【悪役と人外の戦記】 - 悪役貴族に転生した僕には、神秘の滅びを謳う戦乱の大陸で人外を視る眼があり、ゆえに成り上がる   作:所羅門ヒトリモン

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第2話

 

 

「我こそは、乳房と葡萄酒の神なり!」

 

 暗愚な父は娼館で喉を切られた。

 

 やったのは叔父だ。

 

 それ以来、我が家の家督は叔父が継ぎ、()()当主の息子から前当主の息子にクラスダウンした。

 

 母がもしあのとき生きていれば、きっと叔父に逆らっただろう。

 

 そして殺されていただろう。

 

 伝え聞く人物像では、とても野心家だったようなので。

 

 まぁ、そうでなければあの暗愚な父を捕まえて、結婚なんてするはずもない。

 

 まともな女性なら、日がな娼館で食っちゃ寝している酒樽腹のオヤジを捕まえて、ましてや自身の寝所に誘い入れ、種を仕込ませようなどとは画策しないものだろうからね。

 

 酒樽腹のオヤジが、大陸の西部総督を預かる大貴族の当主でもなければ。

 

 若き日の母が、野心の火に魅入られて。

 聞くだに大胆な行動に出るコトは、決して無かったはず。

 

 なので、母の悲哀は、彼女が僕を産むのと同時に衰弱死してしまった事実に尽きる。

 

 ああ、でも。

 

 それっていったい、どっちが幸せだったんだろうね?

 

 本人は無念だったに違いないけれど。

 自分の息子が将来の西部総督になるはずだと信じて逝けたのだとしたら、まだ救いがあるかな?

 

 あいにく、現実はそうではなくなったので、母が今の僕を知らずに逝けたのは、彼女にとってまだしも幸せだったと祈りたいところだ。

 

「ダリアス。よぉ、気分はどうだ?」

 

「そりゃもう、最高ですよ」

 

「んだそりゃ。白けたツラで言いやがって。今日はオマエの命名日じゃないか。もっと嬉しそうにしろよ」

 

 と、そこで。

 物思いに耽っていた僕を現実に引き戻したのは、ハンサムな金髪の青年だった。

 

 青年はこちらの肩に手を置きながら、なみなみと注がれた葡萄酒(ワイン)の杯を豪快に(あお)る。

 

 従兄(いとこ)殿である。

 

 どうやらすでに、だいぶ酒精が回っているようで。

 

 シャツの裾も、だらしなくズボンから半分飛び出ていた。

 もちろん、襟元には赤紫の染みだらけ。

 我らが西部の上等な葡萄酒が、実に景気良く飲み散らかされている。

 

 六つ上の、エヴァンドル・ダイアニーシアス。

 

 叔父が僕の父を殺した日、クラスダウンした僕とは違って、入れ替わるようにクラスアップしたのがコイツ。

 

 当主の息子になった次期西部総督様。

 

 暑いのか、胸元も開けっぴろげ。

 そのせいか、さっきから広間の女性陣からチラチラと意味深な視線を送られている。

 

 今日は僕の、十五回目の命名日なんだけどね。

 

 あ、命名日って言うのは、この世界で言うところの誕生日にあたる記念日のことで、見ての通り、いまは祝宴の最中だ。

 

 参加者数は驚いたことに、百人以上。

 

 前世じゃせいぜい、ケーキを買ってロウソクの火を吹き消す程度のお祝いしかして来なかった僕としては、十五回目でも未だに慣れない。

 

 もっとも、前半はともかく後半に差し掛かってからは、エヴァンドルの推察の通り祝われて嬉しい、なんて気持ちとはすっかり縁切り状態だ。

 

 エヴァンドル曰く、いまの僕はかなり白けたツラをしているそうだけど。

 

 シラけているのにも理由がある。

 

 あ、勘違いしないでもらいたいから、一応言い含めておくね?

 べつに父を殺されたからじゃない。

 西部総督の座を継承できなくなったコトは、正直どうでもいい。

 

 なにせ、知っていたから。

 

 最初から筋書き通りで、この世で起こる諸事は天の上の主が思し召すところ。

 

 僕は淡々と今の立場を受け入れている。

 叔父一家との仲も、周囲には誤解されがちだけど悪くはない。

 

 ただ、ときどき、やっぱり思ってしまうんだよなぁ……

 

(コイツらって、どうしてこう()()なんだ?)

 

 ってね。

 いや、正確には悪役じゃなくて悪人、なのかな。

 というのも、現在、僕の目の前で行われているのは宴は宴でも、少々正視するに堪えない類の宴でさ。

 

 乱交だよ。

 

「ああっ! いい! いいわ! 突いて騎士様!」

「果てたいの? いいのよ、好きな時に果てても!」

「ただし、お代は一回につきもらうわ……!」

 

 娼婦の声。

 安っぽい嬌声混じりのそれは、大多数の男たちに寄ってたかって相手を求められている彼女たちのもの。

 

 そのうちの一人は、ちょうど今日、僕が初めて恋をしたコトになっている赤毛の……なんという名前だったっけ?

 

 とにかく、赤毛の娼婦だ。

 

 彼女の姿形が、ダイアニーシアス家に仕える大勢の腕っぷし自慢に囲まれて、僕が座る席からはまったく見えなくなってしまったのも、今や遠い過去。

 

 むくつけき男たちの露出された下半身と、撒き散らされたドロドロの精液。

 

 ああ、最悪だ。独特の、匂いまでする。

 宴が終わった後の下男や下女たちの労苦を思うと、同情を禁じ得ない。

 それくらい下段の床には、しばらく足を下ろしたくなかった。

 

 たとえ、綺麗に拭き掃除された後だとしてもね。

 

 どうしてこんなものが、命名日の宴に?

 と、疑問に思う者ももちろん大勢いるだろう。

 

 その答えは、ちょうどエヴァンドルが言ってくれる。

 

「……まぁ、悪く思わないでくれよ。これも父上なりの愛情表現ってヤツだ」

 

「ええ、分かってますよ? ですから、最高だと言ったじゃありませんか。見事なサプライズでした」

 

「あー……そうか? けど一応言っておくと、俺は反対したんだぜ? 〝ダンタリアス・ダイアニーシアスの、初恋から童貞卒業まで一日で達成パーティ〟の開催なんてのはな?」

 

「……それ、叔父上が本当にそう言ったんです?」

 

「いや、今のは俺が名付けた」

 

「……」

 

 酒のせいで、胡乱な言葉を吐いているだけだと聞き流しておこう。

 要するに、現西部総督であらせられる叔父上閣下は、今日こういうサプライズを思いついた。

 

 十五回目の命名日を迎えた甥を祝うため、そろそろ童貞でも捨てさせてやろう。

 

 だが、童貞をただ卒業させるだけではつまらない。

 

 どうせだったら劇的に、純な少年の心にいっそ奇跡だとすら思えるくらいの恋も経験させたうえで大人の男にしてやるのだ。

 

 そんな企ての下から始まったのが、叔父プロデュースの上での〝ダンタリアス・ダイアニーシアスの、初恋から童貞卒業まで一日で達成パーティ〟の開催。

 

 まず、ここにいるエヴァンドルが朝方テキトーな理由をつけて、僕を城下に連れ出します。

 

 連れ出された先で、僕とエヴァンが少し薄暗い路地裏の前を通ると、そこからゴロツキに追われた可憐な女性が現れるんです。

 

 赤毛の女性は美人で、いかにも困っている様子で、わざとらしく僕の前で転びます。

 

 そしてこちらの服の裾を掴んで、いかにもヒロインっぽく叫ぶんですよ。「助けてください!」

 

 突然の事態に、当然、目を丸くして僕はまごつきます。

 

 しかしここで、騎士エヴァンドルが勇敢にもゴロツキたちに立ち向かい、「オマエはその娘を連れて逃げろ!」と大声を出す。

 

 慌てた僕は言われた通りに女性を支えて、一緒に走り、いい加減そろそろ撒いただろうというタイミングで、息を落ち着けられる場所を探すんです。

 

 身を隠して、休める場所をね。

 

 で、ここまで来たらいよいよ始まるのが、感嘆不可避の叔父上劇場。

 

 僕と二人きりになった途端、女性は「ありがとうございます。怖かった。なんて勇敢なの」とかなんとか言って、すっかり潤んだ瞳で僕に抱きつくワケだ。

 

 純な少年──彼らの認識ではそう──である僕は、初めて魅力的な異性に男として頼られている事実に舞い上がり、ドキドキと初恋の鐘を鳴らす。

 

 しかも、女性はそのまま僕を物陰に押し倒し、「お礼をさせて♡」などと童貞まで奪おうとする都合の良さ。

 

 尻軽すぎると思うが、純な少年を騙くらかすくらいなら、このくらいアホな脚本でいいんだろう。

 

 斯くして、コトをし終えた僕は、童貞を卒業したばかりの男がだいたいそうなるように、初めての相手を手放しがたく感じ、愚かにも家名を明かして正式なお付き合いを考え始める。

 

 女性を自分の家──貴族に迎え入れるつもりでね。

 

 が、夕方になっていざ城に戻ってみると。

 そこでは得意満面な笑みを浮かべた叔父が待っていて、ついに種明かし。

 

 女性の正体は金で雇われていた娼婦だと判明して、その証明として、広間で大人数でのパーティが行われる。

 

 幼気なダンタリアス少年は傷つき、この野蛮で残酷な戦記世界で、晴れて擦れた大人の仲間入りを果たすって寸法だよ。

 

(あらかじめ、すべて分かってたけどね)

 

 だから、実際には細部が異なる。

 

 僕は初恋になんか落ちてないし、童貞も卒業していない。

 

 赤毛の彼女には、二人きりになったタイミングで演技を見抜いたことを告げて、牡熊金貨を渡すことで口裏合わせをしてもらった。

 

 せっかくの叔父や従兄からのサプライズを台無しにしたくはない、とか言って。

 

 あとはほら。

 

 叔父の前で、僕がそれっぽく傷ついた演技をすれば筋書きに問題なし。

 

 西部総督様は忙しいので、今夜は上機嫌に早々と執務室に戻っている。

 

 だもんで現在の僕は、こうして宴席の壇上でしばらく時間を潰しながら、お開きになるのを辛抱強く待っているワケだ。

 

 僕が黙っていると、エヴァンドルが気まずい顔になった。

 

 真ん中分けの金髪に程よく割れた顎。

 青年は口元を拭いながら、「ま、あれだ」と再び肩へ触れてくる。

 

「何はともあれ、命名日おめでとう」

 

「ええ。ありがとうございます、エヴァン。そろそろあちらのご婦人方と、話をしてきては?」

 

「なに?」

 

「彼女たち、ずっとエヴァンドルを見てますよ」

 

「そうか……じゃあ、行ってくるかなっ!」

 

 気まずさを誤魔化すように再び酒を呷り、従兄は新たな酒杯を求めて広間の中心付近へ戻っていく。

 

 陰湿な嫌がらせに加担した罪悪感。

 

 そこから逃げるように背を向けつつ、しかしチラリと途中で僕へ振り返ってしまうのが、エヴァンドル・ダイアニーシアスの憎めない点だ。

 

 信じ難いかもしれないけれど。

 

 これでも我が従兄殿は、次期西部総督という立場と騎士道精神の間で板挟みになっている男。

 

 冷酷な叔父と、叔父のシンパである小貴族たちの手前。

 こうやって定期的に、前当主の息子を(おとし)める企てに手を貸さなければならない一方で。

 

 本人は立派な騎士に憧れている。

 その証拠が、さっきのなんとも言えないやり取りだ。

 

 だから、悩みは多いんだろう。

 

 同情に値するよ。

 

 エヴァンドルは僕と違って、あの叔父の実の息子だ。

 しかも長男で、きっと僕以上に叔父の恐ろしさを目の当たりにしている。

 

 悪役貴族の一員に生まれ変わって思うのは、そうした事実に改めて気がつける機会が予想以上に多いことだよね。

 

 僕はダリアス。

 

 ダンタリアス・ダイアニーシアス。

 

 悪役貴族に転生した。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 小説のタイトルは、『Flame and Iron』

 副題は少し長くなるけど、『炎と鉄の地、神秘の歌』と云う。

 

 もっとも、世間的には『FAI』って略称のほうが広く浸透していたかな。

 

 ジャンルは戦記ファンタジー。

 大まかなあらすじをおさらいしておく前に、ひとつ前置きしておくと。

 この作品は登場人物のほとんどが死ぬ。

 

 第一巻で主人公だと思っていたキャラも。

 重要人物だと思っていたキャラも。

 可愛くて魅力的なヒロインも。

 コンチクショウと憎まれながら、けれどこういうヤツに限って、しぶとく生き残ると思われていた敵役も。

 

 それぞれ、次から次に死んでいく。

 

 序盤から登場して終盤まで生き残るのは、ほんのわずかなキャラばかり。

 

 だからこそ悲劇的でもあり、スカッとする爽快感も怒涛のように押し寄せる名作と、前世ではありがたいことに過分な評価を下されていた。

 

 けれど実際は、ただこの世界が殺伐硬派(ハードでシビア)なだけなんだよね。

 

 乱交パーティ見物の翌日。

 

「……またか」

 

 僕の朝は、死体とともに始まる。

 換気のため私室の窓を開けると、城門に吊るされた縛り首の死体が、否応なく視界に飛び込んでくるのだ。

 屍肉をついばむカラスの羽ばたきや、カァカァと耳障りな鳴き声も。

 

 蝿の羽音すら、ブンブンと鬱陶しい気がする。

 

 城門から僕の私室まで、距離は充分にあるんだけどね。

 

 毎朝のように、思い知らされる。

 

 現在、ダイアニーシアス家が本拠としている城砦では、処刑された罪人を見せしめにするのが恒例行事。

 

 無論、精神的にも衛生的にも勘弁願いたい光景だよ。

 

 けど、強盗に殺人者に強姦魔。

 野蛮な荒くれ者がウロウロしている世情不安定なこの世界では、恐怖こそが治安維持に役立つのだと叔父は知っている。

 

 前任の西部総督とは違って、現在の西部総督は非常に敏腕。

 

 これでも僕が十歳の頃に比べれば、城門に吊るされる死体の数はかなり減ったほうだからね。

 

 冷酷で血も涙も無いような男だけど、叔父の統治者としての手腕はたしかに優れていると認めざるを得ない。

 

 吊るされた死体はどれも、それぞれの罪に応じて肉体の一部が欠損しているオマケつきだ。

 

 強盗は両手首を両断。

 殺人者はあの様子だと、ナイフで内臓を掻き出された後だろう。

 強姦魔は当然、両目をくり抜かれて手指を落とされ、イチモツなども切り落とされている。

 

 うん。中世ヨーロッパの暗黒時代かな?

 

 とはいえ、叔父の手腕には僕も感謝を贈るしかない。

 

 大貴族の一員に生まれただけ。

 

 ダイアニーシアス家の庇護がなければ、僕が今日まで無事に生命活動を続けているコトは無かっただろう。

 

 あんなパーティではあったけど、十五回目の命名日を祝われる可能性も極めて少なかったに違いない。

 

 だって、そうだろう?

 

 FAIは戦記ファンタジーだって、さっき触れたけどさ。

 そのファンタジー要素はなんというか、()()()()()()なんだ。

 

 夢と希望に満ち溢れた幻想譚は存在しない。

 あるのは炎と鉄、血濡られた大地で歌われる仄暗い神秘譚。

 

 だいたい、この世界で魔法を使えるのも、ある一族に限られているからね。

 

 『レストロヴァン』

 

 大昔に大陸を征服した旧王朝の家名なんだけど、この家の血を継ぐ者だけが魔法を使える。

 

 設定的には、神秘技芸(アーツ)って云う。

 

 まぁ、それはいったん置いておくとして、普通に考えてみて欲しい。

 

 魔法を使える人間と、魔法を使えない人間。

 

 前者には広大な大陸を支配し得るチカラがあって、後者にはチカラが無い。

 

 人々は偉大なチカラの前では膝を折るものだろう?

 王家の血が神聖視されるのも当然だ。

 

 だから旧王朝は発足したし、王国は樹立された──と云うのが、根幹を担うこの世界の時代背景。

 

 偉大なる征服王朝の繁栄は三千年余り続いたけれど。

 

 二〜三百年前あたりから、レストロヴァン家のチカラはどんどん小さくなって、最終的には失われてしまった。

 

 王家の記録をまとめてある歴史書には、最後に魔法を使えたレストロヴァンのチカラは、蝋燭に火を灯す程度でしか無かったと云う。

 

 でだ。

 

 時は経って、現代。

 十五歳のダンタリアス・ダイアニーシアスからしたら、ちょうど祖父と親世代がノリにノッていた時代。

 

 レストロヴァン王朝最後にして無力なる王は、『暴王』と呼ばれていた。

 

 暴王ゴドリック十二世。

 

 彼は先祖のチカラに焦がれ、古代の神話的冒険譚にのめり込んでいたんだよ。

 

 今日(こんにち)では迷信や御伽噺の存在だと信じられているモノが、世界にはまだ残っている。

 

 神秘は息を潜めて隠れているだけで。

 人ならざるモノを見つけさえすれば、自分にも再び魔法が取り戻される。

 

 そう、強く信じ込んでいた。

 

 暴王ゴドリック十二世は胡乱(うろん)な理屈を並べ立て。

 ありもしないものを臣下に探すよう命じ。

 従わない者が現れれば、時には生贄の儀式と称して死刑を申し渡した。

 

 狂っているとしか思われない。

 

 そんな残酷な所業を幾度も繰り返して、結果は当然の帰結。

 

 各地から反乱が勃発。

 

 暴王は討たれて、レストロヴァン王家は火炙りにされ、現在は新たに荒熊の家紋で知られるベルグラム王朝が大陸を統治している。

 

 が、実のところレストロヴァン王家には生き残りがいて、暴王の娘である王女が今なお魔法の血脈を保っているんだ。

 

 そして彼女は、何もかもを失い名さえ偽り、密かに成長を続けていたが、潜伏中の辺境で旧王朝粛清派という過激派貴族に正体がバレて、殺されそうになる。

 

 命の危機に陥った彼女は、魔法のチカラに目覚める。

 

 と同時に、彼女の覚醒を切っ掛けにして大陸各地で()()が蠢き始め。

 

 暴王が信じ続けた人ならざるモノの鼓動が、世に再び音を鳴らすように。

 

 怨霊、精霊、怪異、零落した神の成れの果て、ナニかの落とし仔といった存在が超常・怪奇現象を引き起こし、事件を起こし始める。

 

 一方その頃、ベルグラム王朝では王が()()()

 

 空白の玉座を巡って、東西南北の総督職を預かる四方名家が野心と道義心の狭間で揺れ動きながら、次第に大陸は戦乱へ。

 

 権力闘争の激化に伴い、神秘の脅威も高まっていくなか、真に人の世を守るためには『レストロヴァン』が必要だとも判明していき──

 

(……終盤は未完)

 

 FAIは群像劇に近い作品だけど、メインとなるキャラクターはダイアニーシアス家を含めた大貴族の面々と、主に王朝関係の人物になる。

 

 ところで、僕ことダンタリアス・ダイアニーシアスの役柄と運命なんだけど、ぶっちゃけて告白すると王女様の敵だ。

 

 原作、と呼ぶのはもはや空虚な未練でしか無いけれど。

 今のところ、僕が知っている出来事は寸分違わず現実に訪れている。

 だからこれも、僕がビジョンをなぞり続けていれば、恐らくそう遠からずして現実になるはず。

 

 すなわち、僕は王女様に殺されるのさ。

 

 理由?

 

 簡単だよ。

 魔法のチカラに目覚めたプリンセスは、悪役貴族である僕に見つかって、保護の代償と正体を秘密にする引き換えに結婚を強制される。

 

 だけど、僕にはすでに愛人が何人もいて、女性に対して紳士的とは言えないクズ男だった。

 

 しかも、結婚を拒む王女様に対して、その侍女を人質にまでして言うことを聞かせようとするんだよね。

 

 時期的には、ちょうど今から一年後くらいになるのかな。

 

 僕が十六歳になり、この世界で成人として認められる年齢になって、騎士に叙任される頃。

 原作開始もちょうどそのあたり。

 

 それまでの一年間で。

 

 思うに、昨日の叔父上劇場での件が尾を引いて、原作のダンタリアス・ダイアニーシアスは女性を憎み、支配しようとする人間になってしまったんだろうね。

 

「無理もないと思うよ」

 

 城門の死体を見て、呟く。

 

 だって、そうだろう?

 

 叔父に怒りをぶつけ、反抗的な態度なんか取ろうものなら。

 ああしてぶら下げられているのは、自分かもしれない。

 

 腐り落ちた肉。

 剥き出しになった骨。

 空っぽの眼窩。

 かつてヒトだった変色物。

 

 叔父は実の兄を殺している。

 

 いわんや、甥である僕は? ってな話だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そうして過ごしていく内に鬱々と歪んでしまうだろうからさ。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 そうそう。

 僕がもう狂ってるって話はしたっけ?

 

 こうして頭のなかで、誰かに向かって話しかけてるみたいにモノローグを続けてるのは、実は僕の頭がもうとっくにおかしくなっているからなんだ。

 

 作家としての未練がましい習性と捉えてもらっても構わないけど。

 

 その証拠に、今の僕には他人には見えないモノが()()()()()

 

 前世でも最期に悟ってしまったけどさ。

 

 どうやら僕の脳には、得体の知れない高次元領域? とのリンクがあるみたいでね。

 

 その影響なのか、記憶も連続している。

 出来れば全部忘れて、まっさらな状態で生まれ変われるほうがありがたかったのに。

 

 おかげで、僕は自分が頭のおかしい人間なのだと自覚できたまま、普通を装って生きるハメになってしまった。

 

 暴王の圧政のせいで、この時代、おかしなモノを見たとか口に出したら酷い目に遭いかねない。

 

 原作(ビジョン)で知っているダンタリアスには、こんな特記事項は無かったんだけどね。

 

 どうやら僕は、魔法の血脈(レストロヴァン)でも無いのに、人ならざるモノを視認可能な極めて稀少な人間になっている。

 

 もしかしたら、大陸で唯一の異能者かもしれない。

 

 FAIでは、人外をハッキリと視認できる人間はいないんだ。

 扱いとしては、オバケとかホラーチックな扱い。

 

 ふとした拍子に視えてしまうコトはあっても、日常的にずっと視えてるなんて人間はレストロヴァンでもありえなかった。

 

 なので、僕の眼には余計にこの世界が地獄めいて映っている。

 

 怨みを買ってる人間ほど、なんか黒っぽいドロドロした怨念? みたいなのに付き纏われているんだよ。

 

 人殺しにかけられた呪いだろうね。

 

 これは体感だけど。

 そういうドロドロが多い人間で、生命力っていうか運命力っていうのかな? とにかく生きる気力の弱まってそうなヤツは、早死にする傾向にあるね。

 

 落ちぶれた傭兵とか、事業に失敗した商人とか。

 

 あとは井戸の底を覗いてみたら、手招きする鱗まみれの手とか、他人には視えない大量の髪の毛が浮いてたりもするよ。

 

 水難事故の現場とかだと、決まってセットな水魔の類い。

 

 陸でも、森で狩りなんかしてみるといいさ。

 奥のほうで、なんか厳かな気配を漂わせた茨だらけの鹿らしきモノを見かけたりするから。

 

 土地神ってヤツなのかな?

 

 アレの周囲では茨が意志を持つみたいに成長しまくって、森の環境を〝より深く〟緑に変えていた。

 茨が生えた人間の骨とかも、転がってた。

 

 怖いよねー。

 

 だから僕も、大抵は気づかなかったフリをしてやり過ごすんだけど。

 

 西暦2030年代の高度に発展した文明社会を知ってるから、不便な生活と治安の悪さにストレスが多くて。

 

 ただでさえ落ち着かないもんだから、なかなかグッスリとは寝付けない日々が続いている。

 

 眼の下のクマとは、すっかりベストフレンドだ。

 

 知ってる?

 

 貴族の仕事って、領内の裁判とかも含まれているんだ。

 

 法や掟を破った者には、裁きを与える。

 それが領主の役目で、貴族の仕事。

 

 僕も通過儀礼(イニシエーション)として、叔父に首斬り役人の仕事を見物させられたコトがある。

 

 アレはすごい光景だった。

 

 凄惨な仕事というのももちろんあるけど、首斬り役人の両腕や処刑斧にまとわりついたドロドロや、地べたに転がった首にキャッキャッと群がる小鬼がいてさ。

 

 あの場にはエヴァンドルもいたけど、歳上の従兄殿より僕のほうが、よっぽど酷い光景を目の当たりにしたのは間違いない。

 

 どういうワケだか、周囲には誤解されてたけどね。

 

「ダリアス様はご立派ですな……眉ひとつ動かさないとは」

 

「若殿もしっかりなさってください。そのように顔を青ざめさせて、情けない」

 

「ウッ、ゔぉぇぇッ!」

 

「しかも、吐くとは……」

 

 と、護衛役や世話役のオジサンたちに囲まれて、やれ覚悟が出来ているだとか、やれ度胸が素晴らしいだとか。

 

 まだ僕が十歳で、エヴァンドルが十六歳?

 

 どちらかといえば、マトモなのはエヴァンドルのほうだったのに、イカれた世界では僕のほうが褒められてしまった。

 

 ふむ。そういえば、その頃からかな?

 

 叔父が僕を貶め、エヴァンドルの地位を盤石なものにしようと画策し始めたのは。

 

 陰険な嫌がらせもその一環。

 

 原作(ビジョン)では単純に、一族内での政略争いのひとつと触れられるだけだったから、まさかこんな形で悪堕ち環境が育まれていくとは、思いもしていなかったよね。

 

 さて、朝食の後で叔父に呼び出されている。

 

 重厚な樫扉をノックし、「ダンタリアスです」と告げると、内側から西部総督の執務室が開かれた。

 

 父がその座にいた頃は、西部総督の執務室と言えばとにかく華美で、豪奢な調度品で溢れていたものだったけど。

 

 叔父は無駄な飾りはすべて取っ払い、機能的で実益に適ったインテリアで統一していた。

 

 すなわち、来るものに威圧感を与えて、無意識のうちに萎縮させてしまうような極めて威厳あふれるルームデザインだ。

 

 重厚感と圧迫感に満ち溢れている。

 

「来たか」

 

「お呼びとうかがいましたので」

 

 目線をこちらに向けるコトもなく、叔父──ヴァルドリック・ダイアニーシアスは執務机の書類に集中している。

 

 書類はたくさん積み上げられていて、封蝋のされた手紙も何枚もあった。

 

 僕は一歩だけ、扉から離れて足を止める。

 間違っても、机の上の紙束から情報を読み取らないように。

 

 未来について知っているコトがあっても、その裏側で蠢く陰謀にまで記憶のリソースを割きたくない。

 未来について知っているコトがある、と思い上がったまま行動したくもないし。

 

 それに、下手に近づいて叔父に疑いの目を向けられる隙を見せれば、明日には城門ぶら下がりコースだ。

 

「相変わらず、賢いな」

 

「は? 何がでしょうか?」

 

「よい。昨夜は楽しめたか?」

 

「昨夜ですか? それはもう、とても有意義でした」

 

「有意義か。学ぶところは多かったか?」

 

「ええ。叔父上のお計らいには、感謝しております」

 

「感謝と来たか。有意義に続き、感謝……フン」

 

 鼻を鳴らし、叔父が手元の書類から目を離した。

 眼鏡を外し、ようやく僕の顔を見る。

 年齢相応に、苦労を皺として刻み込んだ男の顔。

 

 清潔な身なりと領主(ロード)に相応しい服装は、人に不快感を与えず。

 代わりに品格の何たるかなどを、無言のままに突きつける。

 

 壮年の男性にこんな事を思うのはアレだけど、良い香油の香りもした。

 

「オマエを見ていると、ほんとうにあの兄の子なのか疑いたくなる」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「兄は愚かだった。愚かな豚だった」

 

「豚ですか」

 

「ああ。その種から、よもやオマエのような一族が誕生するとは、分からないものだ」

 

「叔父上のお眼鏡に適っている、と自惚れてよいのでしょうか?」

 

「それだ。その口振り」

 

「……」

 

「昨日の今日で、私に恨み言のひとつでもぶつけたくて、ハラワタはさぞ煮えくり返っているだろうにな」

 

 ダンタリアス・ダイアニーシアスは、殊勝な態度で慇懃(いんぎん)に頭を下げさえする。

 

 言外に、大した役者だと称賛しながら、叔父は薄く溜め息を吐いた。

 

「エヴァンドルにも、オマエほどの強さがあればな」

 

「エヴァンドルは僕よりよっぽど強い男ですよ?」

 

「剣の腕に秀でているからか? たしかに、アレの武芸に比べればオマエのそれなど比べようもない」

 

「ええ」

 

 事実なので、肯定する。

 自衛のため、僕も多少は剣術稽古などの戦闘訓練を積ませてもらっているが、残念ながら才能は無かった。

 

 あったとしても、並以下だそうだ。

 

 エヴァンドルは優秀な剣士で、成人してから幾つか武功も挙げている。ああ、だからなのかな?

 

 今日、呼び出された理由が分かった。

 

 叔父は書類の山から、一枚の羊皮紙を摘み、こちらの足元に放り投げる。

 

「これは?」

 

「拾え。そして読め。オマエも来年には成人。そろそろ一族の男として責務を果たし始める頃合いだ」

 

「……」

 

 羊皮紙には戦の報告がまとめられていた。

 

 内容は我らが西部の領境で、蛮族とのちょっとした小競り合いがあったというもの。

 驚いたことに、叔父が直接赴いて討伐した旨がまとめられている。

 

 ふむ。

 

 たしかに一昨日あたりまで、叔父は城を留守にしていた。

 叔父の書記官は、非常に綺麗な字を書く。

 

「すでに問題は片付けられた後のようですが?」

 

「後始末がまだだ。オマエの命名日を祝うために、急いで帰らなければならなかったからな」

 

 急いで帰ってきて仕掛けるのがアレか。

 いやまぁ、一応の身内扱いには安堵を覚えるけども。

 

 叔父も複雑だ。

 

 我が家の男子は、現在エヴァンドルと僕のふたりだけ。

 従兄に何かあったときに僕がいなければ、未来のダイアニーシアスに障りがある。

 

 かつての嫡男は憂慮の種であっても、スペアとして残しておかなければならない。

 

 もちろん、それは無能と分かれば容易に処断してしまえるスペアではあるけれど。

 僕もなかなか落ち度を晒さないので、平均台を歩くみたいに緊張感のある毎日。

 

「良い機会だ。戦場を見て来るがいい。そして後始末をつけろ」

 

 暗に命じられているのは、有能性を発揮しろ、とのお達しだ。

 

 つまり西部総督様は、今回の場合、自身が大量生産した死体の後片付けをお命じになられている。

 

 死体を見るのには、慣れちゃったから構わないけど。

 

 これはきっと叔父の意図を汲むに、成人(初陣)前の甥に少しでも戦場の空気を教えてやろうっていう厚意なんだろうな。

 

 察するに、急いで帰ってきたほんとうの目的もコレだろう。

 

 甥の命名日を建て前にして、一族の男を成長させる実益を選んだ。

 

 まったく。

 こんなところでも家長としての器を感じさせてくる。

 暗愚だった父と違って、こうも見事に家督の責務を果たされてしまうと。

 

 叔父にはほとほと、逆らおうだなんて気力が湧き上がらなくなってしまうよね。

 

 僕の眼には、執務室に入ったときから怨念の泥が映っている。

 

 重苦しく、(いかめ)しい叔父の声に混ざり合うように。

 泥はヴァルドリック・ダイアニーシアスの全身にへばりつき、殺害された者たちが今なお呪いを謳っていた。

 

「死ね」「おのれ」「兄殺しめが」「簒奪者の分際で」「裏切り者」「死ね」「くたばれ」「はやく殺されろ」「なぜ死なない」「忌々しい」「邪魔だ」「よくも我らを」「王族殺し」「火に焼かれてしまえばいい」「貴様も」「係累も」「西部の旗は焼け落ちろ」「引きずりおろす」「処刑の日は近いぞ」「死ね」「死ね」「くすんだ黄金」「鍍金の翼獅子」「ベルグラムともども滅びろ」「肥沃な西部を焦土に変えてやる」「呪わしい」「ああ」「死ね」「誰ぞこの男の翼を捥げ」

 

 ……敗北者である。

 

 これらすべて、叔父に敗れ去った者たちの嘆き言。

 ヴァルドリック・ダイアニーシアスに盾付き、逆らい、刃向かったがゆえの哀れな末路そのものだ。

 

 そして叔父は、まだまだ死にそうにない。

 

 野心と、覇気と、意気に満ちている。

 

 ハハハ。

 

 これでどうして、承知しました、以外の返答ができる?

 逆らう理由も特に無いし、せいぜい従兄の立場を脅かさない程度に活躍してやれば良いだけだ。

 

 中世暗黒時代(モドキ)基準で上等な衣食住は。

 西暦2030年代基準のそれに比べて、質の面で遥かに見劣りする。

 なのにこのうえ、さらに下に落ちぶれたいとか思うワケないよね。

 

御意(ぎょい)に。御意に従います」

 

 だからさ。

 これ以外の返答なんて、僕にはちょっと思いつかない。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 昼になった。

 執務室から退散する前、叔父は僕に意外な贈り物をくれた。

 

「ほんとうはオマエが、成人してからくれてやるつもりだったが、来年は祝ってやれるか分からんからな」

 

 思わず僕が不安になるような、意味深な言葉と一緒に放り渡されたのは、指輪である。

 

「黄金と……翠玉(エメラルド)ですか?」

 

「違う。透明度が低いだろう」

 

「では、翡翠(ヒスイ)?」

 

孔雀石(くじゃくいし)だ。マラカイトとも言って、同心円状の縞模様が特徴だろう。覚えておけ。オマエの父の形見になる」

 

 緑色の鉱石が嵌められた黄金のリング。

 叔父がいまさら、どうして父の形見を寄越そうと思ったのかは分からない。

 

 叔父にとっては兄の形見の品でもあるはずで。

 記憶を遡れば、たしかにでっぷりと膨らんだ指の上に、こんな宝飾品があったような気がする。

 

 エメラルドでもなくジェイドでもない。

 

 孔雀石は緑色の鉱石のなかじゃ、比較的安物に当たるそうだから、きっと叔父の審美眼にはかなわなかったんだろうな。

 

「来年は祝ってくださらないんですか?」

 

「望んでもいない展望を語るのはやめろ。ただの予想だ。我が家は最近、忙しい」

 

 詳細は語らず、ぴしゃりと言葉を切って叔父は退室を命じた。

 僕は肩をすくめて、それ以上を求めるのはやめたけど。

 

 これでも同じダイアニーシアスだから、それとなく我が家の内情は聞き及んでいる。

 

 どうも最近、長年にわたって我が家の財政を支えていた金鉱が、尽きかけているらしい。

 叔父はそのため、新たな金鉱脈を探していて、他にもいろいろ大事業で大忙しのようだ。

 

 西部総督領はとても広い。

 

 大陸全体の地図上だと、内陸と海岸をつなぐ広大な丘陵地と農業地帯を擁している。

 特徴は以下の通り。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

・葡萄畑と金鉱、交易路の要衝として経済力を誇る。

 

・文化、教養、多様な知識が残る貴族文化圏。

 

・平野と緩やかな丘陵に都市と農村が共存。

 

・南西に広がる港湾都市群とも結びつき、軍需物資の自給も可能。

 

・緑豊かにして水源にも富んだ肥沃な景勝地。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 戦略的価値を一言で表現すると、物資と金を握るまさしく『豊穣の地』 だ。

 

 そんな大陸西部を古くから統治しているダイアニーシアス家は、昔からそりゃあ非常に富んでいる。

 

 肥沃な自然から恵を享受し、各種産業でも潤い、時代によっては王家の懐よりも金を溜め込んでいると囁かれるほどでね。

 

 父の時代。

 

 ダイアニーシアス家の本拠地は、西部総督領のなかで最も景勝と謳われた『ヘイルガーデン』にあった。

 なだらかな丘と葡萄畑に囲まれた美景地帯で、無類の葡萄酒(ワイン)好きでもあった父は、そこに本城を置いていたんだね。

 

 城の名は、金葉城(ファーンサンク)

 名称の意味は、緑の聖域。

 父が愛した、華やかでとにかく瀟洒(しょうしゃ)な城だ。

 

 そこは金箔の天蓋と美しい葡萄棚の庭園があり、訪れた者たちからは“黄金の季節城”なんて呼ばれたりもしていたかな。

 

 西部の肥沃さと豊穣さを、まさに象徴するような城だったからだろう。

 

 僕も幼い頃はそこで暮らしていた。

 

 だが、それだけだ。

 

 景勝地、別荘。

 美観を愛でる分には優れた城だったけど、あそこは戦略的な守りには向いていなかった。

 

 現在は叔父によって半ば捨てられ、ダイアニーシアス家に仕える小貴族に管理が任されている。

 

 もっとも、今じゃほとんど放置状態で、庭園は荒れ、壁には蔦が絡んでいる有様だと、いつだったか風の噂で耳にしたね。

 

 管理と維持に金がかかるばかりで、実益の薄い城には、この時代、誰も好んで手を回したりはしない。

 

 先のクーデター戦争で、どこもまだ戦時の記憶が強く残っているのと、不穏な情勢に不要な支出を避けたがっているからだ。

 

 長年続いた偉大な王朝を滅ぼしてしまい、歴史を知る名家の権力者たちはもしかすると、無意識のうちで大陸の不安と動揺を察知しているのかもしれなかった。

 

 ──この動乱は、まだ続くと。

 

 それはさておき。

 

 効率と実益を重視する叔父の命令には、迅速な行動で応える必要がある。

 

 愚図とノロマは嫌われるのだ。

 

 叔父の書記官やらから話も聞いて。

 僕が出向かなきゃならないのは、北西部高原だと分かった。

 

 北西部山沿いのラウグレイ高原。

 

 大陸北部とは山を挟んで隔たれた荒れ地だ。

 本来なら境界地方(ボーダー)を守護する総監家が対処に当たって然るべきなんだけど、折悪く当主の代替わり中で、ゴタゴタしているらしい。

 

 蛮族への対処も遅れて、戦場に残された死体の処理も滞っている。

 

(死体の処理なんか、貴族の仕事じゃないと思うかもしれないけど)

 

 ちゃんと貴族が管理しないと、下手したら疫病が広がったり、野蛮人による死体食いが始まりかねない。

 

 叔父が直接出張って行ったのは、蛮族退治ごときに時間をかける臣下の処罰も含めての行動だったようだ。

 

 高原にはまだ叔父の軍隊が一部残留していて、僕もこれから五十人程度の騎士を連れて合流する手筈になっている。

 

 叔父から貸し与えられた騎士のひとりが、城から出てきた僕に目ざとく気がつき、馬の準備と旅装の点検を開始する。

 あらかじめ、叔父から指示が下達されているらしい。さすがである。

 そして、

 

(腕利きだらけだね)

 

 五十人の騎士たちは、全員、一廉(ひとかど)の殺人経験ありだった。

 死者の怨念が、叔父ほどではないにしてもドロドロドロドロ。

 しかし、それも当然か。

 

 西部総督ダイアニーシアス家に仕える金マント。

 

 金糸で編まれた外套なんて、目立つばかりでアホらしいと思うけれど。

 

 戦場で目立つコトこそ、我が家の騎士たちは(ほまれ)としている。

 

 曰く、敵の注意を多く引き、ひとりでも多くの敵を斃した者こそ戦の英雄だそうだ。

 西部人は大胆にして、強く、たくましく、壮麗で勇敢でなければならない。

 

 そんな理屈で、彼らは金色のマントをはためかせている。

 

 近づいていくと、口々に「ダリアス様」「お待ちしておりました」「準備整っております」と。

 

 頼もしい笑顔や礼儀を向けてくれるが、敵には容赦のない人殺しどもである。

 

 これからラウグレイ高原まで、少なくとも二十日は一緒だろうか?

 

 狂っていて本当に良かったね。

 

 僕が狂人じゃなかったら、きっととても耐えられなかっただろう。

 

 ちなみに何人かは昨日の祝宴で、娼婦たちと楽しくやっていた男たちだ。

 

 素晴らしい。

 

 あの溢れんばかりの男性ホルモンを活かして、是非とも僕のもとに敵を近寄らせないでもらおう。

 

 もっとも、コイツらが途中で僕を殺す叔父の魔の手に変貌しないとも限らないから、完全には信頼できない。

 

 僕はまだ、この世界で盤石な地位を築けていない。

 

「ダンタリアス!」

 

「っ、と」

 

 そこで、金マントの騎士に乗馬後の装備点検を手伝わせていたら、背後から女性の声が届いた。

 

 首だけで振り返ると、おお、なんと。我らが従姉様が駆け寄ってくるところではないですか。

 

 騎士たちが空気を読んで、あるいは恐れをなして、軽く頭を下げながら離れていく。

 

「サー・ローデリック。ごめんなさい、少しだけいい?」

 

「レディ・マリセア。もちろんでございます……!」

 

「ありがとう」

 

 騎士のひとりに感謝を告げて、従兄と同じく美形の金髪美人は馬上の僕を睨む。

 

 エヴァンドルの姉であり、叔父の長女。

 

 マリセア・ダイアニーシアスは、我が家で今も生きながらえている紅一点だ。

 普段は王都の宮殿で、他の令嬢とバチバチやり合ってるんだけど、昨日は僕の命名日だったからね。

 久しぶりに帰って来ていた。

 

 気の強そうなツリ目の美人。

 

 俗に言う、悪役令嬢ってやつになるかな?

 

 武人・騎士気質の強い従兄殿に比べると、叔父の政治能力を受け継いでいるのは、どちらかといえばこちらの従姉様になる。

 

 要するに、冷酷な一面がある。いや、嗜虐的と言ったほうが適切か。

 

「わざわざ帰ってきてあげた私に、挨拶もせずに出発する気?」

 

「ンンッ!」

 

 太ももの内側を、めちゃくちゃ強くつねられる。

 周囲からは分からないように、それとなく体の向きを変えて。

 ドレスの袖やスカートの膨らみを利用し、ギュゥッ! と容赦が無い。

 

 人体のなかでも急所に近く、柔らかい肉の部分を敢えて選んでいる。

 

「い、痛いのですが……マリセア」

 

「? 痛くしているのだから、当然でしょう?」

 

「わかりました。ごめんなさい。謝りますから……」

 

「フン」

 

「……ふぅ。ではマリセア。愚かな僕のために、乙女の祝福を望んでも?」

 

「いいでしょう。私がまだ乙女だと思っているのなら、祝福もあると思うわ」

 

「……」

 

 馬上から顔を傾けると、頬に口付けを受けた。

 

「剣にはしなくていいかしら?」

 

「油が塗ってあるので、嫌なのでしょう?」

 

「そうよ」

 

 マリセアは済ました顔で頷く。

 

 ドライだ。

 

 そしてサドだ。

 

 僕の太ももはまたつねられている。

 祝福の代わりに痛みを与えるのが、従姉のお好みらしい。

 

 だが、呻きたくなるのは必死に堪えた。

 

 マリセアもまた、エヴァンドルと同じ。

 

 善人か悪人かで言えば、後者と言わざるを得ない人間。

 西部で起こった犯罪のうち、叔父が強姦魔などの処刑法をむごたらしいやり方に決めたのは、実はマリセアによる意向が大きく。

 

 その趣味嗜好は悪辣にして淫蕩。

 

 ひとたび〝傷つけていい人間〟を見つけたなら、嬉々として甚振り(なぶ)って甲高く笑う性根の持ち主。

 

 それでも、身内がこれから()を留守にすると知って、こうして見送りに来てくれるくらいには情も通っているんだよね。

 

「フン。よく耐えたわね。エヴァンでも泣くのに」

 

「愛の鞭だと言い聞かせました」

 

「あっそ。じゃあ、帰ってきたらもう一回やってあげるわ」

 

「……なぜ?」

 

「愛情を感じたんでしょう? この変態」

 

「……乙女の祝福、たしかに受け取りましたよ」

 

 貞淑な貴婦人からは、絶対に出てこないフレーズを聞かなかったコトにして。

 僕は騎士たちに目配せを送り、合図を出す。

 

「ちょっと。もう行くつもり?」

 

「このままだと、僕の太もも肉はマリセアに千切られてしまいそうなので」

 

「……くだらない後始末なんか、さっさと片付けて来なさい。そのうち、オマエも王都に行くんだから」

 

「ええ、分かってますよ」

 

 馬の腹を蹴って、城門に進む。

 護衛であり部下でもある騎士たちに囲まれ、そのまま縛り首の死体の下を潜り抜けていく。

 

 念のため振り返ると、マリセアはまだ僕を見送っていた。

 

 軽く手を振り、ついでに城も見ておく。

 

 ダイアニーシアス家の現本城。

 城の名は、断石砦(クラグホルン)

 名称の意味は、角のごとき断崖。

 

 ヘイルガーデンからは北東の、高地の岩山を切り崩して築かれた堅牢な戦略要塞。

 

 見晴らしと防衛性に優れ、東の峡谷を塞ぐように築かれたこの磐城は。

 

 叔父が父を殺して金葉城(ファーンサンク)を引き払い、その後に移り住んだ西部随一の防衛拠点だ。

 

 西側山中には金鉱地帯もあり、貴族らしい気品には欠けているが、実利と軍事性では優れている。

 

 如何にも、叔父らしい選択。

 

 ただ、かつてもいまも、変わらないものがひとつだけある。

 

 それは旗だ。

 

 ダイアニーシアス家の印が縫われた垂れ幕だ。

 

 深い紫の下地に、金糸の刺繍。

 

 描かれているのは、孔雀の翼を大きく広げた優麗にして威厳溢れる獅子──伝説のセラフィオンの姿。

 

 セラフィオンの足元や周囲には、黄金の葡萄が蔦や房を絡ませ、豊穣と富の繁栄を象徴している。

 

 荘厳かつ力強い紋章で、この旗印が掲げられるとき。

 我が家、ダイアニーシアス家の格式や権威、支配力は端的に示される。

 

 ああ、だから孔雀石の指輪なのか。

 

 ダイアニーシアス家の標語、格言、スローガンは、

 

 〝黄金は豊穣の証〟

 

 豊かな実りこそが、家の力と繁栄の象徴であることを表す。

 左の人差し指に嵌めた指輪を見下ろし、これも同じだな、とようやく理解した。

 

 そしてもうひとつ。

 

「……〝ダイアニーシアスは常に備えを怠らぬ〟」

 

 大陸西部の豊穣。

 その富と豊かな土地を守り抜いて来れたのは、我が家が用意周到で抜かりなく、常に先を見据えた行動を重視して選択を重ねて来たから。

 

 いまや僕も、そのダイアニーシアスである以上。

 

 中途半端なことは許されない。

 

 秋の風を背中に受けて、北西部ラウグレイ高原に向かう。

 

「……ところで、キミは誰です?」

 

「え? 貴方、私が視えてるの?」

 

 しまった。

 

 

 

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