ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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いい拾い物 ―グラン歴777年

これは、誰だ。

 

以前会ったユリウス皇子とは、何かが決定的に違う。

 

草花や魔導書にすら、人間と同じように接する甘ちゃん。

そんなトラキアではあり得ない少年だったはず。

 

「ズィーベン、そう固くなくてもいいだろう。

私達は素晴らしい演武を観劇させてもらった。その褒美だ」

 

何を、言っている。

 

「皇子が仰るなら。

アリオーン様の治療はどうする?」

 

杖を軽く振っている。

まるで、朝食でも問うような声音。

 

神器が、貴様等の眼前にあるんだぞ。

 

「私が手ずから行う。

さっきの戦いは本当に良かった。槍を覚えたくなった。

私も杖無しでリカバーを行える特技を見せたい」

 

子供のような発言。

自分の長所も披露したくて仕方がないように聞こえる。

 

「じゃあ、お話しでもしておく」

 

女は私へと歩み寄る。

横を通り過ぎざまに囁かれる。

 

「私たちは同盟者」

 

無防備に、下にいる解放軍へと手を振り始めた。

 

「セリス様たち、久しぶりだね」

 

この私が、敵に背を向けたことすら忘れてしまっていた。

 

―――――

 

下を見渡せる位置を女性に譲る。

だが、こいつらは得体が知れない。

天槍を握りしめる。

 

この高台にしか聞こえない声で、皇子が語り掛けてくる。

 

「回復は待てるな。大した傷でもなさそうだ。

落ちたのだから怪我をしていると思ったが、その対策もしているんだな」

 

皇子は、まさしく人が変わった。

 

だが、恐らく私の味方。敵ではない。

先程神器を向けてしまったが、怒りは表出していない。

 

解放軍に負けることはないとはいえ、神器二つ相手に助太刀は心強い。

 

アレス王子の叫ぶ声がする。

 

「俺達の戦いを邪魔するな‼」

 

「謝った方がいい?

おかげで生き残れたでしょう」

 

反論が聞こえてこない。

腕の差を認められぬほど、恥知らずではないか。

 

魔剣には魔法耐性を与える加護があると聞く。

アレス王子は私が引き受けることになるな。

 

「イシュタル様の時と変わらないね。

弱い継承者ばかりが解放軍に集まるのかな」

 

雷神も解放軍と交戦したのか。

口ぶりからして、その時も皇子とこの女に救われている可能性がある。

 

私も多少傷を受けた。

だが、水入りさえなければ、時間をかければ倒しきれた。

確かに手強い継承者は、少ないのかもしれない。

 

ハンニバル翁は向こうに着いた。

私の策は読み切られているに違いない。

 

だからこそ、少数の最高戦力で来たはず。

それが、この程度か。

 

「虎の威を借りるようだと、みっともないね。言葉が過ぎたよ。

私が藪の中に居るアルテナ様もリブローで回復しておいた。

死なない程度、虫の息だろうけどね」

 

アルテナは、無事か。

殺すつもりはなかったとはいえ、安心した。

 

「……貴方が誰か知らないが、姉上を助けてもらった礼だけは言っておく」

 

弓を構えていたリーフ王子が馬を繰る。

奴なら杖も使える。アルテナは確実に助かる。

 

……実の弟が側にいる方が、嬉しいだろう。

 

「ズィーベン‼

君は何がしたい‼」

 

セリス皇子の呼びかけを受け、後ろに女性が振り向いた。

ユリウス皇子に視線を送っている。

 

皇子が歩み出て、女性がその後ろに控えた。

 

堂々と、崖下へ言い放った。

 

「兄上と呼んだ方がいいかな。初めまして。

遊びのお誘いに来たんだ。前夜祭を盛り上げて欲しいんだ」

 

……一体、どういうことだ。

 

「ミレトスに子供狩りの成果が世界中から集められる。

生贄をそこへ集積し、帝都に送るためだ。

降臨祭では史上最大の蟲毒を行うから、世界中から贄を集めた。

歴史にあるミレトスの嘆きを超え、バーハラの絶望と呼ばれることになるだろう」

 

あの悪行は、子供を親元から離すだけでは無かったのか‼

 

「友人、兄弟、姉妹を互いに殺し合わせるんだ。

その催しを経て、我が帝国臣民に相応しい従順な民を選別する」

 

天槍を握り直す。

 

「そんなこと止めるんだ‼」

 

「兄上が止めに来ればいい。その招待さ。

何も分からないままでは、やる気も出ないだろう?」

 

わざわざ手の内を晒すつもりか。

 

「ミレトスまでの道のりに暗黒教団を配置しておく。

ヒルダや帝国最強の騎士もだ。なかなかの面子だろう。

やっぱり、祭りは派手でないと」

 

ゲルプリッターに加えて、リデール卿率いるロートリッター。

 

父上とハンニバル将軍を破り、北レンスターを奪い取った猛者達。

今の解放軍程度であれば、蹴散らしてしまえる。

それどころか、トラキアの盾が無くなった今では、そのまま我らが併合されかねない。

 

「最後の関門として、私とイシュタルが待ち構えさせてもらおう」

 

あの雷神まで。

魔法だけでなく、奴の指揮能力は私と比肩しうる。

将軍の知略と、父上と私の武力。

トラキア最高の戦力で挑んでも倒せなかったあの女。

 

更に、都市群の重石としてアルヴィス皇帝がシアルフィ城に居たはず。

最強の継承者と、それに次ぐ雷女。

恐らく、ドズル家のブリアンもスワンチカを携えて来る。

解放軍に勝ち目は、万に一つも無い。

 

自由都市の領域で最終決戦とするつもりだ。

帝国領土を傷つけず、自由都市群を疲弊させ、より支配を強固なものにする。

 

……私とは、格が違いすぎる。

父上は、こんなものと鎬を削っていたのか。

 

「安心するといい。

私達だけは、どちらかが反乱軍の指揮官を一人血祭りにあげたら帰る。

あるいは、ミレトスが落とされれば素直に引こう」

 

……何故。

 

戦力的には十二分なはず。

フリージ夫人含め、リデール卿もヴェルトマーの関係者。

そちらへの負担は避けたいはず。

 

なにより、反乱分子を消し去る方が帝国にも利がある。

 

意図が掴めない。

 

「イシュタルとの競争なんだ。

それに勝ち目がないと、兄上も楽しめないだろう。

ズィーベンとの盤上遊戯は、一方的過ぎてつまらないからな」

 

本気で、戯れのつもりなのか。

態度からはそうとしか思えない。

 

「アルヴィスの発案か‼

貴方の父だとしても、邪神ロプトウスの化身。

そんな皇帝の指示に従う必要はないだろう‼」

 

ユリウス皇子がわざわざ振り返り、私と女性の顔を確認している。

心底不思議そうな表情をしている。

 

「何故、父上が神の写し身なんだ?」

 

誰もが、確信している。

自明のことだ。

 

ロプト教徒への差別撤廃に始まり、七年前の教団の認可。

今では、教団員が公的な立場に就いている。

トラキアも、帝国からの派遣員としてグルティア城を守らされていた。

 

なにより、ここ数年で子供狩りなどという悪趣味な暗黒教団の祭事まで始まった。

 

「そんなの決まっている‼

歴史上の誰よりも邪教の拡大を推し進めているからだ‼

……君の父親のことを悪く言うようだけど、それが真実だ」

 

横の女性が、苦い顔になった。

ズィーベンといったか、こいつは邪教の反対派か。

 

髪色からしてヴェルトマー。

皇帝との繋がりも有りうる。

だが、決めつけるのは早計か。

 

突如、ユリウス皇子が高らかに笑い始めた。

 

愉快なことでもあるまい。

仮に事実だとしても、偉大な父が罵倒されたのだぞ。

昔顔を合わせた時は、アルヴィス皇帝を尊敬していたではないか。

 

「父上が、ロプトウス‼」

 

皇子の高笑いだけが響き渡る。

 

「何が可笑しい‼」

 

もう一人の皇子が、笑いを切る。

 

瞬間、あの不快さがぶり返す。

喉が締め付けられるような、圧迫感。

肌を這う悪寒。

 

反射的に皇子へ槍を向ける。

 

女性が私と皇子の間に割り込んできた。

神器を身体から離さないよう申し付け、柄を触って押し付けてきた。

 

「ロプトウス」

 

皇子の魔導書から溢れた瘴気が辺りを包む。

視界が闇に埋め尽くされ、解放軍の面々が見えなくなる。

 

視界が開けたかと思えば、黒く禍々しい巨竜が空を泳いでいた。

故郷の大空を、黒竜が思うがままに舞っている。

 

「ユリウス様、土地を傷つけないで。賠償問題になる」

 

そうではない。

あれは、有ってはならない。

 

止めなければ。

 

口が、開かない。

 

「私の威力も見せつけたかったのだがな……」

 

太陽に向かって、闇竜が登る。

その余波で、雲が消し飛ぶ。

 

突如、巨体が爆ぜた。

 

残滓で日の光が遮られ、ここだけが夜のようだ。

 

闇の中、楽し気な声だけが響く。

 

「兄上は面白い人だ。

私こそが、ロプトウス。これで分かったかな」

 

誰も、言葉を続けない。

 

―――――

 

闇が段々と薄れ、日光が戻って来た頃、女性が切り出した。

 

「同盟に基づき、トラキア王国の救援に来た。

総勢二人。ユリウス様と私だけ。

ミレトスでの準備に忙しくてね」

 

左手で炎の魔導書を見せつけるかのように、解放軍に向けて振っている。

 

「まあ、ユリウス様の戦力は分かったでしょ。

私はそんなに強くない。

精々、神器一つと相打ちになる程度」

 

身体の強張りも解けてきた。

手汗を服で拭う。

 

「今の解放軍には神器が実質5つ。

アリオーン様が二つ、私が一つを受け持つ。

意外と良い勝負になりそうでしょ?」

 

あれはボルガノンだ。

つまり、ファラの聖痕持ちか、達人級の魔導士。

年齢からして前者だろうが、このような者の存在を聞いたことが無い。

 

杖も使える上、軽装だ。

この女はセイジか。であれば戦力として申し分ない。

 

「戦闘を続ける?

ユリウス様のお望み通り、ロプトウスの威力もお披露目できる。

あれは、かなり痛かった。私だと2発しか耐えられない」

 

反対の手で、杖を掲げだした。

 

「それとも、アリオーン様の治療が終わるまでお話しに付き合ってくれる?」

 

杖先の魔石を、突きつける。

 

「選ぶのはあなた。セリス皇子。

ディアドラ王女殿下の、もう一人の遺児」

 

噂は事実だったか。

ナーガの直系が、逆賊シグルドとの間に子を設けていたとは。

権威付けの流言だと判断していたが。

 

「私はどちらでも構わない」

 

魔導書と杖を大きく広げる。

 

「今回は庇う相手もいない、全力を出せる」

 

こいつは解放軍との交戦経験もありそうだ。

 

「言ったでしょ。

杖なんて手遊び程度、魔法が本領」

 

兎も角、アルテナ以外へ誘導せねば。

 

―――――

 

セリス皇子が、口を開く。

 

「ズィーベン、何が目的なんだ。僕達に教えてほしい」

 

ユリウス皇子が後ろに下がり、私へ暖かな光を手から放ち始めた。

 

女性がセリス皇子の問いに返す。

 

「アリオーン様の回収。

今から解放軍を潰しても、トラキアには遺恨が残る。

戦えば服も汚れるし、魔導書も修理に出さなきゃいけない」

 

電撃の痛みが和らいできた。

これなら、何の支障もなく槍を振るえる。

 

「面倒を被るくらいなら、解放軍がトラキア全土を制覇すればいい。

まとめることが、片付けのコツ」

 

その言葉は聞き逃せない。

解放軍への対処の次は、こいつらも処理する。

……やれるか。疲弊させねばな。

 

「本物の”解放”軍なら統治政策を捨て置き、一目散に子供を助けに来るはず」

 

善性を信じすぎだ。

それでは、賭けにしかならない。

第一、解放軍への利益がない。

 

「ただの侵略軍なら、それでもかまわない。

帝国が非難できる証拠が手に入る。

他の地方も解放軍には手を貸さなくなるだろうね」

 

……帝国から見れば、そうだ。

トラキアを守るよりも、解放軍の現地協力者を減らす。

帝国は損をせず、長期的に見れば堅実な策だ。

 

こちらに顔だけを振り向き、笑みを浮かべる女。

 

「どさくさに紛れて北レンスターの請求権も得られるかもしれない」

 

こちらに権利を譲る気か。

親帝国国家として引き込むつもりだな。

 

「国力を温存したまま、再起を図る。おまけに帝国とのつながりを強化できる。

悪くない選択肢でしょう?」

 

……亡国を受け入れろと。

 

天槍に反射する光が、父上の遺言を思い起こす。

 

お前の好きにせよ。

ただし、民をこれ以上、苦しめるな。

わしの願いはそれだけだ。

 

その言葉と共に、グングニルを託された。

 

……このままでも、勝てはする。

だが、戦争は長引き、決着が付こうが戦禍が残る。

 

……父上のようには、国を守れないのか。

神器を継いだというのに。

 

戦って得られるものは、王族としての……私の意地だけか。

 

シャナン王子の声で我に返る。

 

「それを許すとでも思うのか。

あの時とは違う。今度こそ、お前の首を落とす」

 

「あなたに選択権は無い。自殺は他所でご自由に。

解放軍にもメリットはあると思うけど」

 

彼らが引くのならば、帝国の策に乗ろう。

私は如何に蔑まれようが、民を守らねばならぬ。

 

帝国内で武功を挙げ、祖国奪回を目指すしかない。

例え、帝国の犬となるとしても。

 

ハイエナの子が犬か。

それでもいい。

 

「これ以上トラキアを苦しめたくない。

そちらも引いてくれるなら、僕達もすぐにミレトス方面へ向かう」

 

セリス皇子が躊躇なく、言い放った。

そこには後悔の色が感じられない。

 

……迷いが無さ過ぎる。

 

トラキアでは、選べるはずのない選択だ。

 

個人的に、理想論者の彼は好きにはなれない。

だが、聖剣無しで天槍相手に立ち向かい、民を思う姿勢は認めるべきだ。

 

大儀を重んじる、彼の甘さに助けられた。

それでも、胸にしこりが残る。

 

そんな他者の施しに頼らねば民を守れないのか。

……私が継ぐには、早すぎた。

 

もし、この大地が豊かであれば、父上も末裔の責務を果たそうとしたのだろうか。

 

「これが政治。

あなたたちがどれ程強かろうが、盤外からの一手を打てる。

セリス様の父親も、そうやって排除された」

 

「貴様‼

シグルドを愚弄するか‼」

 

シャナン王子の怒気を意に介さず続ける女。

 

「アグストリアもそうだったね。

政治を理解できない暗君のせいで、アレス様の父親も処刑された」

 

「俺は見え透いた挑発に乗るつもりはない」

 

……自身に狙いを集めようとしているのか。

 

女が軽く笑う。

 

「そのつもりなら、禁忌に手を出しかねなかったラケシス様も絡めて責める。

挑発だったら、柔らかい所を刺さないと。

その子孫があなたのお仲間に居るんでしょ?」

 

「これは忠告だよ。

解放軍を名乗り、帝国を討つならその後も考えて」

 

「その方が、お互い戦後の後片付けもしやすい。

勝つつもりがあるなら、後始末に協力してくれてもいいでしょ」

 

ユリウス皇子が下に聞こえない声で呼びかける。

 

「ズィーベン、治療は終わった。

私は遊びの下準備をしたい。アリオーン王子を任せてもいいか」

 

「トラバント王も礼儀作法に疎かった。

そのあたりをアリオーン王子に教えておく。皇子も一緒に来て」

 

この女、父上のことを知っている。

それに、即戦力として私を起用するわけではなさそうだ。

 

「……クロノス城は駄目か?」

 

普通の少年のように、拗ねた声色。

 

それが、一層恐ろしい。

 

「女には準備がある。

相手を考えないサプライズは論外。ただの嫌がらせ。

マンフロイさんと同じになりたいの?」

 

邪神を操る皇子が、躾けられている。

 

「後でミレトスに二人で行くんでしょ。

デートプランを考えるなり、その情報集めなりやれることはいくらでもある。

たまには二人で街に出て、店を見て回ってプレゼントでもしたら」

 

戦場、いや命の危険なぞ存在しないかのような会話。

神器と相対しながら逢引の相談など、常軌を逸している。

 

「外商でいいだろう」

 

「体験の共有は、失敗すら高い価値に変えられる。

猛暑の紅茶、手汗の失敗すら二人だけの宝物になった」

 

この女にも、何かある。

神器ではないだろうが、種も無しにこれ程の余裕があるはずがない。

 

いや、皇帝の隠し子の可能性もある。

皇子に対し年長のような振る舞い。

ファラフレイムを継いでいる可能性がある。

 

あれは万事より聖者ヘイムを守護する炎。

であれば、この落ち着きも納得できる。

 

「うん……そうだね……」

 

下から大声が聞こえる。

 

「何を話している‼」

 

ズィーベンがそちらから見えないよう、手を小さく動かしユリウス皇子を促す。

 

「兄上、ここで失礼させてもらう。

また会える日を楽しみにしているよ」

 

地面から、黒い光が立ち上る。

浮遊感に包まれる。

 




どうして原作ではアリオーンだけを皇子自ら救出しに来たのでしょうか?
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