「ではこれより、ダンタリアス・ダイアニーシアスを騎士へと叙任する」
約一年の歳月が経った。
重厚で厳格な叔父の声が、肩の上に平な鋼鉄を置く。
周囲では従兄や従姉、ダイアニーシアス家に仕える家来が、大勢叙任の儀式を見守っていた。
僕は跪き、顔を伏せて誓いの言葉を復唱する。
「汝、〈地母〉の名のもとにか弱き者を守れ」
「我、〈地母〉の名のもとにか弱き者を守らん」
「汝、〈鋼父〉の名のもとに勇敢であれ」
「我、〈鋼父〉の名のもとに勇敢たらん」
頭上を飛び越え、左右の肩を交互に叩く剣の重み。
まさか自分が、ほんとうにこの日を迎えるコトができるとは、なんだか嘘みたいだった。
それも、予想以上の祝福を与えられている。
「汝、〈収穫〉の名のもとに忠勤に励め」
「我、〈収穫〉の名のもとに忠勤に励まん」
「汝、〈冥夜〉の名のもとに死を畏敬せよ」
「我、〈冥夜〉の名のもとに死を畏敬せん」
今日は十六回目の命名日。
晴れて成人を祝われ、僕のもとには想像以上の人間が集まった。
叙任式の端では、厳かな音楽を鳴らす楽師たちも呼ばれている。
エヴァンドルはすでに杯を呷り、葡萄と林檎の酒精に景気良く酔っていた。
「見ろ! あれが俺の従士だ!」
「もう違うわ。今日からは騎士よ」
王都からは、マリセアも戻っている。
そればかりか、ベルグラム家のプリンスも連れ立ち、王家すら祝いの席に参列していた。
ということは、他にも名家のお歴々が、
「あれが、彼の若き翼獅子か……」
「噂では妖術師だと言うぞ……」
「なぁに。叔父御に似て、単に余念が無いのだろうさ」
「万事にな」
「なにしろ、西部総督家の標語はほれ」
「〝ダイアニーシアスは常に備えを怠らない〟」
「しかし、あの歳でか?」
「儂はアレが、不可思議な技を持っておると聞いたぞ……」
「しっ! 余計なことを囁くではない」
「今日はベルグラムもおるのだ……」
──ああ。
いつぞやの命名日とは、ほんとうに大違いだ。
「汝、〈星導〉の名のもとに選定の責を負え」
「我、〈星導〉の名のもとに選定の責を負わん」
「汝、〈幼童〉の名のもとに無垢なる者を守れ」
「我、〈幼童〉の名のもとに無垢なる者を守らん」
けれど、一番に注目すべきなのは。
今日この日、この記念すべき
そうだよ?
僕は叔父から、
金箔の天蓋、美しい葡萄棚の庭園。
黄金の季節城──とは、さすがにまだまだ言い切れる状態では無いけれど。
僕もこれで、正式に西部貴族の仲間入りだ。
「汝、〈賢者〉の名のもとに理知ある刃を振るえ」
「我、〈賢者〉の名のもとに理知ある刃を振るわん」
「汝、〈貴人〉の名のもとに民のために剣を執れ」
「我、〈貴人〉の名のもとに民のために剣を執らん」
「八神に誓い、汝を誓約の騎士とする」
ぱちぱちぱち。
拍手はまばらに、しかし確実に始まった。
僕は立ち上がって、叔父と正対する。
「フン」
西部総督閣下は鼻を鳴らして、すぐに参列者の元へ戻った。
というより、プリンスとマリセアのもとに向かった。
話すべきことはもう、互いに話し終えているので。
今日はもう特別、甥に時間を割くコトもしないんだろうね。
周囲の参列者も、数人だけ簡単な挨拶と社交辞令をするくらいで、ほとんど叔父一家のもとへ向かって行った。
ダイアニーシアス家の男が、
西部での権力構造に大きな違いは無い。
むしろ、明確に僕の立場は定まったと言えるかもしれない。
にもかかわらず。
「ダンタリアス様。命名日、おめでとうございます」
「フレイア嬢。ええ、ありがとうございます」
ラウグレイ高原、
変わり者の貴族令嬢。
ドレス姿で現れるフレイア・グレイムヒルは、なるほど。
血に塗れた看護服姿とは違って、これまた別の意味で責務の意味を知っていた。
高貴なる者、淑女然とした姿は、凛として美しい。
鴉の濡羽色だなんて表現すると、如何にも陳腐かもしれないけれど。
黒髪の美人は、どこか不吉な魅力を湛えつつ、お互いの印象の変化に触れた。
「もうすっかり、男性ですね。閣下?」
「貴方もすっかり、レディですね」
「ふふ」
そして、フレイア嬢を皮切りにして。
僕のもとには、さらに人影が集まった。
真っ赤なドレスに身を包んだ、如何にもお嬢様然とした美少女。
「ご機嫌よう、ダリアス様。いかがでしょうか? 貴方様の城は」
「誰ですか?」
「──えゅ」
「冗談です。分かっていますよ、ローズ嬢」
「! も、もう! 心臓が止まるかと思いましたわ……!」
ローゼリッタ・ヴェルデミア。
ミアグレン村での盗賊退治をキッカケに、この元婚約者も初対面の印象からはずいぶん様変わりした。
最初に会ったときは、拷問器具じみた土偶人形みたいな全身鎧姿だったからね……
「思っていたよりかは、上等です」
「すぐにもっと良くしますわ。当家はダリアス様をお支えいたします」
「うっウんッ! 失礼、少し距離が近いのではないかな?」
「シェリー嬢」
「ひ、久しぶりだなっ? 少し背が伸びたかっ?」
「であれば嬉しいですが、貴方は髪を伸ばされたんですね」
「うむ……どうだ?」
「よくお似合いですよ」
「そうか……!」
ローズ嬢との挨拶を半ば強引に遮って。
アルトゥスの裁判では、そこそこ世話になった少女騎士がヌッと顔を近づけて来た。
青い瞳の聖少女騎士。
こちらも今日は、令嬢らしいドレスに身を包んでいる。
帯剣しているのが、少々無骨だったが。
「……なんですの、貴方。距離が近いとか言って、貴方のほうこそ近いじゃありませんの」
「そ、そんなコトは無い! 私はシェリエル・オルトシャー! エルマントン家ゆかりの者だ!」
「軍監家の? そうですか。では、目下の敵は貴方になりますね」
「ちょぉっと!? どうして自然にわたくしを眼中から外しているのかしら!? この総監家の鴉女は!」
「敵とはまた、穏やかじゃないな……」
「あら、腰の剣は飾り? それなら私の楽勝だわ」
「──なんだと?」
女たちは何やら、僕をそっちのけで熱くなっていく。
男として非常に嬉しい限りの光景。
ただし、今日はさすがに女同士の戦いに巻き込まれてはいられない。
それとなく存在感を消して、スゥ〜っと距離を取った。
今日、僕が真面目に話をしたい女性はひとりだけだ。
バルコニーに出て、葡萄棚からの風を前髪に浴びる。
ふわりと膨らんだ薄生地のカーテンを避けて、外の空気を胸いっぱいに吸う。
すると、そこには小麦の匂いも混じっていた。
喧騒からは少し離れ、小さな声で少女の名を呼ぶ。
「エスメ」
「うわっ! こういう時ばっかり、そう呼ぶんだ?」
相変わらず、ダンって女たらし〜! と。
神はニコニコしながら、砂糖のかかったレーズンパイを頬張る。
口の端は少し、赤紫色に汚れていた。
しかし、耳と尻尾は上機嫌に揺れている。
もう普通の人間にも見える状態だから、ローブの下でだけど。
以前よりも少しだけ、肉体的な年齢も成長した感じだ。
「ありがとうございます、エスメ」
「ん?」
「貴方が戻って来てくれたから、僕は今日を迎えられた」
「うん。でも、遅くなっちゃってごめんね?」
「いいんですよ。僕らの時間は違う」
そりゃ、なるべく早く戻ってきて欲しいと思っていたけど。
三千年ぶりに手にした自由を、思う存分楽しめる時間くらいは与えてやるのが。
あの日、あの選択をした僕に求められる甲斐性ってヤツだろう。
「でも、そのせいでダン、私が戻ってきたときホソホソの棒切れみたいだったよ?」
「ハハハ。ぶっちゃけ餓死寸前でしたね」
「ごめんね?」
「戻って来てくれたから、気にしていません」
エスメラルダは戻って来た。
自由を取り戻した後で、僕のために戻って来た。
契約の縛りはもう無い。
しかし、それでもまた僕の傍にいたいと。
孔雀の翼を持つ黄金の獅子は、慣れ親しんだ不自由をも取り戻しにやって来た。
我が家の金鉱脈は復活し、叔父は斯くして僕を赦免したのだ。
僕が死ねば、今度こそエスメラルダの黄金が手に入らなくなるから。
世のなか結局、金なんだろう。
それはさておき。
「どうです? これ」
「うん。なんか、いい感じかも」
姦しやかな宴の広間。
今日だけは大勢の貴族が集まって、僕を慕ってくれる魅力的な異性も少なからず存在して。
父が愛した黄金の城は、急拵えでも見栄えを整えられている。
想像以上の豊かさで。
「僕は騎士になりました」
「そうだね。お父さんのお城も取り戻せた」
「ええ。だから、ここからです」
「うん」
「ここからが、本番」
『Flame and Iron』
炎と鉄の地、神秘の歌がいよいよ始まる。
不可思議な命運と因果な呪いに彩られ、数多と命が散りゆく戦乱の幕開け。
「ダンの知識とは、もういろいろ違っちゃってるね?」
「でしょう? だから、僕の人生の意味はまだ決まらない」
「私を生かしただけじゃ、満足できない?」
「エスメだって、まだまだ知りたいんじゃないですか?」
僕という人間を通して。
神ははじめて、人間を理解する物差しを得た。
孔雀石の眼が、好奇心にくすぐられて三日月に弧を描く。
鋭い爪を生やした柔らかな両手が、背後からしなだれかかるように胸元に滑り込む。
豊満な乳房が、背中で押し潰された。
妖しい黄金色の魅惑。
エスメラルダは頬を赤く染めて囁いた。
「……うん。私も知りたい」
「じゃあ、一緒に知っていきましょう」
僕らの探究譚は終わらない。
悪役と人外の戦記は、これからも続いていく。
「ねぇ、ダン?」
「なんです?」
「私を生かした責任、ちゃんと取ってもらうんだからね」
行動で応えると。
上質な小麦の香りに混じって、わずかに酸味を感じさせる葡萄の味がした。