Lがデスノートを拾った世界~リメイク~   作:梅酒24

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23冊目:寸止

捜査本部の空気は、乾いた静けさに包まれていた。私は椅子に体育座りで腰を下ろし、顎に指を当てて少し顔を上げ、100ほど並ぶテレビモニターをじっと見つめていた。松田が持つ隠しカメラ、青山周辺の防犯カメラ――総計で100台ほどの映像。視覚的情報は膨大だ。月君の能力は確かに卓越している。しかし、この膨大な量を整理し、瞬時にパターンを読み取るなら、私の方が情報量では勝っているはずだ。

 

第二のキラは単独行動。誰かと一緒にいれば挙動の節々に警戒の色が出る。ゆえに画面だけでも容疑者は絞れる。動線、歩き方、視線――些細な癖で候補は減っていく。

 

――さて、月君と松田は今ごろ青山の街角で、第二のキラを探しているだろう。条件はせいぜい10代から20代前半の女性、単独で、観察するような目つきをしている人物……この条件に合致する者は無数にいる。しかし、細部に宿る差異を見極めれば、絞り込みは可能だ。

 

月君は私の近くにいれば、手錠でもつけて四六時中監視させるべきだった。だが今は誰も止めない。自由に動ける。この時点で、月君の計算は微妙に外れている。10~20代の女性で、街の隅々を観察するような人物……候補は全体の1%未満。現時点で容疑者は77名。そのうち、青山ブルーノートの入口を見渡せる喫茶店に限定すれば7名。十分だ。この中に第二のキラはいる。

 

「夜神さん、私キラ事件について少し調べたいことがあるので、数時間席を外します。進展があったら連絡お願いします」

 

「ああ、分かった」

 

――ぬるい。月君なら当然、私を止めるだろう。勝手な行動はさせない。あるいは、隠しカメラで私の行動を追跡する。それすらもない。月君、君の負けだ。

 

私はゆっくりと扉へ歩み、ドアノブに手をかけた――その瞬間、慌ただしい声が背後から飛び込んできた。

 

「大変です!!キラ事件のことで、緊急に伝えることがあります」

 

――なんだ、今度は。

 

「本物のキラから、ビデオが届きました」

 

その瞬間、背筋に微かな緊張が走る。私はゆっくりと振り返った。ワタリが抱えるビデオテープは、いつもの冷徹な雰囲気とは違い、何かを孕んでいるように見える。

 

モニターにテープをセットし、再生ボタンを押す。画面は数秒のノイズの後、淡い光に包まれ、女の声が響いた。

 

「私は静観していました。しかし、偽キラが現れ、事態が混乱したため、やむなくテレビ出演に至りました。

最初のビデオを投稿した者が本物のキラ。第2のキラですが、私ではありません。

この世界には、キラの能力を持つ者が一人とは限らないのです。

二人目のキラと名乗る者は、偽物です。

この者は、私の真似をしているだけで、キラではありません」

 

画面の中で女の眼差しは鋭い。冷徹さと、何かしらの挑戦を秘めている。

 

「第2のキラは暴走する恐れがあります。私の方は、事件の拡大を防ぐために動くしかない――視聴者諸君には、警戒を怠らぬよう、繰り返し申し上げます」

 

淡々とした語り口。だがその奥底に、確固たる意志が滲む。

 

――第3のキラという線も考えられる。しかし、第一のキラを名乗り、このタイミングで送信したことを考えると――これは、月君が作成したビデオだろう。

 

巧妙だ。

 

このビデオが届けば、私の行動は一時的に縛られる。足止め。警戒。誰もが画面に注視する間、第二のキラの動きは見えない。

 

だが、考えようによってはこれもまた計算のうち。

 

この緊急対応が必要になるのは、第二のキラを発見した瞬間だ。

そのタイミングまで、私は冷静に状況を見極める。

 

――月君、あなたの策略は、よくできている。

 

そして私は、静かに微笑む。

 

***数日後***

 

本部の空気は、妙に乾いていた。

 

渋谷。

青山。

 

どちらにも、キラらしき人物は現れなかった――という報告が、すでに上がっている。

 

捜査官たちは顔を見合わせ、半ば冗談のように、しかしどこか本気の色を含んで言い始めていた。

 

「やはり……本当に30日の東京ドームなのではないか」

 

だが私は、その言葉を聞き流していた。

 

部屋の奥で、月君と私が向かい合って座っている。

 

月君は腕を組み、椅子の背に体を預け、じっとこちらを見ている。

あの目だ。観察者の目。

 

(青山にノートを持った不審者は現れなかった……渋谷の洋品店も同じ……)

 

彼の思考が、表情の微かな筋肉の動きから読み取れる。

 

(まさか、本当に東京ドームで……?)

 

私はと言えば、椅子の上で膝を抱えるような姿勢のまま、ぼんやりと手を動かしていた。

 

右手はグー。

親指だけを立てる。

 

いわゆる「GOOD」の仕草。

 

子供が遠くでテストの結果が良かったときに見せる、あの妙に誇らしげなポーズだ。

 

もっとも、私にそんな意味はない。

 

ただの癖だ。

 

親指の爪のあたりを、カリカリとかじりながら考える。

 

(……まぁ青山には第二のキラは来ていたでしょう)

 

そう考えるのが自然だ。

 

(今回発見できなかったのは仕方ありません……)

 

むしろ。

 

(これは月君の対応力の勝利です)

 

彼は私を現場から遠ざけた。

その一点において、今回は彼の一手が上だった。

 

だが――

 

(大事なのは……)

 

私と月君。

 

お互いが動かなかったこと。

 

第二のキラが、それをどう受け取るか。

 

そこに、次の一手が隠れている。

 

そのときだった。

 

扉が静かに開き、ワタリが入ってくる。

 

「L、第二のキラからお便りです」

 

手には、ビデオテープ。

 

部屋の空気が一瞬で変わった。

 

誰もがテレビの前に集まる。

 

私は椅子の上で姿勢を変えず、ただ視線だけを画面に向けた。

 

ワタリがビデオデッキにテープを入れ、再生ボタンを押す。

 

数秒のノイズ。

 

そして――

 

画面が映る。

 

女の声。

 

「キラを見つけることはできませんでしたが……」

 

捜査本部の全員が、息を止めた。

 

「キラと会いたいという気持ちが無くなったので、もう探しません」

 

――沈黙。

 

私は親指を口から離した。

 

(……どういうことだ……)

 

この第二のキラ。

 

思考も行動も、あまりにぶれている。

 

本来なら。

 

キラに会いたいのなら、もっと執拗にアクションを起こすはずだ。

 

それが――

 

突然の撤退。

 

(単に面倒くさくなった……?)

 

いや。

 

そんな単純なものではない。

 

頭の中で、情報を並べる。

 

ファッション誌に書かれた人間を殺した。

機械音痴。

感情の起伏が激しい。

 

ストレートに見れば。

 

10代後半から20代前半の女性。

 

そして。

 

まともな企業勤めではない。

 

学生。

フリーター。

 

あるいは――

 

もっと自由な職業。

 

ファッション誌を見る。

青山や渋谷を指定する。

 

つまり。

 

「おしゃれな人物像」。

 

……いや。

 

私はそこで一度思考を止めた。

 

青山の日付。

 

平日。

 

学生がサボることはできる。

 

だが。

 

わざわざサボるくらいなら、普通は休みの日にやる。

 

そうなると――

 

平日が休みの職業。

 

アパレル。

アクセサリーショップ。

美容師。

 

……違う。

 

正社員なら、ここまで行動がぶれない。

 

もっと自由だ。

 

もっと華やかで。

 

時間に余裕がある仕事。

 

芸能界。

モデル。

歌手。

声優。

 

そこまで考えたとき。

 

もう一つの違和感が、すっと浮かび上がった。

 

キラに会いたい。

 

それは。

 

崇拝。

 

だが。

 

それを上回る心の変化が起きた。

 

私は、その感情を経験したことはない。

 

しかし――

 

小説やドラマでは、いつも主役になる感情だ。

 

(……恋をしたんでしょう……)

 

(第二のキラは……)

 

その結論に辿り着いた瞬間。

 

肩の力が、ふっと抜けた。

 

その様子を、月君は見逃していなかった。

 

「L……なぜ第二のキラは感情の変化があったと考えている?」

 

月君の視線が、鋭く私を射抜く。

 

なるほど。

 

彼も気づいていたか。

 

「……月君も気付いていましたか」

 

私は小さくため息をついた。

 

「私の口から言うのは似合わないと思って黙っていました」

 

そして、少し間を置いて言う。

 

「……恋をしたということでしょうね」

 

その瞬間、松田さんが叫んだ。

 

「恋!!!」

 

本部の空気が一気に騒がしくなる。

 

だが私は、静かにシュークリームを口に運んだ。

 

甘い。

 

その横で、月君がゆっくり口を開いた。

 

「じゃあ、Lに代わって僕が説明するよ」

 

彼の推理は、見事だった。

 

キラを崇拝する人間が、簡単に心変わりするはずがない。

 

それを超えるものがあるとすれば――

 

恋。

 

そして彼は続ける。

 

第二のキラは、10代後半から20代前半。

一般企業ではない。

華やかな職業。

 

芸能界。

モデル。

コンパニオン。

 

(……やはり)

 

私は内心、微笑んだ。

 

(ほぼ同じ結論です)

 

本当に。

 

ここまで考えられる人間が、この世にもう一人いるとは。

 

実に――

 

楽しい。

 

そのときだった。

 

月君が、ゆっくり言った。

 

「父さん……逆だよ……チャンスだよ」

 

第二のキラは、キラへの興味を失った。

 

つまり――

 

寝返る可能性がある。

 

彼は提案する。

 

テレビで呼びかける。

逮捕免除。

協力の見返りに情報を得る。

 

月君の顔が、こちらを見た。

 

まるで獲物を狙う般若のような目で。

 

なるほど。

 

最初から、この展開を狙っていたのですね。

 

もし第二のキラが応じれば。

 

私がキラなら。

 

確かに危険だ。

 

そのとき。

 

背後で、死神が笑った。

 

『なぁL、内心震えてるんじゃねえのか?』

 

私は小さく笑った。

 

(ええ……震えていますよ)

 

(武者震いですがね)

 

ここまで追い詰めてくれるとは。

 

実に素晴らしい。

 

「いいでしょう」

 

私は言った。

 

「私はキラではありませんし……第二のキラが乗る可能性もあります」

 

そして微笑む。

 

「面白い。やってみましょう」

 

(もし第二のキラが名乗り出たなら……)

 

(月君と接触するのと、ほぼ同時)

 

(その瞬間)

 

(デスノートで殺す時間は、十分にあります)

 

むしろ――

 

この策は。

 

私がキラなら、絶対にやるべきではない策。

 

だからこそ。

 

やる価値がある。

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