むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ芝刈りに向かいます。
働き者のおじいさんは今日も汗水垂らして、食い扶持を稼がなければいけないのです。
一方、おばあさんはというと、川へ洗濯に向かわず、自室でおしるこを飲んでいました。
最高級の小豆を使ったおしるこです。
口の中に広がる上品な甘さに、おばあさんは喉を鳴らしながら、おしるこを最後の一粒まで飲み干しました。
喉が乾いたおばあさんは、重い腰を上げて川へと向かいます。
透き通った川の水面は日差しを浴びてきらきらと輝いていました。
川を覗き込むように跪くと、おばあさんはそのままシワだらけの顔を水につけます。
ごくごくと喉を鳴らし、川の水を胃の中へと流し込んでいきます。
喉の乾きが癒えたおばあさんは水面から顔を上げ、持参した手拭いで水滴を拭き取ります。
さっぱりしたおばあさんは、清々しい笑みを浮かべました。
そこへ、どんぶらこ、どんぶらこと上流からおじいさんが流れてきました。
おばあさんは目を瞬かせ、口元に笑みを浮かべます。
「おやまあ、じいさんが流れてましたね」
頬を赤らめるおばあさん。
芝刈りに行ったはずのおじいさんを見つけ、不覚にも胸がトキメイてしまったのです。
サプライズ好きのおじいさんとの想い出が走馬灯のように蘇ります。
心拍数爆上げのおばあさんは手拭いを放り投げ、流れてきたおじいさんを川から引き上げました。
「びっくりしましたよ、おじいさん。お迎えが来たらどうするつもりですか?」
おばあさんは笑いながら、おじいさんに口づけしました。
そして、気づきました。
おじいさんの体は冷たくなっていました。
「……おじいさん?」
顔を上げ、おそるおそる呼びかけます。
けれど、返事はありません。
おじいさんは目を閉じたまま、微動だにしません。
たちの悪い冗談です。
「起きてください、おじいさん。風邪を引いてしまいますよ」
おばあさんは震える声を抑えながら、おじいさんの頬を優しく撫でます。
頬を撫でて、抓って、引っ叩いても、おじいさんはやっぱり動きません。
そんな、まさか。
嫌な想像が頭から離れません。
おばあさんの目に涙が浮かびます。
拭っても、拭っても、視界は滲み、おじいさんの顔が見えなくなりました。
これは夢だ。現実であるはずがない。
そう思いたいのに、涙は止まってくれません。
唐突の別れにおばあさんは涙をこぼすことしかできません。
その涙をそっと誰かが拭い取りました。
「天気予報は晴れと言っとったが、雨が降ってきおったわ」
誰の声かすぐにわかりました。
毎日聞いている声を、聞き間違えるはずがありません。
手の甲で涙を拭き取り、声の主を見下ろします。
おじいさんはニヤニヤと笑みを浮かべていました。
悪びれた様子など欠片もありません。
「誰じゃ、わしのばあさんを泣かせたのは」
「おじいさんですよ」
わっはっはっと二人は笑いました。
おじいさんの体が冷たかったのは、川の水で冷やされたからでした。
けれど、二人の仲が冷え込むことはありません。
アッツアツです。
「どうですか、久しぶりに」
「奇遇じゃのう。わしもちょうど誘おうとしたところじゃ」
二人は手を取り合い、自宅へと帰りました。