ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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今もトラキアは危険 ―グラン歴777年

「兄上、もう止めて下さい‼」

 

蒼白な顔で、全軍に響き渡るような叫び声。

背後には、3騎と一人の剣士が佇んでいる。

 

「アルテナか……元気そうだな」

 

お前はここに来るべきではなかった。

血のつながった弟や従弟のセリス皇子たちと、豊かな場所に行けばよかったのだ。

 

「こんな戦いに何の意味があるのですか‼」

 

お前は、いつもそうだ。

感情のまま父上に反抗していた。

 

今ならわかる。

父上は、その実直な感性を守りたかったのだ。

この不毛な大地には芽吹くはずのない、優しさを。

 

「お前と戦えるなら、私は本望だ」

 

天槍を空に突きつける。

神器の加護が、淡い聖光と共に身体を包む。

 

我らトラキアは、奪うことでしか生きられない。

お前たちのような、明るい場所など存在しない。

 

「手加減はしないぞ。

さあ、かかってこい‼」

 

騎竜の横腹を蹴り、空へ飛ぶ。

視界が白くなる。

 

乗り越えてみせろ。

さもなくば、二度と私の前に顔を出すな。

 

―――――

 

白雲を突き抜け、槍を構える。

 

背後からアルテナが追ってきた。

天と地は相争う定めからは逃れられないか。

 

「兄上‼

民を苦しめるのをお止めください‼」

 

父上と、同じことを……‼

 

今戦わなければ、北の連中に食い物にされるだけだ。

 

国王すらハイエナと蔑まれる。

そんなことまでしなければ命脈を保てぬ。

それがトラキアだ。

 

「構えろ‼

それでも槍騎士ノヴァの末裔か‼」

 

「兄上……」

 

ゆったりとした動作で、地槍を構えるアルテナ。

神器同士で打ち合うのは、これが初めてか。

 

―――――

 

アルテナが果敢に騎竜を近づけ、槍を突き出す。

 

膂力と技の冴えが、磨かれている。

受ける度に、多少手がしびれる。

普段の訓練とは威力が違う。

 

いや、槍を戻す際の癖は治り切っていない。

竜への指示も雑な部分が隠せていない。

……ゲイボルグの加護か。

 

考えてみれば、我らの槍は元々兄ダインと妹ノヴァに与えられたもの。

似たような加護であっても不思議はない。

 

所詮、この程度か。

槍に振るわれている。

絶対的に自力が足りない。

 

右踵で騎竜を二度叩く。

相手の竜に噛みつかせ、アルテナの操竜が乱れる。

 

「寝ておけ。起きる頃には終わっている」

 

アルテナの肩を突き刺し、そのまま抉るように回す。

鐙ごと空へ投げ飛ばす。

 

驚愕した表情のまま堕ちていくアルテナを、傷ついた竜が追う。

 

―――――

 

眼下を見渡せば、グルティア城周辺と足元以外に他の敵は見えない。

本当にたった5人で攻め込んでいるとはな。

 

寡兵相手に、部下たちはまだ仕留め切れていない。

神器2つが相手、仕方がないか。

せめて、アグストリアで出稼ぎ中の精鋭が居れば。

 

……詮無い事を考えても意味が無い。

魔剣の直系を討てば、そちらから追加報酬をもぎ取れるか。

 

それよりも、想像以上に騎士団の損耗が激しい。

私と数騎を残し、別の城へ向かわせるべきだ。

相手の注目を集め、その隙に移動させるとしよう。

 

セリス皇子とリーフ王子。

どちらから、狙うべきか。

 

両者とも神器を持っていない。

今なら不意の一撃で戦闘不能には出来るだろう。

 

皇子を討てば、戦は終わる。

だが、グランベル帝国の勢いを削いでもらいたい。

さもなくば、彼の国の矛先がこちらに向きかねない。

ただでさえ、子供狩りなどという訳の分からない要求をしてきている。

 

やはり、リーフ王子か。

倒した所で、北トラキアが手に入るわけでもない。

父上のようにグランベルとの陣取り合戦か、解放軍とのにらみ合いか。

だが、ノヴァの血族が減ればこちらにも占領の正当性が増える。

 

穂先を王子に定める。

 

一度、騎竜を撫でる。

こいつの呼吸も、心拍も収まっているな。

 

いつでも行ける。

王子が次の一射を放ったら、貫く。

 

―――――

 

部下達へ王子が矢を放った。

 

騎竜の横腹を蹴り、垂直に落ちる。

風切音で何も聞こえない。

 

ただ、あの茶髪を穿つだけ。

 

―――――

 

「上だ‼」

 

遅い。

既に王子は貫いた。

天槍にかかる重さが伝えている。

 

直前で気づかれたのか、脇腹を貫くだけになってしまった。

直系でなくとも、ノヴァの末裔か。

槍を振るい、離れた位置に身体を投げ捨てる。

 

息は残っているか。

随分と頑丈だな。

 

乗馬がリーフ王子へ駆け寄り、服を咥えて引きずって行く。

良く躾けられている。北にも優れた乗騎があるものだ。

 

神器の使えぬ者など、後からどうとでもなる。

まずはこの三人だ。

 

「流石剣神と呼ばれる神器。

私の速さに気が付くとはな」

 

唯一、私の動きに気が付いた剣士に声をかける。

 

―――――

 

手を上げ、部隊長達に指示を飛ばす。

各城の攻略へ向かわせる。

 

「私達相手に兵を減らすか。

後ろから斬られるとは思わなかったのか」

 

速さだけなら、シャナン王子が上か。

落下を用いれば上回れる。

 

「だからリーフ王子を刺した。

お前達は地を這うだけだからな」

 

青髪の青年、セリス皇子が割って入る。

 

「アルテナ王女はどうなったのですか⁉

彼女は、貴方のことを想っていたんですよ‼」

 

……言われなくても分かっている。

あいつが、どんな妹かなんて。

 

「お前がセリス皇子か。

相手にとって不足はない。

手合わせ願おうか」

 

聖剣を携えていない。

三人では指揮も無い。大した脅威にはなりえない。

 

最後まで生かしておかなければ。

賠償金を請求する先がなくなる。

 

「おい、俺も忘れるな。

お前は三剣士の末裔を相手取る気か」

 

漆黒の馬に黒鎧。

先祖ヘズルにあやかっているつもりか。

致命の一撃にさえ気を付ければ、魔剣など問題ではない。

 

「それにしては、聖剣が足りないな。

セリス皇子、侵略の対価を払い、こちらの指示に従えば見逃してやる」

 

「アリオーン王子‼

貴方はまだ分からないのか‼

アルテナ王女が、何を思っているか‼」

 

穂を突きつける。

 

「もう何も言うな‼

行くぞ、セリス‼

剣が槍に勝てぬこと、教えてやる‼」

 

騎竜の横腹を蹴る。

視界が白くなる。

 

―――――

 

低空を周回し、敵の注意を集める。

その隙に、怪我を負った騎士たちは城に退避する。

2周して、黒騎士へ襲撃。

 

「その、程度か‼」

 

穂先に合わされた剣が振られる。

後ろに飛び退き、更に数度突きを放つ。

 

全て、防がれた。

しかも、こちらの態勢を崩すことまで狙っている。

 

追撃が来ない内に、射程外へと逃れる。

 

魔剣は魔法への耐性を与えると聞いていたのだがな。

それ以外にもありそうだ。

 

膂力はこちらが上、速さもそれ程ではない。

アルテナの物と同じく、技量も向上する加護があるな。

相性の悪い槍、それも素早い相手を受けきるなぞ達人にしか出来ない。

それも私の腕に対応するなど、そうとしか考えられない。

 

目の端に、違和感。

 

「逃がすと思ったか‼」

 

シャナン王子が、真横で剣を振るう。

辛うじて、柄で受け止める。

 

なんて重さだ、歩兵とは思えない。

それに、空中戦を挑むとは。

 

「我らの領域だ‼」

 

腿を締め、竜に宙返りを指示。

その勢いで剣を押し返す。

 

間合いを取りながら、三段突きを放つ。

 

またも、全て防がれる。

 

バルムンクは速度と技量か。

一番の難敵だな。

 

だが、所詮は曲芸。

空中制動など、知らぬのだろう。

 

今度は、重力を載せ渾身の突き。

防がれたが、それでいい。

 

地を這え、剣聖。

 

「ぐッ‼」

 

受け身も取れないか。

 

この場に杖の使える人員は居ない。

致命には程遠いが、多少は動きも鈍くなっただろう。

 

こいつらは、私単独で相手をすべきだ。

部下達では、ここには入れない。

無駄に国力を削るだけだ。

 

―――――

 

青髪が叫ぶ。

 

「僕の番だ‼」

 

剣先をこちらに向けている。

 

ぎんの剣か。

軽いながらも、十分な威力がある。

刀身は輝いているが、使い込まれた形跡がある。

悪くはない選択だが、この場に上がるには不足している。

 

「神器も持たずに挑むとは、自殺志願か」

 

「意思に神器は関係ない‼

アルテナ王女だって、槍を構えず貴方に呼びかけた‼」

 

槍を握り直す。

 

「……それがどうした」

 

「僕達は邪神から世界を解放するための軍だ。

聖戦士の末裔として帝国に挑んでいる。

トラキア王国が戦う必要はない‼」

 

「貴様等が攻め込んで、父上を殺したからだ。

これでは、水掛け論になってしまうな」

 

「……それは、申し訳なかった。

だとしても、これ以上戦う意味なんてない」

 

「父は私に民を託して逝った‼

天槍を持たずに戦地に赴いたんだぞ‼

自らの死に場所を求めていたとはいえ、貴様は親の仇、アルヴィス皇帝を許せるのか‼」

 

「……分からない」

 

「ならば、剣を構えろ‼」

 

強く騎竜の横腹を蹴る。

 

―――――

 

重力を味方につけて襲い掛かり、逆光を利用し、射程も活用した。

騎乗していた二人は、馬を降りて移動速度よりも動きやすさを優先し始めた。

最大の障害のシャナン王子も、空に挑むことは無くなった。

 

それでも、決着は付かない。

本来なら天槍を何度も受けられる者はそういない。

 

違う。

こちらの動きに、対応し始めている。

それどころか、無言の内に連携が行われている。

 

待ちの体制を崩さず、反撃のみを狙っている。

一人が受け止め、一人が追撃を庇い、最後の一人が竜を傷付けようとしている。

 

騎竜の身体に血痕が浮かび始めている。

 

「まだ、やるのか」

 

時はこちらの味方。

この三人を釘付けにすれば、戦略で勝てる。

私が王都にすら通さなければ、配下が城を陥落させる。

帝国からの更なる増援も来るはず。

 

「僕達は……最後まで諦めない……。

王子こそ……まだ継戦する気か」

 

息が上がり、傷と砂にまみれながらも続けるつもりか。

 

この態度が気に入らない。

幻想に縋り、あり得ぬ未来を夢想する。

 

我らトラキアの民には、そんな余裕すらない。

汚名を被り、食料を収奪し、それでも進むしかないのだ。

 

「僕は敵討ちのためだけに戦っているんじゃない‼

今も隣の自由都市群では子供狩りが行われている。

どんな時でも、悪に立ち向かうのが聖戦士だ‼」

 

その矜持こそ、末裔が持つべきもの。

……だが、この大地では意味をなさない。

 

ゆとりがあるから言えるのだ。

貴様等が、この荒野を顧みたことなどないだろう。

皮と骨だけの民を、安堵させることなど出来ない。

 

理想なぞ、トラキアの民には関係ない。

父上の道を、空虚な言葉で詰るな‼

 

一度、深呼吸。

膝を竜に当て、合図する。

 

最速にして、最重量の一撃で終わらせる。

シャナン王子さえ倒せば、こいつらに勝ち目は無くなる。

 

「これ以上長引かせるつもりはない」

 

騎竜の横腹を蹴り、空へ飛ぶ。

視界が白に包まれる。

 

「トローン‼」

 

―――――

 

身体中を、駆ける痛み。

傷口が何処か分からない。魔法か。

 

急いで、空へと逃げる。

 

普段と違う風切り音。

右の加速が足りない。

翼を見ると、矢が刺さっていた。

 

鐙を足場に、竜から丘へ跳び下りる。

口笛を吹き、王都に戻らせる。

お前は良く戦った。死んではならない。

 

まさか、大地に足をつけさせられるとはな。

父上との訓練以来だ。

 

奴らにとっては、僥倖だろう。

竜がいなくなれば、敵ではないとでも考えているのだろう。

 

こちらも三次元戦闘を考える必要がなくなる。

槍にだけ意識を割けば良いのだ。

地に足をつかせたこと、後悔させてやる。

 

敵を高所から見下ろせば、初見の女と倒したはずのリーフ王子が居た。

 

あの女か。

高位魔導士が王子を治療し、戦線に復帰したか。

グルティア城を捨ててまでこの場に来たのか。

 

髪色からして、忌まわしいフリージの係累。

実力が唯一分からない。

先に排除すべきだ。

 

「アリオーン王子‼

私はトラキア半島の動乱を望みません。

我らレンスターと共に手を取り合い、帝国を討ちましょう」

 

恵まれた者の傲慢だ。

 

レンスターが復活すれば、貴様等が我らにとって次の帝国になる。

トラキアへの仕打ちを忘れたか。

昔のように、我らを経済で虐げるのだろう。

 

「既に半島統一でも成し遂げた口ぶりだな。

神器すら持たぬ身で、皇帝にでもなったつもりか‼」

 

駄目だ。

表に出す感情は、選ばなくては。

心拍を無駄に上げる意味が無い。

 

「違う‼

邪神の元では、それも幻想だ‼」

 

悪寒。

背筋に氷が差し込まれたようだ。

大山脈の上よりも、冷たい。

 

反応が遅れてしまった。

背後に向け、全力で槍を振るう。

 

「随分な物言いだな。

神の元でなら、大陸の統一すら容易いというのに」

 

手ごたえが無い。だが、槍が動かない。

 

少年の前に広がる黒い靄に、天槍が止められている。

 

横から、少年と同じ赤髪の女が歩み寄る。

 

「グランベル帝国第一皇子、ユリウス=バーハラ様の御前です。

皆さま、武器を納め、御静粛に願います」

 

場違いな凛とした声音だけが響き渡る。

女性の手が軽く天槍に触れ、押し返される。

 




アリオーンが強すぎると感じられた方もいらっしゃるかもしれません。
原作では、物理戦では最強格の一人です。
しかも彼だけ最終章でもLv27。まだ伸びしろまで残しています。
ドラゴンマスターなのに弓特効無効、66ダメージを36%で連続、さらに指揮レベル5。(自身含め周囲3マスに命中・回避+40%)

悲しいことに、アルテナに愛を注いでも……。

その強さのせいか、イシュタル共々倒さない解決法が用意されています。
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