前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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新章開幕!恒例のオリキャラ祭り!


星漿体護衛任務編
騎虎の勢い


 

 

 

慶長元年(1596年) 九月。

 

その日、畿内は揺れた。

 

 

最初に気づいたのは、錦だった。

「あれ、なんか揺れてません?」

「地震か?」

和泉国、堺。適当な出店で蕎麦湯を啜っていた鹿紫雲と錦は、がたがたと震える屋根瓦を見て顔を見合わせた。

 

じきに収まるだろうと思っていた鹿紫雲だが、すぐに異変に気づいた。

「…長えな」

ぐらぐらと、揺れは段々と大きくなっていく。そして、

 

ドン!!

 

一気に、世界が突き上げられた。

 

ぐらりと体が傾き、錦は思わず伏せる。一瞬、空に薄い膜が光った。これは、と鹿紫雲は視線を鋭くする。

「ただの地震じゃねえ…?」

 

ぎしり、と街が悲鳴を上げた。ばりばり、と柱が折れる音がする。

ガシャーン!!

あちこちの家が、砂煙とともに倒れていった。

 

何分か、何時間か。永遠にも感じられた揺れが、ようやく収まった。

 

はっと、我に返った錦が鹿紫雲を見る。

「鹿紫雲サン、怪我は」

「あるわけねえだろ」

鹿紫雲は険しい顔で空を見上げた。錦も釣られて上を向くが、そこには何もない。

「どうしたんですか」

「…いいや」

 

堺の街は、今や大勢の呻き声で満ちていた。子を探す親、兄に呼びかける弟、屋根に潰された夫の手を握る妻…。

あちこちに瓦礫が散乱し、道は足の踏み場もない。

(この一瞬で、こうも視界が変わるのか)

 

「行くぞ。このままだと家の倒壊に巻き込まれる」

民や崩れた家には目も向けず、鹿紫雲はさっさと歩き出した。それには何も言わず、錦は辺りを見回す。

ふと、倒れている子供と、目が合った。びくりと錦の体が揺れる。チッ、と小さく舌打ちして、すぐに目を逸らした。

「おい」

「…はい!」

再び声をかけられ、錦はやっと前を向く。それから、二度と振り返ることはなかった。

 

 

慶長伏見地震。後にそう呼ばれるこの震災では、一説によると千人以上が犠牲になったとされる。戦国時代でも指折り数えるほどの大災だ。

 

 

 

「…別の街みたい」

普段ならば商店が立ち並び、活気に満ち溢れていた街は、あまりにも静かだった。その様子をどこかぼうっと見つめる錦に、鹿紫雲はふと問いかけた。

「地震は初めてか」

「ここまで大きいのは、ですね」

錦とて、前世で何度も地震を経験した。しかし、現代日本と戦国時代では技術力が違いすぎる。たった一回の地震。それだけで、街一つを簡単に崩れさせてしまう。

 

(…これが、天災か)

黙り込んだ錦に何を思ったか、鹿紫雲は再び空を見上げた。

「さっきからそうしてますけど」

不思議そうな錦に、鹿紫雲は眉を顰めた。

「なんっか嫌な感じがしてな。なんつーか…まるで結界ごと揺れたような」

「…結界?」

(堺にそんなものあったっけ)

 

瞬きして、錦がさらに問おうとした時だった。

 

「旦那ぁぁああ!!」

視界に、人影が滑り込んできた。一瞬身構えるが、よく見れば行商のように葛籠を背負い、笠を被った小男である。ここ数年ですっかり見慣れた姿に、錦は反射で怒鳴った。

「うるっせえなおい!」

「おお、錦ちゃんも居ったんか…ってちゃうちゃう、鹿紫雲の旦那!緊急事態やで!」

「なんだ騒々しい」

「酷い言い草やな、京からの通達を最速で持ってきたんやで!?」

もっと労われや、と息切れ混じりに言われ、鹿紫雲はチッと舌を打つ。

 

「わかったよ。んで、何の用だ仲介屋」

小男ー堺で名を馳せる仲介屋は、不敵に笑った。

「緊急招集やで」

「誰から?また太閤とか」

「そんなんやないで、錦ちゃん」

ちっちっち、と指を軽く振る。

「もったいぶんじゃねえよ」

「いやあ、いかな旦那と言えど流石にタダっちゅうわけにはいかへんな」

「あぁ?」

余裕を崩さない仲介屋に、錦はすたすたと近づく。そのまま、軽く胸ぐらを掴み上げた。

「吐けよ」

「ちょいちょいちょい錦ちゃん!?締まっとるで!」

「シメてるからね」

とっとと言いな、と山賊か何かのように凄む。

「う、やめ…」

錦の腕を苦しげに叩くも、一向に手を緩める気配はない。

 

「おい錦、意識はもたせとけよ」

「分かってますってば」

仲介屋はさらにその顔を青くさせた。

「…分かった、分かった!話す!話すから、」

言葉の途中で、錦は手を離した。どさっ、と地面に落とされ、仲介屋は何度か咳き込む。

「最初からそうしときゃ良かったんだよ」

鹿紫雲は仲介屋の側にしゃがみ込み、じっと睨めつけた。

「で?誰が、何の用で俺を呼んでるって?」

「…んけだ」

「聞こえねえな」

「ご、()()()だ!!」

喉に手を当てて、仲介屋が叫ぶ。

 

(…御三家!?)

錦はハッと息を呑んだ。

 

五条、加茂、禪院。平安時代からある呪術の名門。だがどの家も旧態依然の保身に染まっているはず。

それが一体なぜ、と首を傾げる。鹿紫雲も続きを促すように仲介屋を如意で突いた。

 

うう、と呻いて仲介屋は身を起こした。

「詳しいことは、何も知らされとらん。ただ、御三家の当主と、それに近い格の連中に緊急招集をかける、とだけ言われたんや。…ま、旦那は例外やけど」

「妙ですね」

錦は顎に手を当てる。

「普通、事前通告も無しに急に呼び出しますかね」

「考えられるのは、何らかの想定外の出来事があった、つーことだな」

「…もしかして、さっきの地震」

ああ、と鹿紫雲は頷いた。

「可能性はある。どうなんだ、仲介屋」

「だから、知らんって言うとるやん!」

 

じたばたと動く仲介屋に、鹿紫雲はため息をついた。

「これ以上詰めても情報は出ねえか」

「招集かかってんのは鹿紫雲サンだけなんですよね?なら一人で行ってきたら、」

「いや」

鹿紫雲はなんでもないことのようにあっさりと言った。

「お前が行け」

 

「……はい?」

数秒、錦は固まった。

 

「いやいや何言うとるん、旦那!?」

くわっと仲介屋が目を剥く。

「んなもん、御三家に喧嘩売るんと同義やで!」

「良いんだよ、とっくに喧嘩売ってるしな」

 

やっと現実に戻ってきた錦が、恐る恐る問いかける。

「えーと、それはつまり…鹿紫雲サンの代理として、行けと?」

「そういうことだ」

「自分で行けばいいでしょ」

顔を思い切り歪めた錦に、鹿紫雲は額に手を当てた。

「昔な」

「何ですか急に」

「黙って聞け。加茂の誰かと京でかちあってな。殺しかけたんだが、その前に従者に回収されちまったんだ」

錦の背を、汗がたらりと流れた。

「まあ、そんなわけで加茂から目の敵にされてんだ」

「ちょっと待って!?アンタそんなとこに弟子を投げ込もうとしてんのかよ!」

 

思わず食ってかかった錦に、鹿紫雲はいっそ清々しく笑った。

「御三家なんて肩書きが大層なだけで、そこまで強くねえから安心しろ」

「安心できねえっすよ!」

なおも叫ぶ錦の肩を、ポンと叩く。

「大丈夫だろ、お前なら」

は、と錦は息を洩らした。

「例え俺に復讐するための謀略でも、本物の緊急事態でも。お前なら何とかなるだろ」

 

当たり前のように、鹿紫雲はそう、言ってのけたのだった。

 

 

 

 

 

(って、勢いで来ちゃったけど)

なんだ、このあからさまな場違い感は。京の中枢に、どんと構えられた屋敷の前で、しばし錦は逡巡していた。

 

集合場所として指定された、禪院家本邸である。ぴんと張られた結界に、どこか淀んだ雰囲気。萎縮しているわけではないが、どうしたって足が止まる。ここまで案内した仲介屋はとっとと退散したし。

 

ややあって、錦はため息を吐いた。

「ずるいよな、あんな言い方」

脳裏に鹿紫雲の言葉が蘇る。面倒そうな言い方とは裏腹に、錦の口角は引き締まっている。良し、と顔を上げた。

「行くか」

そうして、一歩踏み出そうとした時。

 

「あらあら、小汚い娘だこと」

鼻で笑うような女の声が、背後から聞こえた。

「なに、天下の御三家に用?」

アンタみたいな小娘が、とでも言いたげに肩をすくめたのは、一人の女だった。袖をたくし上げた上衣に、裾を縛った大口袴。ともすれば男にも見えるその格好は、女によく似合っていた。

(強いな、こいつ)

「誰だお前」

短く問うた錦に、女は片眉を吊り上げた。

「誰だ、なんてこちらの台詞よ。人に名を聞くときは、まず己から名乗りなさい」

「佳宵錦。鹿紫雲一の弟子で、この場における代理だ」

ぴくりと、女は動きを止める。そして、気品のある顔を嫌そうに歪めた。

「アンタがあの鹿紫雲の代理?みくびられたものね、御三家も」

 

「全くだ」

ザッ、と足を擦らせて割り込んできたのは、陰陽師風の男。

「というより、貴様のような小娘に代理を任せた鹿紫雲も、たかが知れるな」

次から次へと、と錦は腕を組んだ。

「私に文句あんなら好きにしろよ。外野に何を言われてもどうとも思わないし」

外野、と男の眉間に皺がよる。錦はふんと鼻を鳴らした。

「ああ、それとも…家の権威を傘に着る腑抜けどもって呼んだ方が良かったか?」

 

そう言い放った、瞬間。

(…来る!)

とんでもない殺意が、肌を灼く。

 

ヒュン!!

頭より先に、目が″それ″を認識した。

 

「ッツ、銀鼠(ぎんねず)!」

目と鼻の先。錦に迫った矢は、とっさに叩き落とされた。

ぐりん、と方向を変えようとするそれを足で踏みしめる。ぱきりと折れた矢に付着していたのはー鮮やかな血痕。

 

錦は弓をつがえた陰陽師風の男に目をやる。

「赤血操術。てことは、加茂の人間?」

「ほう、ある程度の教養はあるようだな」

青筋を浮かべて、男は矢を手に取る。

「その通り、私は加茂憲幸(かもののりゆき)。貴様が嗤った御三家が一、加茂家当主さ」

 

ヒュンヒュン!

続けざまに、二本の矢が放たれた。風を切り、弧を描いて錦へ向かう。

 

だが。

 

「悪いけど、お前と私の術式、相性最悪みたいだね」

ドン!

地面にめり込むほどの強さで、矢が落ちる。憲幸は目を細めた。

「噂には聞いている。変圧呪法、とやらだろう」

「加茂の当主に知られているたあ、光栄だね」

(赤血操術なら、「銀鼠」である程度対応可能。問題は、「穿血(せんけつ)」に反応できるかどうか…!)

 

あれの初速は音速を超える。しかし、穿血にはタメと独特の構えが必要。間を置かなければ、当てることは難しい。

(…攻め続けることが、できればだけど)

 

「ちょっと、あたしを無視してんじゃないわよ」

ガキン!

振り下ろされた番傘を、右腕で受け止める。

(なんっつー硬さ!)

骨イッたか、と錦は顔を顰めた。離れていたはずが、一瞬でここまで肉薄する俊敏さ。術師のレベルが、総じて高い。

 

「あっちの加茂は名乗ったのに、お前は名乗んねえの?私の名を聞いといて、自分は答えないとはね!」

「…言ってくれるじゃない。五条家武術指南役、(さえ)よ」

力任せに弾き返せば、女ー冴はくるりと番傘を回す。

「アンタのことは知ってるわ。女だてらに朝鮮まで行った術師。仲良くできると思ってたんだけどね」

「期待に添えなくて申し訳ないな、それは」

油断なく二人は見つめ合う。

 

(五条、か)

だが、冴は黒目に茶髪。六眼持ちではないーつまり、五条悟には遠く及ばない。やはり、警戒すべきは憲幸!

 

番傘を構える冴と、短刀を取り出した憲幸。二人を睨んで、錦は小さく笑った。

「先に手ぇ出したのはお前らだ。ボコられても文句言うんじゃねえぞ」

 

二人まとめて、潰す。

友禅(ゆうぜん)

空気弾が、錦の手から放たれた。冴と憲幸、両方へと。

「っはは、流石は五条」

咄嗟に冴は番傘を開いて防御した。

 

「赤血操術 赤鱗躍動(せきりんやくどう)

そして、憲幸は横へと飛んだ。すぐそばで、空気弾が一気に爆ぜる。

 

(それは、織り込み済み!)

だがー避けた先には、錦がいる。

「なっ、」

「竜巻!」

拳が、繰り出される。圧力と呪力を限界まで込めた、最大威力の技。

(とった!)

錦は、そう確信した。

 

しかし。

 

パシン!

 

「は…?」

その殴打は、あっさりと平手で受け止められる。

 

バキ!

同時に、錦の腹に憲幸の膝が直撃した。

「うっ!」

(赤鱗躍動…!めんどくせえ)

動きが、さっきとはまるで別人。とんと後ろへ飛び、距離を取る。

(近づかないと決定打にならないのに、体術は向こうが上…)

 

対する憲幸も、ずきりと痛む手を見る。

(先ほどの空気の散弾といい、この打撃といい…ただ圧を変えるだけの術式ではないのか)

 

ーこいつ/これは、厄介だ

 

(なら、意表をつくのみだろ!)

変圧呪法、藍。

空気を勢いよく蹴る。凄まじい速さで視界に飛び込んだ錦に、憲幸の反応がわずかに遅れた。

「しまっ」

 

「これ、借りだからね」

ーシン・陰流 抜刀

その進路へ、番傘が振り抜かれた。

 

ガゴ!!

冴の攻撃は、寸分違わず錦の肋へ。勢いを殺しきれずに、錦は後方へと吹き飛んだ。ごろごろと転がるが、すぐにふらりと立ち上がる。

「痛いでしょ?無理しなくて良いのよ」

呪力で守ったのに、その上から殴られた。錦は患部を抑える。

「わざわざ同じとこ当てやがって…その傘、いつまで持つかな」

「心配しなくても特注よ。滅多に壊れないわ」

あっそ、と錦は吐き捨てた。

 

その奥で、憲幸が動いた。自らの腕を短刀で切りつけたのだ。ピッ、と血の線が走る。

赤血操術の基本は、体外の血液操作。

(…まさか!)

錦は走り出すも、一歩遅い。冴の番傘が、再び彼女を遮った。

 

苅祓(かりばらい)

チャクラム状の血が、錦の体を切り裂く。

「銀鼠!」

番傘と共に、苅祓は地面へ落ちる。くそ、と錦は毒づいた。

これで憲幸の攻撃手段は一気に広がった。形勢は、錦の不利!

 

止めるべきは憲幸か、否、

「さっきから鬱陶しいお前だろ!?」

錦は、冴へと飛びかかった。

 

まずは、一対一の構図を作る!

「舐めんじゃないわよ」

首を狙った手刀は、ギリギリで掴まれた。意に介さず、錦は頭を振りかぶる。

ガン!

冴の額と錦の額が激突した瞬間、再び苅祓が飛んできた。ビシャ、と血が吹き出る。

「痛ってぇんだよさっきから!」

冴と組み合ったまま、空気弾を憲幸へ飛ばす。

「くっ、アレを相手にしながら…!」

憲幸は素早く避けるが、その動きは鈍い。錦はハッと瞬きした。

(失血か、反動か!?いや、どっちでも良い!)

 

思い切り冴を蹴りつける。圧力をまとったそれに、冴の姿勢が崩れた。冴を足場に、錦は宙へと舞い上がる。

「もういっちょ、竜巻ィ!」

拳が、憲幸に届かんとした、その瞬間。錦の背筋が凍りついた。

思わず着地し、回避の姿勢を取る。その視線は、背後の冴へ。

 

彼女が放つ、凄まじい気配。咄嗟に腕を胸の前で交差させた。

(あお)

掌印を結び、冴は呟いた。

 

数秒、沈黙が落ちる。

 

ー何も、起きない。

 

恐る恐る錦は構えを解いた。

「不発…か?」

(何だったんだ、今の呪力出力は)

 

どさり。頭を抑えて冴が倒れた。

「!?」

吐血する冴を見て、錦は目を見開く。

(脳にダメージ!?肝心の術は発動していないのに…)

まさか、間を置いて発動するタイプか!

念のため、さらに錦は距離を取る。

 

「使えぬ術式で欲張るから、こうなるのだ」

不意に呟いた憲幸に、錦はハッと振り向いた。

両腕を伸ばし、胸の前で合わせる構え。

「ッチ!」

冴に気を取られて…!

考える前に錦は飛び出した。打つ前に、倒す。

 

だが、憲幸の方が速い。

「穿血」

圧縮された血が、まっすぐに放たれー

 

「う ご く な」

 

ーぴたりと、宙で止まった。

 

同時に、三人の動きも強制的に止められる。

(これは…呪言!?)

第三者の介入!?だとしたら、と錦は憲幸を見る。彼も驚愕したまま固まっていた。…憲幸の仲間ではない。呪言といえば狗巻家だが、野良の術師の可能性もある。

くそ、と錦は内心で舌を打った。

(油断した…!)

 

カツ、カツ。一人分の足音が、ゆっくりと近づいてくる。

「家の前で暴れられると困るっスよ」

血の気が多いな、とそいつはへらりと笑った。吊り気味の目に、すっきりとまとめられた濃い緑髪。冷たく整った造形。

あまりに既視感のある顔立ちに、錦は即座に認識を改めた。

(コイツ、禪院家の人間か!)

そう。真希や真依、直哉に共通する、禪院特有の雰囲気。

 

けれど、「呪言」は禪院の相伝ではない。じゃあ誰が、と思ったところで、錦は乱入者が一人でないことに気づいた。

もぞり、と青年の腕の中で動いた影。

(子供?)

目が隠れるまで伸びた白髪。体型から考えるに、十歳程度だろう。そして最も目を引くのはー口元の呪印。

蛇の目に牙。

間違いなく、狗巻の人間。

 

「あ、もう良いっスよ玲千代(たまちよ)くん。三人とも落ち着いただろうし」

玲千代、と呼ばれた子供は無言で頷いた。その瞬間、三人の体が一斉に解放される。

(…攻撃が来ない。戦闘の意思は無い、か)

錦は目を細めて、とりあえずは様子見に徹することを決めた。

 

「非礼を詫びよう、禪院の。招かれざる客人の対応に苦慮していてな」

「いえいえ、とんでもない!」

にこにこと屈託のない笑顔で、青年は手を振った。

「むしろ俺らがやるべきことでしたよ」

それで、と青年の目が錦を見た。

「この人っスか?客人ってのは」

「言っとくけど、私はお前らの敵じゃない。そっちの…加茂と五条には言ったが、鹿紫雲サンの代理で来ただけ。ちなみに戦闘をしかけたのも私じゃないからな」

「知ってるっスよ。見てたんで」

さらりと言って、青年は錦の肩に手を置いた。

 

「ッツ!」

ぞわ、と嫌悪感が背筋を走る。思わず振り払うが、青年の笑みに変化はない。

「でもまあ、今は全部水に流しましょうよ」

「ちょっと、どういうことよ和真(かずま)

倒れていた冴がよろよろと立ち上がり、青年ー和真に詰め寄った。ちろり、と温度の無い目が冴をとらえる。

「重症みたいっスけど…個人的な恨みは置いておいてもらえますか」

「はあ!?」

きんと響いた声に、玲千代が不快そうに顔を顰めた。それを宥めるように頭を撫でて、和真は口角を引き締めた。

「詳しいことは中で当主が説明する予定っしたけど、これだけは共有しといた方が良さそうっスね」

 

加茂憲幸、五条冴、玲千代、佳宵錦。それぞれ集められた猛者を前に、和真は断言した。

 

「天元様が、危ない」

 

 

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