【悪役と人外の戦記】 - 悪役貴族に転生した僕には、神秘の滅びを謳う戦乱の大陸で人外を視る眼があり、ゆえに成り上がる   作:所羅門ヒトリモン

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第4話

 

 

 ラウグレイ高原で起こっている問題を、整理しよう。

 

 叔父からの命令は、『戦場の後始末』である。

 

 しかし、その戦場が何故生み出されたのか?

 発端は蛮族による領土侵犯があったからだ。

 

 大陸北部との境界地方(ボーダー)にあたるラウグレイ高原。

 蛮族たちは山の民を自称し、普段は北側山中を根城にしている。

 

 一応補足しておくと、この大陸において蛮族とは〝まつろわぬ民〟を引っくるめた呼び習わしだ。

 

 王朝側勢力。

 つまりは、現王朝ベルグラム家の大陸統治に(かしず)かず。

 というか、旧王朝レストロヴァン家時代からも王国に楯突いている気合いの入った連中を総称してそう呼び、しかし悲しきかな。

 

 古代ではそれなりに大きい勢力だったと語られていても。

 

 魔法の血脈を相手にするには分が悪すぎて、いまではすっかり野蛮な少数部族しか残っていない。

 あるいは、すっかり野蛮な少数部族と化してしまったアウトロー・オブ・アウトローを指す。

 

 ひどい場合、コイツらは食人文化も持っている。

 

 なので大陸の貴族たちには、不定期的に蛮族からの襲撃イベントが発生するんだよね。

 

 まぁ、三千年の歴史のなかで。

 こっちとあっちで開かれてしまった力の差は、文字通り歴然。

 

 大抵は大した苦労もなく(もちろん当社比。人間が集団で殺し合うんだから犠牲はどうしたって出る)、掃討、という形で蛮族退治が行われる。

 

 もちろん、それは西部でも変わらない。

 

 もっとも、我が家が総督する大陸西部では。

 蛮族による襲撃が発生するのは、北部との境界地方に限られている。

 

 北部人には可哀想な話だけど。

 

 野蛮で危険な卑賤民っていうのは、どうしたって過酷な土地に追いやられていくものだからね。

 

 とはいえ、元は王国に恭順を示さない〝まつろわぬ民〟だ。

 

 うちに限らず、他の総督家も同じだろうけど。

 王国の大貴族に相応しい責務を果たすため、締めるところはしっかり締めなきゃいけないってワケでさ。

 

 ダイアニーシアス家は北西部の防人(さきもり)を、『西部総監』に任じている。

 

 分かりやすく、ここでザッと王国の階層構造を示しておこうか。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 【王家】:現王朝ベルグラム/旧王朝レストロヴァン

  ↓

 【総督家】:東西南北の四方名家で大貴族(公爵相当)

  ↓

 【副総督家】:総督の代理権保持者(侯爵相当)

  ↓

 【軍監家】:軍事監察者(伯爵相当)

  ↓

 【総監家】:行政監査者(伯爵〜子爵相当)

  ↓

 【騎士団長家】:武門貴族(子爵相当)

  ↓

 【城代・代官】:各城・砦などの実務執行者(男爵相当)

  ↓

 【準貴族】:世襲騎士(騎士爵相当)

  ↓

 【官吏・警吏】非世襲役人(貴族ではない)

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 これに別軸で、宗教的な権威も組み合わさる。

 略図も載せておこうかな。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 総督(公爵)

 └ 副総督(侯爵)

  └ 軍監家(伯爵)

  └ 総監家(伯爵)

  └ 騎士団長(子爵)

  └ 城代・代官(男爵)

    └ 騎士爵

 + 正教枢機官(別系統:宗教権威)

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 正教の枢機官は総督配下に当たるものの、実質的な位置付けは中央聖堂からの監察者に等しい。

 あ、いまは本題ではないので、雰囲気で理解してもらえれば問題ないです。

 

 さて、どうかな?

 

 総監家って結構、上のほうの身分で肩書きじゃない?

 

 貴族としての家格は、低そうに見えるかもしれないけど。

 総監家は事実上、三番手の立場だよ。

 西部では軍監家のほうを上に置いてるけど、役職としての格だけならこのふたつは対等でね。

 

 あの叔父が北西部の守護を任せるくらいなんだから、軍事的な力だってそれなりにある。

 

 - 北西部ラウグレイ高原・境界地方守護 -

 - 西部総監 グレイムヒル家 -

 

 本城の名は、渡鴉城(レーヴェンヒル)

 彼らの旗印は、灰銀地に黒の渡鴉と、その爪下に三本の麦穂を描いたもので。

 その標語は、〝灰は風に散れど、芽は土に残る〟

 

 長年、蛮族との戦いを続けてきた一族には、死と再建の精神が深く根付いているんだろう。

 西部では珍しく、気候も寒冷になりがちだし。

 灰銀の下地に黒のワタリガラスは、グレイムヒル家が常に北からの敵と共にあった事実を示している。

 

 しかし、それでもその爪下に三本の麦穂を描いているのは。

 

 グレイムヒル家も西部人であり、黄金と豊穣の加護に支えられた屈強さを自負しているためだろう。

 

 このへんの知識は、叔父の紋章官からかなり叩き込まれた。

 

 まぁ、僕は割と設定厨なところがあるので。

 前世でも楽しく頭に覚え込ませていたから、エヴァンドルにはよく恨まれたね。

 

 僕がすんなりと、あるいは熱心と勉強するのに比べて、従兄はカラダを動かすほうが好きだったから。

 

 しかし、勘違いしないで欲しいのは、僕もエヴァンドル同様、紋章官のことが好きにはなれなかった点だ。

 

 なにせ、体罰上等のクソ教師だったからさ。

 

 些細なミスひとつで、頭を殴られた。

 だもんで、僕はエヴァンドルと一緒に叔父の紋章官に、よく復讐をしたっけ。

 

 たかが紋章官ごときが、未来の西部総督を痛めつけていいとでも? ってな論調で追い詰めてやったんだ。

 

 叔父の前で。

 

 効果は覿面で、以来、従兄も少なからず僕との間に絆を育むようになったり、そうでもなかったり。

 話が逸れちゃったね。

 

 ラウグレイ高原で起こっている問題についてだ。

 

 発端は蛮族による領土侵犯。

 

 本来ならこれは、西部総監であるグレイムヒル家が対処するはずだった。

 

 けど、グレイムヒル家は折り悪く当主の代替わりでゴタついていて、いつもなら簡単に終えられるはずの掃討戦を、無駄にグダグダやってしまったんだよ。

 

 彼らにとって不運だったのは、その一報が現在の西部総督である叔父の耳に入り込んでしまった点だ。

 

 ヴァルドリック・ダイアニーシアスは愚図とノロマを嫌う。

 

 少なくとも叔父が総督職に就いてから、西部では蛮族退治なんて我が家の仕事じゃなかった。

 なのに、それでも叔父自ら蛮族の掃討を行ったのは、どう考えてもグレイムヒル家への威圧でしかない。

 

 部下がダラダラ仕事をやってるのを見かねて、上司が有無を言わさず「もう俺がやるから」とその仕事を巻き取る。

 

 ヒェ〜。

 

 僕だったらおっかなすぎて泣くかもしれない。

 相手はあの叔父だし、グレイムヒル家が味わった肝の冷え入り様は、果たしてどれほどだったか。

 

 しかも、彼らは叔父に処罰されなきゃならなかった。

 

 哀れな生贄には、城代が選ばれて。

 渡鴉城の城代は、片目を差し出すしかなかったんだって。

 

 ──現実が見えない目なら、どうせ元から潰れているのと変わらない。

 ──半分失ったとて、何の不都合がある?

 

 想像したくもないのに、想像できる。

 でも、そんな叔父もいまではお家に帰って別の仕事中だ。

 

 代わりに、彼らが迎えなければいけなかったのは、そう。

 

 何を隠そう僕だね。

 

 元正嫡で、間違いなしにダイアニーシアスではあるけれど。

 まだ成人にも達していない子どもで、彼らの目には主君の親戚であるガキにしか映らない。

 

 叔父に比べれば、さぞや緊張せずに済む相手だろう。

 

 僕もべつに、いきなり叔父のように扱ってもらえるだなんて思っていない。

 

「はじめまして、グレイムヒル家の皆さん」

 

 昨日の挨拶は、それを踏まえて上々の手応えだったと思う。

 

「最初に断っておくけど、僕が貴方がたに敬語を使わないのは、単に形式的な理由に過ぎない」

 

 僕はダイアニーシアスで、叔父の名代として派遣された。

 

「だから臣下に向かって(おもね)っていると捉えられかねない口は、叩くことを許されない立場だ。けれど、貴方がたへの敬意自体は、常に忘れずこの胸にあることを理解して欲しい」

 

 まだ新当主が、誰になるのか決まっていないらしく。

 遺産の相続や遺言状の解釈で、どうやら見たところ、もうしばらくはゴタゴタしそうなグレイムヒル家全体に向かって。

 

 僕は仕方がないから、そう挨拶した。

 

 身分社会で年長者にタメ口を使うのって、こっちもこっちで気を使うんだよね。

 ともあれ、ほんとうなら〝はじめまして、グレイムヒル卿〟で済んだはずだから、叔父ならざる僕でも少しだけ眉を潜めたい気持ちは湧いて来たよ。

 

 刃も喉元過ぎれば、なんとやらなのかな?

 

 叔父の恐怖も蛮族による憂いも当面は無くなったコトで、彼らはいよいよお家騒動に熱を上げている。

 そして、これこそがラウグレイ高原で起こっている問題の大元だった。

 

 現在、高原の戦場跡地では死体がまだまだ転がった状態で、ひどい有り様になっている。

 

 季節は秋。

 夏ではないのが、不幸中の幸いではあるけれど。

 最低でも一月以上は放置された死体の荒れ地。

 

 仮にも自分の所領であるにもかかわらず、グレイムヒル家はその処理を疎かにしているんだ。

 

 だが、それにも彼らなりの理由(言い訳)があった。

 

 ひとつ。

 

「お初にお目にかかります、ダンタリアス様。我らへの敬意を示してくださり、誠にありがとうございます」

 

「っ、おい、何を勝手に! ダンタリアス様、この者は妾腹の身。ご滞在のあいだ、何か不都合がございましたら、是非とも私にお声掛けください!」

 

「ほほほほ。不都合などなかろうとも、私であればお気軽にお声がけいただいて構いませんわ? 兄上は暗に、総督家に対して面倒だから用事があるとき以外は話しかけるなとおっしゃられているので?」

 

「女は黙っていろ! ダンタリアス様、とんでもない言いがかりです。誠に申し訳ございません、このような不調法者ばかりのせいで、務めが滞っているのは私も実に心苦しく……!」

 

「見たまえ。グレイムヒルの息子たちは、己だけでは家督を握る器も無いから、若き翼獅子に縋り付くつもりだぞ」

 

「……っ、外野がうるさくて敵いませんな。しかし、戦場の件は分かっております。ダンタリアス様には、どうかご安心いただきたく。北西部には未だ、このノウマン・グレイムヒルがおりますから。じきに何の不安も必要ないことを、証明してみせます!」

 

 家督を争い合っているのは、三人の子ども。

 

 長男、ノウマン・グレイムヒル。

 次男、名前は聞かなかったグレイムヒル。

 長女、名前は聞いたかもしれないけど、色目を使って来たので忘れてやったグレイムヒル。

 

 普通に考えれば、グレイムヒル家の新当主は長男が引き継ぐ。

 

 けれど、ノウマンくんは故グレイムヒル卿が愛人との間に設けた落とし子で、幼い頃に正嫡として認められたそうだけど一家から見下されている。

 

 一方、次男のグレイムヒルは故グレイムヒル卿が正式な配偶者との間に設けた息子で、支持者が多い。

 ただし、コイツは高慢な性格だ。

 

 きっと長いことノウマンくんと比較されて育てられて来たからだろうけど、妾腹生まれの落とし子や、元正嫡のダイアニーシアスには大した敬意を払う気になれなかったらしい。

 

 僕に擦り寄って来たのは最初だけで、すぐに〝こんなガキに、馬鹿馬鹿しい〟という顔つきになった。

 

 ナチュラル女性蔑視も入っていたね。

 

 たぶん、叔父に送られて来たのが僕ではなくエヴァンドルだったら、また違った態度を取ったんだろう。

 

 マリセアだったら、どうなっていたかな?

 

 あ、長女は論外です。

 四十越えのオバサンが、何を考えているんだ。

 ケバケバした化粧とキツい香水の匂いで、周囲が眉間と鼻頭にシワを作っているのを、自分のせいだとはまるで思っていないんだもん。

 

 そんなワケで、僕が名前を記憶するに値すると判断したのは、ノウマン・グレイムヒルだけである。

 

 彼は戦場の後始末が長引いている理由を、こう説明した。

 

「死体が多すぎるのです。総督閣下は蛮族どもを、まさに一掃する勢いで狩り立てました。まさに恐るべき戦運び。ですが……」

 

「……あー、普段なら山奥に引っ込んで出てこない蛮族すらも、叔父上は戦場に誘い出した?」

 

「……はい。我が家の騎士たちも、必然的に例年より死者数が多く」

 

 貴族の骸はなるべく、それぞれの家に帰してやらなければならない。

 だが、距離が近い騎士たちならばともかく。

 

 距離の遠い家の騎士たちの骸は、運んでいる途中で腐る。

 疫病も広まりかねない。

 

 そのため、ある一定の距離からは、骸を焼いて運ぶのが慣習なのだが。

 

「火葬など以っての外ですぞ! 命を賭して戦った勇敢な男たちに、死してなおその体を焼く苦しみを与えるなど、〈鋼父〉と〈貴人〉、そして〈冥夜〉が許すとお思いか!?」

 

 近年、ベルグラム王朝発足と同時に権威を強めた王国の正教。

 八神を祀る大聖堂からの使者が、断固とした姿勢で否を叫んだそうだ。

 

 さっきも軽く話に出した、枢機官ってヤツだね。

 

 コイツらは貴族の一家に、ひとりは派遣されている。

 

 ベルグラム王朝はレストロヴァン王朝を滅ぼした際に、火炙りの刑を繰り返した。

 その罪悪感からなのか、現在の王は臣下たちに信心深さを称揚していて、一家にひとりの司祭ってな光景が当然になってしまったんだよ。家電か?

 

 ぼやいても仕方がないね?

 

 ただ、正教の教義でも、火葬はべつに禁止されているワケじゃないんだ。

 この大陸は三千年の歴史を持つから、死体を火で焼く必要性はだいたい知れ渡っている。

 

 火葬が野蛮だ、ひどい仕打ちだって考え方もあるにはあるけれど。

 

 名家の生まれなら、幼い頃から知識人による英才教育が施されるので、火葬は最初から当然採り得る選択肢の範囲内だ。

 

 にもかかわらず。

 

 グレイムヒル家の正教枢機官は、それをかなり上手いコトやったのだろう。

 話を聞いていくと、そもそも蛮族退治にダラついたのも、この司祭のせいだというのが分かって来た。

 

 曰く、

 

「蛮族たちにも機会を与えるべきなのです」

 

 信仰に目覚める機会。

 過去の過ちに反省と改悛の機会を与え、八神へ祈りを捧げる正教徒になれる機会を与えるべきだ。

 

 それを与えないのなら、グレイムヒル家は〈冥夜〉から見放され、永遠に苦しみ溢れる現世を彷徨うことになるだろうと。

 

 司祭は、いまも戦場跡地で、死者が土に埋められるよう、諸々の手配をもっともらしく監視している。

 

 僕も昨日のうちに、釘を刺された。

 

「死者の弔いに時間がかかっているのは、正教の信徒としても誠に辛いものがございます」

 

 ですが、閣下。

 信仰という光に、目をガン開きにしたその男は言った。

 僕の天幕に、半ば押し入って来るほどの勢いで。

 

「これも元はと言えば、西部総督殿があまりに残虐無比であるからでしょう。〈鋼父〉はお許しになるかもしれませんが、果たして〈地母〉は如何なる判断を下すものか」

 

 是非に、お伝えくださいと。

 中年のハゲオヤジはそう言って、脅すようなコトまで言葉にした。

 

 いや、伝えてもいいんだけど。

 

 その場合、貴方は死ぬと思うよ? って真剣に言い返さなかっただけ、僕はかなり性格がいい。

 

 だが実際問題、正教の人間がここまでラウグレイ高原で影響力を強めているのは、厄介だった。

 

 正教の権威は、ベルグラム王朝に支えられている。

 

 我が家でさえ、正教枢機官は断石砦(クラグホルン)での寝食を許されているくらいだ。

 ただまぁ、うちの司祭はヘビに睨まれたカエルも同然で。

 

 叔父の恐ろしさに心底からブルっているので、なんだか哀れな人だなぁ、って印象しかない。

 

 グレイムヒル家にも、そのくらいの気骨を維持してもらいたかったものだ。

 

 おかげで、問題は単なる死体の後片付けだけじゃなく。

 

「マズイです、ダリアス様」

 

「あの司祭、疫病の広まりさえも〈地母〉の罰だと言い始めました」

 

「しかも、捕虜にしていた蛮族どもが、あの男のせいで……死体喰いを」

 

「クソが! だから反対したんだ!」

 

「蛮族どもは八神を崇めたりしねぇ……」

 

「ヤツら改宗を偽って、俺たちの仲間を!?」

 

「捕虜が逃げたのは一昨日です」

 

 合流した叔父の軍から、次々に苛立たしい報告が上がってくる。

 

 おかしいなぁ。

 

 僕は叔父の厚意で、戦場の雰囲気に軽く慣れておくために足を運んだのに。

 なんだかここは、追い詰められかけている戦の最中みたいに空気が最悪だ。

 

 衛生的にも、実際、ひどく澱んでいるオマケつきでね。

 

 ただ、嬉しい報告もゼロではなかった。

 

 ラウグレイ高原の戦場には、グレイムヒル家の従軍非戦闘員がたくさん駆り出されていて。

 貴族が犯した失態の皺寄せを、彼らは精一杯、汗を流して解決に導こうとしていた。

 

 戦場跡地には、何も死体だけが転がっているワケじゃない。

 

 大怪我をして動かせない重傷者。

 死んではいないけれど、今にも死にそうな状態で懸命に息をしている者。

 

 彼らを専用の天幕に運び込んで、治療をしたり看護をしたり、世話を続けている人間たちがいる。

 

 昨日の昼間、僕の天幕にはそんな従軍医師の代表者が訪れて。

 彼女は疫病の広まりを、どうにか抑えられそうだと報告してくれたんだよ。

 

 血に濡れた看護衣に身を包み、長い黒髪すらも汗と血で汚した若い女性だった。

 

「閣下。必要なのは、隔離です。今ならば間に合います」

 

「もう助からない者を、見捨てろと?」

 

「はい。ここはもう、命の選択をしなければ、どうにもならない戦場なのです。私は今日、五本の腕と三本の足を切断しました」

 

「……」

 

「壊死していたからです。もう、そういう状況なのです」

 

 彼女は「限界だ」とは言わなかった。

 それを言えば、領主であるグレイムヒル家への批判になってしまうし、僕はあのダイアニーシアス家の人間だった。

 

 ゆえに事実を、純然たる現実問題として彼女は告げていた。

 

「薬や包帯とか、必要なものは用意させるけど?」

 

「ありがたい申し出ですが、それらがほんとうに必要だったのはもっと前です。いまはただ、速やかな隔離を」

 

 疫病は弱っている者から殺していく。

 

 隔離。

 

 彼女はただ、そう繰り返した。

 恐らくはこの一ヶ月間、自身の手で必死に命を繋ごうとした多くの者たちを見捨てる。

 

 隔離とはすなわち、見殺しだ。

 

 その言い換えを理解していながら、彼女は希望を持って僕に直訴したんだろう。

 

 グレイムヒル家ではダメでも。

 

 ダイアニーシアス家ならば、この最悪の状況下で〝まだマシ〟な結果をもたらしてくれると。

 

「一応、聞いておくけど」

 

「はい」

 

「ここらを焼き払えば、貴方の言う隔離は必要なくなる?」

 

「…………分かりません」

 

「そっか」

 

「! 閣下、お願いです! どうか間違えないでください!」

 

「下がっていいよ」

 

「閣下──!」

 

 天幕から彼女を下がらせた僕は、そのあと。

 渡鴉城の物見塔に足を運んで、ラウグレイ高原をできる限り一望してみた。

 

 従軍医師の代表者は、無理ではなく分からないと答えた。

 

 その意味を、考えるためにだ。

 日が暮れて、瘴気に満ちた戦場跡地が真っ暗闇に沈んだ後でも。

 

 自分の天幕に戻って、化け物と正面から向き合った後でも。

 

 僕は考えた。

 

「ねえ、どうするの?」

 

 朝になると、エスメラルダが世間話でもするような調子で訊ねて来たから。

 夜通し考え続けた“後始末”について、茫洋(ぼうよう)と言葉を返した。

 

「こういうとき、僕が考えるのは叔父だったらどうするかです」

 

「叔父って、ダンの叔父さん?」

 

「ええ。西部総督ヴァルドリック・ダイアニーシアスなら、きっとこんなのは迷いもせず火を放って終わりにしたでしょう」

 

「正教の司祭さんを、全然気にしないんだ?」

 

「内憂の種ですからね。気にしない、というより、むしろ気にかけるからこそ火を放つと思いますよ」

 

「えーっと……それは、司祭さんごとってコト?」

 

「叔父はレストロヴァン王家を、ベルグラム家ともども火炙りにした男ですから」

 

 いまさら、正教の司祭ひとり焼き殺すくらい屁でもないはず。

 むしろ、僕が一晩も判断を保留にした事実に、失笑のひとつでも浴びせるかもしれない。

 

「エヴァンドルの場合だったら……あまり頭の良くない彼は、やっぱり同じ決断をしたでしょうね」

 

「? それは、どうして?」

 

「従兄の周りには常に叔父の息がかかっていますし、戦場の後始末なんて、騎士道の名誉とはかけ離れすぎてる」

 

 ここに歌物語になるような栄えや誉れは無い。

 エヴァンドルは不愉快そうに舌打ちをして、司祭を斬った後はグレイムヒル家に「自分の尻は自分で拭え」と命令するはず。

 

 それが出来なければ、グレイムヒル家は西部総監の地位を失うコトになるだろう。

 

 未来の西部総督には、そう思わせるだけの権力と凄味がある。

 

「マリセアの場合は……まぁ、彼女がこんな場所に足を運ぶのは考えづらいんですが」

 

 それでも、グレイムヒル家のあの醜態を、彼女が目の当たりにしたと仮定して。

 

「従姉はまず、疾うにトウの立ったミス・グレイムヒルを虚仮にしてから、次に女性蔑視の次男を処刑するよう我が家の騎士に命令しますね」

 

「え、マズくない?」

 

「ええ、マズい。だからきっと、その勢いのままにグレイムヒル家自体を、彼女は皆殺しにして取り潰してしまうでしょう」

 

「……わーお」

 

 ハハ。化け物にすら目を見開かせる我が家の悪徳。

 僕はこれを、〝では、ダンタリアス・ダイアニーシアスだったら?〟と自問自答した。

 

 結果は、全部やってみよう、だ。

 

「……はい? 全部?」

 

「誤解が無いように言っておきますね? 全部っていうのは、あくまでここら一帯を焼き払うコトと、グレイムヒル家のケツに火をつけてやるコトです」

 

 叔父のような苛烈さは、果断ではあると思うが敵を作りやすい。

 人殺しにかけられる呪いのドロドロ。

 

 あれはどう考えても、運命力とか幸運値とかを削っていく代物だ。

 

 従兄や従姉のやり方も、その場その時では良いかもしれないけど。

 今の時期に正教に喧嘩を売るのは、ベルグラム家に喧嘩を売っているのと何ら変わらない。

 

 現王朝の標語は、

 

 〝我ら、斯くて獣の王〟

 〝ベルグラムは常に叩き潰す〟

 

 クーデター政権を、馬鹿にしてはいけないからね。

 

 なら、たとえあの司祭に、口やかましく責められることになっても。

 

 所詮は成人前のガキのしでかした悪事。

 

 しばらくはそういう方便で押し通すコトにして、この決断の責任は未来の僕が引き受けるしかないだろう。

 

 天幕を出て、騎士たちに火付けの準備を命令した。

 断石砦から連れてきた五十人には、すぐに渡鴉城に向かうぞと指示を下して。

 

 エスメラルダはそんな僕を、「ふぅん?」となんだか含みのある様子で眺めていた。

 

 途中で、例の従軍医師の彼女が駆け寄って来た。

 

「か、閣下っ? まさか、それはっ?」

 

「……」

 

「お、おやめください! 私の昨日の言葉は、誤りです! そんなコトをしても無駄ですから!」

 

「非戦闘員は、貴族の行軍を邪魔しないように」

 

「閣下……!」

 

 周囲の騎士に女性を遠ざけるよう合図して、僕らは疫病の温床に歩を進めた。

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 

「…………あれ? なんで、火が消えるんだ?」

 

「おかしいぞ。こっちの火も途中で消える!」

 

「さては昨日の夜気で、燃料自体がダメになっちまったのか?」

 

「バカ言うな。多少の湿気で俺たちの火術具が使い物にならなくなるかよ」

 

「う、うぅむ……ダリアス様」

 

「ああ」

 

 騎士たちの困惑は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「命令は撤回する」

 

「ハ……よろしいので?」

 

「火がつかないなら、どうしようもない」

 

「……申し訳ございません。急いで、代わりの手段を用意させます」

 

「……そう?」

 

 騎士たちは戸惑っていたけど、さすがは叔父の精鋭だ。

 僕が何も言わずとも、自分たちにできる最大の働きを勝手に判断する。

 ただ、渡鴉城(レーヴェンヒル)に行くのは、後回しにせざるを得なくなっちゃったな。

 

「フハハハハッ! ご覧なさい! これぞ〈地母〉の摂理です!」

 

 遠くからあの司祭が、高笑いで僕らを嘲笑った。

 だけど、そんなものより遥かに優先すべきコトが、眼前の高原にいる。

 

 周囲から騎士たちが少し離れたので、僕は小声で化け物に訊いた。

 

「エスメラルダ」

 

「なに?」

 

()()は、なんです?」

 

「視ての通りよ? 戦場に発生した負の澱み」

 

 弔われざる魂が、苦鳴とともに生み出したモノ。

 死者と生者の混ざり合い。

 

「疫病のヌシでしょうね。貴方たちには、不死者(アンデッド)と言ったほうが分かりやすいかしら」

 

 ソレは、ラウグレイ高原で起こっている問題の化身だった。

 僕の前に立ちはだかったのは、神秘の具現。

 人間が生み出した現実という暗黒から、条理を捻じ曲げ超常を為す荒唐無稽(ファンタジー)

 

「なるほど」

 

 昨日の日没、あの真っ暗闇は。

 どうやら本物の瘴気によって、高原が塗り潰されていた結果だったのか。

 

 叔父上。

 

 僕がつけるべき“後始末”には、どうやらあんなモノも含まれているようですが。

 さすがにこれは、意図した嫌がらせではないですよね?

 

「どうすれば、アレを解決できますか?」

 

「意外。人間のクセに、どうにか出来ると思ってるんだ」

 

「僕の眼には視える。視えているのなら、貴方と同じだ」

 

「? 私と同じ?」

 

「目を逸らしても意味が無い。だから、向き合う」

 

「……ふーん。ちょっと、カッコイイ?」

 

「僕を幸せにするのが、契約なんですよね?」

 

 何か力になれるコトがあるなら、さっさとそれを教えて欲しい。

 

「虚空に向かってブツブツ呟くのにも、限度があるんですよ」

 

「はーい。分かったわ! じゃ、とりあえず近づいてみましょう」

 

「分かりました」

 

 他の人間には瘴気纏いのアンデッドは視えていない。

 だから、僕はフラリと戦場跡地を散策でもしているんですよ、といった足取りで言われた通りに歩いた。

 

「すると、新鮮なお肉の香りに〈感染者〉たちが動き出します」

 

「は?」

 

 エスメラルダは平然と、信じられない言葉を吐く。

 疫病のヌシと僕との間に、ムクリ、グラリと。

 また新たなアンデッドが立ち上がり始めた。

 

 しかも、ソイツらは明確に僕を目指して、走ってくる。

 

 わぁ、走れるタイプのゾンビじゃん。

 

「だけど、ハイざんねーん!」

 

 エスメラルダが笑うと、ゾンビは黄金の彫像になった。

 彫像はすぐにダラァ……と溶けて。

 人間だったものが、黄金の粘液と化して地面に沈んでいく。

 

 死体はゾンビの数だけ、消えていた。

 

「何を……したんです?」

 

「契約者を守ってるの。ホラ、彼と向き合うんでしょう? 道中の安全は約束してあげるから、ダンがどうするのか私に見せて?」

 

「……ハ」

 

 人外、極まれり。

 エスメラルダはやっぱり、とんでもないヤツだった。

 

 それでも、煽ったのは僕である。

 

「彼に近づいても、貴方が感染するコトはないよ。私のほうが影響力が強いもの」

 

「へぇ」

 

 自分が何と契約して、何に取り憑かれているのか。

 気になって仕方がなかったけれど、僕はそのまま、フラフラ疫病のヌシのもとへ進んで行った。

 

 

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