皆様のご満足のいく結末になったかは不明ですが、どうかお付き合い下さい。
毎度の事ですが、高評価に感想などのご支援にはいつも感謝しております。
誤字についても『コイツ何やってんだ!?』と突っ込まざるを得ないミスをするのが私です。
自分でもチェックはしてるんですけどね……
「後ろが騒がしいな」
第1層のボスフロアから、第2層へと続く階段をキリトは上がっていた。
様子を見に戻るか少し考えようとしたが、すぐに考えを取り下げる。自分は人と関わるチャンスを自ら捨てたばかりなのだから。
自身の行動が原因となり、ベータテスター全体へ悪評が広がるのは避けるべきだ。そう考えたからこそ、咄嗟に《ビーター》という存在を創り出し、自分にだけ
これによって、ベータテスター達は更に細分化され、意地汚いビーター以外のテスターはやがて隠れて過ごす必要が無くなる筈。
そして。
その中にはアルゴやミト達も、当然含まれている。
(ちょっと言い過ぎたか? 仲間だと思われない為とはいえ)
勿論、彼女へ蔑んだ態度を見せたのも演技だ。
ミトが自分と同じヘビーゲーマーなのは言動からすぐに気づいた。しかし、それ以上に驚いたのは自分と彼女が非常に似通っていた事。スタイルに多少の違いはあるものの、MMORPGそのものへの考え方はほぼ同じと見ていい。
それでいて、ミトには他者を巻き込む力がある。コボルドロードの一撃から目を覚ました時、彼女の指揮によって戦線は保たれていた。あれが無ければ、1対1でフロアボスを倒すなんて無茶は通らなかっただろう。
今回の一件でベータテスターへの風当たりが弱まれば、ミトも今まで以上に表舞台での活躍ができる筈。ソロプレイヤーの自分が闇を請け負うのが最善だった。
自分がHPミリの状態で、死の覚悟を決めてまで彼女を助けたのも。
《アインクラッド》攻略の為でしか無かったのだと、彼は思い込む事にしていた。
「……ん?」
これからの事を考えていると、下の方からドスドスと獣が行進するような音が聞こえて来た。
音は徐々に大きく……というか近づいてきている?
階段の下を見れば、見覚えのある紫髪の少女が大鎌を構えて――
「死ねキリトオオオォォォ!!」
「いやなんでだよ!? ――うわっ危な!」
躊躇なく顔面へと振り下ろされた大鎌を、どうにかしゃがんで回避する。
武器を構えようと腰に手をやろうとするが、その隙も無く襲撃者はキリトへ体当たりを仕掛けた。為す術も無く階段横の壁へと追い詰められ、混乱が解ける前に両手で胸倉を掴まれた。
「あれで勝ったつもりか!? ふざけんな!!」
「勝ったって……一体なんの事だ」
そこでようやく襲撃者の顔が割れる。
血走った眼を近づけているのは、先ほどまで共にボス戦を戦っていた少女――ミトだった。
「全部よ、全部! 《ホルンカの森》でも、コボルドロードとの闘いでも、さっきのベータテスターの一件でも! すべて1人で解決しようとして……ヒーロー気取りか! あれで私達が喜ぶって、本気で思ってるの!?」
ヒーロー気取り。
キリトがしてきた事をその一言で片づけ、感情の赴くままに少女は言葉を吐き散らしていた。目元にはうっすらは水滴が流れている。
彼女が何に対して怒り、悲しんでいるのか。キリトは理解する事ができなかった。
それどころか、自分が非難されている状況にだんだんと腹が立ってくる。
「……俺だってやりたくは無かったさ。けど仕方ないだろ! 誰かがやらなくちゃいけなかったんだ! だったらソロの俺が請け負うのが一番――」
「その染みっ垂れた自己犠牲がウザいって言ってるの! なーにがソロプレイヤーだ! 1人で全部背負い込むのがそんなに気持ちいいの!? 私達がそれをどんな気持ちで見なきゃいけなかったのか、分からないんでしょうねぇ!!」
「ふざけんな! 誰の為にあんな事やったと思ってるんだ!! 元はと言えば君自身のミスでテスターバレしたのを忘れているのか!?」
「何よ!!」「そっちこそ!!」
諍いはヒートアップしていき、やがて取っ組み合いが始まった。階段という不安定な足場の上で、互いの服を引っ張り合い揉み合っていく。
やがて、キリトへ馬乗りになる恰好でミトは拳を振り上げる。
キリトは衝撃に備えて目を瞑った。しかし、いくら待ってもそれが振り下ろされる事は無かった。
「もっと……自分を大切にしてよ…………」
目を再び開くと、少女は涙を零していた。顔は赤く腫れ、可憐な顔付きは台無しになってしまっている。
怒りは霧散し、少年を想う言葉が次々に紡がれていく。
「アスナと過ごす日々はつまらなかった? アルゴさんと3人で語りあった記憶も嘘だったの……? 私達じゃ、貴方の心を埋められなかったんだね……」
「あ、いや……その」
キリトの背中を、戦闘の高揚によるモノとは異なる嫌な汗が伝う。
こういう時の心得が彼には無かった。そもそも、現実世界での人付き合いを避けるようにMMORPGに没頭していたのだ。異性との交流など無いに等しい。
一応、現実の世界には可愛らしい妹がいるのだが……とある事情もあって距離を置いたまま仮想世界に閉じ込められてしまった。
目の前で涙を浮かべる少女へ何と声を掛けたらいいのか。
それを考える事はキリトにとって、怪物へ刃を携え向かっていく事より遥かに難易度が高かった。
「えーっとだな――」
「ねぇ。何してるのかな」
え、と不意をつかれ思わず振り返る。
そこに立っていたのは。親友と恩人に放って置かれ、分断寸前までいった攻略メンバーの仲裁もとい尻拭いをほぼ1人でやりきり、一旦の区切りをつけてすぐ追いかけてきたら階段のど真ん中で痴話喧嘩を始めた男女を見つけたような。
そんな少女――すなわちアスナが、穏やかな笑みとは裏腹に栗色の髪が逆巻くような気配でそこに立っていた。
というか滅茶苦茶キレている。
「ア、アスナ……? どうしてここに」
「何してるのかって聞いてるんだよ? 2人とも」
ミトも遅れて疑問を発するが、アスナの覇気に気圧される。涙は引っ込み、鬼を見つけたように震え出した。
何をしているかだって? 思い返しても怒られる心当たりしかない。
というか、この状況には既視感がある。これは長くなりそうだ。
「2人共、そこに正座」
「いやここ階段の上――」
「せ・い・ざ。オーケイ?」
「「……イエス、マム…………」」
アスナには暫く逆らえそうにない。
苦笑いするミトと共に、キリトはそう察するのだった。
私は一体何をしていたのだろう。
キリトに煽られてからの記憶が曖昧だ。カッとなって鎌を手に駆け出すと――気づいたら彼へ馬乗りになって迫っていた。というか他者に聞かれたら恥ずかしい事を沢山言ってしまった気がする。
お、思い出すだけで顔が茹で上がりそう……! 客観的に見れば、私は面倒くさい女そのものじゃないか。
「大体、2人は距離感がおかしいと思います。その癖に大事な部分は互いに話そうとしないから、ああやって拗れるのよ。私がいるんだからもっと腹を割って――」
そりゃ、アスナもこんな態度になるか。さっきよりは冷静さを取り戻したようだけど、顔には不満がありありと出ている。
石畳の階段の上で正座させられた後、意外とお説教に時間はかからなかった。今は第2層を目指し、アスナから小言を頂きながら階段を登っている最中だ。
彼女を挟んだ反対側に、キリトも並んで歩いている。しかし、先ほどの出来事がフラッシュバックするせいで、目が合いそうになると互いに顔を逸らしてしまう。
アスナが間に立ってくれて良かったと、この時ばかりは思った。2人で並んで歩くのは、今はその……難しそうだから。
「攻略組の皆から伝言があるの」
暫く歩いていると、アスナは小言を止めてそう切り出した。
「エギルさんは、『アンタ達のお陰で助かった。2層のボス攻略も一緒にやろう』って。ディアベルさんからは、『君達には本当に済まない事をしたと思ってる。この責任は然るべき形で取らせて貰う』だってさ。ディアベルさん、凄い申し訳無さそうな顔をしてたけど……何かあったのかな?」
穏やかな笑みを浮かべるエギルさんと、それとは反対に困ったような――しかし何かを決意したような表情のディアベルさんが、それぞれ脳裏によぎる。
彼らの奮戦が無ければ勝利は掴めなかった。だからこそ、自分がそんなに褒められても反応に困ってしまう。私はただ、皆が作ったチャンスに便乗しただけなのに。
けれど。もう1度彼らと共に戦う事を考えると、不思議と悪くない気分になる。
それに――
「キバオウさんは……『ジブンらの事を、まだ完全には割り切れへん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す』って言ってたよ」
「……そっか」
アスナは真剣な顔で下手くそな関西弁の再現を試みていたけど、その言葉は少し残念に思えてしまった。
キバオウさんとも少しだけ、心の距離を縮められていた気がしたのに。私がただ思い上がっていただけなのだろうか。
しかし、私が目を伏せるのを見計らったように、アスナは彼の言葉を繋げる。
「――『けど、ジブンらが居なかったら、わいは大事な戦友を失っていた。そこに礼すら言わんのは、わいの中だと筋が通らへん。今度会ったら詳しく話を聞かせて貰うで』だって。素直じゃないよね、あの人も」
投げやりながらもキバオウの思いが籠った言葉に、私は思わずまた泣き出しそうになってしまう。
反ベータテスターを掲げていた彼とも分かり合える未来が来る。いつか、この《アインクラッド》の内で蔓延るプレイヤー間の
そんな希望を持つのはきっと間違っていない。あの死地を全員で潜り抜けた私達ならば。
「みんな、2人に感謝してる。さっきの人みたいに、反感を持つプレイヤーも居なくはないけど……それもディアベルさん達が抑えてくれてるから。戻っても大丈夫だよ」
気づけば、アスナの瞳は慈愛に満ちたものに変わっていた。
その優しさに包まれそうになると、私は逆に居心地の悪さを感じてしまう。他者から温もりを貰う時、どう返せば良いのか。私にはまだ分からないから。
その余りにも眩しい笑顔に、キリトも頬を掻いて目を泳がせている。その姿を見れば、彼はもう私達を置いていく事はないと、なんとなく思えた。
断ち切れる寸前だった私達の縁は、目の前の親友によって再び紡がれる。
きっと、これからも。何度だって。
「あ、出口だ!」
話している内に、迷宮区の到達点――第2層への入り口に辿り着いたらしい。止める間もなく、開門の為にアスナが駆け寄った。
取っ手を掴んで勢いよく開いた途端、扉の間から突風が入り込んだ。思わず目を瞑ってから、恐る恐る瞼を開く。
そこには
第1層と異なり岩山が延々と連なる地形に、山頂部に生えた草木の上を
言ってしまえば、どれもベータテスト時代に見ていた既知の風景。
なのに今、どうして目の前の景色がこうも美しく見えてしまうのか。暫くの間眺めていても、その答えは出なかった。
「ほら、行こうよ。3人で」
絶景を堪能し終えたところで、アスナは私の右手と――少し逡巡してからキリトの左手を両手でそれぞれ結んだ。
「え、いや……なんで」
「? だって私達、パーティーメンバーじゃない」
戸惑うキリトに対し、アスナはあっけらかんと言い切った。
攻略戦では
しかし、これを今指摘するのも野暮だろう。キリトがその手を振り払おうとしないのが、その証拠である。
そして――それは私もだった。
アスナに導かれるように、私達は崖上から下ろうとする。
すると、崖の下を視界に入れた途端に私の脚が止まった。
思い出すのは、つい数日前に体験した悪夢。怪物達の罠に堕ちた末に、親友を見殺しにしようした忌むべき記憶だ。
(落ち着け、ここにネペント達はいない。大丈夫、大丈夫。大丈夫――)
意思とは裏腹に、明るかった視界が急激に曇っていった。
なんてことない道が、奈落の底へ続く罠へと変わっていく。
私の脚に何かが絡みついた。それらは植物のツタだ。地面から生えて来たそれらは重く圧し掛かると、諦めの言葉を私へ囁いてくる。
止まれ。歩むな。お前はもう進めない。
第2層を見渡せる絶景が幻だったように霧散した。
代わりに映ったのは、見覚えのある場所。周りを岩で囲まれ、木々が生い茂る崖上では私の親友であるアスナが細剣を振るって戦っていた。そして、目の前には大量の怪物――《リトルネペント》達が群れを成す。
見覚えのある光景。しかし1つだけ違ったのは、何故か私の視界に
彼女はHPバー……自分とアスナが残す命の残量を確認する。そして、カーソルを操作すると――ネペント達へを向けて一目算に逃げ出した。咄嗟に手を伸ばして止めようとするが、体が縛られたように動かない。
見ているだけの私を余所に、状況はドンドン悪化していく。残されたアスナは、私が逃げ出した事に気づくと半狂乱となって冷静さを失ってしまう。そして、そこに立ちはだかるのは巨大な獣人モンスター。アスナは怪物が開いた大きな口で咥えられると、鋭い牙でそのまま――
これが、
恐ろしい程にリアリティな《悪夢》は、そう私に語りかけるようだった。
(なに、これ……何なのよ、この馬鹿げた光景は!?)
アスナが噛み千切られる直前で、悪夢は一度再生を止める。そしてまた、最初から繰り返す。
何度も何度も何度も何度も。
聞き分けの悪い子供へ、当たり前の事を躾けるように。
しかし。
(いやだ……諦めて堪るか……!)
目も耳も足も、体の殆どが黒く染まって使いものにならなくなった中で。
それでも私は諦めなかった。
――右手にだけは、まだ親友の温もりが残っていたから。
その手を必死に手繰って、抜けだそうと踏ん張った。しかし、片手だけだと上手く力が入らずツタから抜け出す事ができない。
もう一歩と踏み出そうとした時。
今度は左手が温かく、そして強く握られたる。アスナのものよりも、少しゴツゴツとした手付きだった。
――それが誰のものなのか、考えるまでもないだろう。
「はあああぁぁぁッ!!」
何も感じなかった身体へと、温かい炎が巡っていく。
それはツタを焼き払い、闇を照らし、そして光となって帰るべき場所を示す。
その光へ無我夢中に飛び込むようにして――私は悪夢から目覚めた。
「ミトッ!」「大丈夫か!?」
重い瞼を開けると、最初に映ったのは大事な2人――アスナとキリトの真剣な表情だった。
視界の左上に表示されるHPバーへ目を向ける。何故か安全圏の緑ではなく、危険域を知らせる赤色へと変化していた。
「……何があったの?」
「崖の上から足を滑らせたんだ。アスナが手を繋いでたせいで一緒に落ちたけど……逆に互いがクッションとして機能したらしい。とんだ不注意だぜ、まったく」
ほらよ、とキリトはポーションを此方へ投げ渡してきた。
それを飲み干すまでの時間で、さっきまでの体験がただの夢だったのだと察する。
「君らしくもないミスだ。何か気になる事でもあったのか?」
怪訝な表情でキリトは尋ねる。
彼はあの時、私が心中で何を考えていたのかを知らない。その上で私の実力を買っているが故の疑問。
そして、そこにアスナも深く追及はして来ない雰囲気だった。お互いの内面をよく知り合っている間柄だけど、助けた時に具体的に何が起こっていたのか、彼女は詳しく覚えていない。
つまり――彼らは私の
「……後で話すよ。ところで、キリトは随分と私の手を強く握っていたようだけど?」
「あ、あれはアスナさんに言われて。決して他意があったワケじゃ」
「嘘よ、私以上に取り乱してたクセに。ねぇミト聞いてくれる? キリトさん最初は顔を近づけてね……」
「緊急事態だと思ったんだ!! 大体君だって泣き出しそうな勢いで――」
緊張した空気からは一転。3人のパーティーは和気藹々としながら、第2層の主街区《ウルバス》へと向かっていく。
……私が何かを隠そうとした事は、覚えていない様子で。
別にずっと黙っているつもりはない。いつかきっと、話さなくてはいけない場面が来る予感もある。
――けれど。
今だけはどうか、この陽だまりに身を委ねる事を。
あの夢はただの空想なのだと。そう思い込む為に2人に甘えてしまう事を、どうか許して欲しい。
僅かに騒めく心を忘れたい一心で、私は2人の後を追い駆けるのだった。
ここまでありがとうございました。
ミトの悪夢についてですが、実は当初だと予定に無い描写でした。
しかし、本作では無事(?)に突破出来たとはいえ、崖の上という景観で何も思う事がないというのは、ミトのキャラクターとして不自然だと考えました。
その結果、ああいった展開にさせて頂きました。
これが今後にどう作用するのか……是非ご期待ください。
次回、《冥き夕闇のスケルツォ》編開幕。
階層飛ばすのかい! と思われた方もいるでしょうが、
①ミトは【劇場版】のプログレッシブで登場したキャラクターである
②本作の目標は、ミトに【SAOをクリアさせる】事
という2点を加味すると、1層ずつ描写していくのは即していない、というのが筆者の結論です。
構想は既に立っていますが、本章の反省を踏まえ、ある程度ストックを溜めてから投稿開始する予定です。
気長に……いや、今度はなるべく早く出します()