さぁ罵ってくれ!そうしないとどうにかなってしまう!
#25 茶番劇の幕開け、開場の挨拶
ふと気がつくと、アンテノーラは花畑に立っていた。
曼珠沙華に天竺牡丹、黒百合……彼女が好む花が、咲く季節もバラバラなはずなのに一面に花咲いている。
そんなあり得ない光景を前にして、アンテノーラは苦笑しながら自らの腕をつねり上げる。
「痛くない……ま、そりゃ夢だよねぇ……栄養失調で死んでなきゃ」
死後の世界も否定はできないなぁと呟きながら、彼女はしゃがみ込むと撫でるように花にそっと触れる。やつれた顔に少しだけ笑顔を浮かべながら花を愛でていると、ふと後ろから小さな足音が迫ってきていることにアンテノーラは気づいた。
「……まぁ、こう言う夢だとお決まりなのかな?自分と向き合うって言うのは」
「なのかもね。まぁ少なくとも、今回はそう言うことだったってことで」
そんな会話をしながら振り向いた先には、幼き頃……アリウスから逃げ出した頃の
髪の色も、背丈や体型も違うのに声と思考だけが同じと言う奇妙な状況に若干の居心地の悪さを抱えながらも、アンテノーラは目の前の幼き自分に話しかける。
「夢の中で自分に合うなんてねぇ……今回は君が私を殺す夢なの?」
「まさか。君が自分の過去に苦しんで死ぬ夢を何度も見てるのは知ってるけど、今回はそう言うのじゃない……夢の中の自分が死んだショックで現実の君が死んだら、誰がアリウスに『幸せ』を齎すの?」
「それはまぁ、そう……ちなみに、私は君のことかなり殺したいよ?」
「知ってる」
そう言いながら目の前の自分はカカと笑い……その様子に、アンテノーラはまた殺意を滾らせる。
何せ目の前にいるのは
「じゃあなんで殺さないの?別に良いよ、夢なんだし」
「あくまで思考は
「バイオレンスな朝だね、まぁ毎日魘されて起きてる君からしたらその程度大したことないか」
そんな側から聞くと物騒すぎるトークに花を咲かせること数分……夢に中である以上それが本当に数分かはわからないが……ともかく、感覚的に数分経った頃、ようやく本題に入ろうかと言わんばかりに佇まいを整えると、ひどく冷たい眼差しで目の前の自分に尋ねた。
「……それで?殺しにきたわけじゃないなら、何しにきたわけ?」
「我ながらそれが最初に浮かぶのが異常すぎてもはや笑えるけど……ま、発破をかけにきたって言うのが一番正しい表現かな?」
「檄を飛ばしにきたってこと?」
「
「そうだね。セイアから私が干渉しなかった場合の未来視の内容を聞いたけど……悲惨な事この上なかったよ」
「私のことだから知ってる。でもその有り得た未来にも使えそうな要素があったから、そのルートを基準に茶番劇を仕立てたんでしょ?」
「なんだかんだ補習授業部の存在……特に、白州アズサの存在は大きすぎた。それを無視して幸せを振り撒くとはできなさそうだったからね」
彼女たちには申し訳ないことをする、と若干悲しげな表情を浮かべながらもアンテノーラはその視線を目の前の自分からは逸さなかった……まるで、その判断が間違っているとは思わないと宣言するかのように。
「実際、そこを責めるつもりは一ミリもないよ……そもそも、責めると言うよりは叱咤しにきたわけだし」
「おお怖い、何を言われるのやら」
「じゃ、率直に言うけど……甘えた心持ちでいることは許さないからね?」
「……へぇ?」
目の前の自分の言葉……要は夢という形で行われる罪悪感からの批判に、アンテノーラは飄々とした返答と裏腹にその顔を曇らせていた。
「自分のことだから勿論知ってるけどさ……君、つまり私さぁ、最近少し良いことがあったからってほんの少し、『このままでいたい』って思ったよね?」
「……」
「そりゃあ気持ちはわかるよ?トリニティやアリウスを救う道筋はある程度見えて、趣味が合う悪友ができて、第二の私になり得たリオやアリスを諭せて、挙げ句の果てには心底惚れた相手と唇まで重ねられたんだ……浮いた気分になるのも人である以上仕方ないもんねぇ?
自らを人と神のごった煮に堕とす覚悟さえあるんだからできるよねぇ、悪党?」
「……そう、だね」
「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。
というのにアリウスの皆はずっと苦しみ続けて……その一方で逃げ出して振り返りすらしなかったお前は数年間、自分の気の向くままに生きて
そんな悪党が、ツケも払わずのうのうと生きていて良いと思うの?」
「分かってるさ、答えは一つだよ……」
「「そんなわけが無い。その身に合わない苦しみの先には最高の希望を、不釣り合いな幸せの先には永遠の虚無が与えられるべき」」
重なった言葉に目の前の自分は面白そうに笑い、逆にアンテノーラ自身は僅かな微笑こそしているものの、その目をは一切笑っていなかった。
「なんだ、ちゃんと分かってるじゃん」
「君が私である以上、そりゃそうでしょ……あくまで君は、私の罪悪感と目的への意志なんでしょ?それと同時に……私のほぼ全てが、それなんだから」
「なら、良いよ。目指さなければいけない先も、自分の愚かさも理解しているなら、もう折れることはないだろうし」
「そもそも折れてない……気の迷い、とは言いたく無いけど」
「惚れた想いそのものは本当だから?」
「うん……そもそも分かってるよ。スバル……あんなに素敵な子が、私のような悪党なんかに目を向けて良いわけないって……スバルの感情を否定したいわけじゃないけど、それでも、私は、私なんかが……」
感情と自罰。
その二つの心のあり方が鬩ぎ合い、いつの間にかアンテノーラの表情はひどく苦しげに歪んでいた。そんな彼女を見かねてか……幼き見た目の自分が、そっと後ろから手を置く。
「悩むなら、苦しむなら……尚の事、前を向いて為すべきことを為しなよ。
君が求める『幸せ』の果てには、君のその悩みも存在しないんだから」
「……そう、だね……私は、為さねばならない」
「そうさ、
「自罰の為「欺瞞の為「贖罪の為「独善の為「平等の為「仁義の為「進歩の為「先導の為「断罪の為「懲悪の為「道理の為「安心の為「正義の為「幻想の為「切除の為「前進の為「安全の為「喜劇の為「終幕の為……そして、アリウスの未来の為に……
その言葉が聞こえたとほぼ同時、アンテノーラは自らが横たわっていたベッドで目を覚ます。
マットレスすら敷かず、手術台の上にただ横になるというだけの起きるのも辛いはずの睡眠だったが……まるで彼女は何かを決意したかのように、しっかりと目が冴えた様子で上体を起こしていた。
「分かってる……もう迷わない。私が……いや、私『
たとえ先生やトリニティ、アリウスの子たち自らの力で幸せになれるのだとしても……私は、やらないといけないんだ」
そう言ってアンテノーラはかすかに唇の端を吊り上げると、この先の約束へと向かう為支度を始めるのだった。
……決めた覚悟とは裏腹に、肩だけは下がっていることには気づくことなく。
時は数刻ほど過ぎ、場所も変わり。
ゲマトリアの集会所へと足を運んでいたアンテノーラは、ベアトリーチェと地下生活者を除くメンバーに自らの計画の一部始終、そしてその過程で発見した研究成果について発表していた。
「……ってことで、ヘイロー破壊爆弾は無効となるって結論に至ったよ。一応実証実験もしてるし、データも用意してるから確認しておいて、ゴルコンダ」
「感謝します……しかし、あれを用いて実験をする気になるとは、さすがというべきでしょうか」
「そういうこったぁ!」
「私としても不安はあったけどね、計画に必要なもので……以上で私の発表は終わり。最後に質問や異論を聞いておくけど……」
アンテノーラがそう言うと、一呼吸置いた後に黒服がそっと手を挙げる。
複製関連でマエストロが聞くことあるかな、程度に考えていた彼女は少し驚いたような表情をするが、黒服は構わずいつものようにククと笑いながら話しかける。
「まずはここまでの健闘、おめでとうございます。研究に計画、
「……そう言う言い方をするあたり、懸念があるのかな?」
「ええ、懸念というよりは疑問が一つ……なぜ
「……?」
予想外の言葉にアンテノーラは目を丸くするのに対し、黒服は表情を変えず続ける。
「私は貴女を評価しています、アンテノーラ。このゲマトリアの中でも行動力という点ではずば抜けていると考えていますし、その行動力で成し遂げた功績も数多い」
「私も同意見だ」「右に同じです」「そういうこったぁ!」
「そんな貴女なら、このようなルート……先生への敗北を前提にしたような方法を取らなくても良いのでは?」
「……あぁ、そう言うことね」
黒服の疑問にようやく得心がいったのか、苦笑いを浮かべながらアンテノーラは頷く。そして計画を立てた時に感じた若干の不満を思い出しながらも、彼女は黒服の疑問へと答えるべく口を開く。
「……私は、あの先生については本当
「それも、テクストに関する研究の成果で?」
「いいや、これは私の直感……だけど、当たってるとも思ってる直感。
あれはキヴォトスにおける主人公で、そう言う物語だからこそ無敵……そう言うテクストがあるんじゃないかな、彼には」
「ふむ……」
その場にいるアンテノーラ以外のメンバーがその説に思うところがあったのか沈黙し……アンテノーラはそれを肯定の意と勝手に捉えて話を進める。
「そんな先生に対して、だ。
しかも彼から私は『生徒で実験する敵』とまでのお墨付きを貰っている……これはもう敵対するしかないし、敗北の運命は避けられない、そう思わない?」
「確かに、言いたいことは分かります。特にカイザーPMCの件を考えると、とても」
「敗北が決まっているならどうすれば良いか?答えは簡単。
試合に負けて勝負に勝つ、なんて言葉もあるけど……私の場合は、まさにそれだね」
「成程……計画の綿密さと言い、為すことの行先と言い……本当に目的の為には徹底的ですね」
褒めるような黒服の言葉だったが、しかしてそれを向けられた本人は一切喜ばず……寧ろ、自嘲するように自らを嗤った。
「徹底的だって?まさか。
そもそも計画の時点で穴がないわけじゃない……対応は考えてるけど。
それについ最近まで、まだほんのわずかな踏ん切りすらついていなかったんだ……私自身の幸せなんていうこの世で1番唾棄すべき物に手を伸ばしかけてた、私は本当に大馬鹿者さ」
言葉を発するたびに自嘲する笑みはさらに深くなり、その目は濁っていく。不穏な様子に黒服たちは僅かに警戒するが……アンテノーラの様子はすぐに戻り、いつも通りの表情へと戻る。
「兎も角。私は為すべきことをするだけだから、契約通り邪魔はしないでもらえるとありがたいかな……その過程で
「勿論。『一度だけゲマトリアに仇なすことを許す』……それが貴女のゲマトリアに入る条件でしたから」
「腐ってもあのババアもゲマトリアだからね……いなくなるっていうのは損失になってしまうからね。とはいえそれ以上の迷惑はかけないさ……だからどうか、茶番劇が喜劇として終わるところを大人しく見ておいてほしいな。
その言葉を最後に、アンテノーラは立て込んでいる用事を済ませる為に部屋から退出する。
その場に残された3人(と1枚?)は完全にアンテノーラが去ったことを確認すると、微かに肩の力を抜いてそれぞれ向かい合った。
「……彼女の計画の全貌までは知らなかったですが……黒服、マエストロ、貴方たちは知っていたのですか?」「そういうこったぁ!」
「私は9割くらいは教えられていた……最後の計画の終わりの部分だけ初めて知った形だ」
「私もです……しかし、本当に徹底的です」
「……彼女にとっては『悪』がのさばって利を得る場となったアリウスを本当に憂いているのであろう。ある種、ゲマトリアとも対極的だ」
「私としては、彼女は『悪党』というよりも『罪人』のテクストを背負っているようにすら見えます……それもまた、解釈次第なのかもしれませんが」
「ええ。ところで、皆さん」
そう言ったところで黒服が周囲を見渡し、静かに息を吐いた後一つの問いを投げかけた。
「彼女は我々に一度だけ……ベアトリーチェを殺すことで仇なすと言っていましたが。それ以外で仇をなしている部分があるとは、思いませんでしたか?」
黒服のその言葉に……ゴルコンダは無言を続け、マエストロは微かにその体を軋ませながら頷き、デカルコマニーは「そういう、こったぁ」と呟いた。
「……彼女が気づいていないのか、それとも気づいた上で無視しているのかは分からんが……強烈に、私たちゲマトリアに悪影響を与えるだろうな」
「私もそう思います、マエストロ。私たちが取れる手段は二つ……彼女を止めるか、彼女に助言を与えるか」
「私見ですが、彼女を止めるのは我々には無理でしょう……不完全な神になった彼女にとって、私たちなど鎧袖一触でしょうから」
「そういうこったぁ!」
「同意見です、ですが……助言も助言で、彼女が素直に受け入れるかは怪しいでしょう」
「ならば、どうする気だ?」
真剣なマエストロの声に、ふむと一瞬首を傾げながら唸った後黒服は何かに特損が入ったのか頷き、再び口を開く。
「トリニティ、アリウス、場合によっては先生……それらに、少しずつ干渉を入れるのが得策かと。アリウスに関しては、彼女の友人の名前を以前聞いたはずです」
「スバル、だったか。その少女がアンテノーラをどう思っているかは知らないが、良い関係を築いているのなら逆にこちらに有利に動いてくれるだろう」
「なんにせよ、我々は今回は茶番劇の裏方ということになりそうです」
「そういうこったぁ!」
かくして悪い大人たちの密談は結論に辿り着き。
アンテノーラの計画はまた、一つの関門を迎えることが決まったのだった。
「つまるところ、エデン条約というのは『憎み合うのはもうやめよう』という約束。
「より簡単にいえばトリニティとゲヘナの平和条約」
「『エデン』……太古の経典に出てくる名を条約名につけた意図は定かではないけど、きっとかの連邦生徒会長の悪趣味だろうね」
「『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』」
「楽園にたどり着いたものは至上の悦楽をその地で手にできるからその地から戻らず、故にその存在は証明できない……」
「いわば、存在しない者の真実を証明できるのか、という問いでもあるわけだね」
「……私の友人は、証明できないと断じた」
「存在しない者の真実など証明できず、そこには幻想しか残らないと」
「故に、彼女はこう結論づけた」
「全ての真実を存在しない者に押しつけ、幸せな幻想……エデンの地で生きることが幸せなのだと」
「これの正否は分からない……ただ私に言えることがあるとするなら、その解がとても気にくわないということくらいだ」
「かつての私なら諸手を挙げて賛同していたんだろうけど……生憎、無数の未来についてその友人から教えられてしまったからね」
「先生……君も、全てを知れば私のいう意味を理解できるだろうし、その性格なら私と同じように気に食わないと思うはずさ」
「先生」
「君はきっと、かつて
「だけど、決して諦めないでくれ」
「君が全てを解決できるわけじゃない……寧ろ、彼女からすると君の存在など憎らしくて仕方ないかもしれないが……」
「君もまた、必要なピースの一つだから……折れて、諦めることだけはしないでくれ」
「そして願わせてくれたまえ」
「どうか君が、私の友人……私と似たような神秘を歪に宿している、彼女を救う一助になることを」
Tips:『ノルン』の神秘は実はセイアと非常に近いもの。能力としての出力が大幅にダウンしている一方、セイアと比べれば相対的には使い勝手が良くなっている……なお、『無貌のロキ』としての存在である今のアンテノーラには使えないが。
というわけで、エデン条約編プロローグでした〜
なんかめっちゃ長くなりましたが後悔はないです(白目)
かなりシリアスが続きましたが、一旦ここで不穏は一区切りのつもりです。
次回からは先生、そしてなんか時々出てきてた
後、以前まで-1章、0章と表記していましたが、これからの表記を考えて-1幕、0幕と表記を変更しました。
故に今は『第1幕 エデン条約編 第1章 トリニティに響く
次回は補習授業部関連と、書ければスバル視点も書きたいなって感じです!
プロット整理の都合上、もしかしたら普段のような週1投稿には間に合わないかもしれませんが、絶対に2週間以内には投稿しますのでお待ちいただけると嬉しいです!
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がJクライムしますのでよろしくお願いします〜
考察等もお待ちしております~