国内留学に来ておよそ一週間、九島光宣は船尾春花との模擬戦にて敗北した。
ルール違反の
彼女にリベンジするため、光宣は一高一年トップスリーと勝負することとなった。
七宝琢磨、七草香澄、七草泉美。
彼らは十師族、師補十八家としても優秀な魔法師だが、光宣は格が違った。これは光宣の自惚れではなく、実際に魔法実技の演習では三人を圧倒している。
故にこの課せられた模擬戦でも、普通に、今まで通りにやれば、勝利することができると。光宣はそう思っていた。
光宣は、一つ間違えた。
彼が第二高校で無敗を続けていられたのは、その実力に加えて、『九島光宣に勝てる者がいない』という認識があったからだ。
今回彼は、船尾春花に敗北した。圧倒的魔法力の差にも拘らず、攻撃を当てられ、翻弄され、そして我を失った。
陸上競技の不動の世界記録が急に更新され出すように。
フィギュアスケーターがある選手を境に次々とジャンプの回転数を上げるように。
船尾春花は、九島光宣に攻撃を届かせた。
その事実が、『あの九島光宣にも勝てる』というイメージをくれる。そして魔法師にとって、イメージとは現実そのもの。
琢磨が、香澄が、泉美が。三人の中で、それぞれ勝つビジョンが形作られていた。
◇◇◇
観客席が設置された第一演習室。
審判は幹比古、立会人がエリカ。一高に来て間もない将輝と光宣は、既知である二人に審判団を頼んでいた。
先日敗北したその場所で、光宣は琢磨と戦う。彼は三連戦でも良いと思っていたのだが、将輝が三日間に分けて話を進めていたため、大人しくそれに従っていた。
「勝者、一条将輝」
審判の幹比古の判定が響く。
今日行われるもう一つの模擬戦にて、将輝が香澄に勝利を収めた。魔法力の差を押し付け、堅実に勝ちきった試合だった。
「光宣、次は俺たちだ」
「ええ、行きましょうか」
その様子を脇で見ていた琢磨と光宣が中央へ、五メートル程離れて向き合う。
審判は引き続き幹比古。だが今回、ルール説明は省かれた。
「二人とも、準備は良いかい? それでは、始め!」
幹比古の合図と同時、琢磨は懐から何かを取り出し、空中にばら撒いた。
(鉄球……?)
光宣は投げられた十の鉄球を、戸惑いの表情で見届けていた。
琢磨が武器を使うことを想定していなかったわけではない。だが、『ミリオン・エッジ』に代表されるように、七宝家の切り札は事前準備した魔法具を使うものだ。
琢磨が無手で模擬戦に臨んだ時点で、光宣はその可能性を排除していた。
瞬間、琢磨の魔法が発動する。光宣もぼんやりしていたわけではないが、発動は琢磨の方が早かった。
魔法の発動は感知できた。しかし、戸惑いによる遅れと、瞬間的な発動だったことが合わさり、それ以上を読み取る余裕は無かった。
キンッという音と共に、銀光がはじけた。
ほとんど直感により展開した全方位型シールドが、降り注ぐ鉄球を尽く防いだ。
威力規定のため、その速度は拳銃より遥かに劣る。そんな初速を与えられただけの鉄球が、光宣の対物障壁を突破できるはずもなかった。
だが、琢磨の攻撃はそれで終わりではなかった。
防いだはずの鉄球は、弾かれ、転がり、そして再び弾丸として飛来する。
『群体制御』
旧第七研の魔法師である七宝琢磨が、最も得意とする技術。
百万を超える紙片を継続的に操る七宝家の魔法師にとって、十の鉄球を発射するだけなど朝飯前だった。
光宣もただ防御していたわけではない。
振動魔法による直接攻撃や『
けれど、威力規定ギリギリの『空気弾』でも、琢磨のシールドを突破できない。直接攻撃でも──得意魔法である放出系統ならば話は別だが──琢磨の展開する『情報強化』の防壁を一瞬では突破できず、干渉力の力比べになってしまう。
開始から断続的に降り注ぐ鉄球。魔法としてはお粗末でも、魔法的探知が困難な攻撃に対処しながらでは、そのリスクは取れなかった。
(なるほど……)
光宣は、深く納得した。
このままでは千日手。琢磨にも余裕はあるだろうが、光宣はそれ以上に余力を残している。続けていれば、発動速度と干渉力の差で琢磨の防御をこじ開けられるだろう。
けれど、それでは先日の二の舞になりかねない。
──九島くん、防御が雑なんだよね
──基本魔法戦って一発でも当たったら負け濃厚だし、確実に勝てるとは言い切れないと思うよ
船尾の言葉が蘇る。
琢磨がこれから、さらに攻撃の手を増やしてくる可能性は高い。勝つためには、まぐれ当たりの一発も許してはいけない。
ならば、それが起きない状況を自分で作ればいい。
光宣は鉄球を防ぎながら、新たな魔法を発動させた。
『領域干渉』
事象改変の結果を定義せず、ただ干渉力のみを領域に作用させる対抗魔法。
光宣はこれを、薄い干渉力にて行使した。
本来は術者よりも干渉力の低い魔法を無効化する防御技術。薄く行使したとして、何の意味もない。
だが、今回はそれでよかった。
この領域内では、外部から魔法が放たれた際に、それが手応えとして術者に伝わる。光宣は受動的な魔法探知ではなく、能動的にセンサーを張ったのだ。
広げた領域は光宣を中心とする半球型、半径およそ十メートル。
琢磨の攻撃を見た光宣は、これより外で行使された魔法は、多少反応が遅れても防御が間に合うと判断した。
圧倒的な魔法力──多重発動に耐えるキャパシティと、多少先手を譲っても間に合う処理速度。己の才能を理解し、それを十全に生かした戦法だった。
防御体勢を整えた光宣は、総攻撃を仕掛けた。
変わらず、振動系魔法での直接攻撃。同じく振動系魔法だが、対抗魔法での力比べになりにくい地面を媒介とした攻撃。そして琢磨が、自分自身や地面に気を取られれば、頭上から『空気弾』を叩き込む。
単純な三つの魔法を高速に、かつ高威力で放ち続ける。
(くそっ、あいつ、どうやってこれに勝ったんだよ……)
光宣の攻撃をぎりぎりで対処しながら、隙を見て反撃を試みる。
そんな琢磨は、心の中でライバルに恨み言をぶつけていた。
正面からの魔法力比べでは光宣に敵わない、琢磨はそう割り切っている。だが、全ての能力で劣っているとも思っていない。旧第七研のテーマである『群体制御』、それをフルに生かせば、ある程度渡り合えるつもりだった。
だがその攻撃は、今や易々と捌かれている。技巧と工夫を凝らした攻撃は、全て力ずくで潰されている。
(いけるかもとは思ったが、無理だなこれは……)
光宣の力量に対する戦慄、琢磨は諦めた。
諦め、対光宣用の奥の手を切ることに決めた。
琢磨の身体が急激に加速する。──それは自己加速魔法によるものではない。
『セルフ・マリオネット』
移動系魔法の一種。自分の肉体を移動系魔法のみで動かす術式。
部活連における琢磨の上司、十三束の切り札である魔法。琢磨はそれを、形だけ真似て使用した。
思ったとおりの動きができる、という魔法ではない。現代魔法の仕組み上、パターン化した動きを再現するのみだ。
そして、琢磨は十三束ほど肉弾戦に優れているわけではない。琢磨のそれは、喧嘩慣れした者ならばカウンターの餌食になる突貫でしかない。
けれど、光宣は身体が弱く、そんな経験はないだろう。
(──悪く思うなよ、光宣!)
通常の自己加速術式よりも遥かに高速に飛翔する。琢磨の突き出した膝が、光宣の顔面を襲う。
光宣の弱みを突いた、最後の一手。琢磨は今度こそ決まると思った──
「──勝者、九島光宣」
最後の『セルフ・マリオネット』。光宣は琢磨の干渉力を上回る移動魔法により、その身体を叩き落とした。
人形と化していた琢磨は、床に伏したまま動こうとしない。筋肉の力を抜いていたため受け身が間に合わず、軽い脳震盪を起こしたのだ。
「……甘く見ていたな」
幹比古の判定をどこか遠くに聞きながら、光宣は安堵のため息と共に後悔の独言を吐き出した。
◇◇◇
翌日、光宣と相対しているのは香澄だ。
本来なら男女間で採用されるのは、指定されたエリアから出られないノータッチルール。だが、香澄の要望により接触が許可されたルールの下で模擬戦が行われることとなった。
直前には、将輝が泉美に勝利していた。引き続き審判を務める幹比古の説明を聞きながら、光宣は気を引き締めた。
「それでは……始め!」
開始の合図と同時、光宣は初手に薄く『領域干渉』を広げた。昨日と同様に、いち早く魔法発動を感知するための、能動的センサーを張り巡らせた。
故に攻撃は、香澄の方が速かった。
『
空気を冷却しながら圧縮し、奪った熱量を弾速に換える。『空気弾』に一工程加えた魔法だ。
香澄が放った『凍気弾』が、光宣の魔法障壁に衝突して砕けた。魔法による拘束を解かれた空気は急激に膨張し、物理法則に従って冷気塊を作り出す。
窒素と酸素を主成分とする混合気体の凝固点には遠く及ばないため凍結はしないが、氷点下数十度の冷気に光宣は対処しなくてはならなかった。
光宣がそれに対処した間に、香澄も防御を整えた。
『装甲干渉』
領域を指定するのではなく、移動型の『領域干渉』を展開する魔法だ。
お互いに準備を整え終えた。
そこからは、魔法戦だった。いや、それまでも魔法戦ではあったのだが、光宣にとって本当の意味で『魔法戦』が始まった。
香澄は自己加速術式で演習室を駆けながら、多種多様な魔法を放つ。
本質的には船尾と似た戦法。
もちろん船尾とは違う。自己加速術式の練度は船尾のほうが上だ。また、五感の隙を、魔法的探知の隙を、意識の間隙を縫うような、あの嫌らしさはない。
けれど、香澄はその基礎スペックの高さを生かし、魔法的に多彩さを形成していた。
『凍気弾』は、障壁で防御してからも、砕け拡散した冷気への対処が必要で。
『
その二つに注意を払いすぎれば、ただの『空気弾』──攻撃する側の工程が一つ減るため、発動速度が上がる──が連続で叩き込まれる。
その他にも、光宣に本来の実力を発揮させないためにも魔法を放ってくる。
地面を揺らす振動系魔法や、『空気弾』をわざと光宣の立ち位置よりかなり手前で床にぶつけて足元に爆風を送られる。
それ自体に決定力はないが、防御を怠れば、身体が弱く、体幹の弱い光宣は容易に体勢を崩される。──魔法式の構築は乱れ、照準もずらされてしまうのだ。
また時折、香澄が自己加速術式で接近してくるが、近接戦では何をされるか分かったものではない。それは絶対に対処しなくてはならなかった。
(昨日とは、違う……!)
昨日の琢磨は、単純な魔法を瞬間的に発動することで、光宣に探知のリソースを割かせた。
対して香澄は、魔法の工程を一つ足したり、わざと正当な使い方を外すことで、対処に思考を必要とする状況を作り上げていた。
琢磨は、一瞬の遅滞やミスが致命的だった。
香澄は、正しい対処をすればこそ、意思決定に時間を取られる。
アプローチの仕方こそ違えど、『格上に魔法を当てる』という目的は一致していた。
(『
全魔法師の天敵とも言える魔法『仮装行列』。
五感でも、魔法的感覚でも、光宣の位置は偽装されている。捉えられない、照準されない。攻撃が当たらないのだから、防御に割くリソースなど必要なかった。
その九島家の秘術を使えない光宣の未熟さは、昨日船尾に突かれ、露呈してしまった。
ここからどうやって打開するか。
昨日は己のセンスによって、本来とは違う──少なくとも光宣は知らなかった──『領域干渉』の使い方を思い付いた。
今日の光宣は、真似をすることにした。
昨日、目の前で見ていた、将輝が香澄に勝った戦法をそのまま。
圧縮空気の塊が、香澄の傍に作られる。
香澄は即座にそれから離れると、次の瞬間、圧縮された空気塊が爆発する。だが、それで終わりではなかった。
延々と、圧縮空気が作られ、破裂する。
技も何もない。ただの爆風であり、暴力。光宣は何となく逃げ道を塞いでいるだけで、攻撃に思考を使っていない。
防御にのみ集中し、攻撃はほとんど片手間だった。
香澄に沢木のような身体操作技術があれば、爆風に晒されてもそれほど影響はなかったかもしれない。服部のような対応力があれば、また違った対処ができたかもしれない。
もし船尾であれば、彼女は一瞬の間隙に反撃を仕掛け、その攻撃を一時的に止ませることができただろう。
だが、今の香澄にそこまでの練度はなかった。
将輝はそれを見抜いていた。
演習室を駆ける香澄を捉える必要はない。負けないように立ち回り、ただ爆風に対処できなくなったところを捕まえればいいと。
香澄も手を尽くした。
照準を狂わすための魔法を意味がないと切り捨て、その分のリソースを攻撃と防御に回した。船尾と共に、エリカから教わってきた自己加速術式、その成果を遺憾無く発揮した。
けれど、届かなかった。
「──勝者、九島光宣」
幹比古の判定に、光宣は疲労を感じながら息を吐く。
香澄の魔法により、光宣は最後まで思考を強いられ続けた。攻撃を受けたわけでもないのに、精神に多大な負荷がかかっていた。
「模擬戦がこの順番でよかった……」
この上で攻撃にまで思考を必要としていたら、どこかでミスをした可能性もあった。
昨日に香澄が負けた様子を……将輝の手本を見られた幸運に、光宣は感謝した。
◇◇◇
そして三日目、目標まで残り一勝。泉美との試合。
光宣はもう油断していなかった。
船尾には負けた。琢磨と香澄にも、結果的には圧倒できたのかもしれないが、二人とも、彼が予想していたより遥かに手強かった。泉美だけが例外などと考えるはずもなかった。
「この試合はノータッチルールで行う」
達也が青と黄色の境界線に立ち、宣言した。
なお今日は幹比古が風紀委員の当番のため不在で、立会人は三日間変わらずのエリカだ。
「双方、既に知っていると思うが、一応ルールについて説明しておく。色分けされたエリアの外に出てはならない。相手のエリアに入るのも、赤のエリアに出るのも失格となる。相手の身体に触れるのも禁止だ。武器で触れるのも失格となる」
光宣にとって、一高での初めてのノータッチルールなため、ルール説明は省かれることなく行われた。
「では、双方、構えて」
光宣も泉美も、境界線から離れてお互いのエリア中央に移動した。
達也が二人の顔を交互に見る。二人とも、同じように頷きを返した。
壁際に下がった達也が右手を頭上に挙げて、勢い良く振り下ろす。
「始め!」
想子光が閃き、魔法が放たれた。
泉美は、ノータッチルールの魔法戦における王道を進んでいた。光宣にとっても純粋なスペック勝負となれば、戦いを有利に進められるはずだった。
だが、そう上手くはいかなかった。
魔法の発動速度も、事象干渉力も、事象を改変する規模も。魔法師評価基準の三大要素全てにおいて、泉美は光宣に劣っている。
だが、たった一つの項目においては、光宣を凌駕し、魔法師全体としてもトップクラスの才能を誇っていた。
『
第三研の研究テーマである多種類かつ多重の魔法制御技術。
元々『
第三研の成果を会得したまま第七研に移籍した七草家の魔法師にとって、二重、三重程度の多重発動は困難の内に入らない。
いかに光宣が国内最高峰の才能を誇っていても、そのために開発された魔法師に一芸では及ばない。昨日の香澄にも、多重発動による多彩な攻撃に苦戦させられたが、今日はまた別の苦戦を味わっていた。
泉美は開始直後から、二つの魔法を使い続けている。
『
酸素濃度が極端に低下した気流で、酸素欠乏症を引き起こす魔法。
『
大量の空気が常温を保ったまま一瞬で圧縮させ、それを解放することで断熱膨張により急冷却された気流をぶつける魔法。
光宣の頭上には、窒素に偏った空気の塊と、常温を保ったまま圧縮された空気の塊が浮かんでいた。
いくら光宣の発動速度が優れていても、発射直前で待機している魔法は無視できない。
気流を起こして振り払うことはできる。『領域干渉』で無効化することもできる。だが、その対処をする光宣は『暖簾に腕押し』のような感覚を覚えていた。
光宣が上に注意と魔法力を向ければ、泉美はさっさと魔法を放ち、制御を手放す。そして下や正面から魔法を放ってくる。
下に対処すれば、その隙に頭上には再び魔法がスタンバイされている。
ひらりひらりと躱される。
決して真っ向から攻撃してこない。
おそらく光宣のリソースを割かせ、攻撃を鈍らせる。そうやって負けないように立ち回り、光宣が経験不足から対処を誤れば即座にそこを突いてくるつもりなのだろう。
(こういう時、放出系の魔法が使えればな)
光宣は『仮装行列』と同じくらい、電子に干渉する放出系を得意としている。
今も、それを使えば勝てるという気持ちはある。模擬戦でしか使わない振動系などよりも、慣れ親しんだ放出系ならば、泉美の撹乱に対処しながらでも、一瞬で防御を突破できる。
船尾との模擬戦では使うまでもないと、二高での模擬戦と同じように振動系や『空気弾』を使っていた。
だが、今の光宣は別の理由により、放出系の魔法を使うのを躊躇っていた。
この魔法は威力調整が難しい。少しでも加減を間違えれば後遺症を残す可能性があった。
過剰攻撃をするつもりはないが、あの時──船尾の急接近に焦ったとき──のような状況が来れば、十分な安全マージンを取れる自信はなかった。
放出系を使わず、力のゴリ押しでも、おそらく勝てる。
だが泉美は、琢磨や香澄よりも思慮深い。予想外の一手により負ける可能性も否定できなかった。
(……よしっ)
光宣は開き直った。泉美が真っ向勝負を避けるなら、避けられない状況にすればいいのだ。
光宣は、内蔵してあるだけで、実践で使うことのなかった魔法を発動させた。
『窒息乱流』
窒素の割合が九十パーセントを超える強風が吹き注ぐ。
泉美は予想外の攻撃に驚きながらも、自分の身体の周りに気密シールドを展開してそれを防いだ。
室内の狭い範囲で激しい風が荒れ狂う。
頭上から吹き下ろす風に身体を押さえつけられたかと思うと、後ろから、横から、強風に煽られる。泉美は気密シールドごと身体が吹き飛ばされそうになる。シールドの分、風を受ける表面積が広がってより大きな風力を受けているのだ。
しかし、だからといって気密性を引き下げるわけにも、シールドを縮小するわけにも行かなかった。酸素濃度が極端に低下した気流を少しでも吸い込んだなら、低酸素症でたちまち意識を失う。気流に押し流されないようシールドを縮めれば、すぐに中の酸素が足りなくなってしまう。
泉美は光宣の意図を察していた。
『窒息乱流』や『冷気嵐流』を待機させ、相手のミスを待つ戦い方を拒否されたのだ。
(……やるしかありませんね)
そうして、彼女は真っ向勝負を余儀なくされた。
泉美は硬化魔法で地面との相対位置を固定し、吹き飛ばされないよう踏ん張る。一先ずの応急処置だけを施して、総攻撃を仕掛けた。
『窒素乱流』を得意とする泉美には分かる、光宣はこの魔法に慣れていない。気流の操作も、気体成分の維持も、光宣の技量にしては粗すぎるのだ。
つまり、泉美は気密シールドを解除できないが、光宣も『窒素乱流』では気密シールドを破れない。
故に真っ向勝負。
自身を覆うシールド内の酸素が足りなくなる前に、光宣に攻撃を当てる。先ほどまで待機させていた分の魔法リソースも攻撃に充てた総攻撃だ。
泉美の多種多彩かつ全力の魔法攻撃を、光宣は正面から受けきった。奇を衒わず、丁寧に、一つ一つを対処する。その間も『窒息乱流』は泉美を襲い続けている。
(まだ……)
泉美はタイムリミットが近いことを感じつつ、その時を待っていた。
(まだ…………)
狙うのはたった一瞬の隙。光宣の未熟さを突くのではなく、魔法師としての知覚の穴を狙う。
(──ここっ!)
泉美は、ずっと、一つだけ待機させていた魔法を発動した。
『窒息乱流』
香澄との『
当然規模も小さく精度も低いが、それでも泉美はこの魔法を選択した。
理由はただ一つ。泉美では、光宣の魔法防御を突破できないから。
力尽くで防御を破るのではなく、発動中の魔法と同種類の魔法を使うことで、光宣に自他の魔法を誤認させる。
先日、船尾は光宣との模擬戦で、加重増大魔法と『
(船尾さん、借りますよ……!)
船尾に嵌められたことで、学び、身に着け、自身の手札として昇華した技術。
この攻撃は届くと、泉美は確信していた。
──だが、光宣の成長スピードは、泉美の予想を上回っていた。
光宣の周辺に、彼が発動したものに比べれば小規模な、けれども人間を気絶させるには十分な窒素を含んだ気流が流れる。
しかしそれは、頭上から引きずり下ろされた下降気流で無効化された。
「────」
光宣の唇が動くのを、泉美は見た。荒れ狂う風で何と言ったかは聞き取れなかった。
ただ泉美は何となく、「予想通りだ」と光宣が告げたと思った。
この時点で、泉美は密閉されたシールドの中、低酸素症に陥りかけていた。そこに連続の魔法行使の末、切り札が完封され、諦めがよぎった。
泉美の魔法制御が、崩れた。
気密シールドが破られた。
泉美を強い風が襲い、その意識を闇に引きずり込んでいった。
「──勝者、九島光宣」
達也の宣言を、光宣は達成感と共に聞く。
船尾に嵌められた誤認技術。光宣はそれを、泉美も経験していると踏んでいた。
おそらく四人は、頻繁に模擬戦を行っているのだろう。琢磨も香澄も、戦い方にどことなく船尾の面影が見え隠れしていた。
琢磨は、あれだけの魔法力を持ちながら、敢えて魔法的にお粗末な攻撃も使った。香澄なんかはもろに船尾と似ており、彼女の魔法力に応じて発展させた形だった。
だからこそ、泉美も船尾との経験を生かしてくるはずだ。
光宣に真っ向勝負を挑まなければならず、けれども勝てない状況に追い込めば、最後の最後で格上殺しの一手を使ってくる。だが、どんな手があるのか分からず、全てを警戒するのなら意味がない。
だからこそ、光宣は先に仕掛けた。泉美が『窒息乱流』を得意としていると事前に知っていたからこそ、同じ魔法を使い、泉美の選択を誘導した。
ある種の賭けではあったが、光宣はそれを読み切り、そして勝利した。
魔法力とは別の、読み勝ちという勝利を収めた光宣は、船尾春花へのリベンジに心を燃やしていた。
光宣の天才性を損なわず、その上で苦戦させ、学ばせる。難しかった……
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