ノーゲーム・ノーライフ「」VS嘘喰い 作:stein0630
じゃないと意味わからないと思うので。
「へぇ」
最初に笑ったのは空だった。
薄暗い通路を抜けて、白光に照らされた卓を見た瞬間の声がそれだ。感嘆とも、挑発ともつかない。だが、その一音だけで場にいた数人の空気がわずかに硬くなる。
「すっげぇな、おい。いかにも“勝った方だけが笑って帰れる場所です”って面してやがる」
その隣で、白は何も言わない。言わないまま、卓中央の立方体、牌の枚数、席間距離、審判の立ち位置、天井のカメラ角度まで視線で撫でていた。
「……にぃ。監視、四。死角、少ない。卓縁、反射あり」
「おっけ。つまりイカサマは難しめ。でもゼロじゃないって顔だな」
「ん」
向かいの席では、男がすでに座っていた。
脱力したように肘を卓へ預け、白い指先で顎を支えている。眠たげにも見えるし、欠伸でもしそうにも見える。なのに、その眼だけが妙に澄んでいた。曇りがない。笑っていても、笑っていなくても、どこか人の奥歯に触ってくるような視線だ。
「君たちが『 』か」
斑目貘は、少しだけ口端を上げた。
「思ってたより、可愛いね」
空が肩をすくめる。
「そっちは思ってたより胡散臭いな。もっとこう……死神みたいな顔してるタイプかと思ったぜ、嘘喰いさん」
「そんな顔してたら、誰も僕と遊んでくれないだろ」
「遊び、ね」
空は椅子を引いた。きしり、と音が鳴る。
「命まで乗る場所でその言い方できるの、だいぶイカれてるよな」
「君は違うの?」
貘の問いは静かだった。挑発のようでいて、決めつけていない。試しに指を差し出して、噛むかどうか見ている響きだった。
空は笑う。
「ゲームで死ぬなら本望、なんてロマンチストじゃねぇよ。勝つから座る。勝てる見込みがあるから、乗る。それだけ」
「……にぃは、嘘つき」
「おい白、開始三分で味方撃ちすんな」
白は貘を見た。
「貘は……違う。勝てるから、じゃない。賭けるとき、もう、勝負の外に足を出してる」
一瞬、賭郎の立会人たちがざわついた。幼い声で、やけに深いところを突いたからだ。
貘は目を細める。楽しそうに。
「白ちゃん、だっけ。ずいぶん失礼だね」
「失礼じゃない。観測」
「なるほど」
その「なるほど」は軽い。だが軽さの下で、確かに何かを受け取っていた。
審判役の男が前へ出る。賭郎の立会人らしい、無機質な声音だった。
「確認する。ゲームは『虚実回廊』。傷三点で敗北。発話違反、牌違反、裁定不成立については即時または巡回終了時に傷を付与する。質問は」
「あるぜ」
空が即座に手を上げた。
「“客観的真実”の判定主体は?」
「審判団。必要なら映像、記録、事前封入情報、及び当事者確認を用いる」
「“当事者確認”ねぇ」
空の視線が貘へ滑る。
「つまり、本人の認識と客観事実がズレてるケースは面倒だ」
「その面倒さも込みでゲームだよ」
と貘が言った。
空は鼻で笑った。
「だよな。でなきゃつまんねぇ」
白が小さく手を挙げた。
「赤牌。“検証したくなるよう設計”の判定基準、定量化されてる?」
審判は一拍置いた。
「定量ではない。発話内容、文脈、直前までの盤面、相手の反応を総合して判断する」
「……曖昧」
「そういうことだ」
今度は貘が、白ではなく空を見て言った。
「曖昧な裁定があると、人はそこに“自分の都合のいい必然”を見たくなる。面白いだろ」
白は無表情のまま、ほんの僅かに眉を寄せた。
「面白い、じゃなくて……汚い」
「褒め言葉かな」
空が椅子にもたれた。
「オーケー。つまりこのゲーム、真偽読むゲームに見せて、本体は“検証させるゲーム”だ」
「半分正解」
貘は笑う。
「もう半分は?」
「検証したくなる自分を、どこまで自覚できるかだよ」
その言い方が、妙に甘かった。
白が、卓上の牌を見たまま言う。
「にぃ。この人、最初から……人じゃなくて、欲求を相手してる」
「だな。気色悪いほどに」
空は肘をつき、前へ少し身を乗り出す。
「ますます面白ぇ。じゃあやろうぜ、嘘喰い。こっちは二人で一人だ。そっちは一人で何人分見せてくれる?」
貘は首を傾げた。
「何人分、か。さあ。でも君たち二人分よりは、少し多いと思うよ」
開始の鐘が鳴った。