【悪役と人外の戦記】 - 悪役貴族に転生した僕には、神秘の滅びを謳う戦乱の大陸で人外を視る眼があり、ゆえに成り上がる   作:所羅門ヒトリモン

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第11話

 

 

 エスメラルダのお願いごとは、僕とデートするコトだそうだ。

 昨夜のオルトシャー嬢との夜歩き。

 ミアグレン村からここまで、ずっとお願いごとを決めかねていた様子の彼女が、なにを思ってそんな結論に至ったのかは分からない。

 

 だが、どんな理由であるにしても、いまは目の前のトラブルが最優先だ。

 

「ではこれより、真実のみを語るように。審理を執り行う」

 

「「八神に誓って」」

 

 緑の丘聖堂(グリーンレスト・ヒル)で、公開裁判が始まった。

 開催会場であるアルトゥスの聖堂には、大勢の人間が詰め掛けている。

 

 告発者と被告発者。

 それと弁護人である僕は中央に。

 

 三人の人間を最も至近で取り囲んでいるのは、モルヴァートの息がかかった特権階級。

 十人中八人は知らない顔だったけど、誰も彼も裕福そうな身なりで八神のシンボルを身につけていた。

 

 恐らく、中層で利権を貪る寄進商会や、アルトゥスの修道院長といった顔ぶれだろうね。

 

 貴族は隣の街からお越しの、エルマントン卿とレディ・オルトシャー。

 

 十人はそれぞれ護衛も用意し、彼らの背後ではそれぞれの関係者が席に座り参列している。

 もちろん、そこにはオルトシャー嬢もいる。

 彼女は神妙な面持ちで僕を見ていた。

 

 一昨日の夜と昨日の夜。

 

 そこで行われた〝ある作戦〟について。

 彼女は果たして、ほんとうに上手くいくものかと疑問視しているんだろう。

 

 そんな特権階級関係者の参列席を挟んで。

 聖堂内部の最も外側で立ち見ながらも集まっているのは、この公開裁判を傍聴しにやって来た一般市民たちだ。

 

 だいたい五百人くらいいるかな?

 

 外では「もう入らない! 下がれ!」と叫んでいる下っ端正教枢機官たちの声がしていた。

 モルヴァートはチラリとそれを振り返り、「人々は魔女の裁きを望んでいる」と早くもニヤニヤ。

 

 僕らが味方となる参加者を集められなかったと知って、勝利を確信した様子だった。

 

 マリセアはすでに演技モードに入っている。

 オルトシャー嬢から妹さんの服を借りて、今日の出で立ちは超古風でしかつめらしい装いだ。

 

「フン。いまさら貞淑さを訴えたところで、こちらには証人がいるのですよ」

 

「……わたくしは無実です」

 

「──」

 

 同じ人間とは思えない超絶清らかな声と同情を誘う雰囲気に、さしものモルヴァートも一瞬だけギョッとする。

 しかし、すぐに嫌悪心に駆られたのか「気味の悪い魔女め……!」と小声で罵った。

 

 ちなみに、裁判の開始と一緒に〝偽証を行わない〟宣誓を行ったのは僕とモルヴァートなので、マリセアのこれはギリ許される欺瞞行為だ。

 

 恨むのなら、女性の発言権をはなから重視しない彼らの価値観(せかい)をこそ恨めばいい。

 

「はじめに。この公開裁判はある令嬢の不道徳と不品行を問題視する裁判である。

「ある令嬢とはそちらの、西部総督家マリセア・ダイアニーシアスそのひとであり。

「彼女の不道徳と不品行とは、ベルグラム家のプリンスを堕落の道に誘惑した疑惑である。

「言うまでもなく、両者は夫婦の関係ではない。

「それどころか、いまだに正式な婚約関係ですらなく。

「これは王国の法に照らし合わせてみても、八神の定めた正しき人の在り方と照らし合わせてみても、言語道断の姦通罪である。

「告発者は被告の罪状を、間違いなく糾弾すべき咎と断言しますか?」

 

「──もちろん断言いたします」

 

「被告ならびに被告弁護人は、この告発を事前に冤罪だと申し出ていますが、いまもその申し出に撤回の意思はございませんか?」

 

「はい」

 

「……では、告発者は証人をここに。八神の御名の前で、各々の真実を語りたまえ」

 

「よろしいでしょう!」

 

 進行役が祭壇から降りるや否や、モルヴァートは意気揚々と壇上の中心に立った。

 その歩幅がかなり大胆なものだったので、振り乱される司祭服の袖から()えた悪臭がわずかに匂ってきた。

 

 マリセアの演技に一瞬ヒビが入りかける。

 

 信じられないが、モルヴァートはこの裁判の直前まで欲望に身を浸していたらしい。

 地下のどこかに隠した蛮族の女たちを使って、下劣な行為に耽っていたのだと分かった。

 

 エスメラルダは「これが人間だよねー」と、何やら両腕を組んでうんうん唸っている。

 

「やっぱりダンがおかしい!」

 

「お集まりの皆さん、ご注目ください!」

 

 その声が聞こえない人間は、モルヴァートの芝居がかった仕草と声に注意を集めた。

 パチンと鳴らされる指。

 すると、すぐ近くでビクビク震えていた中年が、オドオドと前に出てくる。

 

「これなる者は王城にて、尿瓶(しびん)の取り替えを生業としている者! けがらわしいと眉を顰めたくなる者もおりましょうが、しかしお聞きください!」

 

「お、おでは王様がたの尿瓶の取り替え人でさぁ……」

 

「聞きましたね!? つまりこの者は、この大陸で最も高貴なるベルグラム家に仕える忠臣中の忠臣! そうでしょう? 尿瓶交換専門の小間使いなど、大陸広しといえども王家にしかおらぬと思われます!」

 

 小さな笑いが、裁判会場にさざめきのように漏れる。

 中年の尿瓶替えは、その笑いに大きく萎縮して顔を赤く染めた。

 言葉だけなら賞賛で、且つ、希少な職能を褒めそやしているようにも聞こえるが。

 

 どう考えても、笑い声は小間使いを嘲笑し、侮蔑していた。

 

 僕はゆっくりと、見渡すように参列者席を確認する。

 エルマントンは笑わず、レディ・オルトシャーも夫に倣ってか笑わず。

 聖少女騎士団の団長も眉を顰めているだけ。

 

 しかし、それ以外の特権階級はどいつも同じだった。

 

 彼ら彼女らは小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、その背後にいる市民たちがひとりも笑っていないコトを気にも留めていない。

 ああ、横にいるマリセアは演技中っていうのもあるけど、最初から完全に興味無しだね。

 

 たとえ男が、自分を窮地に追いやっている証人でも。

 それがどんな仕事を生業(なりわい)にしていようとも。

 

 我が家より上に立つのは王家だけ。

 それ以外は皆、総じて“下々”だと認識しているから。

 東、南、北。

 同格の四方総督家でさえ、マリセアは我が家より下だと見做しているはず。

 

 だからカスがカス同士で、滑稽にも格の比べ合いをしている。

 

 きっと、この光景はそんなふうにしか思っていない。

 ある意味ではとても清々しい。

 

 モルヴァートは自身の()()が、小気味よく笑みをこぼしたのを満足そうに眺めると、腕を広げてしばらく語った。

 ペラペラペラペラ。

 

 小間使いが目撃した光景は、年若い少年王子が悪女の毒牙にかかる決定的瞬間だったとか。

 

 哀れなプリンスには、あのヴァルドリック・ダイアニーシアスを父に持つ女を前にして、恐怖ゆえに自らの身を差し出すしかなかったはずだとか。

 

 マリセアが実際に父親の名前を出して脅しているのを、この小間使いはしかと耳にしたのですとか。

 

 まぁ、ペラペラ語った。

 

「皆さんもご存知の通り、我々正教が王国に教え広めているのは〝あるべき人の世〟の規範です」

 

 八神は人間の神。

 人間が人間として、正しく未来を形作っていくために理想とする、〝人の人生を八つに切り分けた際の徳高さ〟を司る。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 〈地母〉“女の神”

  ▣──司権:大地/出産/子育て/生命

  ▣──規範:育む者、慈しむ者

  ▣──本義:命を育て癒しを与え、家庭を守る

 

 〈鋼父〉“男の神”

  ▣──司権:戦/守護/誓約/忍耐

  ▣──規範:戦う者、耐える者

  ▣──本義:誓いを違えず、力をもって護る

 

 〈収穫〉“農耕・商業の神”

  ▣──司権:実り/商い/対価/労働

  ▣──規範:働く者、積み上げる者

  ▣──本義:労苦と報酬の均衡を尊び、蓄えを築く

 

 〈冥夜〉“死の神”

  ▣──司権:死/終焉/静寂/弔い

  ▣──規範:受け入れる者、見送る者

  ▣──本義:終わりを認め、生を静かに弔う

 

 〈星導〉“選択の神”

  ▣──司権:兆し/運命/導き/選定

  ▣──規範:選ぶ者、決める者

  ▣──本義:道を選び、その責を引き受ける

 

 〈幼童〉“子どもの神”

  ▣──司権:無垢/始まり/可能性/遊び

  ▣──規範:学ぶ者、柔軟な者

  ▣──本義:固定せず、常に新しきを受け入れる

 

 〈賢者〉“知識人の神”

  ▣──司権:知識/法/記録/解釈

  ▣──規範:考える者、答える者

  ▣──本義:理をもって整え、盲信せず問い続ける

 

 〈貴人〉“貴族の神”

  ▣──司権:指導/威光/統治/格式

  ▣──規範:背負う者、治める者

  ▣──本義:特権と義務を両立し、導く
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ご丁寧にも概要まで語ってくれた。

 八神すべての教えをわざわざ暗誦する。

 正教の司祭が往々にして、僕に嫌われる傾向にある理由が、こういった〝透けて見える自尊心と自己顕示欲〟だ。

 

 社会的に正しいとされているコトを、一字一句間違えずに喋れる自分は偉いとでも思っているんだろう。

 

 なかには本物の聖職者もいるんだろうけど、残念ながら大半はそうじゃない。

 コイツは下の下だ。

 

(しか)るに、そこなマリセア・ダイアニーシアスの行いは八神の枢要徳に適っていますか?

「〈地母〉が説くのは、家庭の秩序を乱さない貞淑さです!

「〈貴人〉が説くのは統治者に相応しい品位と節制です!

「年少のプリンスを未だ〈幼童〉のものだとすれば、この女の為した行為は無垢なるものを汚す罪悪でしかない!」

 

 演説は一方的に、マリセアがとにかくひどいコトをしたのだと印象づけるために、御託を並べるものだった。

 なんだ。蓋を開けてみれば、証拠は証人である小間使いだけなのか。

 

 僕は肩透かしを食らったような気分になった。

 

 だけど、周りの反応を見るとそうじゃない。

 

 最初からモルヴァートの仲間である連中はともかく。

 心情的には僕ら側についているエルマントン卿や二名のオルトシャーでさえ、「これはマリセアが不利だ」と思った顔色をしている。

 

 一般市民たちの顔色も、マリセアが悪い人間なのでは? と次第に思い始めた様子だ。

 

 マリセアは「ひどいです! 私、そんなんじゃありません!」と顔を覆って泣き真似を始めた。

 美人の涙に、一般市民のうち何人かの男たちは、ブンブンと首を振って司祭を睨む。

 

 美人は得だなぁ。

 

「ねえ、ダン? どうして証人さんが嘘をついてないって、皆そう思ってるの? それに、どうして皆あのひとの言うことを真剣そうに聞いてるの? はいっ、手に書いて?」

 

 エスメラルダは文字が読めるらしい。

 人前で僕が喋れないとき、だったら指文字でいいから返事が欲しいな、と一昨日から手のひらを使ったコミュニケーションを提案されていた。

 

 もっと早くに言って欲しかった。

 

 後ろ手で指を動かす。

 

 ひとつ目の質問には、「ただ最初に誓いがあったから」だと答え。

 ふたつ目の質問には、「ただ服装が立派に見えるから」と答えて。

 

 エスメラルダは困惑した。

 

「なにそれ? そんなのが裁判なの?」

 

 そうだ。

 裁判なんて名前だけ。

 この世界のこの時代の〝罪のあるなし〟は、結局、決闘裁判なんてものが公然と認められている事実から分かるように、テキトーな基準で決まる。

 

 殺し合いの結果が神の決定だ、って。

 全員が大真面目なんだからね。

 

 貴族はマシなほうだけど。

 

 識字率も終わっていて。

 充分な教育制度もなくて。

 学の無い市民たちは、物事の正否や善悪を、だいたい自分よりも凄そうな人間の意見で判断するしかない。

 

 だから、特権階級ばかりが物事をいいように操っていく。

 

 いつしかこうして、自分を神とでも思い込んだ異常者さえ生んでね。

 

(僕ですら、神にはなれなかったのに)

 

 スッ、と眼を(すが)めると。

 そのときエスメラルダが、ゾクリと尻尾の毛並みを震えさせた。

 愛らしい唇が、音なく呟く。

 

 〝理性の化身〟

 

 タン、と靴音を鳴らして。

 僕は半歩、前へ出た。

 

 その仕草に、モルヴァートが鷹揚に身体の向きをこちらに向ける。

 

「おっと。そろそろ被告側の弁護人が異議を申し立てる時間のようです。時間の無駄だとは思いますが、西部総督家の顔を立てて、ここはお手なみ拝見……」

 

「では、僕からはまず質問をさせてください。カエリウス・モルヴァート正教枢機官」

 

「なんですかな? 若き翼獅子よ」

 

「いろいろ言いたいコトはあるんですが、とりあえず最初にこれを聞きたくて」

 

 この際、コイツが寄進金を横領していたコトや、裏で蛮族に対してどんな行為を行なっているかなどは質問しない。

 証人がどうしてモルヴァートのもとにいるのかとかも、言及しない。

 

 したところで、大した反撃にはならないからだ。

 

 小間使いの中年男が、先ほどからモルヴァートの生き霊に捉えられた蛮族の女たちの霊に、

 

 う ソ つ キ ィ ィ !

 

 と叫ばれていることも、いまとなってはどうでもいい。

 裁判は始まってしまったし、マリセアはきっと、表向きには無罪を勝ち取りつつも実際はプリンスと関係を持った、ってことにしたがっている。

 

 だから、

 

 〝弁護人は本裁判に関係ないことを主張し、いたずらに混乱を招かないように〟

 

 とか。

 そういうお決まりの注意勧告を受ける隙をむざむざ晒して、参列者や傍聴人たちにこちら側の悪い印象を与えたくなかった。

 

 僕がなにかグダグダやって、それを責められている、って思われちゃったら。

 

 一昨日から昨夜の努力が、水の泡になってしまうからね。

 

 繰り返すようだけど、これは裁判の名前を借りた印象バトルだ。

 

 僕はこの場で、最も力を持った人間にこちら側が有利になる印象を与えたい。

 

 ゆえに。

 

「貴方の信仰と八神の解釈って、間違ってませんか?」

 

「────は?」

 

 相手にとって逆鱗になる。

 一番の口撃を入れてやった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「な、なにを言うかと思えば……この私の信仰と八神の解釈が、間違っているだと!?」

 

 モルヴァートはすぐに顔を真っ赤に変えた。

 先ほどの小間使いと違って、怒りからである。

 仮面を被った生き霊にしか視えていない僕でも、その仮面の裏側が赤黒く染まっていくのが簡単に分かるくらいだ。

 

 司祭は口調も乱暴なものに崩れて、あっという間に平静を欠いた。

 

「青二才が! 自らを翼ある獅子と驕り高ぶった一族の、最も若き男ですらこの高慢! このカエリウス・モルヴァートがっ! なにをどう間違えているとほざく!?」

 

 裁判会場はザワザワと騒ぎ声に満ちて行った。

 人々はモルヴァートが〝正しき教え〟の司祭だから耳を傾けていたんだ。

 それが間違っているかもしれないと思えば、「え?」と善悪の秤は逡巡する。

 

 そして特権階級は、まさか僕が正教の司祭よりも優った神学的見地を持っているのか? と疑い始めた。

 

 でもね? べつに難しい指摘じゃないんだ。

 

「八神は人間の神。人間は八神を通して、あるべき人の姿を学ぶ」

 

「そうだ! それが正教だ! 私は何も間違っていないぞ!」

 

「ほんとうにそうでしょうか? 貴方の先ほどの言を振り返れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()ように聞こえましたが?」

 

「……はぁ?」

 

 モルヴァートは何を言われているのか理解が回らず、素っ頓狂な声で口をあんぐり開けた。うん、そんな感じがする。

 他の者も、キョトンと目をしばたかせて困惑している雰囲気。

 

 正教は正しい教えなのだから、人間に間違いを許す宗教なはずがないじゃないか。

 

 誰も彼も、そのように考え「あの小僧はバカなのか?」と失笑を漏らそうとし──

 

「全員、間違ってる」

 

「「「!?」」」

 

「正教の教えは、八神を通してあるべき人の姿を学ぶ、です。間違った者を許すな、だなんて教えは、いずれの神も言っちゃいない」

 

「「「……!」」」

 

 続け様に放たれた指摘に、たしかに、と頷くしかないらしかった。

 モルヴァート自身も、それはたったいま認めたばかり。

 

「むしろ、〈幼童〉や〈賢者〉の教えに従うなら、人間は間違いから教訓を得て成長していくはず。それなのに、モルヴァート正教枢機官は教えから逸脱してしまった人間には、罪しか無いと言わんばかりだ」

 

「そ、それは当然だろう! 八神は世にあるべき人の理想! 人の規範! そこから逸れるは、すなわち人の道を外れたのと同義! 間違った者が現れたというのに、それを糾弾する者がいないのならばっ、この世に秩序は無くなる……!」

 

「だからこそ、〝信仰こそが秩序をもたらす〟と二日前にも聞かされたな。その意見自体には、一定の理があるのを僕も認めてあげよう」

 

 しかし。

 ああ、逆接だ。

 

「僕が問題視しているのは、オマエの語る信仰と八神の解釈じゃ、間違った人間が間違ったままで終わるコトだ」

 

「なにィ……!?」

 

「正教元来の教えは、学びを重要視してる。なのにオマエは、間違った人間を厳しく罰してそこでおしまい。八神が人々に期待してるはずの成長、その一番大事な機会を奪おうとしているコトなんだよ。おかしいよなぁ? おかしいとは思わないか?」

 

 オマエ。

 

「八神だっけ?」

 

「っ〜〜……!」

 

 生き霊が歯軋りを鳴らす。

 先ほどまで気分よく、己が価値観(せかい)のなかで自慰紛いの自己陶酔をかましていたんだ。

 

 自惚れ、思い上がり、歪んだ増上。

 

 冷笑を浴びせかけられれば、激しく不快感を感じて感情を抑え切れなくもなるだろう。

 モルヴァートの素肌は、いまや手の甲や首元まで赤黒く変色していた。

 

 煽り耐性が低すぎる。

 

 そう思う者もいるだろうし、なんでここまで冷静さを欠いているのか、違和感すら覚える者もいるかもしれない。

 だけど、その答えはモルヴァートが生きながらに人外化しつつある破綻者だから、で理屈がつく。

 

 肥大化した欲望。

 醜く膨らんだ自我。

 

 死してなお残る呪いがこの世には存在し、いわんや、生ける者にも呪いの源泉は存在する。

 

 カエリウス・モルヴァートは、どこまで自覚していたかは知らないけれども。

 

 自分を〝選ばれし者〟だと信じ込んでいたはずだ。

 

 そうでなければ。

 そうでないのなら。

 

 こんなにも恥知らずなゲスには、変貌しない。

 

 無意識のうちにでも、自分を神と驕る本音があったからこそ、何をしても許されると考えている。

 ああ、醜い……

 

 ほんとうに、醜くて敵わない。

 

「どうした? 図星を突かれて言葉もないか?」

 

「ッ」

 

「だったら言わせてもらうよ──聞け! ここにいる()()()()西()()()()たち!」

 

「「「!」」」

 

「僕らは、オマエたちは、我々は識っているはずだ!」

 

 かつて、己が信じる価値観(せかい)こそを正義と断じて。

 ひとりの王が大陸を地獄に染め上げて行った。

 王の名はゴドリック十二世。

 

「レストロヴァン王朝最後にして無力なる王! しかしながら、いまなお我々の記憶に『暴王』と恐怖を刻み込んだ男がいたな!」

 

 僕は若いから、その当時をほんとうの意味で知りはしない。

 歳など抜きにしても、識ることはない。

 せいぜい知った気になって、得意げに書き綴ることくらいしか、僕にはできない。

 

 それでも、この世界に生まれ落ちたその瞬間から、できる限りの努力は重ねて来た。

 

 共感。

 寄り添い。

 

 興味。

 

 誰もが発している無言の情報から、余さず読み取れ。

 

「父や叔父、祖父の世代から伝え聞く凶行の数々! 圧政、虐殺、陵辱など、いくら言葉を尽くしても足りないおぞましさ! 西部を預かる総督家の男ゆえに、それらは真に迫ったものだと自認している! オマエたちのなかには、当事者もいるはずだな!」

 

 なら、過去の恐怖は僕なんかよりも根深く、刻み込まれているだろう。

 

「エルマントン卿! オマエは戦ったはずだ! レストロヴァン王朝を火炙りにしたはずだ! 何故だ!?」

 

「──戦わなければ、我々こそが火炙りにされていたからです」

 

「そうだ! そしてここに! いま! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 モルヴァートを指差し、ハッキリと過激な言葉を使ってやった。

 

「わ、私が暴王だと……!?」

 

「コイツは我々の神を! 己が信じるカタチでだけ肯定し! 都合よく私物化している! いいのか!? コイツが権力を握り続けた果てが、ふたり目の暴王でないとどうして言い切れる!?」

 

 次第に、聖堂の内部はシィンと静まりかえっていった。

 それはモルヴァートに味方するはずだった八人の特権階級関係者を含めて、皆が最悪の未来を想像した証だった。

 

 彼らは他の人間よりもモルヴァートに近しい分、心当たりがあったんだろう。

 

 周囲の動揺が、静謐ながらも深いことを見て取って。

 生き霊の司祭が、慌てた様子で流れを遮ろうとした。

 

「論点がズレている! こんなものはこの裁判と、何の関係もない言いがかりだぁ……!」

 

「マリセア・ダイアニーシアスは! 西部総督家の長女だ! 先の戦いでは! 我が家とベルグラム家は手を取り合って! 暴王の治世を終わらせた!」

 

 正式な婚約が結ばれていない?

 結婚前に淫らな不品行?

 

「両家の絆はたしかなもので、お互いの子どもたちが惹かれ合うのも自然な流れのはずだな! だいたい! この男は女であるマリセアばかりに非があるように声高に叫んだが! 王子のほうから求愛があった可能性に触れないのは何故だ!?」

 

 男と女。

 身分の差など関係なく、これは想像できる問い。

 

「従姉は大陸一の美人と名高い! ならば年少のプリンスとて、男ならば焦がれるものを覚えて不思議は無い!」

 

 では、司祭はなぜその可能性に触れないのか?

 

「神の名を騙る男は、いずれ王家の縁戚にも口を出し始めるぞ! そうなったが最後! オマエたちは再び暴王の脅威に晒される!」

 

 ダンッ!! と。

 祭壇の上に飛び乗って、皆に向かって叫んだ。

 

「人間は間違いを犯す生き物だ! 間違いから成長して、より良い明日を目指していく生き物だ! それなのに! 理想から外れれば人ではないだと!? 人の道から外れた落伍者だと!? どっちが!」 

 

 最後は市民たちにこそ訴える。

 

「ここはアルトゥスだが、エルマントンとオルトシャーのお膝元近くでもある! 西()()()()()()()()()! あの戦争に参加した男たち! 男を支え! 帰るべき家を守った女たち! そして!」

 

 一昨日の夜と、昨夜。

 いまなお遺族のまわりで未練を残す魂を。

 僕はその声を聞きながら、できる限り大勢の遺族と一緒に追悼した。

 

 西部総督家が、お忍びで英霊の墓地に足を運んだ。

 

 そういう体裁で、だ。

 

「あの戦争で、今の平和を勝ち取った英霊たち!」

 

 さあ。

 

「西部の民よ! 目を見開け! 己が頭と胸で考えろ! 聖剣は誰が最初に抜き放った! 大陸の貴族たちが一斉に暴王に反旗を翻したのは、何が切っ掛けだったのか! 暴王の二の舞を演じたくない者は、己が心に問い糺せ! 他人の罪を(あげつら)うよりも先に!」

 

 不慣れな長演説に、フゥゥ……と息が乱れた。

 声を張り上げたせいで、喉を少し痛めたかもしれない。

 

 モルヴァートはすっかり、口をパクパクさせて二の句を継げない様子だった。

 

 当然だ。

 この男はただ、マリセアを罪人に仕立てあげて貞操を陵辱したかっただけ。

 

 神だ信仰だ秩序だなんだと(のたま)いながら、ほんとうは(マリセア)を憎悪していただけなんだ。

 

 正教の司祭として、信仰に生きると決めた生涯だったのかもしれない。

 あるいは聖堂社会の権力闘争で、汚職に手を染めながら、ひたすらに上を目指していただけの男なのかもしれない。

 

 マリセア・ダイアニーシアスに出会わなければ。

 

 人生を狂わせるほどの想いを、知らずに済んだ男なのかもしれない。

 

 まさか、暴王と同列視されるだなんて。

 

「わ、わた、しは……ちがう……ちがぅぅ……!」

 

 想像もしていなかった青天の霹靂だろう。

 やがて、傍聴人の群衆のなかから石が投げられた。

 

「がっ!? あっ、あぁ──?」

 

 モルヴァートに石が投げられたのだ。

 そればかりか、市民たちが一斉に足踏みを繰り返して示威行動を始める。

 ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

「暴王はいらない」「暴王はいらない」「死ね」「クソ司祭が」「こんなシンボル」「捨ててやる」「俺たちは西部人だ」「私たちは戦った」「アイツはどうだ?」「戦ったのか?」「血を流したのか」「弟は死んだぞ」「父は死んだぞ」「夫は殺された」「兄は生き残ったけど」「今もマトモじゃない」「どれだけ苦しんだと思ってる」「まだ忘れられないんだ」「許さない」「ああ」「許してたまるか」「暴王はいらない」「私たちは人間だ」「神も化け物も」「ボクらを苦しめるなら」「要らない」「いてほしくない」「死ね」「消えろ」「暴王はいらない」

 

「……ひっ!」

 

 モルヴァートは怯え、腰を抜かして倒れた。

 そこでようやく、生き霊の姿が霧散していく。

 男の素顔は、ああ、恐怖と屈辱に歪んでさらに──

 

 無言で見下ろしていると、モルヴァートは何を思ったのか。

 

「エ、エルマントン卿……た、助け」

 

 司祭の視点では、借金の関係でエルマントン家は味方なのだろう。

 だから、西部でも随一の武門統括の要に思わず縋った。

 

 市民を軽んじて見向きもしなかった男は、やはり最後まで市民と向き合うコトをしなかった。

 

「……? ああ、なるほど」

 

 アルベルク・エルマントンは一瞬、本気でワケが分からないという顔をしたけど。

 すぐに察して、自分の護衛から剣を受け取り、それを放り投げる。

 

「司祭どの、すみませぬが私ももう歳だ。剣はお譲りするゆえ、ご自分で振られるがよろしい」

 

「ぇ──ぁあぁあ──?」

 

「男ならば、〈鋼父〉への誓いはご存じのはず」

 

「……ァ、アァアア……!?」

 

 放られた剣を見下ろし、エルマントン卿を見上げ。

 何度も視線を行き来させて、怯える男は手を剣へ伸ばしかける。

 

 しかし。

 

 カエリウス・モルヴァートの手が、剣を掴み上げるコトは無かった。

 十秒、二十秒、三十秒と経っても。

 代わりに、マリセアがサッと剣を拾い上げる。

 

「私の名誉はこの男によって貶められた! ゆえ! 鉄の代価を以って名誉を取り戻す!」

 

 シュンッ。

 銀の軌跡は、嘘みたいに滑らかで見事だった。

 

 首が落ちる。

 

 公開裁判が、まさかの公開処刑となって幕を閉ざす。

 

「……ダイアニーシアス!」「ダイアニーシアス!」「ダイアニーシアス!」「西部総督家!」「ダイアニーシアス!」「ダイアニーシアス!」「西部総督家!」「ダイアニーシアス!」「ダイアニーシアス!」「西部総督家!」「西部総督家!」

 

 それでも悲鳴は無く。

 白亜を揺るがすような大歓声だけが。

 緑の丘聖堂(グリーンレスト・ヒル)の天蓋を、しばらく谺響(こだま)した。

 

 低級の淫魔たちが掻き消える。

 瞬間、女性らが理由もなしにあたりを見まわし、無意識のうちにホッと両腕をさする姿が散見されもした。

 

 きっと、アルトゥス中の女たちが、同じような感慨を得ているんだろう。

 

 従姉が僕を抱きしめる。

 

「ダリアスのくせに、かっこよかったわ」

 

「──え? あ、ああ……マリセアもかなり鮮やかなお手並みで」

 

「エヴァンに習ったの。父上にはナイショよ」

 

「ふたりともカッコいい!」

 

 エスメラルダが「わーい」とバンザイした。

 途端、予想外の抱擁はすぐに終わってしまい、マリセアは爪でこちらの頬を引っ掻く。

 痛っ!?

 

「普段からあれくらい、シャッキリしなさい」

 

 フン、と鼻を鳴らして。

 悪役令嬢、マリセア・ダイアニーシアスは、もういつもの調子に戻ってしまった。

 

 頬から血が流れる。

 薄い傷だから、痕は残らないな。

 

 さすが、叔父の娘である。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ちなみに、僕の狙いとしては。

 公開裁判が公開処刑になって終わるとか、まったく想定外で。

 

 ほんとうは市民たちの暴動を煽って、なし崩し的にモルヴァートを殺せればいいなと思っていた。

 

 エルマントン家が協力者にできないと判明した時点で、正式な勝利を狙うのはやめて。

 何もかも踏み倒すつもりで、あれだけの長演説をしたのだ。

 

 あの後。

 

「マリセア様。こちらの首も、落として参りました」

 

「あら、ご苦労ね。サー・ローデリック」

 

 証人の小間使いは、いつから潜入していたのか。

 我が家の老騎士によって首を斬られた。

 

「もしかして、刺客に放ってたのって……」

 

「信用できる人間を使うわよ。当然よねぇ?」

 

「ってことは、叔父上も?」

 

「関わってるかって? ──私は未来の王妃よ? 最初から少なからず手は貸してもらってたわ」

 

「そろそろ、迎えが来ます」

 

 ローデリックの言葉とほとんど同時に。

 アルトゥスには、我が家の旗をはためかせた軍が近づいて来ていた。

 

「ダリアスのおかげで、私は民の人気も得られそう。これで王都に戻れるわね」

 

 悪辣にして、ひどく嗜虐性に富んだ笑み。

 どうやら何もかも、叔父と従姉の陰謀野望の片棒を担がされていたようだと知って、僕は空を見上げるしかなかった。

 

 疲れたし、文句を言う気にもなれない。

 

 けど、

 

「帰りはべつの馬車で」

 

 そう抗議するだけの余力はあった。

 

「アハハハハハッ! 同じ馬車なら、特別なお礼をしてあげたけど?」

 

「だから、叔父上に殺されますって……」

 

「私も愛しているわ、ダリアス」

 

 従姉は突然に愛情を囁いた。

 さてはエヴァンから余計な話を聞いたな?

 やれやれ、と馬車に向かおうとすると、

 

 帰り際、エルマントン卿に捕まり「ご立派でした」と頭を下げられた。

 

「ダンタリアス様のおかげで、借金もチャラにできました」

 

 と、片目を瞑って茶目っ気に富んだ言葉と一緒にね。

 公明正大なる楡の老主が、一度は借りた金を返しもせずに踏み倒すなんて、信条に反するんじゃないかと思ったけど。

 

 返す相手がいないなら、どうしようもないってコトらしい。

 

 そんな僕に、

 

「ダンタリアス・ダイアニーシアス」

 

「なんですか? オルトシャー嬢」

 

「私のことは、シェリーと呼んでいい。……さっきの貴様は、男らしくて良かった」

 

「え?」

 

「ではな!」

 

 聖少女騎士団の長は、言うだけ言って背中を見せるだけだった。

 

「フハハっ、我が姪も色を知る歳頃ですか。今後も末長くよろしくお願いいたします」

 

「……手紙の返事は、なるべく早く返すね」

 

「おっと、姪は期待してもよろしいのですかな?」

 

「西部軍監家との繋がりは、捨てるに惜しすぎるよ」

 

 あくまでも政治的な回答をすると、老人は目を細めて頷いた。

 

「西部軍監家は此度の感謝を忘れませぬ」

 

「奥方を甘やかすのも、ほどほどにしてくださいね」

 

 苦笑で、僕は見送られた。

 

 ラウグレイ高原のグレイムヒル家。

 ヘイルガーデンのヴェルデミア家。

 ベルトシティのエルマントンとオルトシャー家。

 

 西部総監。

 西部前副総督。

 西部軍監。

 

 気づけば僕にも、地位を支える後ろ盾候補が揃いつつある。

 どこもどこか、〝瑕つき〟なのは気になるけれど。

 

 正嫡の座を奪われた僕自身が瑕モノなんだから、ある意味では相応の成果かもしれなかった。

 

 馬車に入ると、エスメラルダとふたりっきりになる。

 

「やっと、話せるね」

 

「ええ。それで、デートっていうのは?」

 

「うん。私ね? ダンのそばでずっと考えていて、分かったコトがあるの」

 

 西陽が差し込む馬車の座席で。

 少女の姿をした神は、真剣な眼差しで言った。

 

「貴方の人生の意味」

 

「……え?」

 

 それが分かったと。

 出会ったときと同じく、どこまでも不意打ちに。

 

 もはや人から、必要とされない存在は。

 

 想像すらしていなかった言葉をぶつけてくる。

 

「だから、お別れのためのデートをしよっ?」

 

 

 

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