一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~   作:わたぬき※

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ベアトリーチェ主任の暴論から始まった、無謀な現地調達任務。
しかし、砂漠の不条理な物価と軍の冷徹な官僚主義に直面した整備兵Aの中で、何かが音を立てて外れました。
こっちの常識が通用しないなら、そっちのルールで好きにやらせてもらうまで。
砂漠のハイエナと化した軍人が、鉄の死骸を「狩る」ための準備を整えるまでの記録です。


第13話:一般採用整備員の戦場資源調達報告書(中東戦線:南部砂海)

中東戦線『南部砂海(カミール・ライン)』の南部後方基地の片隅、熱せられたトタンが低く呻き声を上げる第八資材倉庫。帰還した一行を待っていたのは、サウナのような熱気と、あまりに冷酷な現実だった。

「……無理ね。6,500クレジットなんて、逆立ちしても出てこないわ」

ベアトリーチェ主任が、ナディルが用意した錆びた簡易ベッドに身を投げ出し、遮熱ストールを顔に被せた。あてがわれた施設は「基地(ドック)」とは名ばかりの空き倉庫で、床にはボルトの頭をなめるほど摩耗したスパナが数本転がっているだけだ。資材不足に喘ぎながらも、使い慣れた道具があった楽園(ヘブンズベース)の環境が、今はひどく遠く感じられた。

「……第13開発ドック(楽園)に泣きつきますか?」

Aは、基地の通信室から届いた回答記録を端末で眺めながら問いかけた。本国からの返答は冷淡そのもの。「追加予算は出さないが、現地で拾ったガラクタをどう使おうと関知しない」という、事実上の放任宣言だった。

数時間前まで、慣れない拳銃の重さに戸惑い、護衛という大役に胃を痛めていたAだった。だが、前線優先で資材を独占する軍と、その足元を見て価格を吊り上げる闇市。この地を支配する不条理な「ルール」に完膚なきまでに叩き潰された瞬間、彼の頭の中で何かが音を立てて外れた。

こっち(欧州)常識(ルール)が通用しないなら、そっち(中東)の常識《ルール》の中で好きにやらせてもらおうじゃないか……)

「……ナディルさん」

Aは、どこか熱を孕んだ瞳で案内人を見つめた。

「中東における『戦場残骸の所有権』の定義を教えてください。軍の規律と、現地の闇市のルールの間にある、一番美味しいグレーゾーンはどこですか?」

「……A一等兵?」

ナディルは、その豹変ぶりに息を呑んだが、淀みなく答えた。

「軍規では『未回収の放棄機体は所有権を主張しない』。そして闇市では『先にクレーンを掛けた者の勝ち』。……つまり、軍が面倒がって放置した死骸を、闇市に持ち込むまでの間は、誰の法も及びません」

「最高ですね。……主任、ここの人たちが敷いたルールさえ守りさえすれば、何をやってもいいらしいですよ」

Aは、静かに、そしてどこか愉悦を孕んだ声で答えた。ルールを盾に自分たちを縛り、現地に放り出した連中が、自分たちの「正当な活動」の結果として割を食う。その光景を脳内で組み上げた瞬間、彼の思考はこれまでにない冴えを見せ始めていた。

「金が足りないなら、パーツが高くて買えないなら戦場で拾えばいいんです。壊れた機体を回収して、僕がここで直します。……ねえ、楽しそうじゃないですか?」

「……本気なんですね、A一等兵」

ナディルは、目の前の青年を凝視した。数時間前まで、不慣れな拳銃の重さに戸惑っていた面影は、もうどこにもない。

整備兵としての実直な常識や、慣れない土地への戸惑いを、この砂漠の不条理が焼き切り、代わりに「奪い、組み替え、生き残る」という、この地の底流にある生存本能が露わになったのだ。

 

ナディルは、自分の中にあった「事務官」としての迷いを捨てた。代わりに、実家の集積場で幼い頃から叩き込まれた、冷徹な商人の顔を浮かべる。

「わかりました。私の実家のルートなら、その場ですぐに回収業に必要な機材を揃えられます。……行きましょう、A一等兵」

 

 

 

 

ナディルに導かれ、基地の外周にある巨大な廃棄物集積場へと向かった。そこは軍の廃棄物と闇市のジャンクが積み上がり、焼けたオイルと錆びた鉄の入り混じった臭いが漂う場所だ。

「これなんかどうです。塗装も新しく、装甲も厚い」

ナディルが示したのは、まだ現役でも通じそうな連合軍の最新式装甲車だったが、Aは一瞥して首を振った。

「いえ、最新式はすべての制御が統合されすぎています。高度なタッチパネル操作は、操作のたびに視界を占有される弊害があり、三人で回さなくてはいけない僕たちには向きません。一人がいくつかの作業を並行する必要がある以上、物理スイッチが独立している旧式の方が適当です」

Aが足を止めたのは、電子戦で中身が完全に焼き切れた古い装甲指揮車と、その隣に転がっている、フレームが修復不能なほど歪んだ同型機の残骸だった。

「……ナディルさん、この二台をセットで買わせてください。こっちの歪んだ個体、ガワはゴミですが中身の制御系は生きています。ユニットをこっちの中身が焼き切れた車体に移植すれば、僕の操作をラグなく現場に伝えてくれる移動指揮車兼トレーラーキャブが組める」

「ニコイチ、ですか。手間ですよ」

「その手間を惜しまないのが整備士です。拡張性の高い旧式なら、追加の指向性アンテナを増設して、遠隔操作する無人機への通信ロスも抑えられる。……外装の傷は追加装甲を貼ればいい。この機体なら防塵処理と遮熱のやり直しも容易そうですから、あとは僕が使えるように整えます」

さらにAは、山積みの残骸の中から、装甲の一部が抉れ、側面に陥没があるものの、マニピュレーターの基部が歪まずに残っている「エグザビークル(装甲突撃Ver.)」を選び出した。

「これは外装こそ酷いですが、油圧系統が生きています。これを僕の『手』にすれば、十分な仕事ができますよ」

「……あんた、そのゴミの山からよく使える組み合わせを見抜けるわね。いいわ、認めてあげる。そのプランで進めなさい!」

ベアトリーチェは、自分ですら気づかなかった素材の価値を瞬時に見抜いたAを、上官として面白がるように不敵に笑った。Aは迷わず、手持ちの3,000クレジットから1,700クレジットをその場でナディルへ手渡した。

「機材はこれで確定だ。……ナディルさん、あとは『権利』ですね」

Aの言葉に、ナディルが表情を引き締めて頷いた。

「ええ。新参者が勝手に砂漠を漁れば、既存のチームにバラ(殺害)されます。私が実家の伝手を使って、回収業者組合(スカベンジャー・ギルド)に挨拶をしてきましょう。……上納金や縄張りの調整に数日、時間をください」

 

 

ナディルが交渉に奔走している間、第八基地ベースでは不眠不休の作業が始まった。

ベアトリーチェは砂漠の熱気に毒づきながらも、Aが汗を流すのを監督し、要所で設計上の整合性を確認していく。残りの1,300クレジットは、倉庫をドックとして運用するための改修――高出力電源の確保や防塵設備の強化に消えた。

Aは煤けたコンソールの中に潜り込み、移植した制御ユニットを調整し、指向性アンテナの同調を繰り返した。無線越しでも、あたかも自分の指先が直接現場のボルトを回しているかのような感覚になるまで。

作業を終える頃、ナディルがギルドの採集許可証(ライセンス)をもぎ取って戻ってきた。

「……待たせました。収穫の二割を上納する契約を飲ませてきました。彼らが認めているのは、あくまで『壊れたパーツを拾う』ことだけです。それを守っている限りは、軍もギルドも文句は言いません」

「十分ですよ、ナディルさん。こちら(欧州)の常識が通用しないなら、そちら(中東)の常識の中で好きにやらせてもらいます」

Aの返答は、連日の無理な作業と砂漠の理不尽への苛立ちで変なスイッチが入ったのか、驚くほど平坦で感情のブレがなかった。装甲車から放たれる無線信号を介し、エグザビークルが生き物のように駆動する。

「ねえ、主任。残骸回収業(スカベンジャー)のチームの名前、決めましょうよ。戦場で死んだ機体を拾い上げて、僕たちの糧として蘇らせる……」

Aがモニター越しに、エグザビークルのアームを小刻みに動かしてみせた。

「チーム【レイズ・デッド(死者蘇生)】。……さあ、狩りの時間です」

 

 

 

拠点改修の合間に作成された報告書ファイルは、ナディルの仲介で南部基地司令部の通信室へと持ち込まれた。厳しい通信管制下にある戦地において、欧州方面軍への長距離通信は、正規の暗号化回線を経由する「公務」として処理される。

 

【地球連合軍・欧州方面軍 第13開発ドック 宛:業務進捗報告】

件名: 現地調達用運用ユニット「レイズ・デッド」の構築および初期投資報告

報告者: 第13開発ドック所属 整備兵A(一等兵)

承認者: 開発設計主任 ベアトリーチェ(少尉)

 

1. 初期投資および機材調達の結果

支給予算3,000クレジットの全額を、以下の通り現地アセットの確保に投入した。

・中古装甲指揮車(制御系損壊):もう一基の装甲の中破した装甲車とのニコイチ改修により移動指揮車兼トレーラーキャブとして再稼働。

・エグザビークル(装甲突撃Ver.):半壊個体を回収。通信・駆動レスポンスを当方の操作に最適化。

・コンテナトレーラー:基地内廃棄品を連結。

・拠点改修:第8資材倉庫内の貸与されたドックを解体整備ドックとして運用するため、電源およびドック設備を修繕改修。

 

2. 運用体制の変更

少人数(3名)での効率的なスクラップ回収・換金フローを構築。

・設計・監督:ベアトリーチェ・デルソラーレ:少尉(開発設計主任)

・操縦・解体:A:一等兵(一般採用整備員兼護衛)

・運転・渉外:ナディル・アル・アファド:二等兵(現地協力者)

 

3. 所見

軍の正規ルートでは調達不能な「大型キャノン」入手のため、独自に戦場残骸の回収・売却(スカベリング)を開始する。現地の「スカベンジャー・ギルド」とはナディル二等兵の伝手を通じてライセンス取得済み。

こちら(欧州)の常識が通用しない以上、そちら(現地)のルールに基づき「合法的に」資産を増強する方針である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【欧州方面軍 第13開発ドック 支部長査閲:所見】

記載者: ジェイムズ・ボガード(支部長)

1. 予算について

3,000クレジットを数日で使い切った報告には目眩がしたが、その使い道が「稼ぐための投資」である点は評価する。フランチェスカが「利益が出れば、その分だけ私たちの帳簿も綺麗になりますわ」と、見たこともない笑顔で計算機を叩いている。

2. 今後の懸念

死霊術(レイズ・デッド)」などと不吉な名を冠したユニットが、砂漠で何を引き起こすのか。……A一等兵、せめて現地司令部から「略奪者(プレデター)」として訴えられない程度には、品位を保って活動してほしい。

 




第13話をお読みいただきありがとうございました。
「真面目な整備兵」という殻を脱ぎ捨て、ルールを逆手に取る愉悦に目覚め始めたA君。彼が自ら選んだ組み合わせは、まさに彼の歪み始めた合理性の象徴です。
一方、設計主任としての威厳を保とうとするものの、A君とナジャルの実務スピードに空気扱いのベア主任。この「天才の所在なさ」が、今後の物語にどう影響していくのかもご注目ください。
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