一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~ 作:わたぬき※
計算外の自壊、沈黙する設計主任、そして怒り狂って帰宅したテストパイロット。
残されたのは、油を漏らす鉄の塊と、広大な演習場に吹き飛んだ高価なライフルの残骸だけです。
第9話は、そんな「理想」が崩れ去った後の、泥臭い後始末と再始動の物語。
D427部隊(廃棄場)の面々が、それぞれのやり方で「次」を形にしていく様子をお送りします。
セクター55、外部演習場を囲う外壁フェンス。その無惨にひしゃげた鉄条網の向こう側に、目的の「遺失物」はあった。
「……あった。マジかよ、あんなところまで飛んだのか」
一般採用整備員Aは、操作席のモニター越しに、泥濘(ぬかるみ)の岩場に深々と突き刺さったロングバレルライフルを捉えた。
右肘から先を、自身の射撃反動でもぎ取って空を舞ったP-2仕様の右腕。それは演習場を飛び出し、後方の岩場に墓標のように突き刺さっている。
「……おいA、感傷に浸ってる暇はねえぞ。雨が降り出す前に引き抜け」
通信機越しに、ゲラルト整備主任のぶっきらぼうな声が届く。
Aが今操縦しているのは、親方がマーケットで安く買い叩いてきたという、出所不明のアシストアーマーだ。
古い連合製の作業用重機を想像してレバーを引いた瞬間、Aは微かな違和感を覚えた。
――静かすぎる。
通常、この種の重機を動かせば、油圧シリンダーの唸りや排気音が周囲に響き渡る。だが、この機械は、泥濘を捉える足音以外、ほとんど音を立てない。まるで空間そのものを滑るような、不自然なほど滑らかな加速。
「……なんだよ、このパワー。本当にただの作業用重機か?」
作業用アームをライフルの基部に掛け、出力を上げた。本来ならアルトのパワーでも難儀するはずの、泥を噛んだ巨大な鉄の塊。それが、この小さな機械は、まるで綿菓子でも扱うかのような軽やかさで完遂した。
計器の負荷は、半分も振れていない。
Aは、作業灯に照らされた計器類を見つめ、整備員としての直感でゾッとした。
『スカイフォール』と呼ばれる転移門からは、時折、現行の技術水準では到達不可能なロストテクノロジーの遺物が流れ着くという。ブラックマーケットに紛れ込む、いわゆる「オーパーツ」だ。
「……親方のこれも、その類か。……まったく、何が『安物の出所不明品』だ」
回収したライフルを小脇に抱え、Aはハンガーへと引き返す。
第13開発ドックに戻ったAを待っていたのは、泥にまみれた兵器の洗浄作業だった。
作業台に据えられたライフルから、ジョイントの折れ残った残骸を慎重に抜き取る。オイルと泥を洗浄し、焼き付いた接続部をテスターで調べる。
切断面は強力な力で引きちぎられたように、いびつな断面をさらしていた。
単なる強度不足ではない。遊びのない「ダイレクトアクセス」が、行き場を失った反動エネルギーを逃がさず、接続部という一点に全て叩き込んだ証拠だった。
「……整備完了、どころか事故処理ですよ、これは」
洗浄液で汚れた手を拭い、Aは深くため息をついた。
ハッチを蹴り開けて帰っていったマーベリック少尉の不機嫌な背中が、網膜に焼き付いて離れない。
「……型落ちの中古アルトの関節に、新品のカタログ値を当てたのが間違いだったってことだ。このありさまだと、見た目が新品同様で通常運用には問題なくても、肝心の強度は大分劣化してたんだろうよ」
傍らで腕を組んでいたゲラルトが、低く唸るような声を出した。彼は作業用のアシストアーマーから降りると、ライフルと肘の接合部を指先でなぞる。
「遊びのない
「……物理的な
ベアの問いに、ゲラルトはジャンクパーツが詰まったコンテナを顎で示した。
「理屈じゃねえ、構造の問題だ。標準の『アームユニット』の中には、高威力の重火器を片腕で保持・懸架するための専用機構が組み込まれているものがある。その機構を肘関節に転用できれば、反動を逃がしつつ保持を安定させられるかもしれん」
ゲラルトは、コンテナの底に眠る無骨なパーツの山を睨みつける。
「だが、理屈をこねる前に現物を見てみないことには始まらねえな。そのユニットがどう衝撃を逃がし、どう関節を保護しているのか。実際にバラして構造を確認してみねえと、このP-2の欠陥はいつまで経っても埋まらねえ」
その言葉は、机上の空論で行き詰まっていたベアへの、現場からの厳しい回答だった。
ゲラルトは、油の染みたウェスで汚れた手を拭うと、作業台の脇にある端末のホログラフィック・パネルを無造作に叩いた。画面には、先ほどまでベアトリーチェが睨みつけていたP-2の、理論上の整合性だけを追求した設計図が表示される。
「……主任、あんたの理論をこの現場の材料で形にするなら、設計にそれ相応の『遊び』が必要だ。逃げ場のない反動は、一番弱いところに牙を剥く」
ゲラルトはペンタブレットを手に取り、図面の肘関節部分を太いラインで強調すると、その横に具体的な改修案を書き込んだ。
【整備課:改修企画提案書(P-3仕様案)】
作成者: 整備主任 ゲラルト・ワーグナー
対象機: eEXM-17U(P-2)
【現状の課題と対策】
課題: 肘関節のみで全荷重を支える現行構造では、高威力火器の反動、および経年劣化した機体フレームの疲労に耐えられず、構造的破断を招く。
対策: ダイレクトアクセスの利点を維持しつつ、標準オプションとして配備されている『アームユニット』の懸架構造を肘関節の補強機構として統合・転用する。
【具体的改修案】
アームユニットの懸架機構の転用: 本来、大火力の保持を目的としたアームユニットの多重関節、および
「……アームユニットに換装するわけではなく、その『機構』だけを肘の補強に転用する……。カタログデータに頼らず、現場で現物をバラして構造を盗み取るというわけね?」
ベアがようやく顔を上げ、ゲラルトが端末上に展開した無骨な補強案を見つめる。
「ああ。鉄の塊がどうやって『耐えているのか』を、この目で確かめさせてもらう。……そのためには、まず現物をドックに用意しなきゃならねえがな」
ゲラルトは端末を閉じ、暗いドックの奥を見据えた。
この「
「……手配なら、適任の『魔女』がいるでしょ」
ベアの視線の先には、既に暗闇から音もなく現れていた、管理部主任の姿があった。
「……およびですかぁ? 第13開発ドックの、唯一『計算』が合う場所。フランチェスカですよ?」
影の中からひょいと顔を出した管理部主任は、泥だらけの一般採用整備員Aに「お疲れ様ですっ」と愛想の良い笑顔を振りまくと、そのままゲラルトの横へと滑り込んだ。彼女は事務的な改ざんにおいて突出した才を見せるが、その他の能力は平均かそれ以下だ。それゆえ、その高い事務処理能力を維持するために、常に帳簿上の整合性を最優先する冷徹な計算が動いている。
「聞きましたよぉ。肘がもげて、ライフルが岩場で墓標になったって。……予備パーツの在庫、これで完全にゼロになっちゃいましたね。どうするんですかぁ?」
「笑い話にしに来たんなら帰ってくれ。……フランのお嬢さん、ところで物は相談なんだが、このオプションパーツ一式、いつ届けられる?」
ゲラルトの問いに、フランチェスカは手元の端末を叩き始めた。画面には連合軍の正規補給網から外れた、非正規の流通マーケット――ブラックマーケットの取引ログが流れていく。
「……正規ルートは在庫ゼロ。でも、マーケットに軍からの横流し品が出てますよ。アームユニットが一点、オークション形式。本体価格1100、輸送費230……。それと、前に必要って言っていたカウンターウェイト用の追加装甲セットも別口で一点。こちらは近場のジャンク屋に転がってますね。……いま、私がこれらを『正規の保守部品』として買い上げました。はい、完了っ!」
彼女が最後の一打を叩き込むと、端末のホログラムが音もなく書き換わり、公文書が表示された。
【D427試験運用部隊 管理部:発注稟議書】
文書番号: D427-ADM-PR-2026-009
作成日: 2026年3月23日
作成者: 管理部主任 フランチェスカ
決裁者: ジェイムズ(支部長)※自動承認済み
件名: eEXM-17U(P-3) 改修用資材の緊急確保および資産登録
【1. 調達内容】
品目A: オプションパーツセット1(アームユニット/大型クロー/ライフル)
調達価格: 1,100C$
輸送費: 230C$
調達先: セクター外部マーケット(非正規流通ルート)
品目B: オプションパーツセット2(脚部追加装甲/サイドバインダー一式/3連ミサイルポッド/ミサイルランチャー)
調達価格: 1,100C$
輸送費: 0C$(管理部による現地直接引き取り)
調達先: 近隣ジャンクショップ(個人経営)
【2. 稟議名目】
資産補填: 先日の試験運用中に発生した「事故(右肘関節全損)」による帳簿上の資産欠落を相殺するための、代替パーツの緊急調達。
技術解析: 整備主任より提案のあった「衝撃分散アーム」構造の検証用サンプルとして受領。
【3. 備考:特記事項】
本件資材は、連合軍の正規補給ラインを待たずに独自ルートで確保したものである。
ブラックマーケット等を経由した非正規流通品であるが、管理部において「正規保守部品」としての
本件に関連する他部隊との在庫不整合、および雑損処理については、全て管理部の帳簿内で「正常な誤差」として処理される。
「…………は?」
相談を持ちかけた当のゲラルトが、あまりの速さに言葉を失い、呆然とした声を上げた。
「……ちょっと、対応が早すぎない? あんた、もしかしてどっかのモニタで私たちの会話見てたの?」
ベアが、人間味を欠いたそのスピード感に不信感を露わにする。フランチェスカはそれには答えず、泥だらけのAに、どこから取り出したのかも分からない冷めたコーヒーを差し出した。
「あら、これも立派な『創意工夫』ですよぉ。……本日付けで、ジャンク屋の鉄クズは軍の正式な備品として帳簿に登録されました。あ、近所なんで、私が今夜にでも直接『回収』してきますね。オークションの方も、三日後には廃棄物として搬入口に届くようにしておきましたから」
彼女は再び愛想の良い笑顔を振りまくと、残業代の申請書をAの胸元にそっと差し込み、軽やかな足取りでドックの暗がりへと戻っていった。
「……三日後か。おい、A! それまでに右肘のフレームを洗浄し直しておけ! 標準オプションをバラして、その構造を解析する準備もだ!」
「……三日!? 休む暇もないじゃないですか!!」
ドックに、一般採用整備員Aの悲痛な絶叫が木霊した。
第9話をご一読いただき、ありがとうございます。
もげた腕の回収という「惨めな後始末」から、親方の「技術的な助言」、そしてフランの「数字の改ざん」へと繋がる、第13開発ドックの歪な連動回となりました。
今回の稟議書に登場した価格や送料は、実際の模型パーツ調達の記録に基づいています。