Lがデスノートを拾った世界~リメイク~   作:梅酒24

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27冊目:最終局面①

扉が静かに開いた。

 

私はいつもの姿勢で椅子の上に膝を抱えながら、その音を聞いた。だが耳ではなく、もっと別の感覚でそれを感じ取っていた。空気の密度が変わる。部屋の重力がほんのわずかに歪む。

 

そして、そこに立っていた。

 

髪の毛が伸び、以前よりわずかにやつれた顔。だが、その瞳だけは以前と同じだった。いや――以前よりも、さらに澄んでいるようにすら見える。

 

夜神月君。

 

監禁から解放されたばかりの青年が、ゆっくりと室内に入ってくる。

 

「久しぶりだな、竜崎」

 

声は落ち着いていた。

不思議なほどに。

 

まるで、長い旅から帰ってきた友人にでも語りかけるような声音だった。

 

「久しぶりです、月君」

 

私は首を少し傾けて答える。

 

そのやり取りを、後ろで夜神さん、相沢さん、松田さんが息を潜めて見守っていた。

 

空気が張り詰めている。

 

だが、妙だった。

 

この部屋にいる全員が、何かを理解している。

今から始まる会話が――

 

終局だということを。

 

「竜崎、分かっていると思うが、この話し合いで全てが終わる」

 

月君はそう言った。

 

その言葉は静かだったが、どこか鋭利だった。

 

「僕は竜崎がキラだと思っている。L=キラで今までのことをしてきていると確信している」

 

私は少しだけ目を細めた。

 

(やはり……そう来ましたか、月君)

 

「分かっていますよ」

 

私はゆっくりと言った。

 

「さぁ、クライマックスですね」

 

その言葉を口にした瞬間、自分の胸の奥がわずかに震えるのを感じた。

 

奇妙な感覚だった。

 

追い詰めているのは、私のはずだった。

だが同時に、私もまた追い詰められているような錯覚を覚えていた。

 

「お互い準備をしていると思います。手札は出し惜しみなく、どちらがキラであるか決めましょうか」

 

私は月君を見上げる。

 

「私は月君がキラだと確信しています」

 

ほんの一瞬。

 

月君の口元が、微かに動いた。

 

笑ったのか。

それともただの筋肉の動きか。

 

判断がつかない。

 

(……読めませんね、月君)

 

この男の思考だけは、最後まで霧の中にある。

 

「まずは竜崎」

 

月君は言った。

 

「僕がキラであると考える理由について話してくれないか」

 

挑発。

 

いや――違う。

 

これは儀式だ。

 

互いの論理を、すべて白日の下に晒すための。

 

私は指先を唇に当て、少し考えるふりをした。

 

だが本当は、すでに話す順序は決めてある。

 

「はい」

 

私はゆっくりと言った。

 

「月君はまず、新宿の通り魔事件を殺しの実験台として使いました」

 

室内の空気が、さらに重くなる。

 

「能力で人を殺せることを理解した。その後、正義感から悪人を裁き始めた」

 

私は月君の表情を観察する。

 

まばたきの回数。

呼吸のリズム。

 

どれも変わらない。

 

(やはり……)

 

「最初、月君は捕まるとは思っていなかったのでしょう。能力による殺しですからね」

 

私は続ける。

 

「それゆえ、殺しの時間が日本時間の夕方から深夜帯に集中しました」

 

夜神さんの肩がわずかに動く。

 

松田さんは、息を飲む。

 

相沢さんは、腕を組んでいる。

 

だが私の視線は、ずっと月君に固定されていた。

 

「つまり、日本の学生の可能性が高いと判断できました」

 

私は言葉を止めない。

 

止めれば、思考が揺らぐ。

 

「そして私は、日本の関東……さらに言えば都内にキラがいると予測しました」

 

私の替え玉――

 

「リンド・L・テイラー」

 

その名前を口にした瞬間、室内の空気がさらに沈んだ。

 

「あれは挑発でした。世界同時中継でキラを誘い出すための」

 

私は静かに言った。

 

「結果、月君は挑発に乗り、彼を殺した」

 

沈黙。

 

重い沈黙。

 

「しかし彼は、すでに死刑が確定していた死刑囚でした」

 

私は続ける。

 

「その時私は確信しました。キラは、日本の関東にいる」

 

私は指を組む。

 

「さらに、警察内部のデータベースにアクセスできる程度の能力を持つ人物だとも考えました」

 

私は月君を見上げた。

 

「52人の死者のデータを見れば分かります。キラの殺しには、顔と名前が必要です」

 

私は言った。

 

「そこで私は試しました」

 

ほんの少しだけ笑う。

 

「――私を殺してみろ、と」

 

沈黙。

 

「しかし殺されなかった」

 

私は続ける。

 

「そして私は、あるヒントを得たのです」

 

ゆっくりと。

 

ゆっくりと。

 

この物語の中心へ近づいていく。

 

「私が“日本の関東に住んでいる”と公言した後、裁きは日本の犯罪者に集中しました」

 

私は月君を見る。

 

「つまり、キラは挑発に乗る性格だと分かった」

 

さらに一歩、論理を進める。

 

「そして学生の可能性が高いと結論付けた後、月君は実験しました」

 

「1時間ごとに23人を殺すことを」

 

「その結果、死の時間が操れるというヒントまで得られました」

 

私は静かに言った。

 

「この時点で、警察内部から情報が漏れていると判断しました」

 

部屋の全員が固まる。

 

「警視庁の中でも、キラ関連の情報を知る者は約150名」

 

私はゆっくりと結論へ近づく。

 

「つまり、その150人――あるいは、その家族」

 

私は言った。

 

「そこまで絞り込めたわけです」

 

そして。

 

私は月君を見上げる。

 

その瞳を、まっすぐ見た。

 

(……さぁ、月君)

 

(ここからが本当の最終局面です)

 

***

 

捜査本部の空気は、先ほどよりさらに重くなっていた。

 

机の上のコーヒーカップからは、もう湯気が出ていない。

時間が経っている証拠だ。だが誰も、それに気付こうともしない。

 

全員の視線が、私と月君の間に落ちている。

 

静かな戦場だった。

 

銃声も刃物もない。

だが今ここで交わされている言葉は、どんな凶器よりも鋭い。

 

私はゆっくりと続けた。

 

「そして、夜神家と北村家にはFBIのレイ=ペンバーをつけさせました」

 

あの時の判断は正しかった。

少なくとも、あの時点では。

 

「その後、十二人のFBIはキラに殺されました」

 

その瞬間だった。

 

「L、それはL=キラなら名前と顔を把握しているから可能だが、息子の月には不可能だ」

 

夜神さんの声が入った。

 

私は少しだけ視線を横に動かした。

父親の顔だった。

 

警察官の顔ではなく。

 

「僕も局長に賛成です。月君にはFBIの殺しはできないです」

 

松田さんも続く。

 

(……予想通りですね)

 

私は沈黙した。

そして、ゆっくりと口を開く。

 

「……いえ。可能です」

 

部屋の空気がわずかに揺れた。

 

「私は、レイ=ペンバーの婚約者だった美空ナオミさんとお話をしました」

 

その名前を出した瞬間、月君の瞳がほんの一瞬だけ動いた。

 

ほんの一瞬。

 

だが私には十分だった。

 

「その時、彼女はこう言っていました。誰とは言いませんが――」

 

私は言葉を区切る。

 

「バスジャックの際、レイ=ペンバーが調査対象者にFBIの身分証を見せた、と」

 

室内がざわつく。

 

「この時の音声データがあります。聞いてください」

 

私は音声を流した。

 

スピーカーから流れる声。

美空ナオミの、落ち着いた声。

 

そして――

 

レイ=ペンバーの身分証。

 

音声が終わると、室内は静まり返った。

 

「そして、このバスジャックに遭遇していた人物がいます」

 

私はゆっくり言う。

 

「月君です」

 

そのまま、視線を向ける。

 

「つまり、レイ=ペンバーの顔と名前はこの時に入手できました」

 

私は静かに言った。

 

「違いますか? 月君」

 

一瞬の沈黙。

 

そして月君は、あっさり答えた。

 

「ああ。そうだ。確かに彼のことを知っていた」

 

夜神さんが息を呑む。

 

「月……なぜそのことを話さなかったんだ……」

 

「父さん、彼が内密にしたいと言っていたので黙ってました」

 

ざわめきが広がる。

 

私はその様子を観察する。

 

(揺れていますね……)

 

だが、月君は揺れない。

 

私は続けた。

 

「どうでしょうか?」

 

私は静かに言う。

 

「私以外にも可能な人物が出てきました」

 

そして話を進める。

 

「弥 海砂さんの証言によれば、キラはデスノートを使って殺害しています」

 

私は指を組む。

 

「そして、そのノートは誰が書いても効果がある」

 

「さらに、ノートは切り離しても使える」

 

ここで私は、山手線の資料を机に置いた。

 

「レイ=ペンバーが死亡した山手線。彼は一周六十分の路線を九十分乗っていました」

 

「不可解な点1です」

 

私は資料を指で叩く。

 

「さらに、乗車時に持っていた茶封筒が、死体発見時にはありませんでした」

 

「不可解な点2です」

 

私は続ける。

 

「茶封筒の名前の欄に穴を開け、その下にデスノートの紙を仕込む」

 

「そしてレイ=ペンバーに、FBI全員の顔と名前の入ったファイルを確認させながら、名前だけを書かせる」

 

私は言った。

 

「そうすれば、他の十一人の顔を知らなくても殺害できます」

 

沈黙。

 

夜神さんが口を開いた。

 

「L、しかしFBI全員の顔と名前のファイルを送っているか分からないじゃないか?」

 

鋭い質問だった。

 

だが、想定内。

 

「いいえ」

 

私はすぐに答える。

 

「FBIの指揮官をデスノートで操ればいい」

 

「“FBI全員の顔と名前のファイルを送った後に死亡する”と書けばいいのです」

 

私は続ける。

 

「キラが死の前の行動を操れることは、すでに証明済みです」

 

私は椅子の上で姿勢を変える。

 

「この結果、私はFBIを使った捜査ができなくなりました」

 

「さらに警察からも不信を持たれ、結果的に顔を出す必要が出ました」

 

私は言った。

 

「私がキラなら、明らかな悪手です」

 

「確かにそうだ。キラならやらない」

 

松田さんが頷く。

 

だが――

 

月君が口を開いた。

 

「いや、竜崎」

 

その声は、落ち着いていた。

 

「FBIの前からLを信用していない存在はいた」

 

私は視線を向ける。

 

月君は続ける。

 

「それなら信用してくれる人だけに絞る意味がある」

 

「そして疑いを僕に向けるためにやったと考える方が自然だ」

 

わずかに微笑む。

 

「むしろ好手とも考えられる」

 

「実際、秘密裏にキラ捜査を続けられていたのだから」

 

私は少し黙った。

 

(……やはり)

 

思考の速度が速い。

 

「なるほど」

 

私は小さく頷いた。

 

「そういう考えもできますね」

 

そして話を進める。

 

「その後、私はFBI事件を受けて監視カメラと盗聴器を仕掛けました」

 

一瞬だけ、言葉を止める。

 

「……殺人と監視のどちらを取るか」

 

「その天秤の結果です」

 

そして私は、月君を見た。

 

(分かっていますよね、月君)

 

(決定的な証拠がない限り、私はいくらでも逃げられる)

 

(そして――)

 

(あなたの返しは、これだけですか?)

 

その時だった。

 

月君が言った。

 

「その結果、僕がキラである証拠は出なかった」

 

そして続ける。

 

「なぜなら僕がキラではないからだ」

 

私は首を振った。

 

「いいえ」

 

静かに言う。

 

「キラなら証拠は出さずに、あの状況でも殺しを行う」

 

「つまり、月君がキラではないと判断する材料にはなりませんでした」

 

私は机の資料を指す。

 

「監視カメラには死角もあります」

 

そして言った。

 

「ポテトチップスの袋の中に小型テレビ」

 

室内が静まる。

 

「右手で方程式を解きながら」

 

「左手で切り離したノートに名前を書く」

 

私は続ける。

 

「その日、月君は驚くほど白でした」

 

「しかし裁かれたのは軽犯罪者」

 

「つまり、音声ではなく文字情報を見て書いた可能性がある」

 

私は肩をすくめた。

 

「ゴミ箱は調べていません」

 

「ですので、この話はいたちごっこです」

 

「推論にすぎません」

 

その時だった。

 

月君が笑った。

 

「面白い発想をするね」

 

そして言う。

 

「ポテチの中に小型テレビ?」

 

首を振る。

 

「母さんがゴミをまとめる」

 

「さらにゴミ収集員はプロだ」

 

「袋の重さで異物が分かる」

 

「もし小型テレビが見つかれば、その時点でキラだ」

 

そして、静かに言った。

 

「そんな浅はかな作戦」

 

「僕がキラでも絶対にしない」

 

そして続ける。

 

「それこそ死の前の行動を操れる」

 

「僕が勉強中に犯罪をさせて」

 

「その後、僕が勉強中に殺せばいい」

 

私は――

 

一瞬、黙った。

 

そして。

 

「なるほど」

 

私は小さく言った。

 

「その手がありましたか」

 

だがその瞬間、胸の奥で小さな違和感が動く。

 

(……おかしい)

 

(私は追い詰めている)

 

(そう思っているのに)

 

なぜか。

 

なぜか――

 

盤面を支配しているのは、

月君の方ではないかという感覚が、

消えない。

 

***

 

捜査本部――白い蛍光灯の下に、静かな緊張が沈殿していた。

それは音ではない。気配でもない。もっと粘性を帯びた、思考そのものの重さである。

 

私は、砂糖を角砂糖のまま口に放り込みながら、机の上に指を組んだ。

甘味は脳を活性化させる。だがこの場において必要なのは、甘さではなく、冷徹な切断力だ。

 

目の前には、夜神月。

整った顔立ち、無駄のない姿勢。まるで完成された数式のような男である。

――だからこそ、誤差があれば、際立つ。

 

「月君、さらに話を進めていきます」

 

私は淡々と語り始めた。

だがその言葉の一つ一つは、針のように彼へと向けて放たれている。

 

「監視カメラと盗聴器による監視……この状況下において、キラであれば尻尾は出さない。これは結論です」

 

事実の提示。揺るがぬ前提。

ここまでは誰もが理解できる、表層の論理。

 

「しかし、第二のキラが現れたことで、状況は一変しました」

 

空気が、わずかに軋む。

私はそれを感じ取りながら、言葉を続けた。

 

「私は月君がキラである証拠を直接掴むよりも、この第二のキラを捕らえ、そこから辿る方が早いと判断しました」

 

推理とは、最短距離を選ぶ行為ではない。

最も“確実に詰む道”を選ぶことである。

 

「第二のキラのビデオテープは粗雑でした。送り方にも痕跡が残る……つまり捕まえられる存在だった」

 

ここで私は、わずかに視線を上げる。

月の瞳が、こちらを真っ直ぐに射抜いていた。

 

美しいほどの静止。

――だが、静止は完全ではない。

 

「そして、第二のキラが“Lを差し出せ”と言った時……私は焦りました」

 

本来、Lは焦らない。

それをあえて言語化すること自体が、罠である。

 

「このビデオの主が第二のキラであると、私は確信しました。しかし、捜査本部の皆さんは気付かなかった」

 

愚かさではない。

人間とは、そういうものだ。

 

「だからこそ、“もう一人”、気付く者が必要だった」

 

私は、わずかに笑った。

 

「月君、あなたです」

 

沈黙。

だがその沈黙は、ただの空白ではない。思考の奔流が、そこに渦巻いている。

 

「もし月君がキラならば……第二のキラの存在を伏せ、私を殺しに来るはずです」

 

これは賭けではない。

必然である。

 

「しかし私は、月君なら“第二のキラの存在に気付く”と確信していました。つまり、それを伏せた場合……月君がキラであると確定する」

 

論理は閉じている。逃げ場はない。

――はずだった。

 

「逆に、月君が第二のキラの存在を指摘すれば、それはそれで別の意味を持つ」

 

私は、あの瞬間を思い出す。

 

ビデオを見せた時。

ほんのわずか、筋肉が動いた。視線が揺れた。呼吸が変わった。

 

「私は確信しました。月君がキラである、と」

 

だが――

 

「その後、月君は考え込んだ」

 

そこが、美しい。

 

「このまま黙っていれば、Lを殺せる……そう思ったのでしょう。しかし同時に、こうも考えたはずです。“Lが気付かないはずがない”と」

 

私は指を組み直す。

 

「つまり、沈黙は逆に疑いを強める。だからこそ月君は、第二のキラの可能性を示した」

 

論理は、円環を描いて閉じる。

そしてその中心にいるのが――彼だ。

 

月が口を開いた。

 

「竜崎、よく観察しているな……」

 

静かな声。だがその奥には、鋼のような意思がある。

 

「確かに早期に第二のキラの存在には気付いた。そして、Lが気付かないはずがないとも考えた」

 

彼は否定しない。

だが、肯定もしない。

 

「その意味について考察していただけだ」

 

――見事である。

 

私は、わずかに目を細めた。

この男は、論理そのものを遊んでいる。

 

「その後、第二のキラは“キラに会いたい”と言った」

 

私は言葉を重ねる。

一歩ずつ、詰めていく。

 

「そしてその場所に向かったのは、月君……あなたです」

 

事実。動かぬ記録。

逃げ場のない配置。

 

「結果として、弥海砂と月君は交際関係になった。そして弥海砂は、第二のキラだった」

 

ここで、私はほんのわずかに間を置く。

 

「私は、月君の友人や家族にも話を聞きました。結論は一つです」

 

静寂。

 

「月君が、弥海砂のような人物に恋をするとは考えられない」

 

それは人格の否定ではない。

整合性の否定である。

 

「つまり――利用した」

 

私は、ゆっくりと結論を口にした。

 

「私の結論はこうです。キラは月君。そして、第二のキラは弥海砂です」

 

沈黙が落ちる。

 

だがその沈黙は、終わりではない。

むしろ、ここからが始まりである。

 

――夜神月という完全な存在を、崩すための。

Lがデスノートを拾ったらという発想は興味を引くものだったか

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