前世に忘れてきました。何を?人道とやらを 作:しらたまあんみつ
「…天、元?」
錦は大きく目を見開いた。
—天元。不死の術式を持ち、日ノ本をその結界術で支える、呪術界の要。それが危ない、とはどういうことだ。
「…様を、つけなさい。アンタ如きが呼び捨てにして良いお方ではないわ」
そう言いつつ、冴の目も忙しなく泳いでいる。
素早く憲幸に目をやって、錦は顔をしかめた。
(知ってやがったな、こいつ)
仮にも御三家当主なのだから、当然といえば当然だが。冷静を保った姿が、どうにも腹が立つ。
玲千代が、一人呑気にあくびする。自分で落とした爆弾の威力は想定していたのか、和真がにこりと屋敷を指した。
「詳しいことは、どうぞ中で」
磨かれた木の床に、美しく整えられた庭園。絵に描いたような良家の姿だが、錦は居心地の悪さが強まっていくのを感じていた。
(なんか、嫌だな)
雰囲気、とでも言おうか。一歩進めば、足首を掴んで離さない違和感。その上、襖をちらりと見れば、わずかな隙間から視線がいくつも絡みつく。
無遠慮なそれに、錦はふんと鼻を鳴らした。敵意があるわけじゃない、無視の一択だ。
「こちらっス」
案内されたのは、一際大きな広間だった。襖にはごてごてと金箔が貼り付けられ、目に眩しい。跪いて和真が言う。
「お連れいたしました、お館様」
「入れ」
低く、しゃがれた声が響いた。襖がすっと開かれる。
「よく来たな、三方」
一人の老人が、部屋の上段であぐらをかいていた。数本の蝋燭が、壁面に飾られた金で反射する。なんでここだけこんな悪趣味なんだよ、と錦は呆れを持って見渡した。
(こいつが、当主か…?)
弱くはない、はずだ。だがなんというか、正確な実力が測れない。見た目は普通のご隠居と言ったところだが。
憲幸が足早に部屋に入っていく。そうして、老人の前まで進んで見下ろした。
「よほど礼を知らぬと見えるな、禪院殿。五条の姫や狗巻の若とは違い、私とそなたの立場は変わらぬはずだが」
対して、老人は愉快そうに口端を歪める。
「礼を知らねえのはそっちだろう。今の御三家筆頭は禪院。加茂なんぞと一緒にせんでもらいたい」
「…貴様!」
「見苦しいわよ、加茂当主」
冴が静かに吐き捨てる。
「確かに禪院の増長っぷりは目に余るけど…今はそれより大事なことがあるんじゃない?」
「冴さんの言うとおりっス」
笑みを崩さず、和真が割って入る。
「席に着いてください。この場を荒らすは、御三家の面子を潰すことと同義っスよ」
チッ、と憲幸が舌を打つ。忌々しげにため息を吐き、下段の向かって左の上座に座った。
「ここは家格でよろしいかしら」
「好きにしろ。私はお前らの権力闘争に興味はない」
面倒そうに一連の流れを見ていた錦が言う。では、と冴は憲幸の隣に腰を下ろした。
(興味はない、けど)
この場合、どこに座れば良いのか。波風を立てるのは得策ではない、しかし適切な礼法は知らない。錦は困り果てて室内を見回した。
(左に座るのは違うよな)
かといって、向かって右の上座に座るのも違うだろう。どうしたものか、と錦が思っていると、てくてくと視界を小さな影が横切った。
「玲千代くん」
思わず、といった風に和真がその名を呼んだ。いつの間にか和真の腕から抜け出した玲千代は、何のてらいもなく右の上座にぽすんと落ち着く。そのまま錦を見上げて、隣をとんとんと叩いた。
(これは)
座れ、ということか。冴や憲幸が何も言わないのを見るに、これが最適解。
(助け舟…なのか?)
錦は目を瞬かせ、玲千代が指す通りに座った。ぺこ、と僅かに会釈する。眠たげな目を一瞬見開き、玲千代も遅れて頷いた。
「さて」
和真がすぐ近くに控えたのを見届けて、老人ー禪院家当主が咳払いした。
「改めて、わしは
「前置きは良いよ。説明して欲しいことが色々あるんだ」
私たちが呼ばれた経緯、天元がどう絡んでくるのか…。
指を折って、錦は直和を見た。
「何も聞かされずにそっちが話を進めるのは不公平だろ」
「癪だけど、小娘の言う通りよ。五条としても、そちらの方が動きやすいわ」
冴が目をきらりと輝かせる。
気が早いの、と直和は顎を撫でた。
「今朝、大きな地揺れがあったろう。勘づいたものもおるだろうが、あれはただの天災ではない」
「それは知っている」
憲幸が口を挟んだ。
「天元様の結界に何らかの
(天元の結界に!?)
錦は息を呑んだ。天元といえば、一、二を争う結界術の持ち主。その不具合とやらで地震さえ起こることも驚きだが、なぜ結界の異常なんてものが。
冴も首を傾げた。
「不具合ってなによ」
「分からぬ。少なくとも、御三家の当主会議では分からずじまいだった。それを探っているうちに招集をかける、とだけ言われ、勝手に家の名を借りられた。五条もそうだろう」
言って、憲幸はその視線を鋭くする。
「私はそなたら禪院に屈したのではない。納得いく回答はあるのかと、それを尋ねに来たのだ」
ああそうかい、と直和は面倒そうに鼻を鳴らした。
「まどっちでも構わんが。言っておくが、真剣にならんと困るのはそっちだぜ」
そうして、全員の顔を見回す。
「地揺れのあと、すぐに天元様から下知が降った。よく聞けよ」
ー七日後に、
しばらく、その場には何の音も落ちなかった。「星漿体」という単語だけが、ゆらゆらと漂っている。少し突けばあっという間に弾けそうな緊張を、弾んだ声が引き裂いた。
「あら、あらあら」
くすくすと、いかにも楽しげに口元に手を当てて、その張本人ー冴は歯を剥き出しにして笑った。
「では、それは天元様の同化の儀を行う、ということでよろしいの?」
目端を歪ませた冴に、憲幸がぴくりと動いた。
「…待て」
その顔は青白い。だが、今にもはしゃぎだしそうな冴をぴたりと見定める。
「他にも聞くことが山ほどあるだろう。慎みというものは貴様にはないのか」
「うるさいわね」
ぴしゃりと冴は憲幸を跳ね除けた。二人の口論を、暇そうに玲千代が眺めている。
「こと天元様に関しては、御三家のどこよりも五条に関わりがあるのよ?加茂にとやかく言われる筋合いはないわ」
「天元様の威でも借りたつもりか?肝心の六眼も生まれてないというのにな」
(…そうか!)
錦はハッと顔を上げた。どうしてこの話の間、冴が妙に乗り気…というか、浮き立ったような雰囲気だったのか。
天元、星漿体、そして六眼。これら三つは因果で結ばれている。
星漿体が生まれる、ということに衝撃を受けすぎてそこまで考えが回らなかったが、五条家にとっては「六眼」が生まれるかもしれない大チャンス。さっきの直和の発言を聞くに落ち目らしい五条家には、逆に吉報なのだ。
(いや、めんどくさすぎだろ)
なんで御三家ってこんなに利害が絡まってるんだろな、と錦は天を仰いだ。
錦を尻目に、二人の論調は激しさを増していく。そこで、
「まあまあお二方、それくらいにしてくださいよ」
和真が軽く手を上げ、二人に割って入った。「は?」と同時に睨まれても、肩をすくめるだけだ。
「俺に説明しろと言ったのはそっちだろ。なのに聞く姿勢をそっちが持っていないんじゃあ世話ねえよ」
直和がやれやれと首を振った。
「仕方ねえと言えばそうだろうな。まあ、分かりやすく結論だけ言ってやる。あとは好きにしろ」
ピンとその場の空気が張り詰める。その中で、淡々と直和は言った。
「お主らを集めた理由はただ一つ。星漿体の護衛だ。二ヶ月後に執り行われる、同化の儀に向けてな」
(やはり…!)
錦は細く息を吐いた。この世界の根幹に関わる、天元や星漿体との接触。無意識に体が強張るのが分かる。
冴が音もなく立ち上がった。そのままスタスタと襖に向かった冴に、和真が待ったをかける。
「どこへ行くんですか。共有しなきゃいけないことはまだあるっスよ」
「どこって、戻るのよ。何をおいても、伝えなきゃいけない情報だから」
冴の表情は、ちょうど影になっていて窺い知れない。それでも、錦は小さく眉を歪めた。
(何でお前が、そんな面してんだよ)
満面の笑みを浮かべて、けれどなぜだか、何かを堪えるようにその唇は引き締められている。ちょうど、泣き出す直前の子供のように。
一瞥をくれて冴が出ていったのを見送って、直和が首の後ろを掻く。
「まあいい、続けるとしよう。…和真」
「はい」
スッと身を乗り出して、和真が後を引き継ぐ。
「俺たちは、まず秘密保持のための信頼、次に実力、そして任務に相応しい「名」を持つかどうか。この観点からお呼びしたっス。もちろん、禪院の代表として俺も加わりますけど」
「つまり、そなたを含めた五名が護衛に立つ、というわけか」
「いえ、主な護衛は御三家から選出された三十名が参加する予定っス」
「…何?」
憲幸が柳眉を引き上げた。
「じゃあ、何のために私たちは呼ばれたんだよ」
不満げに錦が言うと、大きく和真は頷いた。
「俺の言葉が足りなかったっスね。三十名は、あくまで周りを囲うだけ。実際に星漿体の側に侍るのは俺たち五人。儀式の性質上、最小人数が望ましいからっス」
「実力者を一番近くに置いて、周りの奴らをいざって時の捨て駒にするわけだ」
捨て駒、と和真が復唱した。
「まさか。それとも、アンタは使えない奴はせいぜいコマになれ、とでも言いたいんスか」
「…ハァ?そりゃそっちの常套手段だろ」
睨み合う形となった錦と和真。ばちりと火花が散ったところで、玲千代が和真の袖をちょんと引いた。
ハッと玲千代を見て、そして和真はゆるゆると笑顔を取り戻す。
「ごめん、玲千代くん」
こほんと咳払いして、元の体勢に戻った。
「任務成功には、俺たち五人の協力が必須。そのため、二人一組になり、同化の儀の前に幾つかの「祓え」をこなしてもらうっス」
(はあ!?)
錦はぎょっと目を剥いた。誰が相手でも嫌だそんなの。喧嘩になるか、一言も喋らずに終わる未来しか見えない。
憲幸も細面をいかにも嫌そうに歪めている。
「…誰が組む、というのは決まっているのか」
「当然だろう」
おっくそうに直和が会話に入ってきた。
「まず加茂殿と五条の姫」
「断る」
「知るか」
聞いた瞬間に吐き捨てた憲幸。それを一言で片付けて、直和は続けた。
「んで、和真と鹿紫雲…違う、代理が来たんだったな。佳宵錦」
(いやもう正直誰でも良いわ)
誰とペアでもほとんど変わらん。諦めの境地に至り、錦はそっとため息を吐いた。
「玲千代くんは待機。呪言師、それも玲千代君ほどの才能は貴重っスからね」
和真が玲千代を撫でて言った。玲千代も、大人しく目を細めている。
「…ハア」
底よりも深く息を吐いて、憲幸が立ち上がった。
「不本意だが、何より不本意だが…星漿体を守るためとあらば、致し方あるまい。任務の件だが、あのじゃじゃ馬には私から伝えよう」
では、と足取り重く彼は去っていく。
ぺたぺたと足音が過ぎ去るのを聞いて、直和がふと問いかけた。
「佳宵。お主、ここに来たのは初めてか?」
「まあ」
(何だよ急に)
首を傾げた錦に、直和はにやりと笑った。
「そんなら、和真。案内してやれ」
「…俺っスか?」
視線を逸らした和真に、直和は容赦なく畳み掛けた。
「二人組だろ?当主命令だ、親交でも何でもついでに深めてこい」
星漿体が一発変換で出ない…!面倒くさい…!!
作者のモチベが下降傾向にあるので来週投稿できるかわかりません。一言くださったり評価をつけてくれるだけでも本当に嬉しいので、ぜひ感想などお願いします!ダメ出しでも何でもありがたいです!