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――春の朝の空気は、どこか澄みすぎている。
次の日、夜神月は家の玄関を出た。
背後には母と妹の気配があった。
「いってらっしゃい、月」
母の声は、いつものように柔らかかった。
その声には、何年もの朝が積み重なっている。
幼いころから、何千回と聞いてきた声だ。
月は振り返った。
母は笑っている。
少しだけ誇らしげで、そして少しだけ心配そうな笑顔。
妹のさゆも、玄関の柱にもたれながら手を振っている。
「お兄ちゃん、絶対受かるよ!」
その無邪気な声に、月は一瞬だけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
――そうだ。
ここまで来るまでに、どれだけの人間に支えられてきたのか。
父。
正義を信じ、警察官として生きるあの人の背中。
厳しくも誇り高い姿。
母。
家族を守り、いつも静かに支えてくれた存在。
どれほど忙しい日でも、温かい食事を用意してくれた。
さゆ。
まだ幼いが、家の空気を明るくする太陽のような妹。
――僕は一人でここまで来たわけじゃない。
月は胸の奥で静かに思った。
(必ず合格する)
それは自信ではない。
むしろ義務に近かった。
この家族の期待に応えること。
それは夜神月という人間にとって、自然な使命だった。
そしてもう一つ。
(大学に入ってしまえばキラ捜査への時間はうんと増える。そして今回のカメラでの発言によって僕の推理が当たっていればキラ捜査本部に誘いを受けるかも知れない……)
キラ。
その名を思い浮かべた瞬間、
月の胸の奥で別の炎が灯った。
世界を恐怖で支配する犯罪者。
もしその存在を裁くことが出来るなら。
もし自分がその事件の核心に近づけるなら。
――それは父の正義を継ぐことになる。
月の歩みは自然と速くなった。
やがて入試会場に到着する。
巨大な建物の前には、無数の受験生が集まっていた。
緊張、焦り、期待、不安。
人間の感情というものは、
こうして群れになると奇妙な空気を生む。
キーンコーンカーンコーン
試験開始の鐘が鳴った。
試験監督のメガネをかけた男は試験はじめという合図をした。
すると多くの人がペンを持ち解きはじめた。
月はペンを持たない。
静かに問題用紙を見つめる。
(だいたい最初にペンを持つようなのは、落ちる率高いと思う……)
人間は焦ると視野が狭くなる。
(まずは問題文を良く読むところから焦りすぎて最初から解こうとするよりも全体を把握してからはじめるべきなんだよなぁ……)
月の視線は問題全体をゆっくりと滑る。
(論文試験とかも構成考えずにいきなり書きはじめる人いるけどあれもダメ……)
思考は静かに整理されていく。
そのとき。
試験監督官が月の方へ歩き始めてきた。
「そこぉ」
月は顔を上げた。
しかし監督官は月を通り過ぎ、五人ほど先で止まる。
「受験番号162番、ちゃんと座りなさい」
そこには奇妙な男がいた。
白いノースリーブシャツ。
青いジーンズ。
裸足。
そして体育座り。
髪はぼさぼさで、まるで寝癖のまま試験会場に現れたようだった。
男は目を大きく丸くしていた。
その視線が、月とぶつかる。
ほんの一瞬。
奇妙な感覚が走った。
(……なんだ?……どこかで見ている)
説明のつかない違和感。
(とても大事な場面でだ……くっ)
だが試験は始まっている。
月はすぐに視線を落とし、問題に集中した。
桜が舞っていた。
春の風に乗って、花びらがゆっくりと空を漂う。
夜神月は校門をくぐった。
新しいスーツ。
まだ生地が硬い。
目の前の看板にはこう書かれている。
東京大学入学式
月は静かに息を吸った。
――合格した。
胸の奥で、ゆっくりと喜びが広がる。
それは派手な感情ではない。
むしろ、静かな満足だった。
(父さん……母さん……さゆ……)
心の中で、ひとりひとりの顔が浮かぶ。
自分をここまで育ててくれた家族。
この結果は、決して自分だけのものではない。
――ありがとう。
月は心の中でそう呟いた。
だがその感謝の奥には、
もう一つの感情が燃えていた。
キラ。
あの存在を止めなければならない。
世界の秩序を守るために。
父の信じる正義のために。
そして――
(僕は必ず、キラを見つけ出す)
***
入学式が始まった。
月は一番前に座っていた。
「新入生代表 夜神月」
「はいっ」
月は立ち上がる。
姿勢はまっすぐ。
声は澄んでいる。
会場の空気が引き締まった。
そして。
「同じく新入生代表 りゅうが ひでき」
「あっ、は~い」
間の抜けた声だった。
月は思わず視線を向ける。
そこにいたのは――
あの男だった。
白いシャツ。
ぼさぼさの髪。
試験会場やバスジャックの時に後部座席で体育座りをしていた男。
会場がざわめく。
「もしかしてあのアイドルの?」
「まさか」
しかしすぐにそれは違うと分かった。
月はその男を見つめた。
奇妙な違和感。
まるで、
何かの仮面を見ているような――
そんな感覚だった。
そして月はまだ知らない。
この出会いが、
自分の人生を大きく歪ませることになることを。
***
入学式の挨拶が終わったあと、会場の空気はまだどこか晴れやかな緊張に包まれていた。
春の光が窓から差し込み、桜の花びらが外を舞っている。
そのとき、隣に立っていた「りゅうが ひでき」と名乗った男が、ふいにこちらへ顔を寄せた。
そして、耳元で囁いた。
「夜神月……警察庁局長の息子でありその父に負けないくらいの正義感のある持ち主……そしてキラ事件にも興味を持っている……実は私は……」
一呼吸。
ほんのわずかな沈黙。
「Lです……」
――その瞬間。
月の脳内で、何かが鋭く弾けた。
(なんだこいつ……)
思考が一瞬だけ空白になる。
(LがLだなんて言うはずがない……)
それは常識だった。
世界最高の探偵が、こんな場所で、こんな軽い調子で正体を明かすなどあり得ない。
(そもそも僕はL=キラだと公言しているんだぞ……)
つまりこれは、挑発だ。
あるいは――
試し。
月は瞬時に自分の呼吸を整えた。
(いや……ここはひるんではいけない……)
だが次の瞬間、思考は反転する。
(いや……逆だ……これはチャンスなんだ)
月の心の奥で、狩人のような静かな興奮が生まれた。
獲物が、自分から目の前に現れたのだ。
ならば――
逃がす理由はない。
月は静かに言った。
「キラは心臓麻痺以外でも殺人をすることが可能。そして本当に隠したいことは心臓麻痺以外で殺す。バスジャック事件の時はまんまと君にやられたよ。あれもLの仕業だろ……」
男の表情は崩れない。
だが月は知っている。
人間の本当の動揺は、顔よりも呼吸や筋肉に出る。
月は男の背後に回り、耳元で囁いた。
「死神まで使ってさ……」
――その瞬間。
ほんの一瞬。
男の肩が、微かに硬直した。
(……捕まえた)
月の内側で、冷たい喜びが広がった。
(死神……なぜ……動揺するな……いや、死刑囚のテストで「死神はりんごしか食べない」と書いたから適当に言っただけだ)
相手の思考を想像する。
そして、それを先回りする。
「んっ?動揺してるのが僕にはすごく伝わるよ」
月は穏やかに言う。
「動揺を押し殺しているんだね。一瞬の動揺僕は見逃さない。そしてそれを押し殺し平常心を取り戻した。でも普通の人間なら……いやキラでないなら平常心をすぐ取り戻す必要はない」
男の瞳が、わずかに揺れる。
「さらにどのようにして平常心を取り戻したかと言えば、死神という単語は死刑囚が書き残したメモから適当に発言し動揺させにきたと推理したはず……その答えは違うね」
月は思った。
――ここだ。
ここでさらに押す。
普通の人間なら、このあたりで手を止める。
だが相手はLだ。
ならばこちらも、
常識を一段越えた手を打つ必要がある。
「死神を認識する方法があるんだ……それは目を使うやり方……バスジャックの後頭部席の真ん中に死神は確かにいた。そして犯人である恐田もそれを確認していた」
具体的に話す。
だがすべては話さない。
紫外線。
カラスの識別法。
音響分析。
死神を捉えるための複数の方法。
それらはこちらの切り札だ。
相手に与える情報は、
あくまで氷山の一角だけ。
月は相手を観察していた。
その目。
その呼吸。
その微細な体の動き。
(やはり……)
この男は、普通ではない。
ただの変人でもない。
(こいつがLだ)
その確信が、静かに積み上がっていく。
「君がLだと今、心から確信した……そしてキラである可能性が高いこともね」
月は続ける。
「監視カメラで僕の主張は見たんだろう?死神がいるのが本当なんてね……あのバスジャック犯が世にも恐ろしい何かを見た感じは伝わった麻薬中毒特有の幻想かと思ったけど、死神は存在してその死神のおかげで人を殺せるんだね……」
そして、ゆっくり言った。
「それくらいじゃないとキラのしてることはできない……」
男の表情は変わらない。
だが月には分かる。
内側では確実に、
思考が嵐のように動いている。
その証拠に、
ほんのわずかに視線が泳いだ。
月はその瞬間を逃さない。
人は、
恋をする時も
嘘をつく時も
必ず一瞬だけ目を逸らす。
月の中で確率は上がる。
L=キラ
月は心の中で笑った。
こんな相手は初めてだ。
ここまで頭が回る人間。
ここまで冷静に嘘をつける人間。
――だが。
それでも。
(月はLの上に立てる)
その確信があった。
会場を出ると、男はリムジンに向かって歩いていく。
月は声をかけた。
「今日はありがとうね、また学校で会おう!」
そして笑顔で言った。
「僕を殺してもいいけど僕を論破せずに殺したら永遠に僕に勝てないという自負を追いながら生きていくことになるからね」
男の背中が一瞬だけ止まる。
月はそれを見ていた。
静かに。
じっくりと。
まるで迷宮の中で、
怪人を追い詰める探偵のように。
――帰宅後。
月は自室で椅子に座り、大きく笑った。
「はっはっはっはっはっ」
胸の奥から笑いがこみ上げる。
「まぁLがキラじゃないならキラだと思う相手にLだと名乗るのは防御であると同時に攻撃でもあるいい手だけどそれは僕がキラである場合」
つまり。
この手は――
キラである自分には通用しない。
むしろ逆。
Lは自分から表に出てきた。
つまりそれは、
追い詰められている証拠。
「これはいいね」
月の目が静かに光る。
「Lは僕をキラとして追い詰めるだけの偽りの材料がないという証拠」
つまりこれから始まるのは、
心理戦。
騙し合い。
知恵比べ。
表では友人。
裏では敵。
月はゆっくり呟いた。
「僕とLで直に接して騙しあい……知恵比べだ……」
そして静かに笑った。
「僕は必ずLの上に行き、完膚なきまでにねじ伏せてやるよ」
その目は、
もはや学生のものではなかった。
それは、
獲物を狩る者の目だった。
迷宮の奥で怪人を追い詰める探偵のように。
あるいは――
怪人自身のように。
Lがデスノートを拾ったらという発想は興味を引くものだったか
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かなりひく
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すこしひく
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あまりひかない
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ひかない