一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~ 作:わたぬき※
舞台はいよいよ、中東での実務フェーズへと移ります。
現場の不条理を前に、これまでチームの「緩衝材」だったはずのAがキレて、一切の躊躇なく「最短距離」を突き進み始めました。
これまでの「普通」が通用しない砂漠で、彼らの仕事がどのような形を見せるのか。
第13開発ドック中東派遣組の、新しい日常の始まりです。
「前方にポルタノヴァの残骸を確認。外装の焼けは酷いですが、関節回りに直撃はないようです。油圧シリンダーが生きていれば、今朝の相場ならいい金になりますよ」
運転席のナディルは、ハンドルを握ったまま事務的な口調で獲物を指し示した。マーケットに流れる真偽不明の噂と、転がっている残骸の損傷具合を天秤にかけた、彼なりの目利きだ。
「……始めよう」
後部座席でAが操作端末を叩く。装甲車が牽引する白いコンテナの傍ら、デッキに固定されていた一機の緑色の球体――エグザビークル(装甲突撃ver.)が、静かにシステムを立ち上げた。
本来、この手のロイロイ制御機は、非戦闘時の複雑な作業をさせようとすると判断に迷いが生じ、挙動がカクつくものだ。しかし、Aがバイロン製の思考ルーチンに自作の制御アルゴリズムを割り込ませたその機体には、淀みが一切なかった。Aの遠隔操作がリアルタイムで介入する半自動制御。思考と判断の全てをAが肩代わりすることで、それは今やこの砂漠で最も有能な「解体作業員」として機能していた。
「……さすがね、A。バイロンの制御系に独自のアルゴリズムを強引に割り込ませて、手足のように動かすなんて。これなら、この不毛な荒野でも護衛と作業の両立は申し分ないわ」
助手席のベアトリーチェが、感心したようにサブモニターを覗き込む。設計主任としての彼女から見ても、Aが自分たちの手足として仕上げたこの機体の整備精度には、一点の曇りもなかった。
だが、その「完璧な手足」がポルタノヴァに取り付き、解体用トーチを振り下ろした瞬間、彼女の表情は凍りついた。
「……ちょっと、A! 何してるの!? フレームごとぶった切るなんて……! 骨組みを壊したら、もう二度とまともな機体には戻せないじゃない!」
ベアトリーチェが激昂したのは、それが彼女の知る「当たり前の手順」からあまりに逸脱していたからだ。機体を直すなら、その骨格であるフレームは生かすのが整備の常識。それを無造作に断つAの行為は、彼女がこれまで信じて疑わなかった正解を台無しにされたことへの、癇癪に近い拒絶を引き起こさせた。
「主任、このフレームは使いませんよ。こうやって使える中身だけをかき集めて、また戦える形にでっち上げればそれでいいんです。買い手は、まともな整備なんて期待していないならず者の集団です。動けば文句は出ませんし、どうせ壊れるまで使い潰される運命なんですから」
Aの指先で、エグザビークルが無機質な効率で残骸を「処理」していく。
一個体の再生ではなく、高騰している「中身」を最速で抜き取り、他の外装と組み合わせて「商品」を仕立てるための、徹底した合理化。
親方から叩き込まれた「完璧な整備」の手腕を、Aは今、この砂漠の使い捨てられる環境に合わせた整備方法へと冷徹にシフトさせていた。
「……おい、あいつらを見ろ。あんな最小構成で、もう動力ユニットを吊り上げやがった」
砂丘の影で、年季の入った発電機を唸らせ、大型の油圧カッターやバンドソーを操っていた地元スカベンジャーのひとりが、手を止めて呆然と声を漏らした。
彼らベテランのチームでさえ、ドックにあるような固定ハンガーがないこの場所では、機体が倒れないよう慎重に外装を剥いでいくしかない。リアクターの基幹系を傷つけずに抜き出すには、数人がかりで数時間はかかる神経を使う仕事だ。
「昨日、ギルドに登録した『レイズデッド』っていうイカレた名前の新人チームだろ。冗談じゃねえ、あのエグザビークル……動きが速すぎて気味が悪いぞ。機械特有の『
「レイズデッド……死体再生か。チーム名からして不気味だと思ってたが、あの緑の、まるで最初から正解を知ってるみたいに淀みがねえな。まだ剥げる装甲もフレームも無視して、目玉パーツだけを最短で抉り取ってやがる。職人芸なんて温いもんじゃねえ、集めたパーツを後でつなぎ合わせる気だ…」
彼らが「小人」と呼び始めたエグザビークルは、地元組が大型工具の刃を折らないよう慎重に切り進めている横で、無機質な律動とともにフレームごと機体を断ち切っていく。そのあまりに贅沢で容赦のない取捨選択に、男たちは驚きを通り越して呆れ果てていた。
「おい、あっちのコンテナを見ろよ。あのデカい白い箱、まるで棺じゃねえか。……あいつら、本当にバラバラの死骸から必要な臓物だけを吸い上げてやがるな」
彼らの視線の先で、Aの操作するエグザビークルがポルタノヴァの心臓部を白いコンテナへと放り込み、無言で扉を閉めた。
その場に残されたのは、主要なユニットを抜き取られ、再起不能なまでバラバラに切断された鉄屑の山だ。
不気味なほどの静寂と、オイルの焦げる臭いだけを残して、白い棺を牽引する装甲車は次の獲物を求めて砂煙の向こうへと消えていく。
「……関わるなよ。俺たちは死体の肉を漁るハイエナだが、あいつらはバラバラの死体を継ぎ接ぎして、市場へ送り返す『
逃げ水の向こうへ遠ざかる「葬列」を見送りながら、男たちは忌々しげに、しかし確かな畏怖を込めて吐き捨てた。
拠点のテント裏。作業灯の無機質な光が砂地を白く焼き、回収されたパーツ群を照らし出していた。
「……ちょっと、A一等兵。その動力系の繋ぎ方、何なの?」
ベアトリーチェが背後から声を上げた。彼女の指差す先では、Aが迷いのない手つきで基幹ケーブルを剥き出しにし、正規の過電流保護ユニットを完全にバイパスして、劣化したリアクターから駆動部へ高電圧を直接叩き込む回路を組んでいた。
「規格内とはいえ、そんな繋ぎ方は禁じ手よ! 反応の鈍くなった中古部品に過電圧をかけて無理やり出力を出させるなんて。確かに査定時の数値は誤魔化せるでしょうけど、回路が焼き切れるまで数週間も持たないわ。中のパイロットが死ぬかもしれないのよ!?」
「主任。本来、整備とは守るべき『中身』――パイロットを生還させるために行うものですが、今僕が作っているこれに、生きて帰す価値のある人間は乗りません」
Aの声は平坦だった。その瞳はモニターの数値を追うのみで、ベアトリーチェの抗議を作業中のノイズとして処理しているかのようだった。
「これを買うのは、私設の武装組織か盗賊まがいの集団です。中身はどのみち犯罪者かその予備軍。使い潰されて当然の連中のために、貴重なマージンを割くのは資源の無駄です。一ヶ月だけ正規のスペックを発揮し、査定をパスすればいい。……ただの『商品』なんですよ、これは」
「……こんなの、中身を隠した『
「その頃には、僕たちはもう
Aは手を休めず、ポルタノヴァのフレームへ、他個体から剥ぎ取った装甲を嵌め込んでいく。共通のハードポイントを利用し、寸分の狂いもなく外装を組み合わせていく手つきに迷いはなかった。
「君も一緒に欧州へ来ませんか。この一週間で、君がどれだけ使える人材かは明白です。僕たちが消えた後、君一人をここに残してトラブルに巻き込むわけにはいかない。正式な手続きは、こちらから司令部を通してしておきます。支部長もフランさんも、君のような有能な事務屋なら、諸手を挙げて歓迎してくれますよ」
ナディルは端末から顔を上げ、しばしAの横顔を見つめた。
「……前向きに検討させていただきます、A一等兵。ここに居続けても、いずれ火の粉を被るのは目に見えていますから。司令部への根回し、よろしくお願いいたします。泥船からは、早く降りるに越したことはありません」
「話が早くて助かります。ナディル、仕上げだ。診断ログの書き換えも済んだが、重要なのは建付けだ。本職の整備士が実際に触れて、
Aは最後に各部の接合トルクを完璧に調整し、中身の「嘘」を完璧な剛性を持つ外殻の中に閉じ込めた。
自分たちを守る「手足」には親方譲りの完璧な整備を施し、売却する「商品」には一ヶ月限定の偽装修理と、乗り手を顧みない
マーケットから戻ったナディルが、空になったコンテナを装甲車の背後に据え付け、端末の数字をAに提示した。
「お疲れ様です、ナディル。首尾はどうでした」
「上々ですよ。あのポルタノヴァ……中身がパッチワークだとは誰も疑いませんでした。通常、中古相場は1,400c$で売却できました。バラのパーツの売却益900c$といったところです」
「……3,100c$。初期投資分をたった三日で回収したっていうの?」
積み込み作業を見守っていたベアトリーチェが、驚きを隠せず声を漏らした。だが、Aは表情一つ変えず、手元の計算機を叩き続ける。
「主任。目当ての大型キャノンは6,500 c$ですが、この様子だと足元見られる可能性もあります、不足の事態に備えて目標額は13000万c$に再設定しました」
「はぁ!? 倍ってこと!? 13,000c$なんて、今のペースでも三週間以上かかるじゃない!」
「ですから、今すぐもう一基エグザビークルを買い増します。……ナディル、この中から800 c$ほど持っていってください。程度は問いません、同型の突撃装甲ver.を一台、今すぐ見繕ってこれますか?」
「……お安い御用です。ちょうどギルドの倉庫に、外装だけがひしゃげた出物品が転がっていました。それなら600 c$もあれば十分でしょう。すぐに引っ張ってきますよ」
ナディルはAから現金の一部を受け取ると、淀みない足取りで拠点を後にした。一時間もしないうちに、彼は牽引車両の荷台に二機目のエグザビークルを載せて戻ってきた。
「……本気なの!? もう二台目にする気!?」
驚愕するベアトリーチェに対し、Aは新たに運び込まれた二基目の機体に有線接続を施しながら、至極当然のことを確認するように短く答えた。
「倍稼ぐなら、手数を倍にする。早い方がいいに決まっているでしょう。……ナディル、こいつのセットアップを今夜中に終わらせます。明日は二基体制で回しましょう。効率は飛躍的に上がるはずです」
【地球連合軍・欧州方面軍 第13開発ドック 宛:業務進捗報告】
件名: 現地調達用運用ユニット「レイズ・デッド」の運用拡大および目標額の再設定報告
宛先: 地球連合軍 第13開発ドック 支部長 ジェイムズ・ボガード
作成者: 整備部所属 一等兵 整備員A
1. 結論
カミール・ラインにおける「特定構成部品」調達の目標金額を13,000 c$に再設定する。
2. 背景および経緯
当初目標(6,500 c$)は、現地の流動的な相場および予備費を考慮した際、確実なパーツ確保には不足する懸念がある。現地での資金確保は極めて順調であり、作業ユニット(エグザビークル)を二機体制に増強、作業効率を倍増させることで当初の派遣期間内に目標額を完遂可能と判断した。
3. 収支詳細(第1回サイクル)
・収益 :ポルタノヴァ1基 :2,200c$
解体端材パーツ : 900c$
支出 :作業ユニット増設費 : 600c$
収支合計 :2,500c$
(目標金額 13,000c$に対し進捗 19.2%)
4. 備考
A一等兵による二機同時操作の検証を開始する。ベアトリーチェ主任より技術倫理に関する指摘を受けたが、本任務の最優先事項を鑑み、これを棄却した。
【欧州方面軍 第13開発ドック 支部長査閲:所見】
記載者: ジェイムズ・ボガード(支部長)
……フラン君。これを見たまえ。
A一等兵、いつからこんな「銭ゲバ」になったんだ? 効率のために主任の進言を秒で棄却した挙句、目標額を勝手に倍に吊り上げてきたよ。中東の熱気にあてられたか、あるいは……ようやく「整備員」としての殻を破り始めたか。
まあいい、面白いからこのままやらせよう。経理処理は君に任せるよ。
ご愛読ありがとうございました。
機体を「愛機」としてではなく、ただの「商品」として効率的にでっち上げるAのスタイル。
これまでの第13開発ドックでの常識を置き去りにして加速する彼に、設計主任であるベアトリーチェも困惑を隠せません。
次回の第15話は、このやり方に反感を抱く地元スカベンジャーとの摩擦が激化します。