一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~ 作:わたぬき※
第2話では、設計主任による、とんでも機体案が提示されました。
今回の第3話は、視点がガラリと変わります。
スポットを当てるのは、第13開発ドックの最高責任者。
技術者上がりでありながら、今は「政治」と「金」の調整に追われる中間管理職の戦いです。
天才の突飛な発想を、いかにして軍の公式開発計画案へと書き換えるのか。
現実での30MMのカスタマイズ案が、物語の中で「次期量産試作機」として承認されるまでの、開発の裏側をお楽しみください。
欧州支部、第13開発ドック。
都市部戦線の鎮静化に伴い、前線本部の規模縮小が進む中で設立されたこの場所には、当初から変わらぬ評価が付きまとっている。
「
ジェイムス・ボガード少佐は、端末に表示された「第13開発ドック」の文字を眺め、静かに息を吐いた。
上層部にとって、このドックは適当に消耗してくれればいい程度の「防波堤」だ。
配属されるのは、発想が突飛すぎて周囲を置き去りにするベアトリーチェ主任や、かつて配属先での横領を数字から暴き立て、監査部門へ密告したことで煙たがられたフランチェスカ。そして、戦場での独断専行により抗命罪寸前まで追い込まれたパイロット。
主流派から外れた「扱いづらい連中」を、波風立てずに管理し、正規軍の代用品として機能させる。それがジェイムスがこの地で求められている唯一の、そして最大の役割だった。
彼は、ベアトリーチェが提出した最新の企画書を精査する。
彼女は狡猾だ。書類上、機体のレンダリングデータは「設計中」として伏せられている。だが、記載された数値は異常だった。
「……過剰なエネルギー変換効率に、あえて無視された稼働時間。特定の挙動にのみ特化した、あまりに偏った機動バランス。主任、君はこれを『合理的な新型案』だと言い張るつもりですか」
先ほど、ミーティングルームの前を通りかかった際、扉の隙間から漏れ聞こえてきた断片的な会話を思い出す。
『……極東の古いアーカイブに……』
『……二柱の神。素敵だと思わない?』
『……神様の力添えくらい……』
『……まさか、「神様を作ります」とは……』
図面を見ずとも、この歪なスペック表が何を目指しているのか、技術者上がりのジェイムスには透けて見えた。これをそのまま上げれば、本部の査問官は「兵器としての実用性に欠ける」と一蹴するだろう。
「……
彼は淀みない手付きで、ベアトリーチェが意図的に伏せた「空白」を、軍事的な必然性で埋めていく。
低すぎる稼働時間は『高出力化に伴う短期決戦型ユニットへの最適化』。
歪な重心バランスは『電子姿勢制御による人機一体の超機動』。
次は、金の問題だ。
ジェイムスは少佐としての権限を使い、管理部のフランチェスカへ回線を繋いだ。
「……フランチェスカ、準備はいいかね。今月のドック予算が入金された。例のポートフォリオを動かしてくれたまえ」
「了解です、支部長。中央から配分された維持費の一部を『法定備品の減価償却費』として一時的にプール。複数のダミー口座を経由させ、短期債券と現物資産で
端末越しに聞こえるフランの計算高い声に、ジェイムスは満足げに頷いた。
第13ドックの活動資金は、国からの正当な配分だけでは到底足りない。彼らは軍の予算を元本として私的に資産運用を行い、その利益を「
深夜。全ての書類を整え終えたジェイムスは、冷めた紅茶を一口啜った。
窓の外では、ベアトリーチェが今なお試行錯誤を続け、整備主任の怒号が飛び、厄介者のパイロットが自分が稼働試験するであろう機体を見上げている。
「……本部を裏切る気など毛頭ありません」
誰に聞かせるでもなく、彼は独りごちた。眼鏡の奥の瞳には、打算と、わずかな愉悦が混ざり合っている。
「……が、ただ擦り潰されるのを待つような殉教者を気取るほど、軍に傾倒しているわけでもないのでね。彼らを『消耗品』としてしか見ないというのなら、私はこの『13番目』の楽園で好きにさせていただきましょう」
その口元に浮かんだのは、穏やかでいて、どこか毒を含んだ微笑だった。
第3話、いかがでしたでしょうか。
華やかな新型機の登場の裏には、いつもこうした「書類上の魔術」を操る大人の存在がある……かもしれません。
突飛なコンセプトを軍事用語へと変換し、出所不明の予算を組み上げる支部長。
彼もまた、第13ドックという掃き溜めを守るために、自らの手を汚すことを厭わない「現場の人間」でした。
次回、第4話。
支部長がもぎ取ってきた「予算」を武器に、ついに実機のパーツ調達が始まります。
しかし、そこには軍の正規ルートすら通用しない「在庫の壁」が立ちはだかっていて……。
第13開発ドックの家計を握る、管理部一般職員の孤独な戦いにご期待ください。