【悪役と人外の戦記】 - 悪役貴族に転生した僕には、神秘の滅びを謳う戦乱の大陸で人外を視る眼があり、ゆえに成り上がる   作:所羅門ヒトリモン

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第6話

 

 

 まぁ、従士になったところで、僕の立場は大して変わらない。

 

 貴族の男児は、だいたい十四歳頃を目処にどこの家でも従士になる。

 これは王家でも同じで、大陸全土で伝統的な慣習だ。

 

 貴族の男は皆、騎士でなければならない。

 

 騎士とは呼んで文字通り、馬に騎乗して戦う騎兵のコトであり。

 馬を飼うには金がかかるから、騎士は主君から馬の飼料をまかなうだけの土地を与えられ。

 そこでの稼ぎをもとにして、鎧や武具なども工面する。

 

 騎兵に相応しい戦闘能力の鍛錬も行い、主君がひとたび戦争だと号令をかけたならば、求めに応じて敵と戦う。

 

 これこそが、封建制度の始まりだね。

 

 だもんで、すべての貴族の子弟は幼い頃から乗馬の訓練にあてられる。

 それと同時に、年長の騎士によく仕えて、身の回りの世話などをしながら〝騎士となるための勉強〟を行うのが、いわゆる従士だ。

 

 小姓、小間使い、雑用係とも言うかもしれない。雑用係は卑下し過ぎか。

 

 何にせよ。

 どんなに高貴な家柄に生まれようとも、王国の貴族たちはこの慣習を避けられない。

 社会的な制度を下敷きにした、長年の伝統でもあるし。

 

 従士になる=騎士資格(貴族の証)を手に入れる通過儀礼(イニシエーション)でもあるからだ。

 

 叔父が僕をエヴァンの従士に任じたならば、それは対外的にも僕が〝後継ラインに組み込まれた〟証拠となる。

 少なくとも、王国の貴族社会ではそのように認識される。

 

 十五歳。

 

 慣例的には一年ほど遅れを取ったけど。

 僕もこれで、ようやく少しはダイアニーシアス家の男として胸を張れる──そう思うじゃん?

 

 けどこれ、あくまで一般的な社会慣習の上ではって話で。

 

 現実を見れば、従士なんて経験しないまま平気で騎士を名乗る貴族もいるし。

 過去のレストロヴァン王朝のなかには、戦いを嫌うどころか、女の子に混ざって針仕事を好む騎士王だっていたそうだ。

 

 家格と権力が強ければ、称号や肩書きなんてどうとでもなる証だね。

 

 だから従士になったからって、それはあくまで気休め程度のステップアップに過ぎないんだよ。

 

 理想論だけで人の世界は回らず。

 世界は往々(おうおう)にして、小汚い理屈で成り立っている。

 

 高すぎる社会保険料とかね。

 

 とはいえ。

 

「ダリアス。ファイヤーに飼料は与えたか? ブラシ掛けが済んだら、鎧を磨いておけ」

 

「もうやりました」

 

「なに? そうか……じゃあ、槍を取れ! 今日は槍試合の稽古だ!」

 

「よろしくお願いします」

 

 従兄の従士をやるのは、比較的にアタリの部類だった。

 エヴァンドルは理由なく従士を殴らないし(それは僕だからかもしれないけど)、騎士として真面目に自分の従士を育てよう、という騎士道精神を有してもいた。

 

 ちなみに。

 

 ファイヤーというのは馬の名前で、燃えるような赤毛をしているからそう名付けられている。

 エヴァンドルはこのファイヤーを気に入っていた。

 武闘派の従兄に相応しく、凄まじい体格の軍馬でね。

 

 僕はコイツの世話をして、すぐに気がついたよ。

 

 普段の気性が穏やかなところも、どこか従兄と似ていると。

 馬のなかでは、ハンサムな部類に入りそうな顔なんかもそっくりだ。

 

 匂いは酷いけど。

 

 それはさておき。

 

 エヴァンドルの従士をやっていて困ったのは、戦闘訓練や稽古の類いが本気でキツいことだ。

 立て。戦場では敵は容赦などしてくれないぞ。

 従兄は口を酸っぱくして何度も僕を泥に沈める。

 

 従兄マジ強ぇ。

 

 最近、僕の身体にはあちこちにアザができて、打ち身や擦過傷が親友だった。

 それを見て、一部の家臣が「若殿は焦っているのかもな……」「あのように実力差を見せつけずとも、ダリアス様では敵わないコトは知れ渡っていように」などと噂をしているのも知っている。おい。

 

 が、十四回目の命名日で、叔父が僕を従士にしなかったとき。

 

 エヴァンドルはどこか、ホッとした表情をしていたからね。

 心配しなくとも、僕にその気は無いって言うのにさ。

 我が家の歪んだ家庭環境の弊害である。

 

 なので、

 

「西部総督なんて誰がなりたがるんです? あんなの、気苦労のほうが多いに決まってますよ。僕はごめんですね」

 

「……オマエなぁ? よく平気でそういうコトを俺に言えるな?」

 

「常々思っていましたから。世に語られる悲劇の大半では、登場人物の誰もが自分の気持ちを素直に打ち明けず、それがために誤解や疑心暗鬼を招いて悲劇的な結末を招きます」

 

「……あー、たしかに?」

 

「エヴァン。貴方はこんなの信じるに値しない戯言(たわごと)だと思うかもしれませんけど、僕は貴方たちを愛していますよ」

 

「ブフッ! ゴホッ、グハッ! 父上が聞いたらどんな顔をするやら……」

 

「たぶん、一周回って新しい腹芸だと思うかもしれませんね」

 

「オマエ……ッたく……ほんとうに変わった従弟だよ、コイツめ」

 

 と、そんなやり取りをしたのも記憶に新しい。

 エヴァンドルの周りが、どんなふうに我が家のパワーバランスを語るか知らないけど。

 

 彼らは血の繋がった身内ではないし、僕の子ども時代はエヴァンドルの子ども時代でもある。六つ離れてはいるけれど。

 

 絆はあると、とみに信じたいね。

 

 あ、空が近い。

 

 エヴァンドルの槍を受けて、僕は盾もろとも馬の背から弾き飛ばされた。

 親愛の念があるのなら、少しは手加減してくれないものだろうか?

 

 ダメかな。ダメだろうな。むしろ。

 

「おー。今日は新記録ね?」

 

 エスメラルダが無情にも飛距離を計る。

 こっちは背中から地面に落ちて、肺の空気を今にも「カハぁっ!」と吐き出したいところだっていうのに!

 

「立て、ダリアス! 敵は容赦なんかしてくれないぞ!」

 

「エヴァンドル様! 訓練中にすみませんが、お父君がお呼びです!」

 

「なに?」

 

 叔父の家令が、まるでの天の助けのように感じられた。

 おお、まさか叔父に命を救われる日が来ようとは!

 

「ダンタリアス様もお立ちください。閣下はお二人とも、お呼びです」

 

「何用だ?」

 

「盗賊退治のご命令かと」

 

 前言撤回。

 叔父はやっぱり、僕を救いなどしないね。

 

 秋の空に鱗雲。

 口の中に入った土の味。

 金属製の防具から香る鉄の匂い。

 いや、これは血か?

 

 口内を切ったようだ。

 

 大気は次第に冷えてくる。

 近頃は水瓶の水もよく冷えているので、口をすすぐのが憂鬱だな。

 

 それに、どうやらまた新たな厄介事が舞い込んで来たみたいだ。

 

 受け身はまだ、そんなに上達してはいないんだけど。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「水喰い村?」

 

「はい。場所は副総督領南西の灌漑(かんがい)農村で、村人たちの話によると通称『水喰い村』」

 

「田舎臭い呼び名だな。どうして俺たちが、ヘイルガーデンの問題に駆り出される?」

 

 エヴァンドルは不服そうに眉を跳ね上げた。

 叔父に呼び出され訓練を中断したというのに、待っていたのはサー・ローデリックだったからだ。

 

 僕がラウグレイ高原に向かう際も、この老年の騎士は随行した。

 

 我が家もとい叔父に仕える古参の騎士団長家出身で、祖父の代から西部総督家の近衛をしている。

 先のクーデターでは叔父の腹心としてレストロヴァン王家と戦い、叔父の命令を忠実に遂行した歴戦の将帥でもあった。

 

 エヴァンドルにとっては剣術の師であり、従士時代を思い出させる相手。

 

 西部では剛剣無双と名高い従兄が、唯一、勝てた試しが無い男だ。

 

 そのため、サー・ローデリックを前にすると、従兄は悔しさからの反発心を堪え切れないらしい。

 

 一方で、老騎士はそんな「若殿」といつも微笑ましそうに対峙する。

 剣の師として弟子の前では、いつまでも“越えられない壁”であろうと姿勢を正し。

 

 だが確実に、寄る年波には敵わない現実の寂しさを実感するように、日々精悍に育っていく若者を見下ろすのだ。

 

 僕からしたら、どっちも化け物みたいに強い騎士なんだけどね。

 

 さて、叔父は言伝(ことづて)をサー・ローデリックに任せたと見える。

 

 副総督領。

 

 父の時代は総督領と呼ばれていた『ヘイルガーデン』……

 

 断石砦(クラグホルン)がある西部峡谷(ウェストヴェイル)からすると、そこは大きく南下した先にある。

 

 スペアに過ぎない僕を遠方に派遣するのと違って。

 次期西部総督本命のエヴァンドルを現在の総督領から出すのは、そうそうあるコトじゃない。

 

 たかが盗賊退治、悪漢討伐のためならなおさら。

 

 初陣もまだのガキならともかく、従兄はとっくに武功を挙げているしね。

 

 では、叔父はどうしてエヴァンドル(と僕)に副総督領の問題を片付けさせようとしているのか?

 

 それは西部の派閥構造を考えれば、なんとなく分かってくる。

 

 父が愛した城、金葉城(ファーンサンク)がヘイルガーデンにあるのは、ちょっと前に触れたね?

 典雅で瀟洒なあの城が、いまでは小貴族に管理を任されて荒れ放題になっているらしいのも、覚えているだろうか?

 

 実はこの小貴族というのが、前副総督家なんだ。

 

 叔父が父を殺して家督を奪い、西部のパワーバランスは大きく変わった。

 

 僕が後継のスペアにクラスダウンして、エヴァンがメインにクラスアップしたように。

 父派閥だった家々、叔父派閥だった家々も、同様の転落と栄転を浴すことになったからね。

 

 現在の副総督家は、当然のように叔父派であり。

 

(言い換えれば、それは)

 

 未来の西部総督、エヴァンドルの後ろ楯でもある事実を意味する。

 最近になり、家臣間で流行っている噂。

 エヴァンが僕の台頭に焦りを抱いているかも、というアホみたいな話を発端にして。

 

 恐らくは副総督家から、叔父につまらない企みが上奏されたんじゃないかな?

 

 エヴァンドルに手柄を立てさせて、若殿には我らが付いていますよ、とアピールするために。

 

 盗賊退治くらい、従兄はとっくに何度も経験しているから。

 あまり効果的な大手柄にはならないと思うけど、これも政治だ。

 

 エヴァンドルが華麗に盗賊退治を行う傍らで、僕は従士として脇役である事実を思い知らされる。

 

 きっと、盗賊退治が終わった後の〝感謝の祝宴〟では、分かりやすいくらいに露骨な歓迎の差が浮き彫りになるに違いないぞー?

 うっすらとだけど、たしかそんな一節をサラリと書いた記憶があった。

 

 ダンタリアス・ダイアニーシアスの死後、エヴァンドル・ダイアニーシアスの回想というシーンで。

 

 ウケる。

 

「父上は何を考えてるんだ?」

 

「まぁまぁ、ヘイルガーデン産のワインは美味しいですよ?」

 

「いつも飲んでるだろ」

 

「勝手を知らない場所でもないんですし、騎士としてカッコいいところを従士である僕に見せてくださいよ」

 

「む」

 

「ほほう。ダリアス様も逞しくなられましたな」

 

「……まぁ、分かった。どうせ命令だ。逆らうほど俺も愚かじゃない」

 

 エヴァンドルは頷いた。

 サー・ローデリックが感心した顔で、僕に目配せする。

 

 さすが、老年の騎士は従兄の性質をよく理解しているね。

 

 この男も無論のこと叔父・エヴァンドル派の一員。

 未来の西部総督が後援者の支持を強めるには、時に茶番を演じさせる必要があるが。

 皮肉にもそのあたりの機知を、当の本人が有していないのを憂いてもいる。

 

 僕の誘導、もといサポートがありがたかったんだろう。

 

 小さく顎を引いて、軽い黙礼を寄越してきた。

 

 ……エヴァンドルを通して、僕の性質まで見抜かれているね?

 

 けど、不思議は無い。

 

 叔父の側近・腹心たちは、いずれも優秀な人間たちだ。

 叔父の地位と権力を支え、その恐怖を大陸に広めた最大の功労者たち。

 近衛の騎士ともなれば、武一辺倒で収まるだけの才覚じゃない。

 

(マリセアにはビビり切ってるけど)

 

 きっと、何か弱みでも握られているんだろう。

 真に恐ろしいのは従姉かもしれないな、と考えながら。

 

 僕はエヴァンの後ろを歩き、早速、水喰い村なる田舎へ出立する準備を始めた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 背後で蠢く陰謀が、透けて見えているにしても。

 ヘイルガーデン南西の灌漑農村、ミアグレン村で起こっている盗賊問題は現実だ。

 

 僕は従士としての参加だけど、人間の集団同士が殺し合う現場に自分も身を置くっていうのは、これが初めてになる。

 

 気分的には初陣だよ。

 

 正式な初陣扱いじゃないけど、従士だって騎士と一緒に戦わなきゃいけない。

 

「安心して? ダン。貴方に降りかかる呪いは、私が全部追い払ってあげる!」

 

 これから人を殺すかもしれない。

 この手で直接殺すかもしれない。

 厩舎でファイヤーの装備を整えつつ、そんな思考に頭をグルグルさせている僕に、エスメラルダはニコニコ悪魔の誘惑を囁いた。

 

「というか、貴方の身に危険が迫っても、いざとなれば私が守ってあげるよ?」

 

「今度は生きた人間を黄金に変えて?」

 

「自分が殺されるより、いいでしょう?」

 

「そりゃそうですけどね」

 

 上位存在に守られている。

 その“保証”は油断を招きそうで。

 同時に覚悟さえも鈍らせそうで、僕にはそれが恐ろしかった。

 

 だが、エスメラルダは人間の繊細な精神模様には頓着しない。

 

 頓着できない。

 

「貴方を幸せにしたい。貴方の幸せがどんなものなのか分かるまで、絶対に死なせたりしないわ」

 

「僕の幸せが何なのか、僕自身でさえまだ分かっていないのに?」

 

「そうねー。とりあえず、富と名声と力とハーレムは手堅いと思うんだけどねー」

 

 もはや口癖だよね、これ。

 

「今度の行き先は、ダンが小っちゃい頃に暮らしてた故郷みたいな場所なんでしょう?」

 

「ええ、そうですが」

 

「たしか、金葉城(ファーンサンク)だっけ? いいよね、あそこ。葡萄も美味しいし、キラキラしてるし!」

 

 断石砦(クラグホルン)は石ばっかりで、ゴツゴツしている。

 でもあそこは、とにかく華やかで煌びやかだ。

 見た目からして派手な美しさを持つエスメラルダは、たしかに金葉城のほうが好きそうに見える。

 

 が、それは昔の話だろう。

 

「いまの金葉城はひどい有り様だそうですよ。それに、あの城には立ち寄りません」

 

「え、そうなの?」

 

「面倒くさい用事はさっさと片付ける。エヴァンドルも叔父と似て、仕事はさっさと済ませるタイプですから」

 

 僕らは今回、ミアグレン村まで直行する。

 ウェストヴェイルからヘイルガーデンに入る際、副総督家には狼煙をあげて合図を入れて、我が家の旗を掲げながら入領。

 

 灌漑農村は南西の端っこらしいので、ほとんど縦断するようにして行軍していく形になる。

 

 もちろん、帰る際には副総督家によるお出迎えが発生して、多少の寄り道をすることになるんだろうけれどね。

 

 盗賊問題自体は本物だ。

 

 わざわざ西部総督家の人間にご足労願ったからには、副総督家も行きで邪魔をする迷惑はかけない。

 

「盗賊ねー。うん、泥棒はよくないわよ」

 

「叔父の書記官から聞いた話だと、発端はミアグレン村からの嘆願です」

 

 村に盗賊団がやって来て、付近の村々ごとまとめて略奪と占領を受けている。

 

「数はだいたい二十から五十」

 

 識字率が終わってるこの世界で、辺境の村人からの情報なんてアテにはできないが。

 一応、副総督家を経由しての情報でもあるので、エヴァンドルは百人の手勢を連れて断石砦(クラグホルン)を出るつもりだ。

 

 規模としては、妥当なところだろう。

 

 我が家の金マントたちが、そこらの盗賊と比べて遥かに精強である点を考慮に入れれば。

 余裕を持って盗賊退治ができる数字だと思う。

 

 従兄派の家臣たちも、まさか御輿を壊すワケにいかない。

 

 北西部に向かったときの僕とは違って、エヴァンドルの周囲は確実な味方で固められている。

 

 我が家の旗手たちを筆頭に、錚々(そうそう)たるメンツがね。

 

 - 高森の小砦(グリーンリーチ)のハイウッド家 -

 サー・ローデリックの補佐で、同じく古参騎士のガレス・ハイウッド。

 

 深緑の地に大樫、交差した二本の銀槍を描いた盾は、優れた双槍使いである証。

 家の標語は〝根は深く、槍は静かに〟で、忠誠心に篤い。

 その隣にいるのは、若手の中堅騎士で、

 

 - 梣館(トネリコ・ロッジ)のアッシュフォード家 -

 サー・ガレスの部下で、若いが従兄と仲が良いコリン・アッシュフォード。

 

 盾に描いているのは、灰色の地に燃えるような赤い梣の枝。

 家の標語は〝梣はすべてに優る〟で、固くて頑丈な梣の木質を体現するかのごとく、槍試合では優れた名手(プレイヤー)として知られている。

 

 - 棘冠館(ブライアー・ホールド)のソーンフォール家 -

 副総督家直臣、騎士団長家の長剣使いレオノール・ソーンフォール。

 

 中央に銀の長剣、真紅地を囲うのは黒い薔薇の棘。

 家の標語は〝我らの忠誠は荊棘のごとく〟という、優雅な装いとは裏腹に油断のならない危険さも香らせた面長男。

 

 - 灰麦館(アッシュバーレイ・ロッジ)のフェルドレン家 -

 ソーンフォール家の縁戚で、そのまた分家筋出身のマルカス・フェルドレン。

 

 黄土色の地にエールの酒杯と金麦の盾は、醸造業で成り上がった豪農領主の息子だからか。

 家の標語は〝実りは掴む者のもの〟で、実に野心的な姿勢が強い。

 

 パッと見ただけだけども。

 今回の盗賊退治でエヴァンドルの側近を務めるのは、恐らくこの四人になるだろう。

 

 つまり従兄の従士である僕は、必然的にコイツらとも同じ時間を過ごさなきゃならない。

 

 まったく。

 

 気分的には四面楚歌である。

 

 人殺しにかけられた呪いも、相変わらずドロドロ凄まじいし。

 

(……ああ、でも)

 

「ん? どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

 

 そう言えば、エスメラルダに取り憑かれてから。

 この世界の地獄景色は、少しだけマシになっていたっけね。

 

 伝説の翼獅子は、並の人外とは格が違うんだろう。

 

 獅子の耳と尻尾を揺らす、見目麗しい黄金と孔雀色の女は。

 ただそこに存在しているだけで、世界の本来の姿を思い出させてくれる。

 

 エスメラルダの周囲に、呪いは寄り付けない。

 

 コイツに取り憑かれている僕にも、その恩恵は与えられていて。

 

「なんでもありません。ただ、綺麗だなと」

 

「──え」

 

 かぶりを振って、ファイヤーの手綱を引いた。

 

「ダリアス! まだか!」

 

「いまそちらに!」

 

 エヴァンドルが呼んでいる。

 その声に、自ずと僕を振り向く四人の騎士たちがいる。

 

 駆け足で城門に向かいながら、ふと視界の端で城の窓にマリセアがいるのを見つけた。

 

 乙女の祝福は無いらしい。

 

 けれど、相変わらず見送り自体はしてくれている。

 王都に帰らず、良いんだろうか?

 

 若干気になったけど、いまは目の前の問題に集中する必要があった。

 従兄がファイヤーにまたがる。

 

「剣」

 

「どうぞ」

 

 騎兵となったエヴァンドルは、目つきが変わっている。

 これから盗賊どもを殺しにいくのだ。

 騎士道精神に憧れを持つとはいえ、人間と人間の暴力力学に野蛮な血の気は不可欠。

 

 愚図を晒せば本気で殴られるだろう。

 

 僕も細心の注意を払って、臨まなければいけない。

 そう、気合いを入れ直しながら、自分用の馬にまたがっていると。

 

「従士なのに、馬に乗るのか? 甘やかされているな、小僧」

 

「……」

 

  灰麦館(アッシュバーレイ・ロッジ)のマルカス・フェルドレンが、僕にだけ聞こえる声量で嫌味ったらしく呟いた。

 

 さっそく牽制の始まりだよ。

 まともに相手にはしない。

 

「フン、せいぜい遅れるなよ」

 

 行軍が始まる。

 金色の外套を風に靡かせ、紫の旗が掲げられ。

 

「準備は良いか! 出陣だ!」

 

「「「うおおおおおッ!」」」

 

 次期西部総督による雄々しい掛け声で。

 総勢百名の騎士たちが、一斉に馬を駆った。

 

 

 

 

 

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