Lがデスノートを拾った世界~リメイク~   作:梅酒24

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11日目:七転八起

霞が関駅の地上へ出た瞬間、冬の空気が肺の奥まで鋭く入り込んだ。

 

僕は小さく息を吐く。

白い霧が口元からゆっくりと流れ出る。

 

母に頼まれた父の着替えを手に、警察庁へ向かう途中だった。

 

念のため父へ電話を入れる。

 

ぴ、ぴ、ぴ――

 

『留守番電話サービスに……』

 

僕は眉をわずかに寄せた。

 

「……珍しいな」

 

父は会議中でない限り電話に出る。

それが出ない。

 

胸の奥に、ほんのわずかな違和感が沈殿する。

 

警察庁の受付へ入ると、そこには奇妙な光景があった。

 

揉めている。

 

受付の男と、ひとりの女性。

 

遠目にも分かる。

 

黒いロングヘア。

背筋の伸びた立ち姿。

 

声の調子は決して荒くない。

だが、言葉には揺るぎがない。

 

――本部と昨日約束をした。

――それなのに本部に誰もいないのはおかしい。

 

そんな主張をしているようだった。

 

僕は立ち止まる。

 

――本部に誰もいない。

 

その言葉が頭の中で反響する。

 

父の電話は留守電。

 

そして本部は空。

 

……何かが起きているのか。

 

僕は受付に着替えを渡した。

 

すると受付の男が僕に向かって話し始める。

 

保険金殺人事件の話。

 

以前、僕の助言で解決した事件だ。

 

それをこの女性の前でわざわざ話す。

 

そしてこう聞いてきた。

 

「キラ事件も推理しているのか?」

 

僕は軽く笑った。

 

「ええ。うまくいけばLを出し抜けるかも」

 

その瞬間だった。

 

女性の視線がこちらへ向く。

 

僕はその目を見た。

 

――大きい。

 

だが、それだけではない。

 

瞳の奥にあるもの。

 

それは単なる好奇心ではない。

 

決意。

 

執念。

 

何かを必ず達成する人間の目。

 

その種類の目を僕はよく知っている。

 

なぜなら。

 

僕自身が同じ目をしているからだ。

 

僕は自然な調子で言った。

 

「父はキラ事件本部の長なんです。よければ取次ぎますよ」

 

受付の男が横で小言を言う。

 

一般人にそんなことを、と。

 

だが僕は気にしない。

 

そして女性をもう一度観察する。

 

顔の筋肉。

 

呼吸。

 

立ち方。

 

焦りはある。

 

しかし、混乱はない。

 

理性が勝っている。

 

――信用できる。

 

少なくとも、軽率な人間ではない。

 

「この女性は信用できます。目を見れば分かります」

 

僕はそう言った。

 

半分は本当。

 

半分は計算だ。

 

女性は軽く頭を下げた。

 

外へ出る。

 

冬の街を歩きながら、僕たちは話し始めた。

 

キラ事件。

 

彼女の言葉は驚くほど整っていた。

 

推理の筋道。

 

情報の扱い方。

 

仮説の組み立て。

 

どれも素人のものではない。

 

そして彼女は言った。

 

キラは顔と名前が必要だと。

 

そこまでは警察と同じだ。

 

だが。

 

それ以上の能力がある、と。

 

僕は一歩先に進んでみた。

 

「キラは、人を殺すだけでなく死ぬ前の行動も操れます」

 

女性は歩みを止めた。

 

そして僕を見た。

 

その視線には驚きがあった。

 

「私と同じ考えを持っていたなんて……」

 

僕は内心でわずかに驚いた。

 

そして彼女は続ける。

 

「それだけじゃない。キラは心臓麻痺以外でも殺せる」

 

僕の背中を冷たいものが流れた。

 

冬だというのに。

 

汗が一滴落ちる。

 

――心臓麻痺以外。

 

それは僕自身すらまだ考えていなかった。

 

しかし。

 

言われてみれば。

 

理屈は通る。

 

キラが能力の条件を隠すなら。

 

あえて心臓麻痺を基本にする。

 

そうすれば。

 

事故死や自殺は誰も疑わない。

 

僕は思う。

 

この女。

 

鋭すぎる。

 

「知り合いがキラに会っています」

 

その言葉に僕は止まった。

 

キラに会った?

 

そんな馬鹿な。

 

「FBI捜査官でした」

 

そして。

 

「私の婚約者です。そして彼が調べていた人物こそが……キラ」

 

 

彼女は続ける。

 

バスジャック。

 

8時間前のコンビニ強盗。

 

その後のFBI死亡。

 

すべてを一本の線で結ぶ。

 

僕の脳裏にある顔が浮かぶ。

 

――レイ=ペンバー。

 

 

僕は表情を歪める。

 

 

だが。

 

その裏で僕の思考は高速で回転していた。

 

――推理はほぼ正しい。だが……

 

 

真っ白な情景の中に、僕たち二人の影だけが浮かんでいた。

 

雪だ。

 

空から落ちる白い粒が、街を静かに覆い尽くしている。

歩道も、街路樹も、車道の端も、すべてがぼんやりと白く滲んでいる。

 

僕と彼女は、その中を並んで歩いていた。

 

高層ビルの影に入ると、急に空気が冷たくなる。

僕は無意識にポケットへ手を入れた。

 

――結論は間違っている。

 

 

 

推理の過程は、ほぼ真実だ。

 

僕は彼女の横顔をちらりと見た。

 

この女は、危険だ。

 

もし――

 

キラ=Lならば。

 

彼女は始末される可能性がある。

 

いや。

 

それだけではない。

 

死の時間や行動を操れるならば、

婚約者を失った女性という状況は、むしろ都合がいい。

 

絶望した婚約者。

 

自殺。

 

そういう筋書きに仕立てることも可能だ。

 

つまり。

 

彼女は、簡単に消される。

 

(警察にこの情報が伝わってはいけない)

 

僕は瞬時に結論を出した。

 

だが。

 

問題はそこからだった。

 

彼女を警察へ行かせない。

 

そのための言葉が――

 

すぐに思いつかない。

 

これは珍しいことだった。

 

僕は基本的に、会話の組み立てを瞬時に作れる。

 

だが今回の相手は、

警戒心が強い。

 

下手な言葉を使えば、

むしろ疑われる。

 

だが――

 

時間さえあれば。

 

誘導できる。

 

その自信はあった。

 

僕は道路脇で立ち止まった。

 

ポケットからメモ帳とペンを取り出す。

 

「あなたの話をもう一度、よく検証したいのですが……」

 

彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

 

それから僕は、彼女の話を整理する形で質問を続けた。

 

バスジャック事件。

 

そして――

 

彼女の名前。

 

間木照子。

 

彼女は淡々と話していた。

 

声は落ち着いている。

 

表情も変わらない。

 

隙がない。

 

まるで。

 

書類の報告でもしているかのようだ。

 

(これ以上は同じ話になる)

 

僕はそう判断した。

 

そして。

 

彼女も同じ結論に達したらしい。

 

「そろそろ戻ってみます」

 

彼女は言った。

 

「もう誰かいるかもしれません」

 

「えっ」

 

思わず声が出た。

 

――くそっ。

 

引き止めるのも不自然だ。

 

どうする。

 

このままじゃ。

 

落ち着け。

 

相手は女だ。

 

最悪の場合――

 

力づくで。

 

(馬鹿な)

 

僕はすぐにその考えを打ち消した。

 

今日は正月。

 

普段より人は少ないが、

それでも周囲に人はいる。

 

それに。

 

Lがキラというのは、

あくまで可能性だ。

 

まだ確定ではない。

 

しかし。

 

僕は歩きながら考え続けていた。

 

そのせいか。

 

気がつくと。

 

彼女との距離が少しずつ離れていた。

 

白い雪の道の中で。

 

彼女の背中が、ゆっくり遠ざかる。

 

そのとき。

 

僕の中で。

 

奇妙な感覚が生まれた。

 

――彼女をLの所へ行かせてはいけない。

 

理由は説明できない。

 

いわゆる。

 

男の直感。

 

だが僕は、直感というものを非合理的だとは思っていない。

 

むしろ逆だ。

 

直感とは。

 

人間の脳に蓄積された膨大な情報と経験が、

一瞬で計算を終えた結果だ。

 

つまり。

 

最も合理的な答えが瞬時に出ている状態。

 

僕は足を止めた。

 

その瞬間。

 

頭の中で、何かが繋がった。

 

そうか。

 

女の直感を使えばいい。

 

現時点で。

 

彼女は僕を信用していない。

 

興味もない。

 

それは彼女の話し方で分かる。

 

淡々としている。

 

感情がない。

 

まるで事務処理だ。

 

だが。

 

もし。

 

彼女が興味を持つ話をすれば。

 

そして。

 

彼女自身の心情を細かく読み取りながら、

その感情をくすぐり続ければ。

 

突破口は生まれる。

 

そして。

 

彼女が。

 

女の直感で僕を信用できると判断すれば。

 

警察には行かない。

 

僕は彼女に声をかけた。

 

「本部に誰もいないというのは、おかしいと思いませんか?」

 

彼女は振り向いた。

 

「ええ」

 

少し考えてから言う。

 

「変だとは思いました」

 

(よし)

 

僕は心の中で頷いた。

 

まず「はい」と言わせる。

 

それが重要だ。

 

一度肯定させれば、

次の話は自然につながる。

 

たとえそれが嘘でも。

 

一貫性が生まれる。

 

僕は言った。

 

「キラ事件の捜査本部は」

 

「担当する人間が分からないシステムを取っているんです」

 

本当は知らない。

 

だが。

 

父さんに電話が繋がらない。

 

受付ですら居場所が分からない。

 

この状況から考えれば――

 

その可能性は高い。

 

そして。

 

偶然にも。

 

それは事実だった。

 

彼女の表情がわずかに動いた。

 

ほんの少し。

 

だが確実に。

 

心が揺れた。

 

(まだだ)

 

僕は思った。

 

まだ足りない。

 

彼女は簡単な女ではない。

 

もっと。

 

押す必要がある。

 

僕は彼女の情報を思い出した。

 

婚約者。

 

FBI。

 

殺された男。

 

そのとき。

 

閃いた。

 

そうだ。

 

これだ。

 

***

 

「捜査している人間が、一般人でも分かるようなずぼらな体制では――」

 

僕はゆっくり言葉を選びながら続けた。

 

「あなたの婚約者を襲った悲劇を、また繰り返すこともある」

 

雪は相変わらず静かに降っている。

 

その白い静寂の中で、僕の声だけが妙にはっきり響いた。

 

「だから警察庁で“本部に誰もいない”と言われたんです。警察庁の受付の人間ですら、本部の人間がどこにいるか知らない。つまり……」

 

僕は頭の中で、物語を組み立てていた。

 

筋が通る物語。

 

人は論理よりも、

納得できる物語に動かされる。

 

そして。

 

僕はあえて――

 

婚約者の話を出した。

 

悲劇。

 

その言葉は、彼女の心の奥に触れる。

 

悲劇を繰り返してはいけない。

 

それはきっと、

彼女が一番強く思っていることだからだ。

 

「永遠に」

 

彼女が言った。

 

「直接話をすることはできないということですね」

 

彼女は僕の目を見つめていた。

 

じっと。

 

逃げ場のない視線。

 

その瞳には、

ただの悲しみではない。

 

強い意志が宿っている。

 

――流れが変わった。

 

僕は確信した。

 

彼女は。

 

どうしてもキラを捕まえたい。

 

そして。

 

今、僕の話に食いついた。

 

ならば。

 

ここでやるべきことは一つ。

 

沈黙。

 

僕は何も言わなかった。

 

沈黙は、相手に質問を生ませる。

 

人は空白を埋めたくなる。

 

そして案の定。

 

彼女は口を開いた。

 

「なぜ、そんなに詳しく知っているんですか?」

 

来た。

 

僕の目がわずかに見開かれる。

 

「それは……」

 

僕は大きく息を吸った。

 

胸の奥が少しだけ熱くなる。

 

ここが正念場だ。

 

「僕も」

 

「捜査本部の一員だからです」

 

言葉は静かに出た。

 

しかし。

 

その一言は大きい。

 

僕は続けて説明した。

 

父が捜査本部の長であること。

 

そして。

 

高校生のときに二つの事件解決に関わったこと。

 

その結果。

 

特別に出入りを許されていること。

 

普通なら。

 

信じない。

 

高校生が捜査本部に出入りするなど、

荒唐無稽だ。

 

だが。

 

今回は違う。

 

彼女はすでに。

 

警察庁の受付で聞いている。

 

事件解決の話。

 

そして。

 

僕が夜神局長の息子であること。

 

つまり。

 

警察側の人間が、

僕の存在を認めている。

 

コネ。

 

そして実力。

 

その両方があるなら。

 

捜査本部にいてもおかしくない。

 

彼女なら、そう考える。

 

僕は心の中で安堵した。

 

これで。

 

うまく誘導すれば。

 

彼女がLに近づくことを防げる。

 

そう思った。

 

その瞬間だった。

 

「私も」

 

彼女が言った。

 

「二年前、アメリカのある事件でLの下で働いたことがあります」

 

僕の思考が止まった。

 

「この人は信頼できる」

 

彼女は言った。

 

「どんな事件でも、必ず解決してくれると確信しました」

 

「!!!!」

 

僕の中で何かが弾けた。

 

「Lの下で働いた!?」

 

「つい三か月前まで」

 

彼女は淡々と言う。

 

「私もFBIの捜査官でしたから」

 

――これだ。

 

僕の思考が一瞬で回転し始めた。

 

利用できる。

 

「なるほど……」

 

僕は感心したように言った。

 

「どうりで」

 

「キラを追う姿勢や行動が、素人とは違うと思っていました」

 

彼女を見つめる。

 

「核心に迫りながらも、常に慎重で賢明だ」

 

僕は微笑んだ。

 

「僕も見習いたいところです」

 

――相手を褒める。

 

持ち上げる。

 

これは。

 

父さんの部屋にあったゲームで学んだことだ。

 

女の子を攻略するゲーム。

 

あれは案外。

 

現実にも応用できる。

 

「あなたには」

 

彼女が言った。

 

「Lに似たもの……近いものを感じました」

 

その言葉は。

 

不思議な重みを持っていた。

 

二人は。

 

容姿も。

 

性格も。

 

まるで違う。

 

だが。

 

辿り着く思考の先は、同じ。

 

「!」

 

僕の胸の奥が一瞬ざわめいた。

 

――Lと同じ。

 

もし。

 

Lがキラなら。

 

僕も。

 

きっかけさえあれば。

 

キラになっていたかもしれない。

 

確かに僕は思ったことがある。

 

犯罪者がいなくなればいい。

 

だが。

 

だからといって。

 

犯罪者だとしても。

 

命を軽々しく奪っていいわけではない。

 

しかし。

 

彼女の言葉には。

 

妙な重みがあった。

 

僕は考えるのをやめた。

 

今は。

 

余計な思考は邪魔だ。

 

僕は彼女を見つめた。

 

そして。

 

自然に。

 

言葉が出た。

 

「一緒に捜査しませんか?」

 

自分でも驚くほど。

 

言葉は滑らかだった。

 

喉の奥から。

 

すっと出てきた。

 

僕は続けた。

 

運命。

 

偶然。

 

出会い。

 

そういう言葉を巧みに織り交ぜながら。

 

彼女の心を押していく。

 

そして。

 

彼女は。

 

少しずつ。

 

その気になっていった。

 

念のため。

 

僕は言った。

 

「身分証を見せてもらえますか」

 

彼女は迷わず差し出した。

 

それを見た瞬間。

 

僕は確信した。

 

この女は。

 

できる。

 

カードに書かれていた名前。

 

それは。

 

美空ナオミ。

 

偽名を使った理由など。

 

聞くまでもない。

 

その程度の慎重さを持つ女だということは――

 

もう。

 

十分に分かっていた。

 

***数日後***

 

一月八日。

 

冬の空気は、どこか乾いた硝子のように澄んでいた。

 

僕は玄関の鍵を回した。

金属が擦れる小さな音が、妙に耳に残る。

 

ガチャリ。

 

その音と同時に、僕はほんのわずかに呼吸を整えた。

 

 

ドアを押し開ける。

家の中は、いつも通りの静かな空気に包まれていた。

 

母さんの声も、さゆの笑い声もない。

ただ暖房の微かな唸りだけが、家の奥から流れてくる。

 

僕は靴を脱ぎ、ゆっくりと階段へ向かった。

 

一段。

また一段。

 

階段を上るたび、木の板が小さく鳴る。

 

その何でもない音を聞きながら、僕は考えていた。

 

 

二階の廊下に出る。

 

自分の部屋の前に立つ。

 

そのときだった。

 

僕の手が、ドアノブに触れる直前で止まった。

 

――違う。

 

ほんのわずかだ。

 

だが。

 

違和感。

 

説明はできない。

しかし、僕の神経が何かを告げていた。

 

ドアノブの位置。

 

わずかな角度。

 

廊下に落ちている折れたシャープペンシルの芯……

 

(やはり)

 

 

そして、何気ない動作でドアの隙間を確認する。

 

 

 

確信した。

 

誰かが。

 

入っている。

 

ドアを開ける。

 

部屋の空気が、わずかに変わったような気がした。

 

もちろん。

 

一見すれば何も変わっていない。

 

机も。

 

本棚も。

 

ベッドも。

 

すべて元通りに見える。

 

だが。

 

僕は部屋の中をゆっくり見回した。

 

本棚。

 

机。

 

引き出し。

 

視線だけで確認していく。

 

(戻してある)

 

しかし。

 

ほんの数ミリ。

 

位置がずれている。

 

普通の人間なら気付かない。

 

だが。

 

僕には分かる。

 

(家族じゃない)

 

母さんやさゆなら、こんな探り方はしない。

 

父さんなら、もっと堂々とする。

 

つまり。

 

第三者。

 

僕は静かに私服へ着替えた。

 

鏡の中の自分を見る。

 

表情は、いつも通り。

 

何も知らない青年。

 

だが頭の中では、思考が高速で回転していた。

 

――尾行もついているのか。

 

その可能性はある。

 

僕はコートを手に取った。

 

そして。

 

さりげなく。

 

隅々まで調べる。

 

ポケットの裏。

 

縫い目。

 

襟の裏。

 

ボタン。

 

盗聴器が仕込まれていないかを確認する。

 

(ない)

 

少なくとも、このコートには。

 

だが。

 

安心はできない。

 

僕はスマートフォンを取り出した。

 

そしてLINEを開く。

 

通話ボタンを押す。

 

数秒の呼び出し音。

 

その間にも、僕は考えていた。

 

(カメラ)

 

(盗聴)

 

(L)

 

もし僕がLなら。

 

どうする?

 

答えは簡単だ。

 

両方だ。

 

通話が繋がった。

 

僕は静かに言った。

 

「美空さん……」

 

声は落ち着いている。

 

いつも通りの調子で。

 

「家に監視カメラか盗聴器……」

 

一瞬だけ言葉を止めた。

 

そして続けた。

 

「いや」

 

「どうせなら両方だろう」

 

窓の外では、冬の光が静かに街を照らしている。

 

僕はカーテン越しに外を見た。

 

誰かが見ているかもしれない空。

 

「仕掛けられた可能性がある」

 

そう言った瞬間。

 

僕の胸の奥で、

一つの感覚がゆっくりと形を持ち始めていた。

 

***

 

公園の空気は冷えていた。

冬の午後は、どこか現実感が薄い。

 

白い空。

乾いた木々。

遠くで遊ぶ子供の声。

 

そのすべてが、まるで舞台装置のように思える。

 

僕はベンチに座りながら、スマートフォンを耳に当てていた。

その前に――

 

僕は美空ナオミさんに、知っていることをすべて話していた。

 

もちろん、それは慎重に選んだ言葉だった。

しかし内容は、ほとんど事実だ。

 

レイ=ペンバーに調べられていたのは僕自身であること。

そして僕自身はキラではないこと。

 

さらに――

 

L=キラという可能性を、僕が考えていること。

 

そして。

 

あのバスジャック事件で目撃した、

死神という存在。

 

普通なら笑い飛ばされる話だろう。

しかし美空さんは違った。

 

彼女はFBIだった。

 

常識の外にある出来事を、

完全に否定するような人ではない。

 

そして。

 

僕の話を聞いたあと、

彼女は少しだけ沈黙した。

 

それから静かに言った。

 

「予想通り……誰かが侵入した形跡があったのですか?」

 

僕は周囲を見回した。

 

公園には数人の人間がいる。

老人。

犬を散歩させる女性。

遠くのベンチでスマートフォンを見ている青年。

 

怪しい人物はいない。

 

そう確認してから、僕は答えた。

 

「ええ」

 

僕はゆっくり言葉を選んだ。

 

「確か美空さんは、僕の家を別の場所から監視カメラで撮影していましたよね?」

 

わざと少し軽い口調で言う。

 

だが頭の中では、

すでに次の手を組み立てている。

 

 

「誰が、いつ侵入したのかを割り出していただけませんか?」

 

通話の向こうで、美空さんが小さく息を吸う音がした。

 

それから。

 

「監視カメラと盗聴器が設置された時間は絞れますか?」

 

僕はすぐに答えた。

 

「僕が学校へ行くために家を出たのは、七時三十分」

 

少し間を置く。

 

「帰宅したのは十五時三十分です」

 

僕は昨日の行動を頭の中で再生する。

 

時計の針。

家を出た時間。

玄関の音。

 

すべて正確に思い出せる。

 

「昨日は仕掛けられていませんでした」

 

「ですから、この時間帯に設置されたのは確実です」

 

僕はさらに続ける。

 

「ただし……」

 

「僕が学校へ行ったあとも、母さんは家にいました」

 

家の状況を思い浮かべる。

 

「それから僕は受験生です」

 

「部活動もありません」

 

「つまり学校が終わる時間も、中学生のさゆより早い」

 

少しだけ笑う。

 

「急いで帰れば、十五時ということもありえます」

 

通話の向こうで、美空さんが小さく頷いた気配がした。

 

「監視カメラや盗聴器を仕掛けるなら」

 

彼女が言う。

 

「絶対に誰にもばれてはいけません」

 

声は落ち着いている。

 

さすが元FBIだ。

 

状況整理が早い。

 

「そして」

 

彼女は続ける。

 

「仕掛けるなら家族の行動時間を把握している」

 

僕は無言で聞いていた。

 

「月君のお父さんが、一枚噛んでいるかもしれませんね」

 

その言葉に、僕は少しだけ目を細めた。

 

やはり。

 

同じ結論に辿り着く。

 

「そうなると……」

 

美空さんは言う。

 

「十四時三十分くらいに絞って調べればいいでしょうか?」

 

僕はすぐに答える。

 

「母さんは十二時に昼食を取ります」

 

「そのあと習い事に行きます」

 

僕は公園の地面を見つめた。

 

砂の上に、風が小さな線を作っている。

 

「つまり」

 

僕は言った。

 

「十二時から十四時三十分の間に」

 

「怪しい人物がいなかったか調べてください」

 

それから付け加える。

 

「もし見つからなければ」

 

「その前後も調べてください」

 

通話の向こうで、美空さんが少し笑った。

 

「一、二時間あれば」

 

「誰が侵入したのかは報告できると思います」

 

それから彼女は少し声を落とした。

 

「ただし」

 

「設置した人物の正体まで調べるなら」

 

「もう少し時間がかかるかもしれません」

 

僕は首を横に振る。

 

もちろん彼女には見えないが。

 

「今は」

 

僕は言った。

 

「どんな人物が侵入したのかだけで構いません」

 

少し間を置く。

 

それから自然に言葉が出た。

 

「ありがとうございます」

 

僕は言う。

 

「頼りにしています」

 

通話の向こうで、彼女が少し黙った。

 

その沈黙には、どこか温度があった。

 

僕は感じ取っていた。

 

彼女は。

 

僕を信用し始めている。

 

だが。

 

僕の頭の中では、別の思考が続いていた。

 

――監視カメラ。

 

――盗聴器。

 

いずれ来るとは思っていた。

 

Lなら必ずやる。

 

一見すれば。

 

監視カメラや盗聴器で、キラらしい行動を見つけるため。

 

しかし。

 

本当の目的は別だ。

 

僕がキラっぽい行動をすれば。

 

僕をキラにする。

 

逆に。

 

何もしなくても。

 

「キラは監視カメラがあってもうまく殺している」

 

そう言い訳できる。

 

Lなら。

 

いくらでも理屈を作れる。

 

そして。

 

捜査本部の人数は限られている。

 

つまり。

 

監視できる家族は。

 

二、三家族が限界。

 

レイ=ペンバーが調べていた家族。

 

その中にキラがいると仮定するなら。

 

監視対象は。

 

二家族。

 

そこまで来れば。

 

結論は一つ。

 

もしLがキラなら。

 

僕をキラに仕立て上げるのも。

 

時間の問題だ。

 

そのとき。

 

スマートフォンが震えた。

 

LINEの着信。

 

僕は顔を上げた。

 

周囲を確認する。

 

左。

 

右。

 

前方。

 

後方。

 

怪しい人物はいない。

 

僕は通話ボタンを押した。

 

「もしもし……」

 

通話の向こうから声が返る。

 

「分かったよ」

 

僕は無言で聞く。

 

「十三時三十分ごろ」

 

「黒いスーツにサングラスの人物が一人」

 

「月君の家に入ってる」

 

僕はゆっくり息を吐いた。

 

やはり。

 

「鍵を開けるのに十数秒」

 

声は続く。

 

「スペアキーなら十秒もかからない」

 

「つまり」

 

「非合法な方法で開けている」

 

僕は頷いた。

 

想定通りだ。

 

「さらに言えば」

 

「十数秒で開けるのは相当のプロ」

 

僕は心の中で呟いた。

 

――だろうな。

 

潜入は完全にプロ。

 

ただし。

 

僕の仕掛けたドアノブやシャー芯に気付かなかった。

 

つまり。

 

鍵やセキュリティ専門のプロ。

 

それ以外は、普通の人間。

 

だが。

 

僕は一つの言葉に引っかかった。

 

「サングラスの人」

 

僕はゆっくり言う。

 

「今の言い方ですが」

 

少し間を置く。

 

「“サングラスの人”と言いましたよね?」

 

「ニュースなら普通」

 

「黒ずくめの男とか、中肉中背の男と言うはずです」

 

僕は静かに続ける。

 

「“人”と言ったのは」

 

「性別が分からないという意味ですか?」

 

通話の向こうで、少し笑う声。

 

「さすが月君」

 

「その通り」

 

僕はベンチに深く座り直した。

 

「身長は推定170cm」

 

彼女が言う。

 

「ただ……」

 

「気になる点がある」

 

僕は聞き返す。

 

「気になる点?」

 

「とても華奢な体型」

 

彼女は言った。

 

「もちろん170cmなら男性の可能性も高い」

 

「でも」

 

「靴が女性用」

 

僕の目が細くなる。

 

「黒いブーツ」

 

「男性が履く人もゼロではない」

 

「でも」

 

「私は女性の可能性が高いと思う」

 

少し間。

 

「170cmの女性は珍しいけどね」

 

僕はすぐに答えた。

 

「外国人女性ならありえます」

 

美空さんが黙る。

 

僕は続ける。

 

「日本人女性の平均身長は158cm前後」

 

「170cmは珍しい」

 

「ですが」

 

「外国人ならむしろ普通です」

 

通話の向こうで、美空さんが言う。

 

「日本の警察に外国人っている?」

 

僕は少し考える。

 

そして答えた。

 

「ほとんどいません」

 

警察。

 

消防。

 

自衛隊。

 

公安。

 

それらは基本的に日本人だ。

 

つまり。

 

外国人が不法侵入。

 

盗聴器設置。

 

監視カメラ設置。

 

これは。

 

Lが犯罪者を使っている可能性。

 

僕の思考は一気に繋がる。

 

もしこの女性が犯罪者なら。

 

Lと密接な関係にある。

 

そして。

 

犯罪者を使って不法捜査。

 

それだけでも。

 

十分に起訴できる。

 

僕はゆっくり言った。

 

「Lが外国人犯罪者を使って」

 

「不法捜査をしている可能性があります」

 

僕は続ける。

 

「できれば」

 

「その女性を調べてください」

 

「写真でも構いません」

 

「滞在時間でも構いません」

 

「些細なことでもいい」

 

それから付け加える。

 

「そして」

 

「この前紹介した美空ナオミさん」

 

「元FBI捜査官です」

 

「彼女にも調べてもらってください」

 

僕は低く言った。

 

「十数秒で鍵を開けるプロ」

 

「有名な犯罪者かもしれない」

 

そして。

 

最後に。

 

僕は静かに言った。

 

「そうすれば」

 

「Lを追い詰められる」

 

僕は空を見上げた。

 

冬の雲がゆっくり流れている。

 

「もう僕の中では」

 

「Lがキラではないかという疑いで」

 

「頭がいっぱいです」

 

通話の向こうで声がする。

 

「どのくらいの可能性?」

 

僕は少し考えた。

 

そして。

 

答えた。

 

「69%です」

 

 

***

 

一月九日。

 

朝の光は、どこか淡く、冬らしい冷たさを帯びていた。

 

僕はいつも通り、玄関先に置かれた朝刊を手に取る。

紙をめくる音が静かな家の中に小さく響く。

 

父さんはすでに出勤している。

母さんは台所で味噌汁を温め、さゆはまだ眠そうな顔で椅子に座っている。

 

平凡な朝。

 

どこにでもある、ありふれた家庭の光景だ。

 

だが――

 

(見ている)

 

誰かが。

 

どこかから。

 

この家のすべてを。

 

僕は新聞を読むふりをしながら、記事の文字を目で追う。

しかし頭の中では別の計算が進んでいた。

 

朝食を食べ終えると、僕は自分の部屋へ戻った。

机に向かい、参考書を開く。

 

ペンを手に取る。

 

表面上は、受験生の青年が勉強しているだけの光景。

 

だが僕の頭の中では、別の思考が組み立てられていた。

 

(昨日は……)

 

ペン先がノートの上を滑る。

 

(僕が勉強していた時間帯に……)

 

数式を書く。

 

(横領犯と……ひったくり犯……)

 

数字を書く。

 

(心臓麻痺で死亡)

 

そこで僕は一度、手を止めた。

 

窓の外の空をちらりと見る。

 

(今までの犯罪者と比べて)

 

僕は考える。

 

(罪が軽い)

 

その印象が強い。

 

これまでのキラの殺しは、重犯罪者が中心だった。

 

殺人犯。

凶悪犯。

社会的にも許されない存在。

 

しかし今回は違う。

 

横領犯。

ひったくり犯。

 

軽いとは言わない。

 

だが――

 

キラの基準からすれば軽い。

 

(監視カメラ)

 

僕はゆっくり考えを進める。

 

(トイレや風呂にもある)

 

そこまでやる以上。

 

この家を監視しているのは――

 

まず間違いなく。

 

父さん。

 

警察庁刑事局長。

 

キラ対策本部の中心人物。

 

立場からしても自然だ。

 

だが。

 

僕は首を小さく振る。

 

(父さんだけのはずがない)

 

そんなことを。

 

Lが許すはずがない。

 

つまり。

 

Lも見ている。

 

この家を。

 

この部屋を。

 

そして。

 

僕を。

 

(監視が三人以上……?)

 

僕は計算する。

 

それは多すぎる。

 

人数が増えれば増えるほど、

情報漏洩の危険も増える。

 

それに。

 

プライバシーの問題。

 

トイレや風呂まで監視する以上、

人員は最小限に絞るはずだ。

 

キラ対策本部の人間は。

 

父さんより身分が低い。

 

つまり。

 

彼らにそこまで見せるとは考えにくい。

 

(ならば)

 

結論は一つ。

 

父さんとL。

 

この二人が監視している。

 

ほぼ間違いない。

 

僕は再びノートへ目を落とした。

 

二次関数の問題。

 

式を書き、平方完成を始める。

 

x²+6x+5。

 

僕の手は迷いなく動く。

 

これはもう。

 

機械的作業だ。

 

僕はずっと前に気付いていた。

 

計算問題というものは、

必ずしも思考を集中する必要がない。

 

正しい手順さえ踏めば、

答えには辿り着く。

 

つまり。

 

考え事をしながらでも解ける。

 

ならば。

 

時間を無駄にしない方がいい。

 

僕は式を書き続けながら思考を進める。

 

(軽犯罪者が心臓麻痺)

 

偶然の可能性もある。

 

だが。

 

僕はそれを否定する。

 

(キラがやった)

 

そう考える方が自然だ。

 

となると。

 

なぜ軽犯罪者なのか。

 

僕はペン先を止めた。

 

(あえて)

 

その言葉が浮かぶ。

 

あえて軽犯罪者を殺した。

 

つまり。

 

そこには意図がある。

 

僕は考える。

 

(僕をキラに仕立てあげるなら)

 

当然。

 

僕がテレビを見ている時に犯罪者を殺す。

 

それが一番分かりやすい。

 

だが。

 

僕はすぐに首を振る。

 

(いや……)

 

Lならそんな単純なことはしない。

 

たとえ僕がテレビを見ていなくても。

 

監視カメラの死角から。

 

スマートフォンでニュースを見た。

 

そう言えばいい。

 

あるいは。

 

「カメラを仕掛けた初日なのに、夜神月は面白いほど白だ」

 

そんな曖昧なことを言えばいい。

 

人は曖昧な言葉に弱い。

 

いくらでも。

 

黒塗りにできる。

 

僕は椅子に少し背を預けた。

 

(軽犯罪者)

 

それは。

 

明らかに今までのキラの殺しとは違う。

 

イレギュラー。

 

つまり。

 

このイレギュラーは。

 

監視カメラや盗聴器を仕掛けたことで起こった。

 

そう考えられる。

 

そして。

 

もしキラが。

 

監視カメラや盗聴器を知っていたら?

 

僕は思考を進める。

 

(ボロは出さない)

 

絶対に。

 

出さない。

 

極端な話。

 

もし僕がキラなら。

 

身の潔白を証明する方法はある。

 

僕はふと机の上のポテトチップスを見た。

 

コンソメ味。

 

この家では。

 

僕しか食べない。

 

つまり。

 

その袋の中に。

 

小型テレビ。

 

あるいは。

 

モバイル端末。

 

そういうものを隠しておく。

 

そして。

 

そこからニュースを見て。

 

顔と名前を把握する。

 

それで犯罪者を殺す。

 

そうすれば。

 

監視カメラの前にいながら。

 

キラであることを証明できない。

 

父さんとLが証人になる。

 

僕が白だと。

 

だが。

 

すぐに僕は首を振った。

 

(そんなことはしない)

 

第一。

 

僕はキラじゃない。

 

それに。

 

たとえ。

 

キラと同じ能力を手に入れたとしても。

 

僕は――

 

人殺しなんて絶対にしない。

 

しかし。

 

思考は止まらない。

 

もし。

 

Lが僕をキラに仕立てあげるつもりなら。

 

これから。

 

僕がニュースを見る。

 

そして。

 

その犯罪者が殺される。

 

そうなれば。

 

疑いは一気に僕へ向く。

 

僕はゆっくりと顔を上げた。

 

部屋の中を見渡す。

 

壁。

 

天井。

 

棚。

 

どこかにカメラがある。

 

きっと。

 

今この瞬間も。

 

Lが。

 

僕を見ている。

 

僕は静かに手を伸ばした。

 

机の上のリモコン。

 

それを手に取る。

 

少しだけ。

 

間を置く。

 

そして。

 

テレビの電源ボタンを押した。

月とLどちらに勝って欲しいか

  • L
  • 勝者なし
  • 引き分け
  • 月L以外
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