一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~ 作:わたぬき※
特に、欧州支部の端に位置する第13開発ドックのような場所では、正規の補給ルートなど無きに等しい。
設計者が「理想」を叫び、事務方が「予算と在庫」の帳尻を合わせ、その結果として届いた「実物」に現場の整備士が頭を抱える。
今回は、華やかな新型機開発プロジェクトの裏側で、書類と端末を武器に戦う管理部職員、フランチェスカの物語である。
【第13開発ドック 管理部オフィス】
「……先輩、いえ『ベアトリーチェ開発設計主任』。これ、本気で通ると思ってるんですか?」
ジェイムズ支部長が上層部から予算を毟り取ってきた直後のことだ。フランチェスカ・モレッティは、ベアトリーチェが持ってきた「資材調達要求リスト」を、冷ややかな瞳で一瞥した。
「あら、フラン。妥当な要求でしょう? 高出力砲運用時の放射熱を拡散するためのセラミック複合装甲に、バースト時の熱暴走を物理的に抑え込む高剛性フレーム。最新型のイグライトなら、これらが標準規格で組み込めるわ」
ベアトリーチェは、お気に入りのマグカップを傾け、自らの設計を成立させるための「必須条件」を説く。フランから見れば、それは技術者として素材選定に妥協がないがゆえの、あまりに無謀な数字だった。
「あのですね……」
フランチェスカはデスク越しにふわりと身を乗り出し、リストの束を指先で弾いた。
「さっきから『主任』として仕事の話をしてるのに、全然聞いてませんよね? 最新型が激戦区の中東に回されて市場にないことくらい、ちょっと調べればわかるじゃないですか。それを調べもせず理想論だけ投げつけて、私に後始末を押し付けた責任、どう責任取ってくれるんですか? これから私が、どれだけ市場調査に時間を浪費することになるか分かってます?」
「………………あっ!」
ベアトリーチェは、まるで未知の物理現象を指摘されたかのように目を見開いた。
「そうか……
「……はぁ。確信犯じゃなくて天然なのが一番質(たち)が悪いんですよ。いいですか、先輩。今度また、こういう雑な仕事をして私に後始末を押し付けたら、支部長に『主任が備品のコーヒー豆を横領して研究室で自家焙煎してる』ってチクりますからね?」
「ちょ、ちょっとフラン! それは内緒って言ったじゃない! ……わかったわよ、リストの修正は任せるから、なんとかして頂戴」
「最初からそう言えばいいんです。……いいですか、先輩。最新のイグライトなんて諦めてください。私が『現実的に手に入る素材』に
「ふふ、やっぱり頼りになるわね。どんな濁った帳簿も真っ白にしちゃう、『
フランチェスカは、こめかみを押さえながら深く大きな溜息をつき、投げやりに手を振った。
「……皮肉なら、もっとマシな調達案を持ってきてからにしてください」
【第13開発ドック 管理部オフィス 定時後】
フランチェスカは、定時後の管理部オフィスで一人、端末と格闘していた。正規ルートが全滅の中、彼女が見ているのは軍の裏ネットワーク――「地方兵站基地の払い下げ品」や、出所の定かではない品を扱うブラックマーケットの掲示板だ。
【機密】開発資材発注稟議書
作成者: 管理部 フランチェスカ・モレッティ
案件1:地方兵站基地(払い下げ品)ブラックマーケット経由で一括調達
品目: eEXM-17 アルト(ホワイト) 800 C$
eEXM-17 アルト(グリーン) 800 C$
bEXM-15 ポルタノヴァ(グリーン) 800 C$
状態: 未使用品(出品者コメントより)
合計金額: 2,400 C$(定価の4割引き)
輸送: 880 C$(地方基地からの陸路運送)
案件2:近隣マーケット「ヨロズヤ」から直接調達
品目: ポルタノヴァ(ダークグレー) 1,080 C$
ポルタノヴァ用オプションウェポン1 527 C$
状態: 未使用品(ハンガーの隅で埃を被っていた型落ち品)
合計金額: 1,607 C$
輸送: 0 C$(フランチェスカが自ら回収)
【第13開発ドック 開発用ハンガー】
発注から二週間。フランチェスカは、搬入された機体を開発用ハンガーへ並べさせた。その顔には、困難な仕事を完遂した実務家としての、静かな誇りがあった。
「……先輩。これが今回の成果です。よく見て、感謝してください」
照明の下、露わになったのは四機の型落ち機体。
「『4割引きの抱き合わせ』『忘れ去られたデッドストック』。見ての通り、最新のイグライトは一機もありません。全部型落ちのアルトと、ポルタノヴァです。でも、数は揃えました。これ、今の欧州支部で集められる最高純度の『素材』ですよ」
「……すごい! フラン、これだけあれば、ようやく開発に取りかかれるわ!」
ベアトリーチェは、色の混ざった「旧型」の巨鉄の山を見上げ、その可能性に目を輝かせる。その眼前に広がるカオスな光景が、彼女の技術者としての魂に火をつけた。
「浮いた予算は来月の維持費に回します。……あ、それと、これらを持ち帰るために私の貴重な休日が一日潰れたので、来週の先輩のおやつは没収ですからね」
【第13開発ドック 開発用ハンガーの隅】
設計主任と管理部が去った後のハンガー。その巨大な機体の影では、数人の整備員たちが車座になり、低い声で言葉を交わしていた。
中心にいるのは整備主任のゲラルドと、その傍らで端末を抱える新人の整備員Aだ。彼らは、固定具に繋がれた「いわくつき」の機体群を遠巻きに眺め、深い、深い溜息をついた。
「……おい、A。見てみろよあの緑のポルタノヴァ。フランの嬢ちゃんは『未使用』なんて言ってるが、よく見ろ。敵軍の機体が未使用なわけねえだろうが。……パーツごとのロットがバラバラだ。ニコイチどころかサンコイチの再生品、それも初期ロット混じりだぞ」
ゲラルドの言葉に、周囲のモブ整備員たちからも「うわぁ……」「マジかよ」と絶望に近い溜息が漏れる。整備員Aは、装甲の隙間から覗く内部フレームの刻印を端末で照らし、顔をしかめた。
「親方……これ、サイトの『新品同様!』って言葉を鵜呑みにして買った口ですね。この年代だと素材強度の劣化が怖いですよ。共通ジョイント規格のおかげで形にはなりますけど、そのまま組んだら高出力砲の反動で一発で逝かれる可能性があります。全パーツの非破壊検査と、硬化した軟質パーツの全交換……。あぁ、想像しただけで頭が痛い」
「まったくだ。事務方は書類の上で帳尻合わせ(ホワイトアウト)してりゃ済むが、こちとら現物を動かさなきゃならねえんだ」
ゲラルドは忌々しげに吐き捨て、車座の部下たちを見回した。
「……野郎ども、聞いた通りだ。これ、まともに動く形にするだけで数日は持っていかれるぞ。覚悟しておけ」
「「「了解……」」」
設計主任(ベアトリーチェ)はそれらを「素材」としてのみ見上げ、現場の苦労など露ほども疑っていない。その甘い理想のしわ寄せは、常にこの薄暗いハンガーの底へと降り注ぐのだ。
「……親方。コーヒー、一番濃いやつを淹れてきます」
「ああ、頼む。……地獄のような修繕作業が始まるぞ」
第4話をお読みいただきありがとうございました。
今回は30MMユーザーなら誰もが一度は経験する(?)「キットの枯渇」と「中古・ジャンクの闇」を軍の物資調達という形に落とし込んでみました。
さて、次回第5話。揃ってしまった「パーツ群」を前に、新人の整備員Aが工具を手に、地獄の修繕作業に挑みます。