これまでただ草むしりの依頼しか請け負わなかったがために『草むしり冒険者』と呼ばれ、他の冒険者達から馬鹿にされていたマストラ。
 
 そんなマストラが何もない地面に一瞬で雑草を生やすスキルを持った美少女と出会った時、後に草刈りマスラオと呼ばれることになる男の成り上がり伝説が始まった。

 これはかつての爪弾き者同士らで組んだ伝説的パーティーを密着取材して書き上げられた、一番最初の記事である。

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雑草を抜くだけで強くなるスキルで美少女と最強パーティーを組んだら他にも美女が入ってきてハーレムになった上なぜか密着取材まで受けることになって困る

「今月の冒険者ジャーナルの記事、どうします?」

 

 街の中心地にある小さな新聞社『アドベンチャータイムズ』の編集部にて、今まさに会議が行われていた。

 その内容はアドベンチャータイムズが刊行している冒険者専門の新聞記事についてである。

 

 ここタンレイテンの街に数多く在籍する冒険者に向けた新聞ということもあり、刊行当初は順調に部数を伸ばしていったが、最近では記事内容にマンネリが生じ始め、売上が右肩下がりとなっている。

 

 このままではライバル新聞社との生存競争に敗北しかねない。しかねないが、だからといって適当に記事を乱発したところで焼け石に水だ。

 そのため扱うネタには慎重にならざるを得ない。

 しかしここいらで一つ賭けに出なければジリ貧になるのもまた事実だった。

 

「なにか他社に引けを取らないような大きなネタはないものか……」

 

 マンネリ打開策に頭を悩ませる編集長がぼやくと同時、ある若手記者が「それなら」と口を開く。

 

「ちょっと小耳に挟んだんですけど、なんでも最近冒険者ギルドに新規登録された冒険者集団(パーティー)の一つに爪弾(つまはじ)き者同士で組んだのがあるそうです」

 

 大したことのないような口ぶりで話し始めるが、若手記者にとってこれはかなりのネタである。

 

「爪弾き者、つまり嫌われ者ってことか。うーん、それだけじゃインパクトは薄いな」

「いえ、面白いのはここからですよ」

 

 仕事帰りに酒場へと立ち寄る冒険者を捕まえては財布の紐よりなお固い彼らの口に酒を奢ったりしてなんとか得たネタだ、ここで流されてなるものかと食いつきの悪い編集長に追加情報を提供する。

 

「その爪弾き者達で構成されたパーティーですが、リーダーの男はつい先日までなんと草むしりの依頼しか請け負っていなかったそうです」

「草むしり? おいおい、よくそんなので冒険者を名乗れるな。――ああなるほど、だから他の冒険者から爪弾きにされてるってわけか。そりゃ彼らにもプライドがあるだろうし、同じ冒険者として一括(ひとくくり)にされたくないわな」

 

 冒険者が請け負う依頼といえばモンスター退治が一般的だ。もちろんダンジョンの実地調査や要人の護衛のように、単にモンスターを倒せばいいのとは違う、やや変則的な依頼も存在する。

 

 一応どぶさらいやゴミ拾いといったボランティアじみた依頼もあるにはあるが、頼み手からの需要はあれど受け手の需要が少ないのが現状だ。

 

 特に草むしりなんてわざわざ冒険者に頼むまでもない作業内容であるからして、そういった依頼のみを選別して請け負うようでは冒険者としての力量は推して知るべし、……と思うのが普通だろう。

 しかし件の男は違った。

 

「その草むしり冒険者のパーティーは結成して以来モンスター討伐の依頼にも積極的に手を出すようになったらしくて。しかもこれまで達成した討伐依頼の難易度ランクはどれもC以上、いずれも失敗なく完遂しているみたいですね」

「なんだと?」

 

 熟練パーティーともなれば依頼の成功率は九割を超えるとよく言われる。一方で、新米パーティーの依頼失敗率は七割を超えるとも。

 そんな急ごしらえの新米パーティーが、果たして首尾よく成功を積み重ねていくなんてことはあるのだろうか。

 

 なにより、気になることが一つ。

 

「それまでモンスター討伐をしてこなかったような奴がいきなりそんな大躍進を遂げるか? おおかた一緒にパーティーを組んだ仲間が強かっただけとかいうオチじゃないか? あるいは単純にデマだったとか」

「だからそれら噂の真偽も含めて彼らの密着取材をしてみてはどうでしょうか。もし噂通りだとしたらなかなかいい記事になると思うんです。彼らに目をつけ始めた冒険者もぽつぽつといるみたいですし、上手くいけば売上部数も回復するかもしれません」

「ふむ……」

 

 熱心に弁舌を振るわれ、編集長はわさわさと顎に蓄えたヒゲを触りながら思案する。

 確かに若手記者が言うように、その冒険者一行の密着記事を書くのも面白いかもしれない。

 なにより新人がこうもやる気を見せているのだ、それをむざむざ却下するのも如何なものか。

 いずれ賭けに打って出ないといけなかったのだ、ちょうど今が勝負時なのだろう。

 

 『草むしり冒険者と呼ばれた男の逆転劇』、記事の見出しとしてはインパクト抜群。

 底辺からの成り上がり体験記は読者ウケもいい。

 ついでに独占インタビューもすれば完璧だ。

 

「もしかするとそのパーティーが我が社の起死回生の一手になるかもしれないな。……よし分かった、密着取材を敢行しよう。内容その他は君に任せる。やってくれるな?」

「はい、ありがとうございます! 必ずいい記事に仕上がるよう精一杯頑張ります!」

 

 こうして、今月の冒険者ジャーナルの特集記事が決まったのだった。

 

 ◆

 

「本日はよろしくお願いします」

「ああ」

 

 真新しい白地の名刺を手渡し、若手記者は本日の密着対象である一行に向けて簡単な挨拶をする。

 

 冒険者互助組合、いわゆるギルドを介して彼らに『最近活躍めざましい新米パーティーにぜひ同行をさせてほしい』と取材交渉をお願いしたのが昨日のこと。

 

 最初は渋る様子を見せていたが、こちらが何度も頭を下げて頼み込むと『先に受けていた依頼と平行してもいいのなら』と言質を得ることに成功した。

 そのため、今朝になってから彼らの出立前に合流したというわけだ。

 

「ついてくるのは構わないが、街を出てからは常に俺達の側から離れないように頼む。それから有事の際には、自分の身を守るのを最優先にしてほしい。もし怪我でもさせようものなら、あんたの雇い主と仲介してくれたギルドに申し訳が立たない」

 

 台詞を聞く限りではぶっきらぼうに聞こえるが、その実こちらを気遣う男の優しさが垣間見える。

 本来ならこっちが無理を言ってお願いをした立場なのだから向こうが安全面を考慮する必要はない。

 なのに彼は取材を受けた責任があるからとして、首を頑として縦には振らなかった。

 

 なんと実直な男なのだろう――それが若手記者が草むしり冒険者ことマストラ・オルレウスに抱いた感想だった。

 ただ、昨日初めて彼と対面した時にはいたく困惑したものだ。

 

 しかしそれも無理らしからぬことである。

 なにせ、草むしり冒険者という言葉のイメージがもたらす人物像とはひどくかけ離れた風貌を有していたのだから。

 

 まずなんといってもとにかくデカい。

 百八十メートルを優に超えるその体は筋肉が引き締まっており、浅黒く日に焼けた肌と鋭い目つきのせいもあって歴戦の手練を想起させる。

 

 腰ベルトに差した軍手と草刈り用(と思われる)の鎌がなければ、誰も彼を噂の草むしり冒険者だと分からないだろう。

 むしろ抜き身のまま背負ったバスタードソードの方が浮いて見えるほどだ。

 

 せっかく立派な武器を所持しているのにどうして草むしりにばかり精を出していたのか理由は定かでないが、これまでその屈強な体格が宝の持ち腐れであったのは間違いない。

 

 だからモンスター討伐の依頼にもようやっと手を出すようになった今、恵まれた肉体のやっと本来の使いどころを見つけたと言えるだろう。

 やはり一緒にパーティーを組んだ仲間達の影響もあるのだろうか。

 

 視線を横にずらす。

 マストラのパーティーは彼を含めた四人の冒険者で構成されていた。

 しかも驚くことに彼以外の冒険者は(みな)見目麗しい女性で、全員が全員ギルド内で爪弾きにされていたようにはとても思えない。

 

「それにしても、まさかわたし達が密着取材されるようになるなんて全然想像したこともなかったよ。えへへ、だけど嬉しいな、あの冒険者ジャーナルで特集が組まれるなんて夢みたい」

 

 これは、ぴょこんと髪の隙間から獣耳が屹立している半獣人の少女の台詞だ。

 半獣人とは獣人と人間のハーフでその出生から常に人種差別の対象とされているのだが、彼女が他の冒険者達から嫌われているのはこのことが原因かもしれない。

 

「ってことはあれだね、あたいらの魅力にとうとう世間が追いついてきたってわけかい。いやぁ、いい傾向だねホント。頑張った甲斐があるってもんさ」

 

 次は、赤銅色の髪の毛をポニーテールにまとめた少女の台詞である。

 

 若手記者もこの少女には見覚えがあった。

 確か少し前に世間を賑わせた連続放火事件の犯人と間違われたのだったか。

 

 ギルドに寄せられる民間の依頼は冒険者に対する信頼で成り立っているが、その事件のせいで一時期は冒険者に対する風当たりも強まったという。

 

 よって冤罪だったとはいえ、冒険者に猜疑の目を向けられるきっかけになった彼女のことを同業者が厭うのもありえる話ではある。

 

「うふふ、わたくし達へのこれまでの扱いから少々手のひら返しが過ぎますが悪い気はしませんわね。いいでしょう、過去の過ちを水に流して差し上げるのもまた、淑女が披露するべき器の大きさですわ」

 

 最後に、なぜか本人の周りのみ霧吹きで吹いたかのようにしっとりとしている妙齢の女性の台詞。

 彼女に関してはまったくといっていいほど邪険にされる理由が思い当たらない。

 気にはなるが、本人に馬鹿正直に尋ねるわけにもいかないだろう。

 

「時にそこな記者さん。貴方、軟水と硬水どちらがお好き?」

「え、自分ですか? ……そうですね、軟水が好きですかね」

 

 自分から質問するならいざ知らずまさか相手から質問されるとは思ってなかったが、ひとまずはそう答える。

 

「あら、立派な殿方なのに硬水がお好きでないとはいただけませんね。魔法障壁の如き硬水をごくごくと喉を鳴らして飲む殿方の姿にこそ大人のエロスが宿るというのに」

 

 どうやら自分の返答が気に食わなかったらしい。このまま彼女の機嫌を損ねて取材の話を取りやめにでもされようものなら困る。

 ここはジャーナリストとしての機転をきかせて、なんとか軌道修正を図らなければ。

 

「い、いえ、どちらかといえば軟水が好きですけど硬水も好きなんですよ! その日の気分で飲む水を変えるというか」

「つまり浮気者ということですか。軟水がお好きなだけあって軟派なお人ですのね。殿方はいつだってそうですわ。……ああ、やはりわたくしには硬派なマストラ様しかおりませんわ!」

 

 そう言うなり妙齢の女性はマストラに抱きつく。

 どうやら自分のどっちつかずな発言にかこつけて単に甘えたかっただけなようで、もはやその綺麗なコバルトブルーの瞳にこちらの姿は映っていない。

 

「……お前は離れてくれ。体が冷える」

「わたくしは冷やし系女子(クールビューティー)ですので、殿方のぶ厚い胸板で暖めてほしいのです」

 

 妙齢の女性のたわわに実った胸を押しつけられているというのに、マストラは文字通り涼しげな表情をしている。

 そんな彼らを面白くなさそうな顔で見つめていたポニーテールの少女がずいと前に出た。

 

「ならあたいがあっためてやろうか? こう見えて体温高い系女子なんでね、期待には応えられるよ」

「お断りします。貴方のは暖かいではなく温かいの間違いでしょう。あまりの熱さに沸騰させられては叶いませんわ」

「沸騰どころか蒸発させてやるよ。うら若いあたいと違って年増のお肌にゃ潤いがないからすぐに乾燥するだろうさ」

「……うふふ、どうやら貴方とは一度決着をつける必要があるようですわね」

「おや奇遇だね、ちょうどあたいもあんたとは白黒はっきりつけたいと思ってたんだ」

「け、ケンカは駄目だよ二人とも!」

 

 一触即発の雰囲気を見かねて半獣人の少女が仲裁に入る。そのおかげか丁々発止やりあう寸前だった二人は渋々矛を収めた。彼女はブレーキ役らしい。

 

 それにしてもなにを見せられているのだろうか。

 実にうらやま……けしからん光景だ。

 

 ともあれ、これが取材対象の全容だ。

 三者三様の美女を引きつれた、ともすればただのマストラが囲うハーレムのようにも映るがこれでもれっきとしたパーティーである。

 この時点で若手記者には今回の記事が盛り上がるものになると半ば確信していた。

 

「そろそろ、街を出よう。目的地はここから西方にあるマドラの洞窟だ」

 

 ある意味で騒動の渦中にいた人物は、我関せずといった調子でそう切り出したのだった。

 

 ◆

 

 マストラ一行が受けた依頼は現在マドラの洞窟で大量発生しているオーク共が集団暴走(スタンピード)する前に討伐せよ、というもの。

 オーク自体は危険度ランクC級相当のモンスターだが、洞窟内で徒党を組んでいる数が数とのことでクエスト難易度はB級に指定されている。そう簡単には依頼達成といかないだろう――と、思っていたのだが。

 

「プギャアァァァッ!」

 

 岩の陰で待ち伏せていたオークの小隊を苦もなくマストラ一人で切り伏せる。

 バスタードソードを巧みに振るい返す刃で一匹、また一匹と素早く片付けていくその様はとてもそれまでモンスターと対峙してこなかった者の腕前ではあるまい。

 

 編集長は一緒に組んだ仲間が強かっただけだとか或いはデマじゃないかだとか言っていたが、これを見てからではそんなことは口が裂けても言えないに違いない。

 実際に目撃した若手記者ですら、驚きのあまり口を閉してなにも言えないでいるほどなのだから。

 

 ゆえに誰もが認めるべきだ。

 マストラ・オルレウスは、決して草むしり冒険者などと見下していい男ではない。

 ひとかどの実力を持つ、一端の冒険者であると。

 

「……一つ質問してもいいですか、マストラさん。どうしてそんなに強いのに貴方はこれまで草むしりの仕事しかしてこなかったんですか?」

 

 周囲に残存勢力がいないことを確認し、一旦得物を収めるマストラの背に向かってそう尋ねる。

 若手記者に宿るジャーナリズム魂が彼《か》の者の真実を詳《つまび》らかにし、人々の誤解を解くために遍《あまね》く伝えよと叫んでいた。

 だからこそこの疑問だけはなんとしても明らかにしておきたかった。

 

「……草むしりとて人の役に立つ仕事だからだ」

 

 シンプルな回答に、拍子抜けする。

 

「それだけ、ですか? 他にもっとこう、たとえば昔仲間を失ってそれがトラウマになっていたとか、モンスターとの戦いで大怪我を負って普通の冒険者としての道が絶たれたとか、そういう感じの読者を納得させやすい理由はないんですか⁉」

 

 我ながらなにを無茶ぶりな要求をしているのかと思わなくもないが、ジャーナリストとしてつい他人にもインパクトあるエピソードを求めてしまうのは職業病なのだから仕方がない。

 案の定マストラは首を横に振り「悪いが、そんなのはない」と前置きした上で、こう語った。

 

()()()()()()()と他人は言うが、依頼としてある以上誰かが受けねば依頼主が困るからな。なによりモンスターの討伐依頼は俺が受けずとも他の冒険者パーティーが率先して解決してくれる。それに俺は元々一人(ソロ)だったから草むしりの仕事は適任だった。それだけだ」

「そう、ですか……」

「期待に応えられないですまないな」

「……いえ、なんというかマストラさんらしい理由で逆に安心しました」

 

 これは本心だ。

 記事にする内容としてはともかく、彼のその考えはおおよそ好感のもてるところではある。

 一見とっつきにくい印象の人物だが、その内面を知る度に不思議と人柄と生き様に惹かれていく部分があるのも事実だ。

 

 補足しておくとモンスターの討伐依頼にも範囲を広げるようになったのはやはりパーティーを組んだからで、人の役に立ちたいという彼の意思に共感を示した仲間達の存在も大きいようだった。

 もちろん草むしりの依頼も折を見ては引き受けているそうだ。

 

 本人曰く『別に自分は英雄志望ではない。だからパーティーを組んだからといってこれまでの仕事も蔑ろにするつもりはない』とのこと。

 

 どこまでもまっすぐで、純粋な男だと感じる。

 だからこそ仲間達もマストラに信頼を寄せ、彼を慕っているのかもしれない。

 

 いくらか小休止を挟み、一行はだだっ広い洞窟を奥へ奥へと進んでいく。

 既に何体ものオークを屠ってきたが、いまだ依頼達成には至らない。

 依頼内容では最低でも三十体前後のオークの数が報告されていたが、これまでの掃討数を数える限りではまだまだ足りない。

 

「いい加減気が滅入ってきたね。誰かに出会うたび出会うたびオーク連中の素っ頓狂な豚面ばっかりで嫌んなるよ。あたいは豚が食べられないんだ」

「だけど他のモンスターに出くわさないのも不気味だよ。まるでなにかから一斉に逃げ出したみたい」

 

 ポニーテールと半獣人の少女が会話を交わす。

 思わず口を突いて出る愚痴とそれから一抹の不安を滲ませる言葉。

 しかし半獣人の少女がそのような懸念を抱くのももっともである。本来洞窟には様々なモンスターが共存して然るべきだが、前述のオーク以外どうにもここに居着いているはずの別種を見かけない。

 

 若手記者は手に持った松明を揺らし、ふと思索にふける。

 オークが数に物をいわせて他種族のモンスターを洞窟の外に追い立てている可能性がなくもないが、そもそもの話オークは臆病な性格であるから不必要に他種族の怒りを買う行為に出るだろうか。

 それこそ半獣人の少女が言うように、オーク以外のなにかから一斉に逃げ出したかのような――。

 

「……この先が洞窟の最奥のはずだ」

 

 マストラの発した言葉で思索の海から現実に意識を戻す。

 最奥というからには、恐らく残るすべてのオークがそこで待ち構えていることだろう。

 直接戦闘に参加するわけではないが、マストラ達に迷惑をかけないよう気を引き締めておかなければならない。

 ここにきて足を引っ張るなどもってのほかだ。

 

「まずは俺が行く。周囲に注意を払っていてくれ」

 

 先頭に立つマストラが慎重に歩を刻む。

 草の根一本生えていない洞窟の地面はコツコツとほどよく足音が響く。

 

 松明の灯りもあいまって敵方にはとっくに侵入者《こちら》の存在が把握されているだろうから、今マストラが気にしているのは向こうからの先制攻撃ないし罠の有無だ。

 

 足を踏み入れた瞬間ズドン! という事態も想定しておくことこそが冒険者の世界で長生きする秘訣であると彼も十分に熟知していた。

 けれども幸いなことに危惧していた事態が訪れるようなことはなく。

 

「…………」

 

 やがて開けた場所に出た。

 これまでも武器を満足に振るうことができる程度の広さはあったが、そこは特に大きな空間だった。

 しかし開けているもののこれ以上は行き止まりのため、ひどく空気が淀んでいる。

 むせかえるような耐えがたい異臭に、その場で顔をしかめる。

 

 ――これは、()()()

 

 マストラは暗闇を切り裂くようにして松明を前方に掲げると、予備に火を移してからそれをシュッと向こう側に投げつけた。

 

 松明のゆらめく灯火に照らされて、不気味なほど肥大化したシルエット郡が壁際に照射される。

 やはり現存するオーク共がこぞって集結しているようだ。

 その中で一際巨大なシルエットがぶるりと踊り、

 

「――誰ぞ貴様ら? ここを我らがオークの根城と知っての狼藉か」

 

 体の芯から底冷えするほど重く、威厳のある誰何《すいか》の声。

 

 それだけでこの場にいる人間全員が悟る。

 こいつはただのオークじゃない。もっと強大で、驚異的で、危険な、そう、言うなれば――。

 

「変異種《ユニーク》、か」

 

 代表してマストラがぽつりとつぶやく。

 最後の最後で想定外の不運が待ち構えていたとはまったくもってついてない。

 

 モンスターの中には時として異常個体と称される存在が生まれることがある。

 有する能力、外見、身分、そのどれもが同種族でありながら異なっており、独自の変容を遂げた異常個体はギルドで変異種として区分されている。

 

 その際、過去の冒険者達の手によってモンスターに割り振られている危険度ランクも通常のものから底上げされ、時と場合にもよるが最低でもランクが一つ繰り上がることは間違いない。

 

 つまり眼前に悠然と立ちはだかる変異種オークはBランク、もしくはそれ以上の力を秘めていることになる。

 なるほど、この変異種の出現に恐れ慄いた他種のモンスターが慌てて逃げ出したというわけか。

 それゆえこの洞窟はオークの王国となった、そう考えればすべて辻褄が合う。

 

「……依頼内容には確かに『大量発生したオークが上位種に統率されている可能性あり』と追記されていたが、まさか変異種とはな」

 

 マストラは油断なく距離を取りながら、変異種の姿を見据える。

 当然のことながらその体躯は自分のそれとまるで異なっていた。

 通常体のオークは平均的な成人男性とさほど違わない大きさだが、変異種は同種と比較しても一回りではきかないほどにデカい。

 デカいからにはもちろん膂力も強いことだろう。迂闊に近づくのは危険である。

 

 かといって逃げる選択肢はない。

 今ここで変異種を含めたオークを根絶やしにしておかなければ、拠点を変更されるかもしれない。

 そうなってしまっては依頼の未達成はもちろんのこと、恐れていた集団暴走を誘発してしまう危険性が生じる。

 だからこそ、ここで引くわけにはいかない。

 

「……聞こえなかったか人の子よ。我は貴様に己《おの》が名前を問うたのだ。よもや名乗る名を持ち合わせていないということはあるまい?」

 

 変異種から再び大仰な声を浴びせられる。

 どうやらマストラが誰何の声に応じなかったことを咎められているらしい。

 

「これは失礼した気高きオークの頭目よ。俺の名はマストラ・オルレウス、冒険者をやっている」

 

 律儀にも仕切り直してから変異種相手に名乗りを上げる。

 たとえこれから闘う敵であろうと、言葉が通じる者にはそれなりの礼節を尽くすのが彼の流儀だ。

 

「ほほう、冒険者とな。なればこそ『この地になにをしに来たのか?』などと問うまでもない。多《おー》くを語らずとも分かる。貴様らの目的は我が配下並びに我の首であろう」

「話が早くて助かる。貴殿には悪いが、その命刈り取らせてもらう」

「自らが属する種族に仇なす者を淘汰するに良いも悪いもないであろう。弱肉強食こそが本来あるべき自然の摂理よ。無論タダでは殺されぬがな」

 

 変異種の宣言を皮切りに、これまでずっと静観を決めていたオークが一斉に身構える気配。もう一声かければすぐにでも行動を開始することだろう。

 

「来るか。――みんな、戦闘の用意をしてくれ」

 

 背負っていたバスタードソードを素早く背中から抜き放ち、マストラもまた正眼に構える。

 背中越しに短く指示を出し、仲間から応じる声が返ってくるのを耳にすると、片手で強く武器の柄を握り込んだ。

 そして前に一歩踏み込む。開戦の合図だ。

 

「ブォォォォォッ!」

 

 先手必勝とばかりに飛び出してきたオークの群れが一人の男に向けて殺到する。その数、二十ほど。

 

「そうだ、俺にかかって来い。……ぬんっ!」

 

 落ち着きはらった様子のマストラがまずは自らの間合いに入ったオークを剣で水平に一刀両断。  

 真っ二つになった上半身が空中に鮮血のアーチを描き、さっそく相手の勢力を削ぐことに成功した。

 

「……やるな、言うだけのことはある。それでこそ我らが相手取るにふさわしい冒険者よ」

 

 同胞を失ったというのに憤怒にかられるどころかマストラの腕前を素直に称賛する変異種。

 余裕を示しているだけなのか、それとも他に別の意図があるのかは分からないが、なんにせよ変異種みずから打って出るつもりはまだないようだ。

 

「ブヒィ! ブヒブヒィ!」

「ブブヒィ、ブヒィ!」

 

 この冒険者を相手に無策で突っ込むのは得策ではないと理解したのか、途中から二手に別れるオークの群れ。

 左右から挟み撃ちにする形で、マストラを叩こうという腹積もりなのだ。浅ましいモンスターの割によくぞまあ知恵をしぼり出すものである。

 

 しかしマストラは動じない。

 なぜなら彼の背後には心強い仲間達が控えているからだ。

 

「さぁてと、ここまで温存してきたんだしそろそろあたいらもひと暴れするよ。新聞記者のお兄さん、記事にするならあたいらのこれからの活躍をよーく見といてくれよっ!」

「静謐なる水流と猛々しい火焔が織り成す幻想的な光景をご覧に入れてみせますわ。おひねりは結構。拍手のご用意を」

 

 洞窟探索が始まってからこのかた正面切って敵と闘う役は常にマストラの仕事だった。当然切り込み役も。

 

 それは彼が前衛担当であるためというのも理由の一つではあるが、なにより他の仲間が表立って敵と刃を交わすだけの近接戦闘力を持ち合わせていないことに起因する。

 

 だからといって仲間の女性陣がマストラにおんぶに抱っこという話でもない。

 そうではなくて、あくまでも彼女達の役割は後方支援にこそある。

 ゆえに、これよりその真価が発揮される。

 

「あたいの息は()()()()()。そら、ドラゴン顔負けの火吹き芸を披露するよ」

 

 最初に行動したのはポニーテールの少女だった。

 彼女はすぅと大きく息を吸い、リスのように頬を膨らませたまま口を閉ざす。 

 

 次いでなにをするのかと思えば本人から向かって前方右斜め、今まさに横合いからマストラへと襲いかかろうとしていたオーク数匹に狙いを定めて――勢いよく息を吐いたではないか。

 

 すると驚くことにその吐息は前もって彼女が宣言した通り、否《いな》火吹き芸では済まないほど凄まじい炎の息吹となって一直線に伸びていく。

 

「ブギャアッ!」

 

 脂ぎったオークの体はよく燃える。

 灼熱の炎になでられて、一瞬にして燃え上がったオーク自身が巨大な火種となって傍らの仲間にも火が燃え移り、更に被害を拡大させる。

 そこかしこでオークの身を焦がす苦痛に喘ぐ悲鳴が聞こえ、さながら地獄の様相を呈していた。

 

 同時に妙齢の女性も動く。

 魔術師が扱う杖のように細長い左腕をぴんと前に伸ばし、左翼からマストラに詰め寄ろうとしていたオーク群に白くたおやかな人差し指を向ける。

 

「人の喉を潤す清水は時として凶器にもなることをその身に教えてさしあげますわ」

 

 意識を集中。

 体内に水を取り込むのではなく放出するイメージを脳内に思い描く。

 じわり。

 岩清水のように音もなく彼女の指先から水が湧き出す。水はすぐにしとしとと流れ出し、掌を伝って手首に至るまでそぼ濡らす。

 

 だがそれもわずかばかりのこと。岩で塞き止めたかのように突然水の噴出が打ち止めとなり、代わりにしゅるしゅると、まるで今にも間欠泉が吹き出しでもしそうな異音がし始めた。

 

 そして――ドシュッ。

 

「……⁉」

 

 突然下半身に走った衝撃とともに、なにかが通り抜けた感覚。

 自分はいったいなにをされたというのか。

 オークがそれを知るのは立っていられないほどの激痛が下半身に訪れてからだった。

 態勢が崩れ行く最中に覗き見る。自らの足に人間の親指ほどの穴が空いていた。

 攻撃を受けたらしい。だがどうやって?

 

 オークが抱いて当然の疑問はしかし、脳死という結果によって半ば強制的に解答をもたらされることとなる。

 

「ブ」

 

 再び放たれたなにかによって頭蓋を貫通し脳漿をぶちまけるオークにはもはや知る由もないだろう。

 自身を穿ったものの正体がまさかの超圧縮された水鉄砲であるとは。

 あるいは知った上で納得できただろうか。たかが水如きに命を奪われることになろうだなんて。

 

「す、すごい……!」

 

 その一連の光景をつぶさに眺めていた若手記者の口から、知らず感動の言葉がもれる。  

 話には聞いたことがあったが実際に目にするのはこれが初めてだった。

 彼女達が披露してみせたのは一見魔法のようにも思えるが、実際には少し違う。

 

 ――加護《ギフト》と呼ばれるこの天恵《ちから》は千差万別、一つとして同じ効果はないという。

 

 人間の叡智を極めた魔法が理論上誰でも再現可能な所業であるならば、人の身の限界を超えたこれはまさしく神の御業であるといえよう。

 

 ポニーテールの少女は火山蜥蜴(サラマンドラ)の加護を、妙齢の女性は水棲霊(アンダイン)の加護をそれぞれの肉体に宿しているらしい。

 

 魔術を唱えるよりも早く、弓矢を番えて離すより速い加護を用いた攻撃によってまたたく間にオークの手勢が全滅する。

 

 交戦前は理不尽なまであった彼我の物量差が逆転し、敵も残すところ変異種ただ一匹となっていた。

 

「――見事なり、冒険者の一団よ。よもやここまで早く追い詰められるとは思わなんだ」

 

 ここにきても変異種は余裕の態度を崩さない。

 強がりであるならばそれに越したことはないが、どうにも嫌な予感がしてならない。

 なにせ相手は同種の埒外にいる存在。通常個体と同じように考えるのは危険だ。

 

「だが貴様らの優位もここまでよ。存分に溜まった同胞《はらから》の恨み、我が晴らしてくれる」

 

 若手記者がふと変異種の背後に視線をくれると、今しがた全滅させられたばかりのオークが無表情を浮かべたままたゆたっていることに気がついた。

 一瞬新手かとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。

 なにせそのオークは皆一様に透けており、まるで生気を感じられない。

 たとえるならそう、霊体のような。

 

「我が獲得せし固有異能(ユニークスキル)は無下に散っていった同胞の怨みに応じて、手勢《それ》を束ねし王の力に変換されるというものよ。――貴様らには聞こえるか? この怨嗟の声を。自らを殺めし者らを引き裂いて血肉を啜り、同じ地獄の苦しみを味あわせよと憤怒に満ち満ちた彼奴らの魂の叫びを!」

 

 それを示すかのように洞窟内にオークの鳴き声が反響する。

 幻聴なのか、はたまた実際に聞えているものかは若手記者には判別がつかない。

 分かるのは、変異種がとうとう動き始めたということ。

 無表情を貫いたまま恨めしげにこちらを見つめていたオーク達がいなくなっているということだけ。

 

「――名乗りが遅れたな。我はオーク共の王にして同胞の怒りを代行せし者、『オークキング』。我のために命を散らした同胞の手向けとすべく、まずは貴様らから嬲り殺しにしてくれよう!」

 

 害意を前にした生物の危機的本能からくるのか、若手記者は初めて殺気というものを感じ取る。

 空間内に充満していくプレッシャーに気圧されて思わず唾を飲み込んだ刹那、()()は飛んできた。

 

「危ない!」

「へ」

 

 変異種――オークキングの豪腕によって穿たれた地面は、砕けて礫となった末に無差別兵器と化す。

 大小様々、鋭利な礫の一つ一つが爆発的な加速をともない飛来する。

 半獣人の少女がナイフで弾いてくれなければ今頃とっくに被弾しており、最悪即死していたことだろう。

 

「……ひっ!」

 

 遅れて、情けなく引きつった声がもれる。

 心臓がドカドカと早鐘を打ち、息が乱れた。

 感じた命の危機はかなりのもので、こちらの安否を気遣う半獣人の少女にも空返事をするのがやっとなほどだ。

 

「すまない攻撃を許した、そっちは無事か⁉」

「はい! わたしも新聞記者さんもなんとか大丈夫です! マストラさんこそ気をつけてください!」

 

 同じようにからくも一撃を避けたマストラがよく響く声で安否確認をしてくるが、肉体面はともかく精神面は無傷とは言い難い。

 

 早くも心が折れ、つい先程マストラパーティーに抱いた興奮もどこへやら。

 正直一人で逃げ帰れるほどの度胸があればすぐにでもこの場から駆け出しているところだ。

 

 しかしながらそれも当然叶わない。あの道のりを自力で戻れる気がしないからだ。

 冒険者に随伴してもらわなければ恐怖と心細さで足が竦んで動けない。

 だというのに、よくマストラは前線にいてなお臆することがないなと感心する。これも冒険者の持つ胆力というものだろうか。

 

「今のはほんの手遊びよ。次からは本気で行くぞ。巣に入り込んだ小鼠らしくせいぜい抗ってみせるがいい、冒険者!」

 

 オークキングは地面に突き刺さったままの右手を引き抜き、そのままの勢いで後ろに腕を引く。

 左肩を前面にして上半身を大きくよじらせると、マストラに向けて暴風が如き張り手を見舞う。

 

 ――まともに受けては致命的だ、回避する!

 

 射程範囲を瞬時に見極め、まさにすんでのところで半身をそらす。体の前を掌が通過する際の衝撃で押し倒されそうになるが、前後に開いた両足の踵になんとか力を込めて踏みとどまることに成功。

 オークキングの攻撃が見事に空振ったことを確認すると、マストラはすぐさま反撃に転じる。

 

 前傾姿勢となり、風にそよぐ麦穂を彷彿とさせる動きで右脇を駆け抜けると同時、いまだ技の影響で硬直しているオークキングの太ももを剣で撫で切りにする。

 がしかし隆起する筋肉のせいで皮膚にバスタードソードの刃が通らず、逆に弾かれてしまう。

 

 違和感を覚えた時点でバスタードソードの柄ごと手放したから大事にはいたらなかったが、それでもミスリルメイルを剣で叩いたような痺れが利き手に残り、舌打ちをしてごまかす。

 あらぬ方向に得物が吹っ飛んでしまったが、拾いに戻る隙も暇もない。

 

「マストラの旦那、危ないから下がってな!」

「剣が通じなければ加護で攻撃すればよいのです」

 

 こういう時に頼りになるのはやはり仲間だ。

 万が一にもマストラを巻き込まないように援護のタイミングを見計らっていた彼女達は、彼がオークキングとの距離を置いた瞬間を狙って行動した。

 

 再び放たれる炎の息吹と水鉄砲。

 その威力はオークの件にてお墨付き、これならば十分相手に通用するはずだとこの場にいる誰しもが思った。

 だが――。

 

「笑止。()()()()()()()の攻撃が誇り高きオークの王たるこの我に通用すると思うたか?」

 

 確かに加護は命中した。命中したものの、あまりにもあっけない結果に終わった。

 火山蜥蜴の加護はオークキングの表皮に軽い火傷を負わせ、水棲霊の加護はどてっ腹に血を滲ませる程度のダメージを与えた。ただしそれだけだ。

 

 皮膚がめくれ上がるほど重い全身火傷を負わせたわけでもなければ、胴体に風穴を空けて痛みで悶絶するほどのダメージを与えたわけでもない。

 

 単純に威力不足。

 これでは対抗手段にすらなりえない。

 剣が通じなければ加護も効かない。

 まさに八方塞がり、万事休すだ。

 

「力の差は歴然であろう。もし無為な抵抗を止めて降伏するなら、我とて無慈悲ではない。せめて楽に死ねるよう一息に殺めてくれよう――などと提案はすまい。我は一度口にした公約は守るゆえ、貴様らの惨死は絶対だ」

 

 若手記者の心中に底なし沼にも似た絶望感が去来する。

 無念のままに没した同胞の魂を糧とし、急成長を遂げたオークキングの危険度ランクはまさかのAを通り越してSランクにすら到達しているのではないだろうか。

 

 ならば勝てるわけがない。

 ああ、終わりだ。今度は自分があのオークのように凄惨な死を迎えるのだろう。

 生きたまま四肢を潰され、汚らしくあらゆる臓腑をぶちまけ、誰にも気づかれることなくひっそりと骸になり果てる、嫌な死に方だ。

 

 けれども不思議なことに、この絶望的な状況下において誰一人として泣き言をもらす人物はいない。

 もしや冒険者という存在は恐怖の感情が欠落しているのか。それとも往生際が悪いだけなのか。

 

 縋るように傍らの半獣人の少女を見る。

 だからどうしたという話だが、どうせなら本当に怯えの色がないのか確かめたくなったのだ。

 彼女のトパーズブラウンの瞳になんらかの意志が秘められていた。

 

 やはりそこに介在していたのは不安や焦燥感――いや違う、これは確信をしている目だ。まだ可能性は潰えてないと強く信じているからこそ持つことのできる希望の眼差しだ。

 

 その眼差しの矛先を辿る。辿り着いた視線の先に佇んでいたのは、マストラだった。

 彼ならばこの戦局をどうにかしてくれると半獣人の少女は信頼しているのだろう。

 それなら自分も信じることにしよう。

 草むしり冒険者と呼ばれた男のことを。

 

 かくして信頼を寄せられた偉丈夫は口を開く。

 

「貴殿に()()俺では敵わないことは認めよう。だが戦闘の最中に急成長するのは自分だけだと思わないことだ。……頼むぞ、クルーエル」

 

 ちらりと肩越しにこちらをふり返ったマストラに応える半獣人の少女、クルーエルはなぜか嬉しそうに「はい!」と大きく頷いた。

 

「わたしはみんなみたいにモンスターを倒したりはできないけど、マストラさんのお役に立つことだけはできます!」

 

 その場で前屈みになり、両の手を地面に付ける。「よしっ」と気合を一つ入れ、「はぁぁぁぁぁ」と声帯を震わせ始めた。

 一体彼女はなにをしようというのか。

 

「何をする気は知らんが、我がただ黙って見守っていると思うか?」

 

 同じくその突飛な行動が気になったオークキングはターゲットをクルーエルに変更する。

 あくまで若手記者(おにもつ)の護衛だと思って放置していたが、土壇場まで特に目立った様子を見せなかったのはこのようになんらかの奥の手を隠していたからに違いない。

 

「早々に不安の芽は摘むに限るのでな、まずは貴様から仕留めるとしよう」

 

 筋肉で丸々と盛り上がった緑色の巨体をゆさゆさと揺らしながらオークキングは目標に接近しようとする、……が。

 

「ちょいとお客さん困るんだよね、そっちは舞台裏なんで関係者以外立ち入り禁止だよ。そんなわけで大人しく観客席から鑑賞しててくんな!」

 

 ポニーテールの少女が器用にも炎の息吹を操って行く手を阻む炎のレールを滑らせた。

 本来であれば激しく燃え上がる火柱は生物の歩みを躊躇させるのに十分なほどだ。

 しかし今のオークキングにおいてはこれぐらいの炎の壁ではなんら脅威になり得ない。

 

「理解が足りんのか? この程度の加護では我には通用せぬと先刻忠告したばかりだが」

「ええ、それはもうこれ以上なく自覚させられましたわ。ですが、なにも攻撃に転用するだけが加護の使い方ではないということをお教えいたしますわ」

 

 ポニーテールの少女宛の発言を妙齢の女性が引き継いで返答する。

 怪訝な表情を浮かべる相手をよそに、彼女は白い掌をオークキングの身の丈まで迫らんとする勢いで燃え上がっている炎の壁へと向けた。

 

 水棲霊の加護を借りて水を生成すると同時、そのままそれを炎の壁へと伸ばしていく。

 ただし、これまでと放たれる水の太さが異なっている。

 遠距離から敵を貫くべく超圧縮していた水と違い今度は滝のような太さである。言うなれば水大砲といったところだろうか。

 

 その水大砲が炎の壁と激突する。

 なんのことはない、これではただの消化活動だ。

 しかし決して的を外したというわけでもない。

 これこそが彼女の、いや()()()の狙いだった。

 

「無様な悪あがきか――む、うぉ!」

 

 凍てつくような水温の水により急速に冷やされた炎は、やがて急激な温度差からオークキングの周辺にのみ濃い霧を発生させる。

 溶けるような闇に適応したオークキングといえどさすがに濃霧による視界不良は慣れようがない。

 まるでつきまとうようにして生じているこの霧が晴れるのをじっと待つしかないのだが、その間にも事態は進んでいた。

 

「さ、お膳立ては済んだぜ、クルルっち」

「あとはマストラ様にお任せいたしますわ」

 

 などと一仕事終えたとばかりに警戒を解く二人の視線の先には()が広がっていた。

 

 緑の正体は地面に繁茂する雑草。

 太陽の光が届かない洞窟内であるにも関わらず、青々とした雑草が根付いていたのだ。

 

 幻覚や偽物の類ではなくれっきとした本物の雑草なのだが、先程まで決してあの辺りに自生していなかったはず。

 なのになぜ存在しているのかいえば、答えは一つしかない。

 

「――わたしが得たのは土鬼《ノーム》の加護。効果はなにもないところに雑草を茂らせるだけです」

 

 相変わらず地面に両手を突いたままのクルーエルは、唖然とした表情で目を剥く若手記者にそう説明をする。

 

「ざ、雑草を茂らせるだけ……?」

「はい。枯れにくく、生命力だけは強い雑草です。抜いてもすぐ生えてくる雑草です。そんな人の役に立つどころか邪魔にしかならない嫌われものの雑草はまるで自分と一緒だと思ってました。……あの時までは」

 

 誰かが近づいてくる気配。

 松明の明かりに暴かれて、徐々に輪郭をあらわにする。

 その人物に語りかけるようにして、クルーエルは続ける。

 

「彼は産まれて初めて半獣人のわたしなんかを必要だと言ってくれたんです。だからわたしは彼のためだけに雑草を茂らせます。それしかできないけど、これだけはわたしにだって出来るから。だから胸を張ってこれが自分の役目だと誇れるんです。それもこれもマストラさん、貴方のおかげなんですよ?」

「……俺は、なにもしていない。むしろ俺の方こそ君にいつも助けてもらっている。今だってそうだ、いつも力強い雑草を提供してくれて感謝する」

 

 前線からここまで後退してきたマストラの手にはいつの間にか腰ベルトに下げていたはずの真新しい軍手がはめられている。

 その格好からこのあとなにが行われるのか想像をするに容易いが、それでも若手記者は彼に恐る恐る尋ねる。

 

「マストラさん、なにをするおつもりで…?」

 

 決まっている、と彼は言う。

 

「――草むしりだ」

 

 この世界では個人のありとあらゆる行動で成長《レベルアップ》し、万物に分け隔てなく成長するための経験値が宿る。

 それこそ道端に生える、多くの冒険者にとっては取るに足らない雑草ですら一ポイントもの経験値が割り振られているのだ。

 

 だからこそ荒れ地に雑草を茂らせてそれをむしるという、ただ無駄な自作自演に思える行為にも十分な理由がある。

 

 畢竟どんな冒険者でも草むしりをしているだけで強くなることはできるが、もちろん途方もなく時間がかかることは間違いない。

 それだったら危険を承知でモンスターと闘う方が手っ取り早く成長できる。

 ……本来であれば。

 

「俺の加護は風乙女《シルフ》の加護、その効果は草むしりの経験値倍率を増加させる」

 

 普通の冒険者がオークを十体ほど倒してようやくレベルが一つ上がるとしよう。

 しかしマストラは一メートル四方の雑草をむしるだけでその成長率を軽々と超えることができる。

 具体的には三もレベルが上がることだろう。

 

 代わりに草むしり以外で得られる経験値に大幅なマイナス補正がかけられているが、そんなのはこのチートな成長率の前では微々たるもの。

 

 パーティーを組むまで実戦経験が乏しかったにも関わらず彼がすこぶる強いのは、早い話がこの加護のおかげである。

 たからこそオークキングに勝つためにはこうして草むしりを行う必要があった。

 

「……クルーエルの雑草魂《けいけんち》、確かに受け取ったぞ」

 

 黙々と草むしりに没頭していたマストラがやがて作業を終え、すっくと立ち上がる。

 彼の手によって根本から抜かれた雑草はさっそく経験値へと変換され、その存在を消失させていた。

 

「最後の草刈りは任せろ」

 

 やっと立ちこめる濃霧を振り切ったオークキングの姿をしかと見据え、愛用の草刈り鎌を軍手越しに握った。

 錯覚だろうか、若手記者には彼の持つ草刈り用のちっぽけな鎌がまるで死神の持つ巨大な首切り鎌に見えた。

 

「我としたことがあのような小細工にしてやられたわ。だが二度同じ手はくらわぬ」

 

 口ぶりこそ落ち着いているが、明らかに苛立っている様子が感じ取れる。

 オークキングの想像ではとっくの昔に冒険者らを血祭りにあげていたはずだったのかもしれない。

 

「残念だが貴殿に二度目は訪れない。これから俺が倒すからだ」

 

 そんな憤りに苛つくオークの王に対し、草刈り鎌の先端を向けたままマストラは淡々と告げる。

 

「ほざくな矮小な羽虫風情が! そのように法螺を吹く口ごと叩き潰してくれるわ!」

 

 今度こそ分かりやすく激昂し、砲声のような咆哮を上げる。

 新米の冒険者ならそれだけで腰を抜かしかねないが、マストラは真正面から受けとめた。

 

 恐れる気持ちは一片としてない。

 彼の目にはもはやオークキングの姿は伸び切った雑草にしか映っておらず、ただあのゆらめく雑草を刈りたいという欲求しか湧いてこない。

 

 ――音もなく、駆ける。

 

 今やマストラは一陣の風だ。

 途中で草刈り鎌を逆手に構え、雑草めがけて疾駆する。

 

「そのようなもので我と対峙するか、愚か者め!」

 

 一方でオークキングは迎撃の態勢に移る。

 足を前後に開き、腰を落とす。脇腹にぴったりとつけたまま両肘を後ろに引き、丹田に力を込めた。

 

 これまででもっとも苛烈な一撃(せいけんづき)を目標《マストラ》に見舞おうとしているのだ。

 当たれば即死、万が一外しても瀕死の重症を負うのは免れないたろう。

 

 だが死地にこそ勝機は存在する。

 ゆえにマストラはあえてそこに飛び込んだ。

 刹那、彼を押しつぶすかの如く大きな二つの拳が突き出される。

 

「疾《と》く死ねぃ、冒険者よッ!」

 

 雑草は根本から刈り取るのが()()である。

 だからこそマストラは両拳を振り抜かれる寸前で大きく腰を落とし込んだ。

 頭上すれすれをオークキングの拳が通過し、その風圧で彼の逆立った髪の毛を数本掠め取る。

 それがオークキングの唯一の戦果であった。

 なぜなら――……。

 

「は……?」

 

 ごぶりと大量の血を吐く。

 口からだけではない。

 体の中心からもどくどくと赤い血が湯水のように流れていた。

 嫌に腹がすーすーする。

 当然だ、人間でいうところのへその上辺りから横にぱっくりと裂けているのだから。

 

 ではなぜ腹部が裂けているのか? 

 もちろん切られたからに決まっている。

 切られた? なにで? 

 まさかあのバスタードソードより切れ味の鈍そうな草刈り鎌で?

 駄目だ、混乱している。理解が追いつかない。

 ならば本人に問いただせばいい。

 

「ぼ、冒険者ッ、刃すらとおらぬ我の腹を裂くなど貴様ァ、どんな手品を使ったァ⁉」

「手品など用いずとも、草刈り鎌が雑草を前にして切れぬ道理はないだろう。……しかし、そうだな、ならばこれは鎌鼬と名付けよう。知らぬ間に擦過傷を負わせるという、東洋に伝わる魔物の名だ」

「ふ、ふざけるな冒険者ァ!」

 

 力を入れた拍子で腹から更に鮮血が飛び出すことも構わず、オークキングはいつの間にかすれ違っていたマストラに向かって右手を振り回す。

 けれども次の瞬間には鎌鼬によって手首の先から寸断され、宙を待っていた。

 

「ぎゃあぁぁぁあっ!」

 

 途端、右手を失ったオークキングのくぐもった声が空間に響く。

 我が身を襲う痛みにのたうち回り、空いている手で必死に欠損した箇所を抑えている。

 だがそれも自分に歩み寄ってくるマストラの気配を感じ取るまでの間のみ。

 痛苦に震える王のその口から次に発せられるのは恨み節か、それとも。

 

「た、助けてくれ、まだ死にたくない! 頼むから見逃してくれ、おれはこの洞窟でひっそりと平和に暮らしたいだけなんだ!」

 

 まさかの命乞い。そこには傲岸不遜な態度を貫く王の姿はどこにもなかった。

 情けなくも情に訴え、ただただ目に涙を浮かべて懇願する――芝居をうつ。

 そうやって目の前の冒険者が罪悪感にかられ少しでも隙を見せた瞬間に、空いているこの左手で握りつぶしてくれる!

 

 しかしオークキングの思惑が通じるわけもなく。

 一欠片の付け入る隙も見せぬまま、告げられる。

 

「……言ったはずだ。その命を刈り取らせてもらうと。撤回はしない。なにより俺には目の前の雑草を見逃すような慈悲深さはない」

 

 それはまさしく死刑宣告だった。

 いつの世も王は死神の大鎌によって首を切り落とされる。むろん人外の王(オークキング)とて例外ではない。

 

「せめて安らかに草葉の陰で眠ってくれ」

 

 そうして振りかざされた草刈り鎌によって戦いの決着はつき。

 マストラ一行は誰一人として駆けることなく無事依頼を完了し、生還することができたのだった。

 

 ◆

 

「――以上が今回の密着取材の内容です」

 

 久しぶりに出社した若手記者は内心安堵する。

 やはり自分がいるべき場所はダンジョンではなくこの新聞社だと。

 ちなみに現在は現地で記した実体験を元に一日で書き上げた原稿を編集長に提出したところだ。

 この原稿は自分の涙と汗とが諸々混じった渾身の出来栄えである。

 

 編集長は無言のまま本文に目を通し、一通り読み終えたところで、

 

「中身は色々とむちゃくちゃだな。だがいい記事になる。よくやった」

「ありがとうございます」

 

 むしろそうでなくては困る。

 あの密着取材期間中に冗談じゃなく十年は確実に寿命が縮んだと思う。

 がしかしその甲斐もあってこうして面白い内容に仕上がったのだからよしとしよう。

 

「それにしたって地水火風すべてを司る加護持ちがいるとはなぁ、驚いた」

「正直、できすぎなくらいですよね。まるで彼らが一堂に会するよう()()()()()()()()()()()()みたいに思えますよ」

「まさに事実は小説よりも奇なりってわけだ。まあそれはそれとして、我がアドベンチャータイムズは今後も継続してマストラパーティーの動向を追っていくことにするぞ。こんな破天荒な集団、わざわざ見逃すものか。そんなわけで彼らとの付き合いは君にこれからも任せたぞ」

「了解しました編集長。それならさっそくマストラさん達に今回の取材の謝礼も兼ねてこれから会ってきます。ついでに僕の書き上げた記事を見せて感想を伺ってきますよ」

 

 好きなように書いてくれて構わないと事前に許可はもらってあるとはいえ、完成した原稿を本人達に確認してもらうのは大事なことだ。

 自分が書いた原稿を読んだ時、彼らはどんな反応を示すだろうか。

 喜んでくれるだろうか。

 それとも期待はずれだと落胆するだろうか。

 どちらにせよ、彼らパーティーのファンになった自分の熱意が文章を通して本人にも伝わればいいなと思う。

 

「おっと、手土産を忘れるんじゃないぞ」

「分かっていますよ」

 

 持参する品物は既に考えてある。

 新品の軍手と、草刈り鎌。

 きっと草むしり中毒の彼なら喜んでくれるはずだ。

 足取りも軽やかに外に出る。

 

「……ふう、暑いなぁ」

 

 本日は雲一つない晴天。

 この抜けるような青空の下、今日もどこかで然《さ》る冒険者は額に汗かきながら雑草と格闘していることだろう。

 その光景を想像して、自然と若手記者の口元から笑みがこぼれた。

 

 ――これはかつて草むしり冒険者と卑下された男の奮闘の記録。

 

 世界をも蝕む巨大な雑草すら引き抜いて、やがて草刈りマスラオと呼ばれるようになった者の望まぬ英雄譚。

 

 あるいはただの酔狂な冒険者に対する備忘録なのかもしれない。

 

                  (了)




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