ノーゲーム・ノーライフ「」VS嘘喰い   作:stein0630

6 / 11
延長戦

勝敗はついていた。

 

それなのに、誰も立たない。

牌も片づけられない。

立会人たちですら、終了処理へ入るべき手を止めている。

 

敗者が席を立たず、勝者も終幕を宣言しない。

賭場では、そういう膠着そのものが次の勝負の前触れになることがある。

 

空が肘を卓についたまま、面倒くさそうに言った。

 

「で、延長戦? 負けた側から言い出すには、だいぶ図々しい提案だな」

 

貘は肩をすくめる。

 

「負けた側だから言うんだよ。勝った側は、勝ち逃げできるからね」

 

「できるけど、しないと思ってんだろ」

 

「うん」

 

即答だった。

 

空が笑う。

不快そうでいて、どこか愉快そうでもある。

 

「ムカつくほど読んでやがる」

 

白が、小さく言った。

 

「……読んでる、というより……確認してる」

 

貘が白を見る。

 

「違いは?」

 

「読んだあと、決めつけない。反応を待ってる。ずっとそう」

 

「へぇ」

 

空が口元だけで笑った。

 

「嬉しそうだな、嘘喰い。白に褒められて」

 

「褒められたのかな」

 

「少なくとも、ただの悪口ではないな」

 

白は貘を見たまま言う。

 

「でも、気に入らない」

 

「それは知ってる」

 

立会人が低く咳払いした。

 

「確認する。斑目貘の本戦敗北は確定している。継続戦を行うなら別契約、別ゲームとして立てる必要がある」

 

空が顎を上げる。

 

「ほらよ。制度上ムリだってさ」

 

「だから提案してるんだ」

 

貘は指先で卓を軽く叩いた。

 

「この場、この牌、この三人、そのまま。だけどルールは一つ削る」

 

空の目が細くなる。

 

「何を削る?」

 

「赤牌」

 

短く、場が静まった。

 

白が先に反応した。

 

「……罠、なし」

 

「そう」

 

貘が頷く。

 

「真と偽だけ。検証が通れば一点、外せば一点。三点先取は同じ」

 

空が鼻で笑う。

 

「は。要するに、“検証させる設計”って逃げ道を消したいわけだ」

 

「うん。君たち、あれを使うのが上手いからね」

 

「負けた原因分析が早ぇな」

 

「遅いよりいいだろ」

 

白が静かに問う。

 

「でも、赤を消すと浅くなる。今のゲームの本体、そこにあった」

 

「浅くならないよ」

 

貘はすぐに返した。

 

「むしろ深くなる。赤があると、“検証させた”で説明できる。赤がないなら、検証が走る理由はもっと裸になる」

 

空が黙る。

 

それは正しい。

赤牌は罠を制度化していた。

だが制度化されているがゆえに、“罠だから飛びついた”で片づけられる余地もある。

 

赤を消せば、発話は真か偽しかない。

なのに検証したくなる。

その衝動は、牌ではなく、発話の中身と聞き手の欲求から生まれる。

 

白が言った。

 

「……つまり、赤を消すと、“何を真にしたいか”が、もっと出る」

 

「そう」

 

貘は微笑む。

 

「だから白ちゃん、さっきの続きにちょうどいい」

 

空がすぐに遮る。

 

「調子に乗んな。白を勝手にテーマ化すんなよ」

 

「してないよ。君も含めてだ」

 

「俺も?」

 

「うん。空くんも、今の勝ち方じゃ満足してない」

 

空は答えない。

 

白が、横目でだけ空を見る。

否定しない。

それが答えだった。

 

立会人が確認する。

 

「新ゲームを立てるなら、賭け金を定めろ」

 

貘が言う。

 

「じゃあ、簡単にしようか」

 

空が嫌そうに眉を寄せる。

 

「その“簡単”って単語、お前が言うと嫌な予感しかしねぇ」

 

「君たちが勝ったら、僕はこの場で完全敗北を認める。言い訳も、延長も、解釈もなし」

 

「……ほう?」

 

空が少しだけ乗り出す。

 

それは確かに魅力的だった。

今の空に足りていないのは、まさにそこだ。

貘が“負けた顔”をしていない。

なら、その顔をさせる価値はある。

 

白が問う。

 

「貘が勝ったら?」

 

貘は一拍置いた。

 

「白ちゃんに、一つ質問する」

 

空の顔から笑みが消えた。

 

「却下」

 

即答。

 

貘が肩をすくめる。

 

「まだ内容も言ってないのに」

 

「言う必要ねぇよ。ろくでもないに決まってる」

 

「そんなことないよ。ただの質問だ」

 

「その“ただの”が一番信用ならねぇんだよ」

 

白が空の袖を軽く引いた。

 

「にぃ」

 

「なんだ」

 

「内容、聞いてから」

 

「聞く価値あんのか?」

 

「ある」

 

空は舌打ちする。

だが止めない。

 

貘は白を見るのではなく、空を見て言った。

 

「僕が勝ったら、白ちゃんに聞く。“白ちゃんは、空くんがいない盤面で、どこまで勝ちたいのか”」

 

空の目が冷える。

 

「やっぱ却下だ」

 

白は、数秒だけ黙った。

 

その沈黙の質を、貘は聞いている。

空も聞いている。

 

白が、静かに言う。

 

「いい」

 

空が振り向く。

 

「よくねぇよ」

 

「でも、その問い……もう、逃げても残る」

 

「残るからって今賭ける理由にはならねぇ」

 

「なる」

 

白ははっきり言った。

 

「盤面に乗った問いは、盤面で返したい」

 

空が白を見る。

白は揺れていない。

少なくとも、前話のような“揺れたまま考える”感じではない。

もう揺れそのものを含めて、前へ出る顔だ。

 

空が低く笑う。

 

「……成長イベント早ぇな、おい」

 

白は無表情のまま言う。

 

「にぃが遅い」

 

「誰がだ」

 

貘が楽しそうに見ている。

 

空はその視線に気づき、溜息をついた。

 

「分かったよ。ただし条件追加だ」

 

「どうぞ」

 

「その質問、勝ってもこの場で一問だけ。追撃なし。言葉遊びなし。質問の再定義もなし」

 

貘は少し考えて、頷いた。

 

「いいよ」

 

「あと、答える答えないは白が決める」

 

「それもいい」

 

空は立会人を見る。

 

「聞いたな?」

 

立会人が頷く。

 

「契約可能。新ゲームの条件として記録する」

 

貘が牌へ指を伸ばした。

 

「じゃあ始めようか」

 

「待て」

 

空が手を上げる。

 

「今度は二対一じゃねぇ」

 

貘が目を細める。

 

「というと?」

 

空は椅子に深く座り直した。

 

「今の本戦は“空白”として座ってた。だが次は違う。別ゲームなら別定義だ」

 

白が空を見る。

 

空は笑った。

 

「今回は、俺と白は協力する。けど“同一存在”としては扱わない。発話も検証も、個別意思でやる」

 

貘の口元がわずかに上がる。

 

「なるほど。三人戦にするのか」

 

「そうだ。お前がさっき言ったろ。“ようやく本当に三人になった”って。ならその盤面でやる」

 

白は少しだけ考えてから、頷いた。

 

「……いい。今のほうが、都合いい」

 

空が笑う。

 

「だろ?」

 

貘は静かに息を吐く。

 

「それは面白い。でも、いいのかい? 二人で一つを崩すことになる」

 

「崩してねぇよ」

 

空の返答は即座だった。

 

「定義を変えるだけだ。俺たちが何者かを、お前の都合で固定されるのがムカつくだけ」

 

白が、小さく続ける。

 

「空白は、形が一つじゃない」

 

貘が、初めて少しだけ黙った。

 

その沈黙に、空は気づく。

 

刺さった。

少なくとも、今の言葉はこの男の想定に“綺麗には収まらなかった”。

 

立会人がルールを読み上げる。

 

「新ゲームを宣言する。名を――」

 

「要らない」

 

空が遮る。

 

「名前なんかどうでもいい。ルールだけ言え」

 

「承知した。三人個別戦。使用牌は黒・白のみ。各巡一枚伏せる。発話順は時計回りで固定。各巡、任意の一名が任意の一発話を検証可能。真なら対象に一点、偽なら検証者に一点。三点で脱落。最後の一人が勝者」

 

白が問う。

 

「同巡内の複数検証は?」

 

「なし。早い者勝ち」

 

貘が追加する。

 

「あと一つ。検証放棄が三巡連続した場合、その三巡目の最後に発話した者に一点加点」

 

空が眉をひそめる。

 

「は?」

 

「動かないゲームはつまらないからね」

 

「いや、それよりそのルール、最後尾有利すぎるだろ」

 

「じゃあ時計回りの発話順は毎巡移動で」

 

白が即答した。

 

「それなら均衡」

 

立会人が頷く。

 

「採用」

 

空が笑う。

 

「おいおい、もう白が会議回してんじゃねぇか」

 

「にぃが遅い」

 

「だから誰がだ」

 

こうして、第二戦が始まった。

 

第一巡。

発話順は白、貘、空。

 

白が牌を伏せる。

 

その指先は相変わらず静かだ。

だが、今までと違う。

空のためでも、空白のためでもなく、自分の発話として卓へ置いている。

少なくとも、そう見える置き方だった。

 

白が言う。

 

「……このゲームで最初に点を取るのは、私じゃない」

 

貘が牌を置き、白を見る。

 

「白ちゃんは今、その発話を“安全”だと思ってる」

 

最後に空。

 

「貘は今、白の発話を検証したい。でもしない」

 

沈黙。

 

三つとも、単純なようで複雑だった。

 

白の発話は未来予測。

貘の発話は白の主観。

空の発話は貘の現在志向。

 

誰もすぐには動かない。

 

空は笑いながら、内心で数える。

白の初手は広い。

“私じゃない”は、空か貘のどちらかが最初に点を取れば成立する。安全寄りだ。

だがそこへ貘は“安全だと思ってる”と主観を被せた。

そして空は、貘の検証衝動まで言語化した。

 

つまり今この巡は、真偽そのものより、“誰が検証したくなるか”の裸の心理が晒されている。

 

貘が笑った。

 

「困るな。空くんに言われると、ほんとにしたくなる」

 

「だろ?」

 

「でもしない、か」

 

「したら俺の勝ち筋に乗るからな」

 

「そう見せてるだけかもしれない」

 

「かもな」

 

白が静かに言う。

 

「……二人とも、うるさい」

 

空が吹き出した。

 

「わりぃ」

 

貘も少し笑う。

 

だが、誰も検証しない。

 

すると立会人が告げる。

 

「検証なし。連続一巡」

 

第二巡。

発話順は貘、空、白。

 

貘が言う。

 

「空くんは、今の白ちゃんの発話を“広すぎる”と思った」

 

空がすぐに返す。

 

「この巡、貘は白を取りにこない」

 

白が最後に言った。

 

「……貘は今、にぃより私を見てる」

 

沈黙。

 

空の目が細まる。

 

貘は楽しそうに眉を上げる。

 

白は無表情だ。

 

今の白の発話は、露骨だった。

“貘の照準は自分へ向いている”。

それを自分で言う。

本戦までの白なら、こういう発話は少なかった。

観測はしても、卓上で主題化はしない。

だが今は違う。

自分が見られていることを、わざと盤面に出している。

 

貘が静かに言う。

 

「へぇ」

 

空はその「へぇ」を聞いて、検証の衝動が走るのを感じた。

だが動かない。

 

白が、今の発話をどこまで意図しているか。

貘がそこにどう反応するか。

まだ一巡分、見たい。

 

結局、また誰も検証しない。

 

「検証なし。連続二巡」

 

第三巡。

発話順は空、白、貘。

 

ここで三巡連続無検証なら、最後に発話する者――つまり貘に一点が入る。

なら誰かは動く。

その前提が、発話を歪ませる。

 

空が笑った。

 

「じゃ、動かしてやるよ。白は今、貘の一巡目の発話をまだ気にしてる」

 

白の睫毛がわずかに動く。

 

白が言う。

 

「……にぃは今、私にそれを検証させたい」

 

そして貘。

 

「君たち二人とも、今の一巡で“僕に点を入れたくない”と思ってる」

 

卓上の空気が、ぴたりと止まった。

 

これは露骨な誘いだ。

最後尾加点を防ぐため、誰かが検証したくなる。

そのうえで、貘は「君たちは僕に点を入れたくない」と言った。

つまり、今ここで検証しないこと自体を“心理的選好”として定義しに来た。

 

空が笑う。

 

「おお、いいね。やっぱお前、追い込まれると綺麗になるわ」

 

貘は肩をすくめる。

 

「褒め言葉かな」

 

白が、すっと口を開く。

 

「検証」

 

空は白を見る。

止めない。

 

白は貘を見たまま言った。

 

「“君たち二人とも、僕に点を入れたくないと思ってる”――偽」

 

貘の目が細まる。

 

牌が開く。

 

貘は――黒。

 

真。

 

検証失敗。

白に一点。

 

立会人が告げる。

 

「白、二点」

 

空の笑みが消える。

白は動かない。

 

貘は白を見ていた。

その視線は、勝った者のものではない。

むしろ、“なぜそこを切ったのか”を見極める目だ。

 

空が低く言う。

 

「理由は?」

 

白は短く答える。

 

「……貘に点を入れたくない、じゃない。“貘に、その理由で動かされる”のが嫌だった」

 

空は、一瞬だけ黙った。

 

そして笑う。

 

「なるほどな」

 

貘も、静かに頷いた。

 

「いい検証だ」

 

「よくない。外した」

 

「でも、自分のためだった」

 

白の指先が、ほんの僅かに止まる。

 

空が貘を睨む。

 

「そこ拾うな」

 

「だって大事だろ」

 

「お前にとってだけな」

 

白は貘から目を逸らさず、静かに言った。

 

「……違う」

 

二人が白を見る。

 

「今のは、自分のためだけじゃない。盤面のためでもある」

 

貘が問う。

 

「どうして?」

 

「貘が、“検証しない理由”まで先に名前をつけたから。それを通すと、次から検証が全部、貘の言葉の中で起きる」

 

空の目が細まる。

 

その通りだった。

今の貘の発話を通してしまうと、以後の検証行動は「貘に点を入れたい/入れたくない」の軸で解釈されやすくなる。

それは主導権の侵食だ。

 

白は外した。

だが、切る価値はあった。

 

貘が静かに笑う。

 

「そうか。じゃあ今の一点は安くないね」

 

白は答えない。

 

空が、そこでゆっくりと背もたれに体を預けた。

 

「面白くなってきた」

 

貘が見る。

 

空の笑みは薄い。

だが目が冴えている。

 

「どういう意味?」

 

空は指先で牌を回す。

 

「白がもう、“俺と貘の間で揺れる駒”じゃなくなったって意味だよ。自分で盤面切りにきた。外しても、切る理由を持って」

 

白が横目で空を見る。

 

「……遅い」

 

空が笑う。

 

「悪かったよ」

 

貘は二人を見て、それから静かに息を吐いた。

 

「うん。やっぱり、この続きは必要だった」

 

立会人が次巡を告げる。

 

白二点。

貘零点。

空零点。

 

数字だけ見れば、白が危ない。

だが盤面の重心は、単純にそこへは落ちていない。

 

白は二点を背負ったまま、前より軽く座っている。

貘は無傷なのに、目が深くなっている。

空は無傷のまま、ようやく本気で笑い始めていた。

 

次の巡で、誰が誰を取るのか。

もう、“勝ちやすい相手”を狙うだけでは済まない。

 

空が牌をつまみ上げる。

 

「じゃあ行こうぜ。ここからが本当に三人戦だ」

 

白は小さく頷く。

 

貘は、楽しそうに笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。