一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~   作:わたぬき※

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お付き合いいただきありがとうございます。
第11話までのアイアングレイブ編を経て、物語はいよいよ新展開、第2章:中東編へと突入します。
平和(?)な森のドックを飛び出し、摂氏50度の砂漠へと放り出された整備兵Aとベアトリーチェ主任。
今回の出張の目的は、試作機[P-3]を完成させるための、たった一つのオプションパーツ。
しかし、そこにはアイアングレイブの「軍の常識」が通用しない、戦地の過酷な洗礼が待ち受けていました。


第2章
第12話:一般採用整備員の戦地出張報告書(中東戦線:南部砂海)


 

輸送機のハッチが開き、中東の熱風が機内に躍り込んだ瞬間、整備兵Aは肺を焼かれるような錯覚に陥った。某国北東部、鉄の墓場(アイアングレイブ)の湿った霧が、一瞬で遠い記憶に追いやられる。

到着したのは、中東戦線『南部砂海(カミール・ライン)』の後方基地。

彼の隣では、連合軍略式礼装のジャケットを羽織ったベアトリーチェ主任が、今にも発狂しそうな形相で襟元を掻きむしっていた。

「もう限界! A君、これ脱いでいい!? フランのやつ、絶対にわざとアイロンの糊をきつく効かせたわ。暑いし苦しいし、もう一歩も動けない!」

「ダメです主任。本部へ開発提案の説明に行った時も、その格好で通したじゃないですか。せめて基地司令への挨拶が終わるまでは、その『人間らしい格好』を維持してください。支部長からは『今回はドックの品格がかかっている』と、フランからも『身嗜みが乱れた瞬間に、全経費を自腹として処理します』と、あんなに念押しされたでしょう」

Aもまた、糊のきいたシャツの襟に首を絞められながら、居住まいを正した。司令部庁舎のエントランスで彼らを迎え、端正な敬礼を捧げたのは、砂漠迷彩の軍服を軍事教本の手本のように隙なく着こなした青年兵士だった。

「南部基地司令部総務課所属、ナディル・アル・アファド二等兵です。デルソラーレ少尉、およびA一等兵の案内を命じられております」

ナディルの立ち居振る舞いは、驚くほど基本に忠実だった。その所作は、遠く離れた地にいる管理部主任のフランを彷彿とさせる。

「デルソラーレ少尉、まずは司令官への着任挨拶と、通行証の発給手続きを行います。……その後の活動拠点として、第8資材倉庫内に仮設ドックを確保してあります」

「第8倉庫……。わかったわ、ナディル君。案内してちょうだい。あと、私のことはベアトリーチェでいいわ。あと階級ではなく主任と呼んでくれる?堅苦しいのは肩が凝るのよ」

「ハイ……いいえ、軍の規律に従い、デルソラーレ少尉とお呼びします」

「命令よ。ベアトリーチェ主任、と呼びなさい。いいわね?」

「……了解いたしました。ベアトリーチェ主任。挨拶は15分ほど見てください。司令官閣下は、規律と時間を重んじる方です」

整備兵Aは、ナディルの後に続いた。

今回、彼は整備用工具の代わりに、不慣れな制式採用拳銃を腰に吊り下げている。第13開発ドック(楽園)の首脳陣たる主任を守る「護衛(お守り)護衛」という大役に、Aは礼装の下で冷や汗を流しながら、ナディルの背中を追うのが精一杯だった。った。

Aは、着慣れていない略式礼装の襟に首を絞められながら、灼熱の太陽の下へと踏み出した。

 

 

 

 

「ちょっと中東まで行ってくるわ!」

数日前、某国北東部『鉄の墓場(アイアン・グレイブ)』。第13開発ドック(廃棄場)の司令室に、ベアトリーチェ主任の突飛な宣言が響き渡った。[eEXM-17U P-3]の右腕に装備予定だった「大型キャノン」が、連合軍の正規ルートでは数ヶ月待ちの欠品だと判明した直後のことだ。

「……は? ベアトリーチェ、今なんと?」

書類の山から顔を上げた支部長(ジェイムズ)が、困惑を隠さず眼鏡を指で押し上げた。

「だから、中東よ! あそこのマーケットなら旧大戦のデッドストックが山ほど流れてるし、ジャンクだってあるわ。あの右腕を、未完成のまま放置しておくなんて私のプライドが許さないの!」

呆気に取られる支部長の横で、管理部職員のフランチェスカが手元のタブレットを淡々と叩き、冷徹な「条件」を提示した。

「許可します。ただし、現地司令部に第13開発ドック(楽園)の品格を疑われないよう略式礼装を着用すること。そして、一等兵のA君を護衛として同行させることが、この3,000C$(クレジット)の予算承認の絶対条件です」

「……あの、フランチェスカさん。私はただの整備兵ですが」

困惑するAに対し、フランチェスカは視線を上げずに言葉を継いだ。

「わかっています。ですが、警備小隊はバイロン軍の襲撃に備えて常駐が必須ですし、マーベリック少尉も哨戒任務で手一杯です。その点、あなたは二ヶ月前に教練を終えたばかりで、記憶も新しい。消去法ですが、今のドックで動かせる予備戦力はあなたしかいないということです」

支部長は胃薬を飲みながら、「3,000C$……正規なら新型エグザマス1機が余裕で買える額だ。これで足りないはずがない」と、承認印を突いた。

この決定に、整備主任のゲラルド親方は最後まで渋い顔を崩さなかった。

「……おい、A。いいか、最前線じゃ何が起きるか分からねえ。整備や護衛の腕なんざ二の次だ。まずは生きて帰ってこい。弾が飛んできたら、主任を担いででも逃げるんだ。死んだら、せっかく仕込んだ技術も全部パーだからな」

親方は灰色の髪をかき乱し、不器用な手付きでAの肩を叩いた。その手の重みには、弟子を戦地に送り出す師匠の不安が詰まっていた。

親方の激励を胸に、Aは不慣れな制式採用拳銃を腰に吊り下げ、出発の準備を整えた。

これだけあれば、大型キャノンどころかオプションパーツセットを箱買いできるわ!」

出発前、ベアトリーチェ主任は確かにそう豪語していた。支部長の太鼓判と、フランチェスカが用意した3,000C$という巨額の予算。その数字の並びを見れば、望みのパーツが手に入らない未来など、第13開発ドック(楽園)の誰も想像していなかったのである。

 

 

 

 

南部基地での煩わしい手続きを終えた二人は、ナディルの手引きで、軍の威光も規律も届かない砂塵の深部へと足を踏み入れていた。

目の前に現れたのは、旧大戦の輸送艦を継ぎ接ぎし、民間が違法に増築を繰り返した巨大な陸の戦艦――移動マーケット『砂の箱舟(サフィーナ・ヌーフ・アッ=ラムリーヤ)』だ。

「……ここからは、軍での階級を忘れてください。目立ちすぎる」

先行するナディルが、自身の軍服の上から無造作に羽織った埃っぽい外套を正しながら言った。

ベアトリーチェも、アイロンの糊が効きすぎた礼装を脱ぎ捨て、腰で結んだ汎用ツナギと黒タンクトップという、いつもの「設計屋」の姿の上に外套を羽織っている。Aもまた、支給された無地のツナギの上に外套で身を包み、腰の拳銃は上着の下に隠して「ただの連れ」を装った。

「あったわ! 見て、A君! まさか未開封のデッドストックが残ってるなんて!」

オイルとスパイスの臭いが充満するジャンク街の奥。ベアトリーチェが歓喜の声を上げ、錆びた棚を指差した。そこには、鉄の墓場(アイアン・グレイブ)で喉から手が出るほど欲していた「オプションパーツセット2」のコンテナパッケージが、場違いなほど綺麗に置かれていた。

だが、駆け寄る彼女の横で、Aの目は棚に添えられた手書きの値札に釘付けになった。

「……6,500クレジット?」

思わず、乾いた声が漏れた。

「ナディル。これは何かの間違いか? 3,000クレジットあれば、新型のエグザマス1機が余裕で買えると聞いていたんだが」

「ハイ、いいえAさん。今は前線部隊が正規の部品を独占している影響で、民間に流れる軍用品は異常高騰しています。特にその大型キャノンは、バイロン軍の重装甲を抜くための改造素体として、今や金と同等の価値がある」

ナディルの事務的な宣告に、Aは目眩を覚えた。第13開発ドック(楽園)で「これだけあれば」と豪語していた3,000C$という全予算が、ここでは目当てのパーツの半分にすら満たない。

「……嘘でしょ。私たちの全財産を突っ込んでも、コンテナの半分も買えないってこと?」

ベアトリーチェの絶望したような呟きが、騒がしいマーケットの中に虚しく消えた。

[P-3]を完成させるための「最後のピース」を目の前にして、彼らは戦地の冷酷な市場原理という、銃火器よりも高い壁に突き当たったのである。

 

 

 

【戦地出張報告書(南部砂海後方拠点・第8資材倉庫内仮設ドック発)】

発信元:中東方面軍 南部砂海後方基地 第8資材倉庫内仮設ドック

件名:現地調達業務における予算乖離と任務継続に関する報告

報告者:第13開発ドック所属 A:一等兵

同行責任者:ベアトリーチェ・デルソラーレ:少尉(開発設計主任)

現状報告

案内人ナディル二等兵の誘導により、移動マーケット『砂の箱舟(サフィーナ・ヌーフ・アッ=ラムリーヤ)』への潜入に成功。目的資材である「オプションパーツセット2・大型キャノン」の現存個体を確認した。

発生している問題点

当初の見積もりと現地の市場価格に、修復不可能なレベルの乖離が発生している。

・物価高騰:前線部隊による正規流通品の優先確保、および需要増により、戦場回収品および軍用品の価格が異常高騰。

・予算不足:支給予算3,000クレジットに対し、店頭提示価格は6,500クレジット。残金ではジョイントパーツ一個すら満足に購入できない状況である。

所見および今後の対応

正規ルートでの調達は、現予算内では物理的に不可能と判断する。これに対し、主任は「金がないなら戦場で拾えばいい」という、当ドック特有の狂気的な打開案を提示。案内人のナディル二等兵も同意を示している。

【欧州方面軍 第13開発ドック 支部長査閲:所見】

記載者:ジェイムズ・ボガード(支部長)

予算について

3,000クレジットはフランチェスカが「新型1機が買える」と算出した額だ。倍以上の乖離は想定外だが、現在ドックの予算は底を突いており追加融資は不可能。

規律について

「到着15分で礼装放棄」の一文で眩暈がした。南部基地司令への面目は丸潰れだ。ベアトリーチェ主任には、帰還後、フランチェスカによる軍用ビジネスマナー講座の再教育を命ずる。

今後の運用方針

「戦場で拾う(スカベンジング)」案については軍公式として認可できない。……が、民間協力者を通じたジャンク活用という名目なら、事務処理は可能だ。死なない程度に、現場の判断に任せる。

追伸:

A一等兵、報告書の端に「帰りたい」と書くのはやめなさい。フランチェスカが「現地で稼げばいいんですよ」と笑っています。

 




第12話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「3,000クレジットあれば余裕」と豪語していたアイアングレイブ組を待ち受けていたのは、物価高騰という身も蓋もない現実でした。軍の公定価格が通用せず、ジャンク品が金(ゴールド)と同等に扱われる中東の狂気。開始早々に「詰んで」しまうという、いかにも第13開発ドックらしい滑り出しとなりました。

ここで、読者の皆様へ更新ペースについてのお知らせです。
これまでストックを活かして毎日更新を続けてまいりましたが、ついにストックが底を突いてしまいました。今後は執筆ペースに合わせ、少しずつ更新速度を緩めての連載となりますが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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