幕間に入って、三連続の船尾ちゃん回。
本編の進行を優先して、流れを止めてしまうと思い泣く泣く削った部分を、完結したからこそ書くことができてます。
今回は、船尾春花というオリジナルキャラクターを考えるにあたって、一番最初に固めた「核」の部分です。
彼女がどういう価値観で動いているのか、どうしてああいう戦い方や人との距離の詰め方をするのか、その根っこにある考えを書いた小ネタになります。
楽しんでいただけると嬉しいです。
それではどうぞ。
八月二日、九校戦への出発日前日。
およそ一ヶ月の準備期間も今日で終わり。本番前にジタバタしても仕方がなく、また疲れを残さないために、どの競技も練習を早めに切り上げていた。
とはいえ、翌日の出発が早朝というわけではなく、お昼過ぎ。生徒たちは過酷な練習を終えて、僅かばかりの解放感に浸っていた。
香澄、泉美、船尾の三人も例外ではなく、一高近くにある寮──船尾が住んでいるそこで、夕飯を共にしていた。
「泉美は飛行魔法は習得してるの? 今年のミラージ・バットはあれが無いとキツいと思うけど」
香澄の問い掛けに、泉美が呆れ顔を見せる。
「今日訊くことじゃないですよ、それ……。明日は九校戦に出発なのに、習得してないはずがないじゃないですか。大体、もし私が『まだ』って答えたら、香澄ちゃんはどうするつもりなのですか?」
「どうするって……ボクが頑張るしかない、とか?」
自分でも時機を逸した質問だと分かっていただけに、香澄の回答は決まり悪げだ。
対照的に、泉美は姉の答えを聞いてニンマリと笑った。双子の姉と、入学から四ヶ月で既に親友とも言える船尾の前だからこそ見せる、泉美の珍しい表情だった。
「香澄ちゃんは、随分自信があるみたいですね」
「そりゃあね。役割はきちんと果たすし、そうでなくても試合に出る以上は勝つよ」
香澄は必勝の意気込みを表情と声音に表して、はっきり答えた。
香澄と泉美、一高一年女子のダブルエース。
泉美は各校のエースが集うミラージ・バットに出場し、香澄はロアー・アンド・ガンナーに出場する。
泉美はもちろん、香澄も自身に掛けられた期待を十分に理解していた。
ロアー・アンド・ガンナーという競技は、『海の七高』や『尚武の三高』に有利であり、国際評価基準に沿った教育を行う一高は分が悪い。これは前評判から言われていた事であり、香澄も同意見だった。
しかし、優勝を目指すならここで大きな差をつけられるわけにはいかない。特に新人戦は競技数が少なく、初動で流れを掴んだ方が最後までいく可能性が極めて高い。
だからこそ、一高幹部や作戦スタッフは、香澄というエースを切った。
さらに担当エンジニアは、生徒会長であり、達也に鍛えられた中条あずさ。歴代九校戦でも、達也に次ぐと言っていい凄腕の魔工師だ。
絶対に、負けるわけにはいかなかった。
「香澄ちゃんは負けず嫌いですからね」
「泉美もね」
双子は好戦的な、けれども肩の力は抜いている、そんな不思議な笑みを交わした。
「船尾はどう? ちゃんと勝てそう?」
「大丈夫、先輩方からもお墨付き貰ってるよ。本戦に出ても三位は目指せるかもって」
「え、すごいじゃん」
一般に、一年生と二年生以上の実力差は、二年生と三年生の実力差よりも大きい。魔法の専門教育は、高校課程から本格化するものだからだ。
仮に新人戦の優勝者が本戦にエントリーしても、上位進出どころか予選通過も難しい。
だがそれが、圧倒的な優勝であれば、話は別だ。
去年のスピード・シューティングで、全試合皆中にて優勝した雫。
バトル・ボードでは、本戦優勝の摩利とほぼ変わらないタイムを出した水波。彼女はクラウド・ボールにおいても、全試合無失点優勝を成し遂げている。
ミラージ・バットにおいて、光球が結像する前に反応するという反則級のアドバンテージと、飛行魔法という切り札を披露したほのか。
アイス・ピラーズ・ブレイクは言わずもがな、相手選手が繰り出す十の技を、万の暴力で蹂躙した深雪。
彼女たちならば、去年の本戦に出場していても、十分上位を狙えただろう。
船尾はそれと同等の評価を受けているという。
「それを言ったら二人も同じでしょ。香澄はペアだからまだしも、泉美は選抜メンバーの中でも光井先輩の次って聞いてるよ」
「そのように評価はいただいていますね」
そう微笑む泉美は誇るでもない。
泉美とほのかでは、素の魔法力なら泉美のほうが上だ。けれど泉美は練習期間中、一度もほのかに勝てたことがない。
魔法の練度、連続跳躍や飛行魔法に必要な身体能力、光波ノイズを感知する知覚、CADの性能差。諸々の要素が重なって、確かな差になって表れていた。
そんな泉美の様子を見て、香澄は双子の妹がひどく悔しがっていると理解した。
泉美はその見た目から、清楚でお淑やかといったイメージを持たれがちだが、実際には香澄に劣らずの負けず嫌いだ。
香澄は話題を変えた。
「それはそうと、船尾は桜井先輩と仲良くなれた?」
「別に? 何もないよ?」
「そうなの? 同じ競技なのに?」
「同じ競技って言っても、あまりにレベルが違うから殆どは別行動だよ。試合だって一日一回しかしてないし、挨拶と反省会以外はほとんど喋ってもないもん」
「えー、せっかくの機会なのに勿体ない」
「だからこそでしょ。私めっちゃ難しいのよ?」
だからこそという言葉に、香澄と、そして泉美も首を傾げる。
「普通に同級生で、仲良くなりたくて声掛けるのとはわけが違うじゃん。冷静に考えて、私めちゃくちゃキモいやつでしょ?」
「いや、うん……そんな事ないと思うよ? ボクとか泉美も、憧れてる先輩はいるわけで」
「香澄たちは元々一高志望でしょ、私地元北陸だよ?」
船尾の言う通り、彼女の出身は石川。現在の寮には一高に通うために住んでいるに過ぎない。
「九校戦観ただけでファンになって、関東まで来て、部活とかの行動圏被せて、裏で水波先輩の情報集めたりしてって。冷静に考えなくてもヤバいでしょ」
「ぅー……うん、ごめん。正直キモい」
「大丈夫、自覚してる」
いや、改めて並べられると酷いな、これ。と、香澄も泉美も、もはや弁護の言葉が見つからなかった。
二人とも、初対面で憧れの先輩──それぞれエリカと深雪に突撃した過去はある。だが、彼女たちのそれは良くも悪くも直情的な暴走。船尾の行動とは一線を画していた。
「だから、段階は踏まないといけないの。ここで距離感まで間違えたら、終わるの」
船尾はそう言うと、「あれあれ、カバーガラス」と前置きして、
「理科の実験でさ、めちゃくちゃそーっと置くでしょ? それくらい慎重に積み重ねていかないと、すぐ壊れるの」
船尾はそう語りながら、手振りで様子を再現する。
「入学してしばらくは、直接会っても『おはようございます』以外してないし、今だって練習以外で関わりにいってない」
まあ好意を隠すつもりはないけど、とおどけてもみせる。
「部活も水波先輩目当てで入ったけど、誰よりも真面目にやってる。九校戦だって根回しはしたけど、ちゃんと実力で勝ち取った席だもん──だから100%邪な動機でも、今のところ水波先輩は拒絶しないでくれてる」
『しないでくれている』
その言葉選びに、船尾の考えの核心があった。
目的は私情、でも手段は常に正当。
一発逆転は目指さない。普通に、誠実に、積み重ねていく。
「なるほど」
「そういった姿勢でいることが、船尾さんの強みなのでしょうね」
水波との距離の詰め方だけでない。
上級生との交流も、コネを作るのが上手いのではなく、「この子なら教えてもいい」と思わせるだけの努力を積み重ねてきた。
模擬戦での戦い方も、苦し紛れの奇策に見えて、実は全てが正攻法──積み重ねてきた努力の結晶だ。
地道な積み重ねを、最後まで貫くこと。それが船尾春花という人物を形作っているのだと。
香澄と泉美は、改めてそう思った。
「それじゃあ暫くは好意マシマシのまま、距離を保つつもりなんだ?」
「ううん、九校戦当日は、いけそうだったらぐっといくつもり」
「具体的には?」
「競技中、関係者席で観てもらう約束してて。だから優勝したら抱き着きにいく」
「はい?」
「え、ダメじゃん。何さっきまでのくだり?」
双子にツッコまれ、けれど船尾は胸を張って言い放った。
「その場の一回限りなら、優勝したノリで許される。それくらいの信頼は積めてるはず」
香澄はその理論に妙な説得力を覚え、親友のブレなさを改めて実感した。
そして泉美は、「もし船尾さんが許されるなら……私も優勝したら深雪先輩に抱きつこう」と、密かに決意した。
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