L視点→〇冊目(デスノートから)+2文字題名
月視点→〇日目(月の満ち欠け日数から)+4文字題名
高校三年生という立場は、どこか妙に静かなものだ。
下級生のように部活動に追われるわけでもない。
かといって、社会人のような責任を背負っているわけでもない。
ただ、進学という未来を目前にして、
どこか落ち着かない時間を過ごしているだけだ。
その日も、そんなありふれた放課後だった。
模擬試験の結果が返却された日である。
校門を出たところで、クラスメイトの男子二人と歩きながら話していた。
「お前どこ受けるんだよ?」
「東大はさすがに無理だって……」
「いや、頑張れば──」
大学の話。
勉強の話。
将来の話。
高校三年生にとって、それはごく普通の会話だ。
ただ、僕自身はその話題にあまり興味を持てなかった。
適当に相槌を打ちながら、ぼんやりと別のことを考えていた。
やがて分かれ道に差しかかる。
「じゃあな」
短い言葉を交わして、僕は二人と別れた。
そのまま一人で家へ向かう。
ほどなくして自宅に着く。
バタン。
玄関の扉を開けると、そこには母さんが立っていた。
にこにこと、いかにも嬉しそうな顔をしている。
模擬試験の結果が返却される日は、いつもこうだ。
(いつから待っていたんだろうな……)
夜神家は、比較的裕福な家庭だ。
父さんは警察庁に勤めている。
収入は安定していて、母さんは専業主婦として家にいられる。
世の中というものは、案外単純だ。
特に女性の場合、結婚相手によって人生の形は大きく変わる。
そんなことを、僕は冷静に理解していた。
「ただいま」
ぶっきらぼうに言う。
母さんは胸の前で手を合わせていた。
まるで祈るような仕草だ。
いや、祈っているわけじゃない。
期待しているんだ。
(模試の結果だな)
今日という日を考えれば、母さんが何を求めているのかは明白だ。
「はい」
僕は鞄を開けた。
鞄の中はいつも整然としている。
だから模試の結果もすぐに取り出せた。
母さんが紙を見る。
そして目を丸くする。
「まぁ……また全国模試一位」
驚いているようで、どこか予想していたような口調だった。
僕はすでに階段を上り始めていた。
振り向きもしない。
「まあね」
それだけ言う。
「じゃあ勉強するから、邪魔しないで」
すでに階段の中ほどまで来ていた。
背中越しに、母さんが声をかける。
「あ、ライト。何か欲しいものない? なんでも言って」
僕は立ち止まらない。
「ないよ、母さん」
そう答えながら、ほんの一瞬だけ振り返った。
母さんの目が、妙に輝いているのが見えた。
僕はそのまま自分の部屋へ向かう。
ドアを閉める。
カチャリ。
鍵をかけた。
そして、静かに息を吐く。
(……欲しいものは、もう手に入っている)
僕もまた、退屈していた。
頭を使うことは楽しい。
だが、それにも限界がある。
新しいことを始めても、すぐ理解してしまう。
すぐ出来るようになる。
知識と経験が増えるほど、理解の速度は速くなる。
その代わり──
飽きるのも早くなる。
(このまま大人になったら……)
人生は、つまらないものになるのではないか。
そんなことを考え始めた頃だった。
僕の人生を変える出来事が起きたのは。
机の引き出しを開ける。
そこから取り出したのは、一冊の黒いノートだった。
別の世界であれば、そこにはこう書かれていたかもしれない。
DEATH NOTE。
だが、この世界では違う。
ただの、何の変哲もない黒い大学ノートだ。
しかし──
その中身は普通ではない。
ページには整然と名前が並んでいた。
五十二人。
ここ一週間で、心臓麻痺で死亡した人間たちの名前だ。
文字は、まるで優等生のノートのように美しく整っている。
そして同時に、
どこか異様なほど──
正確だった。
***
■月の家■
僕は机に向かっていた。
この部屋は、よく人に「綺麗すぎる」と言われる。
だが僕にとってはこれが普通だ。むしろ、乱雑な部屋というものが理解できない。
本棚は一直線に並び、教科書も参考書も背表紙の高さまで揃っている。
ほんのわずかなズレでも、視界に入ると妙に気持ちが悪い。
秩序というものは、人間の思考を正確にする。
逆に言えば、無秩序は思考を鈍らせる。
僕の机の上には、その秩序の中心のようにして一冊の黒いノートが置かれていた。
黒く、静かで、
どこか不気味なほど無機質な表紙。
僕はペンを指の間でくるりと回していた。
これは癖というより、思考の歯車のようなものだ。
考えが深くなるほど、手は自然に動く。
僕はここ一週間の出来事を整理していた。
世界中の犯罪者が死ぬ。
次々と。
しかもその死因は、すべて同じ。
心臓麻痺。
新聞もテレビも、まるで熱病にかかったようにこの話題を繰り返している。
人々は恐れている。
しかし同時に、
どこかで喝采を送っている。
犯罪者だけが死ぬ。
それはまるで――
神の裁き。
僕は目を細めた。
――神。
その言葉は曖昧すぎる。
神などというものが存在するなら、
この世界はもっと秩序だったものになっているはずだ。
現実にはそうではない。
この世界は混沌だ。
だが。
混沌の中にも必ず法則はある。
顔。
名前。
情報の公開範囲。
僕はこの一週間で集めたデータを思い出していた。
犯罪者の情報公開率。
死亡時間の分布。
地域別の報道頻度。
それらをすべて表にして、
統計処理をした。
相関関数。
結果は――
0.93。
非常に高い。
つまり。
キラは無作為に殺しているわけではない。
顔と名前。
その両方が揃った人間だけが死んでいる。
その時だった。
ガーッ……
突然、テレビの画面が切り替わった。
僕は顔を上げる。
「ん?」
画面にはニュースキャスターが映っていた。
だがその顔には、普段のニュースにはない緊張が浮かんでいる。
「番組の途中ですが」
「ICPOからの全世界同時特別生中継を行います」
僕の眉がわずかに動いた。
「日本語同時通訳はヨシオ・アンダーソン」
画面が変わる。
そこに現れた男。
ミディアムの髪。
整ったスーツ。
どこにでもいそうな顔。
だが、その男はとんでもないことを言った。
「私は全世界の警察を動かせる唯一の人間」
一瞬の沈黙。
「リンド・L・テイラー」
「通称――L」
僕の背筋に冷たいものが走った。
「な……」
思わず立ち上がる。
「なんだこいつ……!?」
しかし次の瞬間、
僕の脳は猛烈な速度で回転していた。
――危険だ。
この男は。
極めて危険だ。
僕は瞬時に計算する。
顔。
名前。
両方が揃っている。
つまり。
もしキラがこの番組を見ていたら。
この男は死ぬ。
僕は唇を噛んだ。
――だが。
妙な点がある。
全世界同時生中継。
それはつまり、時差がある。
ブラジルなら十二時間。
ヨーロッパでも数時間。
もしキラの居場所が分からないなら、
こんな放送は意味がない。
夜中の国では誰も見ない。
つまり――
どこかの地域に当たりをつけている。
その瞬間だった。
リンドLテイラーが突然胸を押さえた。
「ぐっ……!」
顔が歪む。
手が震える。
そして。
ドサッ。
机に倒れた。
動かない。
僕は息を呑んだ。
――やはり。
二人のSPが男を運び出す。
黒いスーツ。
サングラス。
顔を隠している。
僕の思考がさらに加速する。
――顔を隠している。
――向こうも条件に気づいていた?
だが。
別の疑問が浮かぶ。
――なら。
――なぜあの男は顔を出した?
その時だった。
ガガガ……
テレビからノイズ。
そして別の声。
機械音。
「もしやと思って試してみたが……」
「まさか本当に……」
僕の瞳が見開かれる。
「キラ」
「お前は直接手を下さず人を殺せるのか」
「何っ」
僕は机に手をついた。
声が続く。
「よく聞け」
「キラ」
「もし今お前がテレビに映っていた男を殺したのなら」
「それは今日処刑予定だった死刑囚だ」
「私ではない」
僕の思考が一瞬止まった。
――死刑囚。
声は続く。
「テレビにもネットにも出ていない」
「極秘の犯罪者だ」
「さすがのお前でも知らなかっただろう」
そして。
「だが」
「Lという私は実在する」
「さあ」
「私を殺してみろ」
僕は歯を食いしばった。
――やはり。
顔と名前。
それが条件だ。
そしてこのLも、そのことを理解している。
だが。
僕の眉がわずかに動いた。
死刑囚を実験台にする。
倫理観の欠如。
あるいは。
それほどまでに強引な人間。
この人は危険だ。
そしてさらに言葉が続く。
「この中継は全世界同時中継と銘打った」
「だが」
「実際には日本の関東地区にしか放送していない」
僕の瞳が鋭く光った。
「やはりか……」
「お前は今」
「日本の関東にいる」
さらに続く推理。
新宿の通り魔。
最初の犠牲者。
日本でしか報道されていない事件。
Lは言った。
「キラ」
「お前は日本にいる」
僕は静かに息を吐いた。
――概ね。
――僕と同じ推理だ。
だが。
僕は別の角度からも考える。
Lの推理は美しい。
だが。
美しすぎる。
最初の殺しが新宿の通り魔だという証拠はない。
世界では毎日、心臓麻痺で死ぬ人間がいる。
偶然が重なっただけかもしれない。
さらに。
Lは言った。
実験台。
その言葉。
それはまるで、
最初から殺す能力があり、
試しに使ったかのような言い方だ。
普通は考えない。
だが。
もし――
L自身がキラなら?
すべて自演になる。
僕は首を振った。
――まだ強引だ。
可能性の一つに過ぎない。
***数日後***
僕は再びノートを見た。
そしてパソコンを開く。
父のパソコンに侵入する。
もちろん痕跡は残さない。
警察の捜査情報が画面に表示された。
僕は読み進める。
――キラは学生の可能性。
その翌日。
二日連続。
一時間ごとに二十三人。
僕は目を細めた。
――死の時間を操れる。
そして。
もう一つ。
キラは警察の情報を知っている。
つまり。
警察内部。
あるいは。
警察関係者の身内。
僕の指が止まる。
――キラの狙いは何だ?
警察の情報が漏れている。
この事実は無視できない。
僕は静かに考える。
――警察に知らせるべきか。
匿名で。
内部告発として。
父さんに相談することもできる。
だが。
僕は首を振った。
――それはできない。
ハッキングが知られる。
それはまずい。
僕の瞳が静かに光る。
――僕が狙っているのは。
――その先だ。
確かめたいことがある。
僕はキーボードに手を置いた。
そして小さく呟いた。
「……匿名で送るしかないな」
***数日後***
玄関の前に立った。
夕暮れの空気は妙に静かで、街の音までもどこか遠くに押しやられているように感じられる。
家の前の小さな道路、街灯、郵便受け、すべてがいつもと同じ姿をしているのに、今日はその一つ一つが妙に意味ありげに僕の目に映った。
――後ろを振り返りたい。
その衝動は確かにあった。
だが僕は振り返らない。
振り返った瞬間、人間の心理は露骨に現れる。
尾行者がいると仮定した場合、僕の動揺は相手に余計な情報を与える。
それならば――
気づいていないふりをする方がいい。
その方が、相手は安心する。
安心すれば、人間は必ず油断する。
そして油断は、情報を落とす。
僕は何事もない顔で玄関の前に立っていた。
――尾行者。
僕はその存在をほぼ確信していた。
しかし、キラではない。
キラが僕を尾行する理由はない。
むしろ危険が増すだけだ。
キラという存在は、姿を見せないことに意味がある。
そう考えると、もっとも筋が通るのは――
Lの存在だ。
Lが日本の警察を調べている。
しかも、日本の警察自身ではなく、外部の組織を使って。
もしLが本当にキラを追っているなら、警察関係者を調べる理由はある。
キラが警察内部、あるいはその身内にいる可能性は十分あるからだ。
しかし――
もし。
Lがキラだとしたら。
その場合も、同じ行動は説明がつく。
内部告発者を探すため。
あるいは、キラを追っているという演技をするため。
どちらにしても。
Lが警察関係者を調べる理由は存在する。
僕はドアノブを握った。
この家では、塾から帰る時間帯は玄関の鍵が開いている。
金属の冷たい感触。
扉を開ける。
「ただいま」
いつもの声でそう言った。
そしてそのまま二階へ向かう。
足音も普段通り。
急ぐでもなく、遅くもなく。
僕の父――夜神総一郎は警視庁の刑事だ。
子供の頃から僕は、その背中を見て育ってきた。
父は決して器用な人間ではない。
だが誰よりも正義を信じている。
どんなに危険な事件でも、
どんなに理不尽な状況でも、
悪を許さない。
その姿勢だけは決して曲げない。
僕はそんな父を尊敬している。
この腐った世界でも、
あの人のような警察官がいる限り、まだ救いはあると思っている。
だからこそ――
犯罪者は許せない。
二階の廊下を歩きながら、僕は思考を続けていた。
Lが警察関係者を調べている理由。
どれも仮説にすぎない。
だが推理とはそういうものだ。
多くの仮説を並べ、その中から最も可能性の高いものを残していく。
そして大抵の場合、
当たることの方が少ない。
僕は自分の部屋の前で立ち止まった。
視線をゆっくりとドアノブへ落とす。
ドアノブ。
鍵穴。
扉の隙間。
ほんのわずかな違和感も見逃さないように、注意深く観察する。
そしてドアノブを回した。シャープペンシルを抜き取る。
扉を開ける。
その瞬間。
ひらり、と。
一枚の紙が床に落ちた。
ピンク色のポストイット。
僕はそれを見下ろした。
――やはり。
当然だ。
部屋までは入っていない。
シャープペンシルが折れていないからだ。
部屋の内部には踏み込んでいない。
僕は部屋に入り、上着を床に放り投げた。
そして椅子に座る。
静かな部屋。
机の上には整然と並ぶ本とノート。
僕は小さく息を吐いた。
――情報が漏れてから、まだ六日。
それなのに。
僕への尾行がすでに二日。
警察関係者を調べている人数は多くないはずだ。
せいぜい十数人。
仮に十人だとしても。
僕が疑われる可能性は低い。
なぜなら――
僕はキラではない。
少なくとも、客観的な証拠は何一つない。
それに僕より怪しい人間はいくらでもいる。
しかし。
もしこのまま何ヶ月も経てば。
いずれ彼らは判断するだろう。
夜神月はキラではない。
そう結論づけて、僕への関心を失う。
それは――
まずい。
僕は机の引き出しを開けた。
中から一冊のノートを取り出す。
キラ事件のまとめノート。
僕自身が作った、膨大な事件の整理だ。
ページをめくる。
その中で、一つの書き殴りが目に止まった。
『キラは幼稚で負けず嫌いではないか?』
僕はその文字を見つめた。
そして静かに思う。
――そうだ。
その推理を書いたのは、僕自身だ。
なぜそう思ったのか。
理由は単純だ。
僕自身がそういう性格だからだ。
幼い頃から負けたことがない。
テストでも、
競争でも、
議論でも。
負けるという感覚をほとんど知らない。
だから分かる。
キラはLの挑発に乗った。
リンドLテイラー。
あの宣戦布告。
それまで犯罪者しか殺していなかったキラが、
躊躇なくテレビに映る男を殺した。
そして。
Lが「キラは関東にいる」と言えば。
日本の犯罪者を中心に殺し始めた。
これは。
L=キラではない場合のキラの性格分析だ。
だが。
もし。
L=キラなら?
すべて自作自演になる。
僕はその可能性についても考えていた。
なぜそんなことをするのか。
その理由も、なんとなく分かる気がする。
しかし。
どちらにしても――
僕はLに会う必要がある。
直接。
この男と。
僕は椅子の背もたれに体を預けた。
どうすればLに会えるか。
父さんに頼む?
それは無理だ。
父さんは警察官だ。
そして何より、真面目すぎる。
証拠もないのに、僕の話を聞くことはない。
だが。
もし。
会わざるを得ない状況を作るとしたら。
それは――
僕は目を閉じた。
その方法がどれほど危険か。
分かっている。
一歩間違えれば、
すべてが終わる。
それでも。
僕は静かに思った。
――それしかない。
その瞬間から。
この事件の歯車は、
本来あるべき形から、
ほんのわずかにずれ始めていた。
月とLどちらに勝って欲しいか
-
月
-
L
-
勝者なし
-
引き分け
-
月L以外