Lがデスノートを拾った世界~リメイク~   作:梅酒24

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26冊目:自白

扉の向こうに立つ女を、一瞥しただけで私は理解した。黒髪、黒のジーンズ、ライダースジャケット。その立ち方から漂う覚悟と緊張の匂い。美空ナオミ――かつて私の下で活動したこともある優秀な捜査官であり、レイ=ペンバーの婚約者でもある。胸に手を当て、その瞳には失われた愛と、決意が入り混じっていた。その覚悟を、私は無駄にはしない。

 

ワタリが小声で告げる。

「お客様です、L」

 

私は椅子に腰掛けたまま、視線を彼女に固定する。美空ナオミがここに来た理由――偶然ではない。名前の変更、身辺整理、このタイミングでの来訪。全ては計算された行動だ。慎重かつ明確な意志のもと、私の前に立つ。

 

トントン、と静かに扉を叩く。開いた瞬間、黒い服装の女が現れた。沈黙の時間が室内を張り詰める。座る気配はない。立ち姿から、私への覚悟がひしひしと伝わる。

 

「ひさしぶりです、 美空さん」

 

声は低く、冷静で、しかし瞳の奥には計算された感情の揺れ。私は瞬間的に情報を脳内で整理する。大学入学当初から月君と彼女は接点を持ち、この場面に備えていたのだろう。

 

「ええ、察しているわ。用件は」

 

――やはり、直感に間違いはない。伏兵がここにいた。月君以外で骨のある存在。戦うに値する知性を持つ。

 

「単刀直入に言うわ。私はあなたがキラであることを知っている」

 

私は椅子に深く腰掛け、冷静に彼女を観察した。瞳の揺れ、呼吸のリズム、体の微細な動き。全てが計算の対象だ。彼女は確信を持って立っている。焦りも疑念も見て取れる。だが、それは弱点ではない。むしろその覚悟の裏に潜むわずかな油断が、私の思考を助ける。

 

「確かに、私をキラと結びつける者は多い。しかし、ネットの情報だけでここに来たわけではないでしょう」

 

彼女は写真を取り出した。月君とのテニス試合中の写真、集中した表情、無防備な瞬間。私の全行動の痕跡を静かに証拠として示している。大学入学当初から彼女は月君と接点を持ち、この場面に備えていたのだろう。

 

「あなたの名前はエル=ローライト……第二のキラにこの写真を見せたから知っている。第二のキラはキラの名前を見抜く能力を持つ。そして、あなたをキラだと断定した」

 

――なるほど。あまねみさとの連携も、既に整っているのだろう。捕獲は秒読みだ。しかし、ここで私が美空ナオミを排除する必要は……。冷静さを欠かず、盤上の駒として利用できるだけの価値があれば……。

 

「しかし、その発言は第二のキラの言葉です。嘘の可能性は?」

 

美空ナオミは迷わず答える。

「低いです。第二のキラは、自らキラであると公言しています」

 

――やはり、情報は正確だ。第二のキラは人を殺すことを止め、行動の一貫性を保っている。その存在を知った今、私の計算は狂わない。月君は、殺すだけで事件を終わらせるつもりはない。生かし、吐かせ、再教育する。そのための準備を、彼女も理解しているのだろう。

 

私は静かにノートを取り出し、メモを取り始める。手元の動きに無駄はない。その冷静な指先に、確かな覚悟が宿る。私はその一挙手一投足を観察し、頭の中で次の手順を組み立てた。

 

背後でリュークの笑い声が響く。

ククククククク……いつもより長く、夜の闇に溶ける笑い。私の神経を心地よく刺激し、戦局の緊張を鋭くする。

 

***

 

死の時間になっても、彼女は行動を起こさない。

(そういえば、美空ナオミが来た時も、リュークは笑っていた。レイ=ペンバーは顔と名前を知られたために殺された。にもかかわらず、この女性は殺しの方法を知りつつ、ここにのこのこ現れる――名前を変えている。なるほど、アイバーに念のため情報収集を依頼して正解だったようだ。……となれば、彼女が何をするか、この目で確かめる時間を持たねばならぬ)

 

私は椅子に深く腰掛け、静かに思考を巡らせる。月君との知恵比べの予行練習として、あまねみさではなく、美空ナオミと戦うのも一興だ。名前が分かっている以上、キラであることを公言されても、こちらの盤面は揺らがない。

 

「L……今書いた紙を見せていただくわ」

 

黒い瞳が勢いよく私のメモを掴もうと伸びる。私が紙を差し出すと、彼女はそれを掴む。そこには、慎重に記された美空ナオミの名前と、自殺方法が記されていた。

 

視線の隅に、全身真っ黒の大きな羽を持つ死神――リュークが静かに宙に浮かぶ。羽ばたき一つせず、しかし存在感は絶大だ。

 

「はい。おめでとうございます。私がキラです」

チョコケーキを口に丸呑みし、首を傾げるその姿は、常に予測の一歩先を行くような不遜さを感じさせる。

 

「死神が見える……そして今の発言……あなたが……」

 

美空ナオミの声には怒りが混じる。しかしそれ以上に、知りたいという衝動が勝っている。彼女の瞳には、失われた愛と復讐心が渦巻く。婚約者を奪われた怒り、そしてこの男(私)に問うべき疑念。

 

「まさか月君と美空さんが繋がっているとは思いませんでした。ちなみに、第二のキラはあまねみさで確定しており、もうすぐ逮捕されるでしょう。逮捕の際、重要参考人として月君が呼ばれることになるでしょう」

 

彼女の視線は鋭い。少しも揺らがぬ覚悟がそこにある。

 

「キラだとカミングアウトしているのに、随分余裕そうね」

 

「それはお互い様です。……ただ、美空ナオミでもデスノートが効かないということは、何かしらのトリックがあるのでしょうね」

 

彼女は一瞬、俯いた。微細な動きでさえ、私には見逃せない。死の可能性を前にしながらも、冷静に戦況を読み、覚悟を固めるその姿。

 

「残念ながら、美空さんにはこの世から消えていただくしかありません。ただし、死の前に行動は許されます。だから少しの間、お話をしましょうか」

 

「なんでレイを殺したの?」

 

最も知りたかった理由を問いただす。

 

「気まぐれでしょうか。FBIは私にとって脅威ではありません。放置しても構わなかった。しかし、時間が経つと捜査が進み、意味がなくなる。私は平和を作るために悪人を殺しているのではありません」

 

「では、殺す理由は?」

 

「デスノートは人を殺すノート。行えることは限られます。世界中の人間が対象の中で、誰が私を見つけ、私を論破するか。それを観察するのが楽しみでした。そこに現れたのが月君です。彼のおかげで追い詰められ、命がけで戦う経験を重ねました。私にとっての知恵比べは、月君をキラとして逮捕させること。どちらが上かを確かめる戦いです」

 

「その知恵比べ、どちらが勝ったの?」

 

「まだわかりません。ただ、近日決着はつくでしょう。私を逮捕するには、自白させ、デスノートを押さえるしかありません。ここには他の盗聴器や監視カメラはないことを確認済み。つまり、この会話が外に漏れることもない」

 

(勝った……小型の盗聴器はすでに忍ばせてある……これが自白の決定的証拠になる)

 

美空ナオミは微笑む。口元が緩むその瞬間、私は彼女が自分の立ち位置を完全に理解していることを読み取った。

 

「もちろん、小型盗聴器やカメラがあっても、処理された後で自殺してもらいます。死の前の行動範囲は制限内です。どこに隠そうと無駄です。すべての芽は摘んであります」

 

「気付いてないなら安心だわ。L、あなたの負けね……」

 

(おそらくブラフだろう……名前変更済み、そして自分の名前が変わったことに私が気付いたことには気づいていない)

 

私のスマートフォンに新たなメールが届く。美空ナオミの顔写真と名前が記されていた。名前が変わっている――「ナオミ・ペンバー」。なるほど、旧姓で書いても効かないわけだ。優秀な交渉人が入手してくれたから、ここで処理が可能だ。

 

「さよなら、ナオミ・ペンバー」

 

ナオミは喋らない……

 

「何かほかに言いたいことはないんですか?」

 

彼女はくるりと振り返り、そのまま部屋を後にした。静寂だけが残り、後日、美空家からの捜索願いが報告として届いた。

 

***

 

静かな午前のキャンパス。午前の陽光が建物の角を鋭く照らし、樹木の影が長く地面に伸びていた。その空気の隙間に、微細な緊張が漂うのを私は感じていた。

(ここに来るのは久しぶりだ……そして、確かに目的がある)

 

歩を進めるたび、目の端で学生たちの無邪気な動きを観察する。誰も、ここで私が何をしているか知らない。月君の存在は把握している。彼はあの独特の歩き方で、校舎の陰からこちらを見つめていた。あの目線の鋭さは、まるで獲物を捉えた捕食者のそれだ。

 

「竜崎……」私の耳に微かに声が届く。振り向くと、月君がゆっくりと歩み寄る。その背筋の張り、掌の緊張、全てが明晰な意志を物語っていた。

 

(なるほど……これが彼の覚悟か。確かに、後戻りはできない)

 

さらにもうひとり近づいてくる者が……。

 

「月――撮影近いから来ちゃったぁ。あっ、月の彼女の弥 海砂です」

「はい、流河旱樹です」

 

 

私はじっと弥 海砂を観察する。月君の隣に立つその少女が、ただの付き添いではないことは明白だ。識別は不可能だろうが、確信は揺らがない。

 

「いやぁ、エイティーン8月号からのファンなんです!」

彼女の声に誘われ、学内の生徒たちが群れのように集まる。弥 海砂が「誰かお尻を……」と叫ぶ。その瞬間、群衆の中で何かが触れたのか、あるいは幻覚か――マネージャーが駆けつけ、弥 海砂を連れ去った。

 

静寂が戻ると、私の携帯電話が鳴る。

「はい……やりましたね」

電話を切ると、月君に向けて告げる。

「月君に関しては、嬉しかったり悲しかったりするお知らせです。弥 海砂を第二のキラ容疑で確保しました」

 

月君の顔が瞬間的に青ざめる。

(……その発言……やはり弥 海砂がキラであることを知っていたか)

「弥 海砂の部屋から第二のキラ宛のビデオを封入した際に使用していた付着物から多数の証拠が出ました。もう戻ることはないでしょう」

 

その言葉に、私は深く息をついた。捜査本部に戻ると、弥 海砂は黒いアイマスクと縛られた全身で身動きが取れない状態にされていた。画面越しに私は彼女へ問いかける。

 

夜神さんに対しても、冷静に伝える。

「あと、重要参考人として夜神月君に来てもらいます。覚悟しておいてください」

 

そして、三日目。

「弥 海砂がついに口を開きました」

相沢の言葉で、寝泊まりしていた捜査員も私は飛び起きた。

弥 海砂は極限状態で、なお言葉を発する。「殺して……」「あなたなら殺せるでしょ……」

 

(まさか……海砂……私に殺せと……?)

彼女の声が胸に突き刺さる。『あなたなら殺せるでしょ……』と。

(……いや、それは駄目だ……)

 

やり取りを繰り返すうち、彼女の力が少しずつ削がれていくのを私は観察した。

 

レムは妥協策として、海砂にノートの所有権を放棄させ、ノートに関する記憶をすべて消すことで月に迷惑をかけないことを説明する。そして、月への愛は忘れないことを告げると、短く頷いた。

 

***

 

縛られた弥 海砂の姿を前に、私は問いを繰り返していた。なぜそこにいるのか、なぜ抵抗しないのか、悪あがきか――問いを発するたびに、彼女の返答は微かに歪んだ子供の戯言のようでありながら、生々しい現実の温度を帯びていた。

(……デスノートに関する記憶だけが消えている……いや、完全ではない。だが月君に移った可能性も……このまま放置するのは危険だ……)

 

親指を口元に無意識に触れながら、思考は迷路の奥へ沈む。弥 海砂の拘束と監視、そして月君の存在。すべてが逃れられぬ時間の中で絡み合い、微かな振動を伴いながら緊張を増幅させていた。

 

やがて、静かに、しかし確実に月君が本部に現れる。足取りは緩やかで、だがその存在感は周囲の空気を押し広げるようであった。

「L……電話で言ったが……僕がキラかもしれない……」

その声は穏やかで、しかし底知れぬ決意を帯びていた。地面を見つめ、視線を合わせないその態度が、逆に彼の意思の揺るぎなさを告げている。

 

(……弥 海砂は無言。だが月君は……一体何を企てている……?)

 

「父さん、Lは世界一の探偵だ。そのLが僕をキラと疑い、ミサを口説いた男も僕だ……」

月君の言葉は自覚のない真実を告げるかのようで、冷静さと自己犠牲の論理が奇妙に交錯していた。自らを拘束し、自由を封じ、本物のキラを炙り出す。計算された自己制約――その構図は、薄氷の上に張られた罠のようだった。

 

私は息を詰める。追跡者であるはずの自分が、月君の掌中で翻弄される可能性が、胸の奥で確かに芽生えていた。手錠をはめられるその冷ややかで静かな決意の重みに、私自身も牢獄に入る感覚を覚えた。

 

相沢に連れられる月君の背中を見つめながら、私は弥 海砂の瞳に視線を戻す。そこには焦燥、恐怖、そして微かな信頼が漂っていた。記憶の消失は完全ではなく、しかし彼女の魂は少しずつ己を託しているように見える。

 

(……私は追い詰められている……いや、追い詰められているのは私自身かもしれない……)

 

不思議な胸騒ぎが、静かに、しかし確実に心の奥で育っていた。追い詰める側であるはずの私が、気づけば、追い詰められるのではないかという感覚。月君の手のひらの上で、理性の隙間が淡く侵食されていくのを、私は無力にも感じていた。

 

***

 

捜査本部の空気は、どこか湿ったように重かった。

理由は分かっている。だが、言葉にすれば単純なはずのそれが、どういうわけか胸の奥に小さな棘となって残っている。

 

――胸騒ぎ。

 

私は椅子の上でいつもの姿勢のまま、ぼんやりと弥 海砂の様子を観察していた。

殺すこと自体は、簡単だ。

 

トイレへ立つ。

ポケットに忍ばせてある紙片を取り出す。

そこに名前を書く。

 

それだけで終わる。

 

私のポケットには、デスノートの一部がある。

本体ではない。ただの小さな紙だ。だが、それでも効力が変わらないことは、すでに実験で確かめてある。

 

(あとは……書くだけです)

 

私はゆっくりと立ち上がった。

 

床を擦るような足取りで、静かに歩く。

ドアの前へ向かう。

 

ただそれだけの行動だった。

 

だが――

 

「L、どこへ行く?」

 

夜神さんの声が飛んできた。

 

私は少しだけ首を傾けた。

 

「トイレですが」

 

いつもなら、それで終わる会話だ。

今まで誰も、私の行動にそんな問いを投げたことはない。

 

だが、今日は違った。

 

「悪いが、私も同行しよう」

 

(……やはり)

 

私は一瞬だけ目を伏せた。

 

原因は分かっている。

あの手紙だ。

 

月君が残した、あの手紙。

 

「分かりました。しかし……大きい方ですがどうしましょう?」

 

私は平然と言う。

 

夜神さんの表情は変わらない。

 

「悪いが、私も同行しよう」

 

……なるほど。

 

「なら、いいです」

 

私はすぐに席へ戻った。

 

椅子に腰を下ろし、膝を抱えるようにして考える。

 

(月君……)

 

自分を監禁させる。

それだけでも大胆な手だ。

 

だがそれは同時に、私の行動も縛る。

 

月君が自由を放棄した以上、私だけが自由に動くことは許されない。

それを、この捜査本部の空気そのものに植え付けてしまった。

 

風呂。

トイレ。

休憩。

 

どれも今や、監視対象になっている。

 

(月君は……そこまで考えていたのでしょう)

 

夜神家を監視していた時、私達は風呂やトイレすら監視していた。

監視する側だった夜神さんにとって、それは当然のことだ。

 

だが――

 

やられる側は違う。

 

(……生きた心地がしませんね)

 

それは奇妙な圧迫感だった。

 

月君がそれを狙っているとは思えない。

だが結果として、私は完全に動けなくなった。

 

この事件が終わるまで、弥 海砂を殺すことは出来ない。

 

仮に夜神さんが眠ったとしても――

松田や相沢さんが私を監視する。

 

(月君なら……そこまで読んでいる)

 

私はそう確信していた。

 

しばらくして、夜神さんがじっと私を見つめていることに気付いた。

 

そして――

 

私の手首に手錠がかけられた。

 

私は抵抗しなかった。

 

理由を並べて拒否することも出来た。

だが、それが月君の策略の一部なら、受け入れる方が良い。

 

なぜなら、すでに私は別の結論に到達していたからだ。

 

デスノートを使わなくても、

月君と弥 海砂をキラとして確定させる筋書きは、ほぼ出来上がっている。

 

夜神さんの表情は、苦しげだった。

 

(……これでいいのか)

 

そう自問しているのが、手に取るように分かる。

 

彼は私を疑っている。

だがそれは、息子を疑いたくないという気持ちの裏返しだ。

 

月君も、私も、キラではない。

そうであってほしい。

 

だが現実は、残酷に論理的だ。

 

監禁から二週間が経った。

 

新しい犯罪者は、誰一人裁かれていない。

 

世界は、静まり返っている。

 

そして――

 

この状況を知っているのは、捜査本部の人間だけだ。

 

私は静かに口を開いた。

 

「裁きが起きません……つまり、この状況から見ても99%この中にキラがいる……そして第一のキラは月君……第二のキラは弥 海砂さん……そう結論付けてよいかと」

 

その時だった。

 

月君が、ゆっくりと話し始めた。

 

「聞いてくれ……確かに僕は監禁を望んだ。しかし、キラのやったことを自覚なしでやっていたとは思えない……」

 

私はその言葉を聞きながら、奇妙な違和感を覚えていた。

 

(月君……)

 

私はあなたを監視している。

 

そう思っていた。

 

だが――

 

違う。

 

監視されているのは、私の方ではないのか。

 

思考の先を、読まれているような感覚。

背後から、静かに覗き込まれているような感覚。

 

私は冷静であるはずだった。

 

だが胸の奥で、焦燥がじわじわと広がる。

 

(……月君の思考が読めない)

 

それは、初めてのことだった。

 

十五日目。

 

その静寂を破るように、ワタリが駆け込んできた。

 

「キラが動き始めました」

 

その瞬間――

 

私は胸の奥で、

何かが崩れ落ちる音を聞いた気がした。

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