一般採用整備員の日常~欧州支部第13開発ドック機密アーカイブ~   作:わたぬき※

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「動く」ことと「戦う」ことは同義ではない。
共通規格で繋がっただけの鉄塊は、戦場ではただの重石に過ぎない。
「葬儀屋」の一般採用整備員Aが直面したのは、設計の理想を握りつぶす欠陥と、テストパイロットからの無慈悲な宣告だった。


第7話:試作機体搭乗者の実機動作試験報告書eEXM-17U(P-1)仕様

ドックに出勤した一般採用整備員Aは、深い安堵の溜息を漏らした。

「……あ、主任。おはようございます。……よかった、いつもの格好だ」

目の前には、髪を雑に束ね、オイル汚れの目立ついつものツナギに身を包んだベアトリーチェが、血走った目でホログラム端末を睨んでいる。

(……本当に、よかった。昨日のあれはショッキングすぎた。本人が色気皆無とはいえ、妙齢の女性がいきなり目の前で脱ぎだすなんて……。普通に生きてたら、一生遭遇しないはずの事態なんだから)

扇情的な下着姿の残像を無理やり脳の隅へ追いやり、Aは努めて事務的なトーンで話しかけた。

「……結局、一睡もしてないんですか?」

「おはようA君……。昨日の自慢大会の最中に考えていたんだけど、以前出したあの発案……現状を無視した最高環境での図面を、今の旧型機体(アルト)で動かすための改修計画の引き直し(アジャスト)、完了よ!」

彼女が指し示したのは、共通規格(3㎜軸)という標準仕様(セオリー)で許容できるか疑わしく、最大積載量(ペイロード)という項目に真っ向から喧嘩を売るような、継ぎ接ぎだらけの改修工程表だった。 それでも、なんとか計算上は物理法則内に収まるように設計されているのが、彼女の執念を感じさせる。

 

 

 

「いい、A君。共通規格(3㎜軸)が合うのは当たり前。問題は、この巨大な大型プロペラントタンク(重し)を載せた時の重心の変化よ。アルトの標準フレームじゃ、このモーメント(力の能率)には耐えられないわ」

「……。……無理に決まってるじゃないですか。ハンガー固定用ロックボルトを外した瞬間に後方へひっくり返って、自重で首をへし折るのがオチですよ」

「ガタガタ抜かすな。倒れる前に支えりゃ済む話だ」

背後から響いた地鳴りのような声に、Aの背筋が伸びた。整備主任のゲラルトが、始業前の機体点検を終え、油の染みたウェスで手を拭きながら歩み寄ってきた。

「……親方。見てくださいよ、この図面。正気の沙汰じゃありません」

「知ってる。だが、嬢ちゃんの計算が狂ってねえことも、俺は知ってる。……A。高重心で機体が振り子みたいに揺れだす前に、物理的にボルトで関節の『遊び』を殺して、OSの演算を物理的に助けてやれ。 それしか道はねえぞ」

「……。……分かりました、やりますよ。でも親方。それじゃ、こいつを『しなやかに動くロボット』じゃなくて、『ただの棒立ちするだけの案山子』に作り変えることになりますが、本当にそれでいいんですね?」

Aは、ベテランの言葉に観念しつつも、兵器としての機動性を捨て去る決断に念を押した。

「ああ。まずは立たねえことには、弾一発撃てねえからな」

親方の断言を受け、Aは自立を最優先とした強引な剛性確保の加工指示を端末に打ち込んだ。

 

 

 

「……おい、主任。こいつは戦場を歩く『兵器』じゃねえ。ただの重心の狂った『案山子』だ」

コクピットから降りてきたマーベリック少尉は、不機嫌さを隠そうともせず、改修計画の主導者であるベアを冷たく射抜いた。

「加速するたびに機首が浮き、旋回すれば慣性に振り回される。……おまけにこの右腕だ。ベルトリンクが突っ張って、左方向への射撃が話にならん。実戦なら最初の数秒で撃破されているぞ」

その辛辣な評価を受け、ハンガーの片隅で整備記録をまとめていたAと、腕組みをして機体を見上げる親方が、現状の「詰み」を共有するように顔を見合わせた。

 

 

【機密】実機動作試験報告書:eEXM-17U(P-1)

評価者: マーベリック少尉(テストパイロット)

技術監修: 整備主任 ゲラルト・ワーグナー

 

操縦性評価:

重心対策としての関節固定により、挙動が極めて不自然。OSの姿勢補正とパイロットの入力が干渉し、機動レスポンスが致命的に低下している。

 

武装運用評価:

ロングバレルライフルの取り回しが劣悪。背部大型タンクの配置が高すぎて、給弾ベルトリンクの可動余裕を食いつぶしている。右腕を左側へ振ろうとするとベルトが最短距離で突っ張り、広大な死角が生まれている。

 

戦術的欠陥:

長距離砲と超近接武装(ナックル)のみで、中距離での牽制手段が皆無。回避困難な範囲攻撃(ワイドレンジ)の武装が不足している。

 

総合判定:

実戦投入不可。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……。……親方。少尉の言う通り、手持ちじゃこの重量物を振り回すのは物理的に限界です。給弾ベルトが腕の可動を殺してます」

一般採用整備員Aが、モニターに映し出された右腕の可動限界ログを指し示す。

「分かってる。……A、次は『手で持つ』のをやめるぞ。右のマニピュレーターは不要だ。肘から先をライフルの専用マウント(銃架)に作り変えろ。銃身を腕に直接接続(ダイレクトアクセス)して、取り回し半径を最小限に絞るんだ」

「……。……親方、本気ですか? 汎用武器を捨てるどころか、指の機能まで……。もう、人型兵器(エグザマス)じゃなくて、ただの『自走する砲台』になっちゃいますよ?」

「いいのよ、それで!」

一睡もしていないはずのベアが、設計図を書き換えながら割って入った。

「私の初期案でも、右腕は大型火器を保持するためだけのデバイスとして設計してあるわ。汎用性なんて、この機体には最初から不要なのよ!」

「……初期案って。最初からまともに歩かせる気、なかったんですか?」

Aは、主任が描く完成図のあまりの極端さに、思わず溜息を漏らした。

 

 

 

 

【機密】試作試験機体改善提案書:eEXM-17U(P-2)換装仕様

提案者: 第13開発ドック 整備・開発班

 

改善項目:右腕部の射撃ユニット化(マニピュレーター廃止)

既存のマニピュレーターを排し、右肘関節部をライフル専用接続プラグへ換装。ベルトリンクの最短接続を実現し、可動域制限を解消する。

 

改善項目:中距離広域牽制武装の搭載

左肩部ハードポイントへ12連ミサイルポッド×2基を増設。中距離における面制圧能力を付与し、近接接近の拒絶を図る。

 

整備主任(ゲラルド)の追記:

A、次は「手を捨てる」ぞ。人型の汎用性をかなぐり捨てて、特定の機能に特化させる。……いいか、左右のバランスはさらに地獄になる。

カウンターウェイトの計算を今のうちにしとけ。




第7話をお読みいただきありがとうございました。
30MMの「盛り」の楽しさと、それに伴う「保持力・重心」の絶望的な戦い。
「かっこいいパーツを付けたはずなのに、自立できない……」という、プラモデルをいじったことのある誰もが一度は経験するあの感覚を、整備員Aの視点で描いてみました。
次回の第8話では、この「動く標的」をどうにかするために、さらなる泥沼の改修が始まります。
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