一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~ 作:わたぬき※
「三基体制」となった作業機を操り、Aの資源回収はもはや一つの軍隊のような機能美を見せ始めます。
効率を何よりも優先し、邪魔な障害(コスト)を冷徹に処理していくA。
一方で、その加速する無機質さに耐えかね、独断で「事態の打開」を模索し始めたベアトリーチェ。
彼女の放った一筋の電波が、砂漠の静寂を破り、最悪の混戦を引き寄せます。
三度目の回収サイクルが始まった。砂塵の舞う回収地点へ踏み出した装甲車の周囲を、三基のエグザビークルが守るように展開している。一号機、二号機は、既に熟練した手順でポルタノヴァの残骸へ取り付く「解体班」。そして今回新たに追加された三号機は、外装の一部を剥ぎ取り、センサーユニットを増設した「哨戒・攪乱班」だ。
「……ナディル、三号機を座標102まで先行させます。センサー感度を最大に。周囲三キロ以内の動体反応をリアルタイムで同期してください」
後部座席でAが端末を叩くと、三号機が砂丘の頂へと素早く駆け上がった。これまで解体作業に割いていたリソースを役割分担させることで、作業効率はさらに跳ね上がる。一号機が切り込み、二号機が回収し、三号機が敵影を警戒する。その動きはもはや整備チームのそれではなく、効率的に獲物を仕留める小型軍隊の陣形に近い。
「……三基目もあっさり馴染ませちゃって。あんたの脳ミソ、どういう構造してるのよ」
助手席でサブモニターを睨むベアトリーチェの声には、隠しきれない苛立ちが混じっていた。いつもの自信に満ちた不敵な笑みは鳴りを潜め、砂塵で汚れた顔をさらに険しくさせている。彼女の手元の端末には、Aの指示系統とは別に、ナディルを介して独自に取得した「現地の周波数リスト」が表示されていた。
「主任、感心している暇はありません。三号機が不自然な反応を捉えました。……方位320。地元チームのビークル二台。その一キロ後方に、バイロン軍の小隊がいます。明らかに『誘導』されていますね」
「赤錆の爪か……。地雷が通じなかったから、今度は軍を連れてきたってわけね」
ナディルがハンドルの握りを変えた。地元スカベンジャーたちの姑息な「釣り」に対し、Aは三基の機体に流し込む先行タスクを書き換えた。
その瞳には、迫り来る危機への恐怖など微塵もなかった。
「ナディル、三号機をさらに二百メートル前進。バイロン軍の小隊を『赤錆の爪』の予想退路へ誘導してください。連中のビークルを盾にして、こちらへの射線を遮ります」
Aの声には、一切の躊躇がなかった。師であるゲラルトから学んだ「機体を守るための技術」は、今や「最小の損耗で最大の戦果(資源)を得るための戦術」へと変質している。
「了解。しかしA一等兵、かなり際どい機動になりますよ。……主任? 何をされているんですか?」
ナディルが怪訝な声を上げた。助手席のベアトリーチェは、膝元の端末に手をかけ、Aに悟られないよう小声で何かを呟いていた。彼女が合わせたのは、ナディルから貰ったリストにある「赤錆の爪」の緊急チャンネルだ。
(……聞こえる? ギルドの連中、今すぐ北へ逃げなさい。そっちにバイロン軍が回り込んでるわ! いいから、私の言う通りにして。……見返りならあるわ。あんたたちのボロ機の、最適な火器管制(FCS)パッチを私が組んであげる!)
彼女なりの、必死の「和解交渉」だった。地元組を救うことで恩を売り、Aの非道なやり方からチームを遠ざけようとする独断。しかし、彼女は大きな失念をしていた。
「……主任。何をチャンネル・オープンにしているんですか」
Aの冷ややかな声が車内に響いた。同時に、三号機のモニターが激しいノイズに包まれる。
「バイロン軍の小隊には、広域電波探知機(ESM)を積んだ指揮官用ロイロイが随伴しています。今のあなたの無暗な発信は、砂漠の真ん中で焚火を炊いたのと同じだ。……位置を特定されました。来ますよ」
砂丘の向こう側で、バイロン軍の機銃掃射の音が炸裂した。それは地元組へではなく、ベアトリーチェの「声」を捉えた、自分たちへの明確な攻撃の開始だった。「……っ、そんな! 私は助けようと……!」「障害が増えましたね。……三号機、リミッター解除。攪乱パルスを最大出力で。一号、二号、回収作業を中断し、近接防御(インターセプト)に回れ」Aは眉ひとつ動かさず、ただ指先の速度を上げた。その横顔は、かつて親方が見せた「命を守るための厳格さ」とは対極にある、ただ事象を処理するためだけの、研ぎ澄まされた刃のようだった。
バイロン軍のポルタノヴァが、ベアトリーチェの発した電波源を目がけて突っ込んでくる。だが、その突撃はAが操作する三号機の高出力ジャミングによって出鼻を挫かれた。
「一号、二号、これより戦闘機動。敵機関節部のセンサーおよび駆動系を重点的に破壊。……『壊す』のではなく、価値ある部位を『残して』ください」
Aの指先が端末の上で踊る。解体用の高熱トーチがバイロン機の膝関節を焼き切り、大型マニピュレーターが反撃の銃身を力任せにひしゃげさせた。敵を殲滅することよりも、後の回収効率を優先した精密な「外科手術」のような攻撃。一機を小破、二機を中破まで追い込まれたバイロン小隊は、この得体の知れない作業機群の執拗さに恐れをなし、損傷機を抱えて撤退を開始した。その戦闘の混乱に乗じて逃走を試みた「赤錆の爪」だったが、彼らの不運はバイロン軍の放った流れ弾がビークルのエンジン直上に着弾したことだった。
「……っ! あいつら、止まったわよ!?」
ベアトリーチェの悲鳴を余所に、Aは動かなかった。立ち往生した地元組の車両に対し、撤退間際のバイロン軍が鬱憤を晴らすかのように機銃掃射を浴びせる。
「助けなさいよ、A! 三号機なら間に合うでしょ!?」
「……いいえ。ここで彼らを助ければ、バイロン軍との本格的な交戦は避けられません。機体の全損リスクを冒してまで、僕たちを陥れようとした相手を救う価値はありません。ナディル、そのまま待機。敵が完全に去るのを待ちます」
Aは無機質に告げ、モニターから目を逸らさなかった。数分後。バイロン軍が去った砂丘に残されたのは、滅多打ちにされ、動く者のいなくなったスカベンジャーたちの残骸だけだった。
Aはそこへ近づき、物資を奪うことさえしなかった。ギルド内で「略奪者」のレッテルを貼られるリスクを避けるためだ。
「ナディル、バイロン軍が脱落させていった肩部装甲と脚部ユニットを回収してください。……純正の予備パーツは、でっち上げ機体の査定額をさらに跳ね上げてくれます。副産物としては上出来ですね」
静まり返った車内。Aは返り血ならぬオイルを浴びた三基の作業機を手際よくカーゴへ戻し、手元の端末で報告書の数値を更新し始めた。
【地球連合軍・欧州方面軍 第13開発ドック 宛:業務進捗報告】
件名: 不正規接触事案における自衛戦闘および副産物回収報告
1. 結論:バイロン軍哨戒小隊との接触、および自衛戦闘を完遂。自軍ユニットの損害を軽微に留めつつ、貴重な純正パーツの回収に成功。
2. 状況報告:地元スカベンジャーによる誘導を端緒とする敵対的接触。
三機連携による電子攪乱および関節部制圧により、敵小隊を撤退に追い込む。なお、誘導を行った地元チームは、撤退する敵軍の攻撃により全滅。軍事機密保持の観点から、当方は不干渉を維持。
3. 収支詳細:(第3回サイクル予測)
・収益予測:3,800 c$(回収した純正パーツを含む)
・支出 :弾薬・電力消費・小破修繕費:400 c$
・収支合計:3,400 c$(累計手持 8,200 c\( / 目標金額 13,000 c\)に対し進捗 63.1%)
4. 備考:ベアトリーチェ主任の独断による外部通信が、敵に位置を露呈させる要因となった。今後は主任の端末に厳重な通信制限を課し、ナディル二等兵の監視下に置くことを提案する。
【支部長の所感】……A君、君は本当に「整備員」かね? 地雷を焼き切り、軍の小隊を追い払い、邪魔者をバイロン軍に掃除させて自分はパーツだけ拾って帰る……。フラン君、第13開発ドックの予算管理を彼に任せたら、今頃我々は宇宙戦艦の一隻も買えていたかもしれないな。ベアトリーチェ君については、帰ってきたらたっぷりと「お説教」が必要なようだ。
愛読ありがとうございました。
バイロン軍を「撃退」するのではなく、効率的に「無力化」してパーツをもぎ取っていくA。そして、良かれと思って動いたはずの独断が地元チームを全滅に追い込み、結果としてAの「効率」をさらに高めてしまったベアトリーチェの皮肉な失策……。
師であるゲラルト(親方)が授けた「機体を守る技術」は、砂漠の不条理の中で、もはや誰にも止められない「暴走列車」へと変質しました。
次回の第17話。通信制限を課され、もはや「お荷物」として扱われるようになったベアトリーチェが、自身の存在意義をかけて最後に縋り付いたものとは。
次回もよろしくお願いいたします。