らかに不自然な沈黙があったぞ。痛いところ突かれたが為に黙っただろコイツ。
「で、どこ向かってんだ?」
「同じセリフ繰り返すのやめてくれない? ゲームのNPCじゃ無いんだから……」
とはいえ、このまま無視したところで同じ質問がエンドレスにやってくるだけだし、かといってミクリを引き離すというのは不可能に近い。
早々に観念して、ジゼルはミクリの質問に答えてやることにした。
「リチャード先生のトコ。昨日は約束すっぽかされたから、今日こそは、ね」
「ふーん、先生との約束かぁ………………ほーん…………健気なことで。甘酸っぱいね」
「何その反応、茶化さないでよ。てかさ、ミクリのいた世界がどんなだったかは知らないけど、ミクリだって青春時代ってのがあったんじゃないの」
「あいにく俺の青春は喧嘩ばっかでね。甘酸っぱさとは無縁のビターで血生臭いな日々だったのーね」
「それがどうしてそうなるんだか……」
…………なんだか、ミクリの言動の節々から感じる野蛮さの原因を垣間見た気がする。
しかし、どういう成長の仕方をすればアウトロー勇者から女装メイドに進化するのかだけはまだ理解できない。
いや、考えるだけ無駄だろう。
明らかにいらんこと考えてるミクリにげんなりとしながらも、ジゼルが辿り着いたのは旧図書室だった。
数年前に学園の図書館が新設されたことで、古くからある図書室の方はほとんど人が寄り付かなくなっていた。いまでは処分予定の古書などが所狭しと詰め込まれた、本の虫にとっての宝物殿と化している。
そんな旧図書室の古びた扉を、ジゼルは数度ノックする。
「せーんせーい、遊びに来ましたよー」
「開いてるからどうぞー」
扉越しに帰ってきた返事を聞き終えると同時に、ジゼルは扉を開ける。
大きく軋みながら開かれた扉。その向こうには、ソファーに腰掛けて本を読んでいる、眼鏡をかけた理知的な雰囲気の青年の姿。歳は二十代半ばくらいだろうか。
「来たよ、先生」
「ああ、よく来たねジゼル」
「先生ひっどい! 昨日の約束すっぽかすとかさぁっ」
「ごめんごめん、急用があってさぁ……」
先生と呼ばれたその青年に、まるで親を見つけた子供のような勢いでジゼルは抱き付く。
青年はジゼルの頭を撫でながら、ミクリに微笑みかけてくる。
「君が転入生の……確かミクリ君だったか。はじめまして、リチャード・コルトリウスだ。この学園で歴史教師をしている」
「へえ、どーも」
「どうぞ、ソファーにでも掛けて」
リチャードに言われるがまま、ソファーに腰を下ろす二人。
二人が座ると同時に、ソファーから埃が舞い上がる。
「……ちょっと埃臭くない? 先生、ちゃんと部屋の掃除と換気はしなきゃダメだって何度も言ってるよね?」
「あははは、ごめんごめん。ここ最近忙しくてさ」
「…………なんつーか、教師と生徒という間柄にしては、随分と仲良さげに見えるが……まさかお前ら、そういうインモラルな関係……?」
「んなわけ無いでしょ馬鹿、なんでもかんでも恋愛にこじつけるなっての。リチャード先生には小さい頃、私の家庭教師をしてもらってたんだ」
「うん。あの時はまだ大学生だったから、バイトでね。教え甲斐のある子だったよ。まさかこの学園で再開するとは思ってなかったんだけどさ」
ジゼルのあれほどの笑顔を見たのは、ミクリは初めてだった。
この数分間の二人のやり取りを見ただけで分かる。リチャードは、ジゼルが心を開いている数少ない人物なのだと。
ジゼルにもちゃんと心を開ける人間がいた事に、ミクリは僅かながら安堵する。
……が、どうやらその眼差しがジゼルは嫌だったようで、
「…………何その目」
「いや、お前もひとりじゃなかったんだなーって」
「父親みたいな事言わないでよ、なんかキモい」
「父親って……どっちかというと兄だろ」
兄貴ヅラするメイドとかもっと嫌だよ。
まあそもそも女装メイドな時点で嫌なのだが……。
と、その時。
旧図書室の扉が勢いよく開け放たれた。
「先生っ、遅れてごめんっ!」
「っ、あなたは――」
部屋に入ってきた人物の姿を見て、ジゼルは驚いた。
何故ならばその人物は、昼間ジゼルを助けてくれた転入生・セレニアだったからだ。
どうやらセレニアはジゼル達に気づいていないようで、ずがずがと部屋に入って来てリチャードに小包を差し出す。
「またお昼抜いたんでしょ。ちゃんと食べなきゃダメだよ、前に2日も食べ忘れて倒れかけたの忘れた? ったく、ボクが見てないとすぐダメになるんだから……」
「ああゴメン、ちょっと忙しくてさぁ……うん、お弁当はありがたくいただくから、その握り拳は下ろしてね?」
「よろしい、なら――」
そこまで言って、セレニアはようやくジゼル達の存在に気付いたらしい。
ジゼルの方を振り返り、軽く会釈してきた。
「やあ、お昼ぶりだね」
「………………………………」
ギチギチと、ゆっくりとリチャードの方へと首を回すジゼル。
今のやりとりはなんだ?
明らかに一生徒と教師の関係では済まされないやつでは?(まあジゼルも人の事を言えたモノではないのだが)
ゆらりとソファーから立ち上がったジゼルは、そのままリチャードに詰め寄る。
「…………………………えっと」
「リチャード先生」
「ん?」
「何かな? 心なしかスッゴイ睨まれてる様な気がするんだけど」
「少し――お話しようか」
◇ ◇ ◇
数分後。
とりあえず一発リチャードを殴ったジゼルは、彼をソファーの上で正座させ詰問会をおっ始めようとしていた。側から見れば夫の浮気を問い詰める妻である。まだ付き合ってすらないのに。
ジゼルに殴られたリチャードの頭には、マンガのような綺麗なタンコブができていた。非力なジゼルにしては良くやったほうだろう。
セレニアとミクリはというと、手持ち無沙汰気味に壁際に立たされている。
完全にこの場はジゼルの独壇場であった。
「あのさあ……なんで僕正座させられてるの? なんか悪い事した?」
「セレニアちゃんとはどういう関係なのかな? 場合によっては腕の二、三本は覚悟してもらうよ」
「怖い怖い痛い痛いからやめてねっ⁉︎ 別になんてことのない、だたご近所さん同士だよ」
「ああ、ただのご近所さん同士だyお。ちょっと晩御飯のおかずを分けたり、朝起こしに行ったり、部屋を掃除してあげたりするくらいの間柄」
「 」
怒涛の勢いでぶちまけられてゆく衝撃の事実に、ジゼルは声を失っていた。
それはただのご近所さんでは無い、ほぼ通い妻だ。どこのラブコメ作品の住人なんだコイツらは。
衝撃で心身ともに真っ白になるジゼルを見たセレニアは、慌てて訂正する。
「いやいや、半分冗談だから。話に聞いてた通り面白い人だよね、揶揄い甲斐あるかも」
「はん、ぶん、だけ?」
半分冗談――つまりは残る半分は事実と受け取っていいのだろうか。
セレニアは微笑んでいるが、ジゼルには分かる。これは勝ち誇った奴の顔だと。
少女達の間に(といってもほぼジゼルから一方的にだが)火花が走る。それはもうバチバチに。
「ほーん、正妻ムーブですかぁ……表でよっか」
「いや別に正妻でもなんでも……と言うだけ無駄か。いいよ、君の気が済むまで相手してあげる」
「よし、何で勝負しようか。ジャンケン?」
「いやここは公平にチェスでやろう」
なんかよくわからない内に勝手に対決を始めやがった少女達についていけなくなったミクリは、正座させられてるリチャードの隣に腰を下ろす。
「あれ止めなくていいのかい?」
「お前が原因で起こった戦いだろ、お前が止めに入るのが筋ってもんじゃねーの」
「あいにく体育会系じゃないんでね。割って入ったら僕死んじゃうかも」
白熱するジゼルとセレニアのチェス対決を眺めながら、ミクリとリチャードは駄弁り合う。
どうやら勝負は長引きそうだし、そこにミクリが割って入る余地もない。ならこちらも堂々とブレイクタイムと洒落込もうではないか。
「それにしても、ジゼルのあんな顔が見られるとは思わなかったな。あの子、同年代の友達居なかったし」
「あーね。確かに友達作り下手そうだもんなアイツ」
「あの子はさ、昔からひとりぼっちだったんだ。大企業の社長令嬢って事で周りからは変に敬われたり妬まれたりで、酷い時には暗殺騒動まで起きた始末。そのおかげで小さい時は身を守るべく屋敷で軟禁生活を余儀なくされてね。僕が家庭教師やってたのもそれが理由なのさ」
「……金持ちってのも色々と辛いもんなんだな。俺ら庶民とは別ベクトルで」
「誰だって似た様なものだと思うよ? 出自、家柄、夢――形は人それぞれだけど、人は皆逃れられない運命ってヤツに背中を取られてる。僕も君も、気づいていないだけで運命に雁字搦めにされながら生かされてるのさ」
「所謂”運命の奴隷”ってヤツか。俺は嫌いだね、その言葉」
「ほう?」
「運命は、世界は自分の力で変えられる。そう信じた方が人生楽しいだろ」
「…………羨ましいよ、君のその考え方が」
そう笑ったリチャードの横顔は、どこか寂しげだった。
一方、ジゼルとセレニアの正妻対決は白熱していた。
ジャンケンに始まり、チェス・リバーシ・将棋にあっち向いてホイ。最終的には室内で死蔵されていたよくわからんTCGまで引っ張り出して一進一退の大接戦。
その結果。
「――ガッチャ、いい
「こちらこそ、楽しかったよ」
両者共に万年の笑みを浮かべながら、堅い握手を交わしていた。
死力を尽くして戦った後に残るのは友情だと昔から決まっている。
既に両者の間に
「一件落着、だね」
「……何見せられてんだろうな、俺達」
クッキーを齧りながら、ミクリとリチャードはぼやいていた。
なんだか知らない間に戦いが始まって知らない間に終わった。まるで、居眠りしたせいで学校の授業をなんにも聞いてなかった時の気分だった。
何気なく時計に目をやるとすでにいい時間。あと十分もすれば最終下校のチャイムがなるだろう。
「もうこんな時間か……そろそろ帰らないと」
ジゼルは鞄を持って部屋を出ようとする。
リチャードとの読書会こそできなかったものの、数日ぶりに話ができただけでもジゼル的には満足だ。
そうして部屋を後にしようとしたジゼルだったが、その時、チャックが開きっぱなしだった鞄からぽろりと何かがこぼれ落ちる。
ジゼルは気付いていなかったが、セレニアがそれに気付いて拾い上げる。
「ジゼル、これ落としたよ」
「あ、ごめん。ありがとうセレニア」
「これ、八英雄の本だよね。好きなの?」
「!」
そう。
ジゼルが落としたのは、自身が愛読していた八英雄の伝承についての本だった。
そして、ジゼルはその本を隅々までしゃぶり尽くすほどに読んでいた程の筋金入りの八英雄オタク。
結論から言おう。
“――好きなの?“
セレニアの何気ない一言が、ジゼルの八英雄オタク魂に火をつけた。
「もーちーろーんーさぁっ! 世界を救った英雄だよ⁉︎ 憧れない要素なくない⁉︎」
「わ・か・る‼︎ ボクも結構好きなんだよね‼︎」
「マジ? どどどどの辺かなぁ特にお気に入りなのは⁉︎ 私としてはやっぱり王道を征く……勇者召喚のところですかねぇ⁉︎」
「ボク的には大賢者との出会いのところがラブロマンス的で良いなと思うんだけど――」
「ほうほう、なかなか通だねぇ。なら私は――」
大噴火だった。
怒涛の勢いで熱をぶちまけあうオタクトークが炸裂していた。
そこには何人たりとも介入できる余地は無い。完全に二人だけの世界が出来上がっていた。
「あらら、僕を他所に盛り上がっちゃって。まあいいか、ジゼルもセレニアも楽しそうだし」
下校時刻のチャイムも耳に入らないくらいに熱心に語り合う二人の姿を、リチャードは微笑ましく見守る。
この日。
ジゼルに初めて同い年の友達ができた。
ちなみに。
二人の会話を聞いていた聖剣の勇者・ミクリはというと。
(本人いる前で八英雄で盛り上がられるのはちとむず痒いんだかなぁ……でも自分からバラすのはアカンし、かといってきゃっきゃしてる二人を邪魔するのもなぁ……。つーか俺が言うのもあれだけど、俺の正体知っておいてよくもまああれほどの熱量維持できるよなぁ)
空気を読みながら気恥ずかしさと格闘していたのだった。
今回は特に解説すべき用語がないのでパス。