一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~ 作:わたぬき※
中央のきらびやかな会議室で語られるのは、最適化された未来と、そこに居場所のない旧型機への嘲笑だ。
セクター55「鉄の墓場(アイアン・グレイブ)」に集うのは、そんな選別から漏れた者たち。
だが、彼らはただ朽ちゆくのを待つほど素直ではない。
着飾った「猫の皮」を脱ぎ捨て、泥濘のハンガーへと戻った時、規格という名の安穏は終わりを告げる。
これは、カタログスペックをかなぐり捨て、不条理な質量を鋼鉄の背にねじ込む、最初の破壊と創造の記録である。
第6話:次世代特化型量産機構想(試作試験機挙動確認報告書 添付)
欧州連合軍司令部、空中庭園を模した会議室。壇上では第1開発ドックの主任が、最新鋭機イグライトの新型コンデンサによるエネルギーゲインの向上を、誇らしげなホログラムと共に報告していた。
「……おい、あそこに立っているのが、セクター55の『
「ああ。……そういえば、次の
「添付資料を見たよ。ベース機は
中央のエリート技術者たちが、手元の端末に表示された仕様書を眺めながら、順番を待つジェイムズ・ボガード支部長たちへ冷ややかな視線を送る。
ジェイムズは慇懃無礼な微笑を崩さず、その侮蔑を受け流していた。
本来であれば、この定期的に行われる各開発ドックの研究開発の報告会という、自分たちの技術力の自慢合戦のような場に第13開発ドックのメンバーが現れることはない、「バイロン前哨基地の散発的な侵略行為に対する、防波堤としての即応任務」という、本部が反論できない正論を隠れ蓑にして、彼らは中央との接触を最低限に維持し続けてきたのだ。
だが、今回あえてこの場に現れたのは、特化型量産機のプレゼンを成功させ、表向きは上層部から追加の資材供給、ないしは予算枠の増加を確約させるためだ。
この、一見すると「開発予算に窮した末の泣きつき」に見えるポーズこそが、中央からのあらぬ疑いを逸らし、彼らの「楽園」を維持するための不可欠な手続きであった。
壇上のイグライトを見つめるジェイムズの傍らには、一人の女性が静かに佇んでいた。
上品に結い上げられた髪と、隙のない軍の略式礼装を纏ったその姿は、知的な美貌も相まって会場の視線を無意識に惹きつけている。中央のエリートたちですら、彼女がどこの開発局から送り込まれた秘書官なのかと、アジェンダそっちのけで囁き合うほどだった。
だが、その凛とした横顔の裏側で、彼女の思考は冷徹に眼前の最新鋭機を解剖している。
(……あの第1ドックのコンデンサ配置、冷却経路を完全に無視してるわね。出力120%を超えた瞬間に熱暴走して自壊するわ。……。)
一言も発さないのは、口を開けば即座にボロが出るというフランの厳命ゆえだが、その無機質な眼差しは壇上の最新鋭機すら壇上の最新鋭機すら「欠陥品」と切り捨てていた。
「……行こうか。ここでの
ジェイムズの促しに、ベアは小さく頷く。彼女は最後まで颯爽とした秘書然たる態度を崩さず、エリートたちの視線を背に、優雅に会場を後にした。
数時間後、スクラップヤード(廃棄場)。泥だらけのオフロード車がハンガーに滑り込み、中から隙のない身なりの「知的な美女」が降りてきた。
「……え、誰ですか。……場所、間違えてませんか?」
作業台でスパナを握っていた一般採用整備員Aが、本気で目を丸くして固まる。だが、その美女は返事もせず、苛立った様子で上着のボタンを乱暴に引き剥がし始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何してるんですか、いきなり脱がないでください!」
Aは悲鳴に近い声を上げて後ずさった。軍の略式礼装の下から顔を覗かせたのは、管理部のフランチェスカが「中身」とのギャップを狙って徹底的にプロデュースした、悪趣味とも言えるほど扇情的な黒いレースの下着だった。
「あー、もう! 暑苦しいし肩が凝るわね!」
だが、その艶めかしい姿から放たれたのは、聞き慣れた怒鳴り声だった。
「……あ、主任。なんだ、主任か……。良かった……。いきなり知らない人が脱ぎだして、あらぬ不名誉で憲兵に突き出されるかと思いましたよ……」
膝から崩れ落ちそうになりながら、一般採用整備員Aは本気で安堵の溜息を吐いた。
「あら、残念。……私の
背後から、脱ぎ捨てられた礼装を拾い上げたフランチェスカが、クスクスと笑いながらハンガーに入ってきた。
「ベア先輩、あれだけ『一言も喋らないでください』ってお願いしたじゃないですか。支部長の話では、中央のエリート様たち、あなたの横顔に見惚れていたそうですよ?」
「うるさいわね! あんな重心の狂った最新鋭機の自慢話、黙って聞いてられるわけないでしょ! 」
ベアは扇情的な下着姿のまま、憑りつかれたようにホログラムの図面を書き換え続けている。
「……本当に注目の的だったんだよ、彼女は。おかげで今回の
後から入ってきたジェイムズ支部長が、やれやれと肩をすくめながらAの隣に立った。
「……支部長。本当に、
Aが半信半疑の眼差しを向けると、ジェイムズは自嘲気味に微笑んだ。
「そうだね、ちょっと無理をさせたかな?」
ベアは椅子の端に浅く腰掛け、前のめりの姿勢でホログラムキーボードを猛烈な勢いで叩いている。その際、無意識に組んだ脚のシャツの裾からは、フランチェスカが仕込んだ黒レースのガーターが露骨に覗き、白皙の太ももに食い込んでいた。 だが、本人は一ミリも自覚がない。
「あー! このバイパスの抵抗値、誰が計算したのよ!」
「……。……なあ、フランチェスカさん。これ、止めた方がいいんじゃないですか?完全にアウトですよ、色んな意味で」
一般採用整備員Aは、もはや羞恥を通り越して、自分の運命の理不尽さに遠い目をした。
「あら、いいじゃない。目の保養でしょう? それに今のベア先輩を止めたら、設計図ごとハンガーを爆破されかねないわ」
フランは、脱ぎ捨てられた礼装の砂を払いながら、愉快そうにスマホでベアの姿を撮影している(後で脅しのネタにするつもりだ)。
「……やれやれ。嬢ちゃん、せめてその……背中に油がつかねえように、これでも羽織っとけ。若い連中が目のやり場に困って仕事の手が止まってやがる」
親方は、そこらの棚に放ってあった予備の男物ワークシャツを、ベアの細い肩にバサリと掛けた。
「あ、ありがとう親方!」
ベアは、サイズの合わないダボダボのシャツに袖を通しつつ、あまった袖を乱暴に捲り上げる。
黒レースの下着の上に男物のシャツを羽織るという、さらに収拾のつかない格好になったベアは、満足げに鼻を鳴らした。
改修計画の第一段階は、まず「正規品」の枠内で限界を知ることだ。
Aが組み上げたアルトに、軍から支給された正規の追加装甲を装着し、基準スペックを記録する地味な作業が始まる。パイロットのマーベリックは不在のため、今回もAが操縦席に座り、機体反応試験を代行した。
「……各バイタル正常。正規品の装甲重量によるモーメントの変化、許容範囲内です。……射撃試験、データ送ります」
「了解だ。……フン、相変わらず無駄のない操作だな。A、その数値、報告書にまとめとけ」
Aは汗を拭いながら、機体から降りた。カタログスペック通りの「正解」を記録するだけの仕事。だが、これこそが後に控える「規格外」を制御するための絶対的な基準点となる。
【機密】整備業務報告書:eEXM-17U(P)初期挙動確認試験
作成者: 一般採用整備員 A
確認者: 整備主任 ゲラルト・ワーグナー
1. 執行業務概要
次世代特化型量産機開発の基準データ収集のため、eEXM-17U(試作試験機P仕様)の挙動確認を実施。正規オプションパーツ(追加装甲一式)装着状態での基本性能を計測。
2. 試験詳細
質量バランス確認:
正規追加装甲の装着に伴う総重量増加を確認。重心位置は設計許容範囲内に収まり、姿勢制御OSの補正値もデフォルトの範囲内で安定。
静止射撃試験:
標準ライフルによる定点射撃。装甲重量による反動吸収率の向上を確認したが、各部関節への負荷蓄積はカタログスペック通り。
機体反応速度:
追加装甲の慣性により、旋回性能に0.04秒の遅延。ただし、これは正規仕様における想定内の数値である。
3. 判定
良好。
現時点では機体に異常な負荷は認められない。ただし、これ以上の過剰積載を行う場合、フレームの剛性不足が予測される。
データは受理した。……A、お前の操作ログ、左右の駆動トルクの差が0.01%もねえな。機械じゃねえんだ、もう少し人間らしい「揺らぎ」があってもいいんだぞ。
「さて……。地味な下準備はここまでよ、A君。これからは手に入ったパーツから順にブチ込んでいくわ!」
ベアがマーケットから届いたばかりのコンテナを開く。そこには、エグザマスの正規オプションであるカスタマイズウェポンズ(ヘビーウェポン2)の武骨なパーツ群が転がっていた。
「……主任。この大型プロペラントタンク、バックパックに直付けするんですか?
「いいのよ! 不具合が出たらその都度補強して、私の図面通りに調整すればいいんだから!」
「……はぁ。マジですか、これ、本当にやるんですか?」
Aは、この二か月でようやく手になじんできたスパナを、ぎゅっと握り直した。
「……ああっ、もう! 失敗してフレームがひしゃげても知りませんからね!」
Aは、これから始まる
ガッ、キィィィィィィン!
ハンガーの静寂を切り裂く、金属同士が噛み合う暴力的な音。
「
第6話をお読みいただきありがとうございました。
作中で語られた「葬儀屋(アンダーテイカー)」という通り名。
中央のエリートたちからは「死体(ジャンク)を片付けるだけの葬儀屋」と蔑まれながらも、現場の彼らは「死んだはずの鉄屑(戦士)を、戦場へ引きずり戻す蘇生者(技術者)」としての矜持を持っています。この皮肉な関係性が、第13ドックの歪な魅力を形作っています。
30MMの楽しさは「3mm軸」という共通規格による手軽さにありますが、そこに過剰な質量のパーツを盛っていくと、途端に保持力や重心バランスとの戦いが始まります。「かっこいいから全部載せたい」というベア主任の暴走と、「支えきれませんよ!」と叫ぶAの苦労……。
次回第7話からは、いよいよ本格的な現物合わせ(地獄)が始まります。