――夜神月という青年。
その名を聞いたとき、私は特別な感情を抱かなかった。
成績優秀、警察庁幹部の息子、品行方正。
いかにも日本社会が好みそうな、整いすぎた経歴である。
だが今、彼の話を聞き終えた瞬間、私の胸の奥に小さな興味が芽を出した。
それは、古びた乱歩の探偵小説のページをめくったときのような、
かすかな期待を含んだ感覚だった。
私は静かに口を開いた。
「確かに月君のいう事は一理あります。私はキラではないので私=キラという視点は考えていませんでした。月君の言うとおり私の意見を盲信しすぎるのではないということです。さらに言えば月君の意見を鵜呑みにしたり盲信するのも良くないと考えます。月君の発言はあくまで仮説でありますし私の発言も月君の発言も矛盾はしていないですしそういう考え方もあるんだという風に思えば良いのではないでしょうか?」
言葉を紡ぎながら、私は夜神月の顔を観察していた。
整った顔立ち。
静かな眼差し。
まるで優等生の標本のような青年。
だが私は知っている。
完璧に整った表情ほど、仮面である可能性が高い。
人間の顔というものは、本来もっと歪んでいる。
恐れや欲望や猜疑心が、必ずどこかに滲むものだ。
しかし夜神月には、それが見えない。
それは無垢なのか。
それとも、巧妙すぎるのか。
私は松田の方を一瞥した。
「あっ、月君の意見に流されてたのばれてましたねw」
松田は実に分かりやすい。
思考が顔にそのまま浮かぶ。
人間という生き物の平均的な姿だ。
だが、夜神月は違う。
彼は先ほど、私の論理に対して
正面から反論した。
それも感情ではなく、
論理で。
これは実に興味深い。
普通の人間は、探偵の推理を前にすると萎縮する。
あるいは権威を信じ、疑うことをやめる。
しかし夜神月は違った。
彼は私の思考の外側から、
静かに別の可能性を差し出してきたのだ。
まるで、迷宮の中にもう一つの通路を作るように。
私は淡々と言葉を続けた。
「とりあえず夜神君がここで発言したのは本人がキラであり、それがばれる前に自ら私に罪をなすりつけることで逃れようとしたとも考えられます。そういう意味では月君のキラへの疑惑は上がりました。」
部屋の空気がわずかに緊張する。
だが私は、夜神月から目を離さなかった。
――もし。
もしこの青年がキラならば。
それは世界最大の犯罪者であると同時に、
私にとって初めて現れた対局者ということになる。
私は指先を口元に当て、静かに言った。
「明日私も入試を受けて一緒の大学に入ろうと思います」
松田が驚いた顔をする。
だが私の視線は、夜神月に固定されたままだ。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、
青年の瞳の奥で何かが揺れた気がした。
それは錯覚かもしれない。
あるいは、仮面の奥の笑みかもしれない。
私はまだ判断しない。
探偵にとって、
謎は深いほど価値がある。
もし夜神月がキラならば。
この事件はきっと、
退屈な私の知性を満たすだけの迷宮になるだろう。
そしてもし違うのなら。
それでも構わない。
この青年には、
どこか普通ではない匂いがある。
私は心の中で、静かに呟いた。
――夜神月。
君は、
私の退屈を終わらせてくれる存在かもしれません。
それは犯罪者としてか、
あるいはただの優秀な青年としてか。
いずれにせよ。
私は少し、楽しみにしています。
Lがデスノートを拾ったらという発想は興味を引くものだったか
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