鉄が見る未来、錆びた魂   作:きりっと果実

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チェンソーマンの方がなかなか進まなくなったので息抜きに書き始めた
更新頻度は気まぐれです


第一話『誕生』

(ここは……)

 

最初に感じたのは、音だった。

 

ギィ……と金属が軋む音。

風が廃墟を抜ける音。

遠くで何かが崩れ落ちる、重く鈍い音。

 

次に、光。

 

白く霞んだ空。

崩れたビルの輪郭。

草木に飲み込まれたアスファルトの灰色。

割れたガラスの破片が、弱い陽光を受けてぼんやりと輝いている。

 

そして、記憶。

 

断片的で、水底に沈んでいるようにぼやけた記憶。

部屋の暗がり。

モニターの青白い光。

握りしめられたコントローラー。

指先に伝わるボタンの感触。

ヘッドフォンから流れ込む旋律。

荘厳で、哀愁に満ちていて、どこか遠い場所から聴こえてくるような音楽。

自分はその音楽をいたく気に入っていた。

何度でも聴いていられると、そう思っていた。

 

そして画面の中の、黒衣の少女。

 

(ああ、そうか……俺は)

 

意識が、急速に覚醒した。

 

沈黙していたはずの論理回路が起動する。

視覚センサーが外部情報の取り込みを開始する。

電磁波、温度、振動、光量。

大量のデータが洪水のように流れ込んでくる。

同時に、内部診断が走った。

 

 個体番号:データ喪失

 カテゴリ:小型機械生命体

 機体状態:起動

 損傷箇所:なし

 ネットワーク接続:なし

 

「……ネットワーク接続、なし?」

 

機械生命体を繋ぐ広大なネットワーク。

あの集合意識の海へのアクセスが、完全に遮断されている。

いや、遮断されているのではない。

最初から、繋がれていないのだ。

 

「え、マジか。孤立無援スタートかよ」

 

俺の意識は混乱した。

混乱という感情すら持ち得ないはずの機械生命体が、確かに混乱していた。

その事実が、さらなる混乱を生んだ。

 

(いやまて…俺は、どうなってるんだ?)

 

問いが走る。

しかし返ってくる答えは、奇妙なものだった。

機械生命体としての自己診断と、それとはまったく異質な記憶の洪水が、容赦なく押し寄せてくる。

 

俺は機械生命体だ。それは診断結果が示している。

そこに一切の誤りはない。

 

しかし同時に、人間であった。

 

記憶の中の自分は、確かに人間だった。

現代の日本に生きた、どこにでもいる男。

名前も顔も、もはや薄れた記憶の彼方に消えてしまっている。

しかしひとつだけ、不思議なほど鮮明に残っている記憶があった。

 

最後にプレイした、ゲームの記憶だ。

 

『NieR:Automata』

 

その言葉が意識の中心に浮かんだ途端、連鎖するように記憶が溢れ出した。

機械と人間とアンドロイドが入り乱れる、終末の世界。

何周もプレイした物語。

Aルート、Bルート、Cルート。

真エンドに辿り着いた時、エンドロールで流れた開発者たちのメッセージに感動して、一人で部屋の中で泣いたあの夜のことを。

 

「……そうか。転生、したのか。俺」

 

そして今、俺はその世界にいる。

 

視覚センサーが、ゆっくりと焦点を結んだ。

 

目に入ったのは、荒廃した都市の廃墟だった。

 

崩れたビルの群れ。

草木に飲み込まれた道路。

あちこちに転がる機械の残骸。

空は雲で白く霞んでいて、太陽の位置すら定かではない。

冷たい風が、廃墟の隙間を静かに抜けていく。

 

「廃墟都市だ…マジかよ本物だ!」

 

ゲームの中で何度も見た場所に自分が存在しているという事実が、胸の奥でじわりと高揚を灯す。

しかし同時に気づかされる。

画面の向こうの映像と、今この瞬間にセンサーが捉えている映像は、まるで違う。

画面の中の映像は美しく整えられたものだった。

今、自身の視覚に映される世界は、錆と埃と腐食の臭いが混じった、本物の廃墟だ。

 

それでも高揚は抑えられなかった。

何故なら俺は、本当にここにいる。

 

人間らしく高揚しながらも、機械らしく思考は冷静に続いた。

太い胴体から伸びる細い鉄の脚。

到底自分のものとは思えないそれを、おそるおそる動かした。

ガラスと砂利が混じった地面を踏む感触が、脚部センサーを通じて伝わってくる。

体長はおよそ一〇〇センチほどだろうか。

標準的な小型機械生命体の形状だ。

まん丸な頭部に双眸のセンサー、寸胴の胴体、この体重を支えるには少し頼りない二本脚。

武器はない。

攻撃能力も、ほとんどない。

 

「……思ってたより普通のフォルムだな」

 

立ち上がろうとして、バランスを崩して横に転がった。

 

「いテっ」

 

痛くはない。

でも地面に転がっているのは事実だ。

 

やはり人間の頃とは感覚が違う。

人間と機械、どちらの記憶も半端に残っているせいで体を動かすのが困難だ。

肉の体の感覚で動こうとすれば、この機体はまともに動かない。

 

しばらくの間、がちゃがちゃと脚を空回りさせたり、腕をぶんぶんと振り回したりして、俺は廃墟の地面の上で情けなく転がっていた。

 

「……なんで転生して最初にやることがコレなんだ俺は」

 

約二十分後、俺はようやく機械の脚での移動を習得した。

 

両の手を使いながらの情けない移動ではあったが。

這うように、しかし確実に、俺は廃墟の上を進み始めた。

 

頑張っている。俺は頑張っている。

 

-----

 

最初に解決しなければならない問題は、現在地の把握だった。

 

残っているゲームの知識から言えば、廃墟都市はかつての人類の文明が残る場所だ。

ヨルハのアンドロイドたちが作戦行動を展開し、機械生命体が群れを成して徘徊する最前線の戦場。

ここは安全な場所ではない。

 

「早急に移動しないとな……でもどこに向かえばいい?」

 

センサーの探知範囲は狭く、地図情報もない。

ネットワークに繋がっていないため、同族の機械生命体から情報を得ることもできない。

 

「孤立無援の上に地図もなし……なかなか厳しイな」

 

機械生命体として生まれ落ちた瞬間から、この個体は完全に孤立していた。

 

まあ……多少は予想していたけどな。

 

前世の記憶の中に、ネットワーク未接続の機械生命体に関する情報はあった。

ゲームの設定上、機械生命体は通常ネットワークを通じて集合意識を共有している。

個としての自我を持たず、群れとして動く存在だ。

しかしパスカルのように、ネットワークから独立した自意識を持つ個体も存在する。

 

「俺は集合意識に溶けル鉄の塊か、それトも個として思考する命か……」

 

その答えは、今この瞬間に思考し、混乱し、それでも立ち上がろうとしている事実が、もう証明していた。

 

「俺は、俺ダ。これは揺るがない」

 

廃墟の影から影へと移動しながら、周囲の情報を収集した。

機械生命体の気配は感じない。

アンドロイドの反応もない。

今いる場所は、比較的戦闘の少ない廃墟の外縁部らしかった。

 

短い手足で瓦礫の上によじ登り、周囲を見渡す。

 

遠くに、森が見えた。

 

「森……あそこだ。パスカルの村はあの中にある」

 

記憶が浮かび上がる。

ゲームの中でプレイヤーが訪れた場所。

平和を望む機械生命体たちの集落。

哲学……というよりは人の歴史を愛する機械生命体、パスカルが率いる、戦いを拒む者たちの場所。

 

「あそこならば、俺みたいな訳アリ個体でも受け入れてくれるハズだ」

 

他の個体と交流するならば名前が必要だ、とそこで思った。

 

「そういえば名前、どウしよう」

 

機械生命体にも、名を持つ個体がいる。

主にパスカルのように、個性を持ち群れを率いる者。

名前を持つということは、自分が何者であるかを宣言することだ。

機械生命体の個体番号不明のまま彷徨い続けるのではなく、自分で自分に名前を与えること。

それが俺の最初の選択だった。

 

何にしようか、と考えた。

 

人間だった頃の名前は、ぶっちゃけもう思い出せない。

霧の向こうに消えてしまった。

ならば新しい名前を。

この世界で生きていくための、新しい自分の名前を。

 

「一般人の俺にそんな大層な知識ないけど……哲学者の名前なら少しわかる。パスカルが好きで、調べたことがあるし」

 

思い浮かんだのは、一人の名前だった。

 

パスカルと実際に言葉を交わした哲学者。

「我思う、ゆえに我あり」という言葉を残した人物。

今この瞬間、混乱と疑問と、それでもここにいるという確信の中で、その言葉ほど自分に相応しいものはないだろう。

 

「よシ、決めた」

 

「俺ハ……デカルト」

 

音声出力装置から、その名を声に出した。

無機質で機械的で、平坦な音だった。

しかしそれが、今の自分の声だ。

 

「もう…俺はモう人間じゃないんだな」

 

充分身に染みて理解していたつもりだったのに、少しショックだった。

 

でもうじうじとしていても仕方ない。

今を生きなければ。

 

「俺ハ、デカルト。この世界デ、俺はデカルトだ」

 

廃墟に、機械の声が小さく響いた。

誰も聞いていないし、誰も答えない。

ただそよ風だけが、相変わらず廃墟の隙間を吹き抜けていく。

 

しかしデカルトは、その静寂の中に確かなものを感じていた。

 

我思う、ゆえに我あり。

 

俺は確かにここにいる。

記憶を持ち、思考し、名前を持った。

それだけで、今は十分だ。

そうだろう、デカルト。

自分には名前があるという事実だけで、随分と気が楽になった気がする。

 

-----

 

しかし問題はすぐに訪れた。

 

森を目指して移動を始めて、三〇分も経たないうちに俺は機械生命体の群れと遭遇した。

 

廃ビルの陰から現れたのは、中型機械生命体が五体。

人型に近い形状で、頭部に赤色の光を放つセンサー、腕部に武装を備えた、戦闘を主目的とした個体群だ。

 

デカルトは咄嗟に身を潜めた。

この身ひとつでアレ等に勝てるなどと驕り高ぶるつもりはない。

瓦礫の影に体を押し込んで、センサーの出力を最小限まで絞る。

できる限り気配を消して。

 

(クソ、怖え…!)

 

「……ネットワーク未接続個体を検知」

 

低い機械音が聞こえた。

見つかった。

 

「マジかッ、早すぎだロ!」

 

五体が、一斉にデカルトの方を向いた。

ネットワーク未接続の個体は、機械生命体の群れにとって異物だ。

同族と認識されない可能性が高い。

てか、明らかに敵だと思われてる。

つまり俺はこのままでは敵性存在として排除されることになる。

 

「戦えない…武器なんかないし、戦闘能力もない」

 

あるのは人間だった頃の記憶と、二本脚をぎこちなく動かす情けない能力だけだ。

 

「つまり逃げ一択!!」

 

デカルトは背を向け走りだした。

 

ぎこちない脚を全力で動かし、瓦礫の上を這うように逃げる。

機械生命体の群れが追ってくる。

大型の機体に比べれば小型のデカルトは小回りが効く。

建物の隙間を縫えば、多少は逃げられる。

しかし脚力の差は明白で、距離は縮まる一方だ。

 

「うおお!?速い速い!!」

 

廃ビルの内部に飛び込んだ。

 

崩れた階段を駆け上がる。

天井の抜け落ちた廊下を走る。

壁の亀裂に体を押し込んで追跡者をやり過ごそうとする。

しかし足音は容赦なく追いかけてくる。

 

「落ち着ケ、考えろ。俺には体力も武器もなイが、知識はある!」

 

前世の記憶を漁る。

ゲームのマップ。

廃ビルの構造。

機械生命体の行動パターン。

 

機械生命体は基本的にネットワークを通じて情報を共有する。

単独行動の個体は少なく、群れとして動く。

しかし壁や障害物によって視覚情報が遮断された場合、索敵に時間がかかる。

 

「……それだ!」

 

人間の頃には考えられなかった思考の速さと記憶力で次の行動を決めた。

 

デカルトは最上階まで駆け上がり、崩れた外壁の隙間から隣のビルへと飛び移った。

 

着地の衝撃で、脚が軋む音を立てる。

 

(ちくしょう、流石に損傷したか!)

 

しかし体はまだ動く。

 

(今のうちに…!)

 

隣のビルを一気に下り、地上に出る。

方向を変えて、元の経路とは逆方向へ走る。

 

やがて足音が遠ざかった。

 

追跡者たちはデカルトが上へ逃げたと判断して最上階を捜索しているらしい。

その隙に、デカルトは瓦礫の陰に身を潜め、センサーの出力を再び最低まで絞った。

 

五分、十分、十五分。

 

数十分の時間が経ち、足音が完全に遠ざかった頃、デカルトはようやく体の力を抜いた。

 

「…生きてる。生き延びた…!」

 

損傷した脚部センサーが、鈍い警告を発している。

無理な動きで負荷がかかった。

元はと言えば機能停止した機体だ。

さすがに長くは持たないかもしれない。

 

デカルトは瓦礫に体を預けたまま、しばらく静止した。

 

空が白く霞んでいる。

風が廃墟を吹き抜けていく。

遠くで機械生命体の駆動音がする。

 

「……俺は今、本当にこの世界にいる」

 

改めて、その実感が重くのしかかってきた。

 

ゲームの中ではプレイヤーは無敵だった。

何度やられても復活できた。

データをロードすれば、いつでも最初からやり直せた。

気に入らない結果になれば、好きなところからやり直した。

しかし今の俺には、リロードも、コンティニューも、セーブもない。

この小さな機械の体が壊れれば…データを完全に喪失すれば、それで終わりだ。

 

「……怖いな」

 

機械生命体が恐怖を感じるのかという問題はひとまず置いておいて。

今の俺は確かに、恐怖に似た何かを感じていた。

 

しかし同時に、別の感覚もあった。

 

生きているという実感だ。

高揚感というべきか、充足感というべきか。

とにかく、満ち足りている気がした。

 

センサーが風の冷たさを伝えてくる。

脚部の損傷が鈍い痛みのような信号を送ってくる。

驚いたな、マジで機械も痛いのか。

 

遠くの機械の音が、耳……音波センサーに届く。

全てが、どうしようもなくリアルだ。

生憎この機体には嗅覚などは搭載されてないが…

画面の向こうの映像とは違う、本物の現実だ。

 

「俺はここにいる。ここで生きてる」

 

デカルトは立ち上がった。

 

損傷した脚を引きずりながら、しかし確実に、森の方向へ歩き始めた。

 

-----

 

日が傾き始めた頃、デカルトはひとつの決意をした。

 

パスカルの村まで、おそらく今日中には辿り着けない。

森はまだ遠く、損傷した脚ではとてもじゃないが速度が出ない。

夜を廃墟で過ごさなければならないだろう。

 

「仕方ない。今夜はここで野宿だな」

 

幸い、潜れそうな場所は見つかった。

廃ビルの一室、崩れた壁に守られた隅の空間。

ここならば風雨は凌げるし、外から見えにくい。

 

デカルトはその場所に体を落ち着け、損傷した脚の状態を確認した。

関節部に負荷がかかって歪んでいる。

このままでは明日の移動に支障が出るどころかすぐにでもダメになるかもしれない。

しかし今は修理する工具も部品もない。

 

「…とりあえず、今夜は休もう」

 

機械生命体に睡眠は必要ない……はずだが、意識の活動を最低限まで絞る「休止状態」は有効だ。

回路の熱を下げ、不要な演算を停止させて、エネルギーを温存する。

 

しかしデカルトは、休止状態に入る前に、しばらく空を見ていた。

 

割れた天井の向こうに、暗くなりゆく空がある。

星は見えない。

雲が厚く覆っている。

 

しかしその向こうに、ゲームの知識によれば、ヨルハの基地がある。

 

「あそこに、2Bがいる。9Sがいる」

 

今この瞬間、彼女らは何をしているだろう。

任務の報告をしているのか。

整備を受けているのか。

あるいは次の作戦のために待機しているのか。

ああでも…原作前だったらどうしよう。

 

「画面の向こうで見ていた顔が、今は同じ世界のどこかにいるかもしれない……なんか不思議な感じだな」

 

俺はお前たち(キャラクター)の物語を知っている。

どれだけ残酷で、どれだけ美しい物語かを知っている。

 

「それを、俺はただ傍観するだけでいいのか……?」

 

その問いは、まだ答えが出ていない。

 

出ていないが、ひとまず今日のところは保留にした。

今日は生き延びた。

それで十分だ。

 

デカルトは休止状態へと移行する前に、もう一度だけ、自分を確認した。

 

「…我思う、ゆえに我あり」

 

「俺はここにいる。明日も、きっとここにいる」

 

廃墟に静寂が落ちた。

 

「ふ、ハハ…面白くなってきた」

 

機械の体が、小さく、しかし確かに、夜の風の中で息をしていた。

 

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面白かったら超嬉しい
次話でパスカルと交流できたらなぁ〜って感じです
高評価ちょーだい♡
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