一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~   作:わたぬき※

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「新品同様」という言葉ほど、中古品の世界において信用できないものはない。
ましてやそれが、数十年も前に製造され、戦火を潜り抜けてきた人型兵器(エグザマクス)であれば尚更だ。
設計図の上では一瞬で終わる「パーツの流用」も、現場では劣化した樹脂との格闘、固着したボルトとの対話、そしてOSの不整合という名の迷宮に変わる。
これは、家から近いという理由だけでこの魔境に配属された一人の新人が、一週間の不眠不休を経て、ようやく一機の「鉄の塊」に命を吹き込むまでの記録である。



第5話:一般採用整備員の整備業務報告書

 

「……僕は、実家に近いからって理由で、安定した軍の一般整備職で近場の配属先を希望しただけなんだけど……」

欧州連合軍・第13開発ドック。一般採用整備員Aは、額から流れる汗を拭いながらポツリと漏らした。

配属から二か月。本来、評価「中の中」の彼がこの「掃き溜め」にいるのは人事システムのバグだが、本人は知る由もない。研修期間中の過酷な教練を「軍隊ってきついな」と流しながらこなし、いつの間にかこの異常なドックの日常に馴染んでいた。

2. 四機の残骸と、一機の「完成品」

納品から一週間。開発用ハンガーには、外装を剥ぎ取られ、無残な骨組みを晒した四機の機体があった。数十年の歳月による経年劣化は想像以上に深刻で、駆動系の軟質パーツは触れるだけで崩れる有様だった。

常駐戦力の哨戒任務に伴う定期メンテナンスも重なり、ハンガーの整備員たちは不眠不休のフル稼働。その間、元凶であるベアトリーチェとフランチェスカの二人は、追加パーツの買い出しで一度も現場に顔を見せなかった。

「……親方、ようやく一機。なんとか形になりました」

四機の残骸から、比較的マシな内部パーツを寄せ集め、劣化したパーツを交換してようやく自立に漕ぎ着けたのは、モスグリーンのアルトだ。

 

 

「よし。……だが、実際動くかどうかだな。マーベリックは当分戻らねえ。かと言って、このまま開発ラインを塞がせておくわけにもいかねえな」

ゲラルト親方の言葉に、Aは事も無げに答えた。

「あ、それなら僕が動かしましょうか? 一応、兵器の移動資格は持っていますから」

Aは当然のように操縦席へ乗り込むと、システムを起動した。

まずは腕部、脚部の各関節の可動域チェック。次いで、ハンガー内での低速歩行試験に移る。

(……よし、OSの同調は問題ない。次は旋回時の荷重移動を確認して……)

Aの操作は驚くほど滑らかで、危なげなく試験項目を消化していく。その無駄のない機体挙動に、物陰で見守っていた整備員たちが小声で感心し合う。

「……おい、あいつ。新人なら教習でしか乗ってないだろうに、随分うまく動かしやがるな」

一通りの試験を終え、Aが機体を指定のドックへ正確に着座させ、システムをシャットダウンした。固定具が噛み合う機械音を確認してハッチを開けたその時、ハンガーに泥だらけのオフロード車が滑り込んできた。

 

 

 

「ただいまー! 見て親方、最高の『出物』を見つけたわよ!」

車から勢いよく飛び出してきたベアトリーチェが真っ先に目にしたのは、今まさに駐機状態に入ったグリーンの機体だった。

Aがタラップを一歩ずつ降り、地面に足を下ろした瞬間。目の前に、驚愕に目を見開いたベアトリーチェが立っていた。

「えっ、ちょっと待って……今の、A君が動かしてたの!?」

タラップを降りてきたのが配属二か月の新人だと気づき、ベアは言葉を失った。だが、驚きはすぐに技術者の観察眼へと塗り替えられる。

「今の動作、なんであんなにスムーズなの!? それにそのアルト、私が渡した時よりずっと各部の同期が取れているじゃない! 一体どうやったの!?」

「えっ、あ、いや……普通に劣化したパーツを替えて、調整しただけですけど……」

食い気味に顔を近づけてくるベアに、Aは慌てて後ずさる。その後ろではフランが領収書を整理しながら冷ややかな視線を送り、ゲラルト親方が呆れた溜息を吐いていた。

「あーあ、また騒がしくなりやがったな」

ゲラルト親方の呆れた呟きと共に、第13ドックの「日常」が再び動き出した。

その喧騒の背後で、モスグリーンの装甲を纏った一機のアルトが、照明に照らされて静かに佇んでいる。

四機の残骸から、ただ「動くこと」だけを求めて削り出されたその機体は、新人の手によるものとは思えないほど、正しく、美しく、そこに立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【機密】整備業務報告書:eEXM-17 補修及び初期稼働確認

作成者: 一般採用整備員 A

確認者: 整備主任 ゲラルト・ワーグナー

 

1. 執行業務概要

調達済みの中古機体4基(eEXM-17系2基、bEXM-15系2基)から、健全なコンポーネントを抽出・転用し、機体1基(eEXM-17、識別色:モスグリーン)の個体再生を完了。開発用ハンガー内での自走試験による動作確認を実施済み。

 

2. 補修詳細(特記事項)

軟質関節パーツの全換装:

全4基、軟質樹脂パーツの硬化を確認。初期ロット特有の経年劣化による破断リスクを考慮し、全関節部を現行規格の予備パーツへ換装。

駆動系シリンダーの清掃・再充填:

鹵獲機体において内部に砂塵の混入を確認。動作不良の要因となるため、全シリンダーの洗浄及びオイル再充填を実施。

動作安定化設定の最適化:

異個体パーツの混用による各部駆動の微細なノイズ、および歩行時の動作不安定を解消するため、制御プログラムを調整。eEXM-17 のカタログスペック上の基準数値を目標値とし、全関節の同調率を実測値で誤差0.02%以内に収束。

 

3. 自走チェック結果

移動経路: 開発用ドック A-01地点からB-05地点までの往復。

挙動確認: 旋回時の荷重移動、足裏の接地圧、駆動系の異音有無を点検。

判定: 良好。カタログ値に準拠した安定性を確認。

 

4. 所感

配属2か月目にして、これほど劣化した素材の再生(リビルド)を担当するとは思わず、戸惑いもありました。教習所のマニュアルには「経年劣化した異個体パーツの統合」に関する詳細な記述がなかったため、基本性能表の数値を基準に「普通」の状態を目指して調整しましたが、工数管理の面で課題が残りました。

 

整備主任の追記:

「普通」の基準が高すぎる。新人の書く報告書のレベルじゃねえ。受理するが、次からは自分の休憩時間まで削って作業ログを細かく取るな。現場は体が資本だ。




第5話をお読みいただきありがとうございました。
30MMなどのプラモデルを嗜む方なら、中古ショップやオークションで手に入れた古いキットを開けた瞬間の、「あ、これポリキャップが死んでる(白化してる)……」というあの絶望感をご理解いただけるかと思います。
Aは「中の中」を自称していますが、実際には「カタログスペックを正確に再現する」という、一番難しく、かつ基礎的な能力が極めて高いタイプです。そんな彼が組み上げた「健康なアルト」を見て、ようやく帰ってきたベアトリーチェ主任が何をしでかすのか……。
プロローグはこれにて完結。次なる第6話からは、いよいよ第一部「本格改修編」が始まります。
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