僕は机に肘をつき、静かに思考の海へ沈んでいた。
夜というものは不思議だ。
昼の喧騒が消えると、人の思考は深い井戸の底へ落ちていく。
窓の外では車の音が遠く流れ、ビルの灯りが静かに瞬いている。
その静寂の中で、僕の頭の中には一つの出来事が重く横たわっていた。
FBI捜査官、十二人の死。
僕はゆっくり目を閉じる。
――死んだFBI捜査官は十二人。
そして、その全員が日本に入った仲間の写真入りファイルを持っていた。
偶然だろうか。
いや。
偶然であるはずがない。
僕は思考を整理するように、指先で机を軽く叩いた。
もしキラが、死の直前の行動を操れるとしたら――
十二人全員にファイルを持たせたまま殺すことは可能だ。
しかし、そのためには条件がある。
まず。
十二人全員の顔と名前を知っている必要がある。
僕は視線を落とす。
もしLがキラではないなら。
キラは、最初にファイルを手に入れた捜査官に接触したはずだ。
そのファイルを見て、残りの捜査官たちの顔と名前を知る。
そして彼らを操り、全員にファイルを持たせたまま殺す。
つまり。
注目すべきなのは――
死んだ順番ではない。
ファイルを持った順番だ。
しかし。
僕の思考はそこで止まらない。
もし――
Lがキラなら。
その瞬間、推理の形はまるで変わる。
その場合、Lは最初から十二人の顔と名前を知っている。
ならば。
ファイルを手にした順番など意味を持たない。
むしろ。
ファイルを持っていた者たちがブラフになる。
僕はゆっくり息を吐いた。
――どちらだ。
Lか。
キラか。
あるいは。
L=キラなのか。
そこまで考えたところで、僕は顔を上げた。
今日は家族会議があると聞いている。
だが、僕の頭はまだキラ事件の思考から抜け出せずにいた。
リビングへ降りると、父さんはすでにテーブルに座っていた。
四人掛けのテーブル。
父さんは腕を組み、黙ったまま動かない。
額にはわずかな皺。
普段は威厳のある警察官の顔だが、今日はどこか重い影が落ちている。
母さんは静かにお茶を運んできた。
四つの湯呑み。
僕はその様子を見て思う。
――母さんはもう、父さんが何を話すのか知っている。
そんな気がした。
家族会議といえば、毎年正月に一度ある。
だが。
まだ新年には三日早い。
サユは椅子に座り、にこにこしている。
腕を頭の後ろで組みながら、実に気楽そうだ。
――もしかして。
お年玉でも貰えると思っているのだろうか。
もしそうなら、僕のラブライブのレアカードを何枚か譲ってもいい。
そう考えて、僕は少しだけ笑いそうになった。
その時。
父さんがゆっくり口を開いた。
「隠しておいても、いずれ分かることだ」
父さんの声は低かった。
重い。
まるで石のように重い。
「ここで言っておく」
父さんは僕たちを見渡した。
「私は今、キラ事件の捜査本部の指揮を執る立場にある」
サユはぱっと顔を明るくした。
「そうなんだー」
腕を組んだまま、にこにこしている。
「なんとなく知ってたけど、やっぱすごいねーお父さんって」
父さんは首を横に振った。
「いや」
そして言った。
「本題はここからだ」
部屋の空気が変わる。
父さんは一瞬目を伏せた。
「実は昨日……」
声が少しだけ低くなる。
「キラを見つけ出すために日本に入ったFBI十二人が」
「全員亡くなった」
サユが目を丸くする。
「キラに殺されちゃったのー?」
父さんは頷いた。
「つまり」
「キラを捕まえようとする者は、殺されるかもしれない」
父さんの声は少し震えていた。
「現に、部下もこの事件から降りていっている」
「こんな残虐な犯罪は今までにない」
「降りていく部下を……私は止められない」
父さんは俯いた。
僕はその顔を見た。
――父さんは。
家族に反対されると思っている。
だから。
顔を上げられないんだ。
その時。
サユが身を乗り出した。
「お父さんが死んだら嫌だよー!」
「やめてよー!」
母さんもすぐに言った。
「そうよ」
「立場とかそんなものより大事なことがあるでしょう」
僕は静かに思った。
――そうだ。
母さん。
父さんには。
大事なものがある。
父さんは顔を上げた。
そして言った。
「いや」
「私は絶対にこの事件から降りない」
「悪に屈してはならない」
その言葉は、静かだった。
だが。
揺るがない。
僕は言葉を失った。
前髪が目にかかる。
父さんは本気だ。
命を懸ける覚悟だ。
その姿を見て――
僕の胸の奥に、強い感情が湧き上がった。
僕はゆっくり顔を上げた。
そして言った。
「立派だよ」
テーブルに両手を置く。
「父さん」
「僕は父さんを誇りに思う」
父さんが僕を見る。
その目は、少しだけ驚いていた。
僕は続ける。
――そうだ。
今考えるべきなのはキラ事件だ。
そして。
父さんは命を懸けて戦おうとしている。
僕の顔は自然と険しくなった。
頭の中に浮かぶのは、憎むべき存在。
キラ。
僕は言った。
「父さんにもしものことがあったら……」
僕は席を立った。
そしてサユの後ろへ回る。
静かに。
冷静に。
僕は言った。
「必ず僕が」
「キラを死刑台に送る」
その言葉は自然に出た。
作った言葉じゃない。
僕の心の奥から出てきた言葉だ。
父さんは何も言わなかった。
だが。
その顔には、確かな安堵が浮かんでいた。
母さんが小さく言う。
「ライト……」
サユも呟く。
「お兄ちゃん……」
そしてサユは、少しだけ頬を膨らませた。
――お兄ちゃんだけ、うまく話をまとめてずるい。
きっとそんなことを言いたかったのだろう。
でも。
父さんの話はまだ続く。
だからサユは、その言葉を飲み込んだのだった。
***
僕はモニターの前で、ほとんど身動きもせずに座っていた。
机の上には冷えたコーヒー。
飲みかけのまま、もう二時間ほど放置されている。
視線はずっと同じ映像に固定されていた。
――バスジャック事件の映像。
もちろん、父のパソコンから手に入れたものだ。
警察庁の内部資料。
普通の人間なら決して見ることのできないデータ。
だが、僕にとってハッキングなど特別な行為ではない。
ただの手段にすぎない。
僕は再生バーを少し戻した。
同じ場面を、何度も、何度も、何度も見ている。
研究者というものは、往々にして異常な執着を持つ。
普通の人間が見逃す些細な違和感を、徹底的に掘り下げる。
そして今、僕の頭の中にはひとつの疑問が渦巻いていた。
――気になる場所がある。
映像の中で、犯人が舌打ちをする。
「けっ……」
男は苛立ったように紙を睨む。
「買い物メモかよ」
紙をぐしゃりと握り潰す。
「くだらねぇ」
その目が、乗客を一人一人舐め回すように見ていく。
「いいか……」
「今度妙な動きをしたら――」
そして。
その瞬間だった。
男の目が止まる。
視線が後方へ固定される。
瞳孔が開く。
僕はそこで一時停止を押した。
画面を拡大する。
フレーム単位で確認する。
――明らかに。
――僕たちには見えない何かを見ている。
最初は、単純な推測だった。
あのバスはパニック状態だった。
犯人は麻薬中毒者。
だから。
幻覚。
それが一番合理的な説明に思えた。
だが。
僕はもう一度映像を再生する。
犯人の目。
その瞳孔の開き方。
僕は机に肘をついた。
――違う。
これは麻薬中毒者特有の反応ではない。
むしろ。
もっと動物的な反応だ。
例えば――
カラスの目。
鳥類は危険を察知すると、瞳孔が瞬間的に大きく開く。
捕食者を見つけたときの反応。
つまり。
犯人は何かを視認している。
「な……」
男の声が震える。
「なんだてめぇは!!」
突然叫ぶ。
「そこの一番後ろの奴!!」
画面の中でレイ=ペンバーが肩を震わせる。
――見られた?
彼はコートの内側に拳銃を隠している。
撃つべきか。
撃たないべきか。
その判断をする一瞬。
しかし。
犯人の指は。
レイとは別の方向を指している。
「ふざけやがって……!」
男は後ずさる。
「い……いつからそこにいたァァ!!」
僕は映像を止めた。
そして後部座席の画面を拡大する。
犯人から見て。
後頭部の右側にはレイ=ペンバー。
左側には。
――顔が映っていない人物。
座り方は。
体育座り。
髪はぼさぼさ。
それだけ。
それ以上の情報は何もない。
カメラの角度。
乗客の影。
座席の死角。
すべてが絶妙に重なり。
顔だけが映っていない。
僕は小さく息を吐いた。
――これは偶然か?
僕自身も、その人物を一瞬しか見ていない。
しかも。
バスのカメラには一度も顔が映っていない。
それは確率的にどれほどのものだろう。
僕はさらに映像を確認する。
犯人の視線。
それは後部座席の中央に向いている。
だが。
そこには誰もいない。
僕は別の作業に移った。
映像の明度を変える。
ノイズを除去する。
音声を分解する。
周波数分析。
不可解な音がないか。
だが。
結果はすべて同じだった。
何もない。
僕は椅子にもたれた。
そして思った。
人間は、視覚についてほとんど理解していない。
例えば。
利き目。
片目を隠して文字を見るだけで分かる簡単なものだ。
だが。
それすら知らない人間が大半だ。
僕はさらに思考を進める。
色。
この世界の色とは何だろう。
人間は世界をカラフルだと思っている。
しかし。
本質的には違う。
世界はただ光を反射しているだけだ。
犬や猫は白黒の世界を見ていると言われる。
それはある意味で正しい。
色とは。
脳が作る錯覚だ。
人間は三種類の錐体細胞。
赤、緑、青。
その組み合わせで色を認識する。
だが。
それは決して優れた能力ではない。
例えば。
トナカイ。
カラス(鳥)。
亀。
これらの生物は。
紫外線を見ることができる。
紫外線。
人間には透明に見える光。
だが実際には。
紫色だ。
ただ。
人間の目がそれを認識できないだけだ。
つまり。
世界には。
人間には見えない色が存在する。
動物が突然何かに反応する。
人間には何も見えない。
だが彼らには見えている。
それは珍しいことではない。
僕は机の横のケージを見た。
中で。
数匹のカラスが鳴いている。
そう。
僕はカラスを捕まえてきた。
トナカイはさすがに無理だった。
亀は反応するか分からない。
だから。
カラス。
実験は簡単だった。
問題の映像を再生する。
その瞬間。
カラスたちは一斉に騒ぎ始めた。
カアカアと。
まるで。
何かを恐れるように。
僕は静かに呟いた。
つまり。
そこには。
人間の見えない何かがいた。
この現象をキラと結びつけるのは。
確かに強引かもしれない。
だが。
キラの殺しは。
すでに合理性の外にある。
常識を越えている。
だから。
もう一つ。
思い当たるものがある。
囚人が残したメモ。
僕はその言葉を思い出す。
「えるしっているか」
「死神は」
「りんごしかたべない」
僕はゆっくり呟いた。
――死神。
もし。
あのバスに。
死神が乗っていたとしたら。
そして。
何らかの理由で。
犯人を死に導いたとしたら。
それは。
鳥獣戯画のような荒唐無稽な空想だろうか。
僕は首を横に振る。
いいや。
少なくとも。
カラスの実験によって。
人間に見えない何かが存在する可能性は示された。
それが何なのか。
まだ分からない。
だが。
僕の直感が告げている。
この不可解な現象。
キラ。
死神。
それらは。
どこかで繋がっている。
月とLどちらに勝って欲しいか
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月
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L
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勝者なし
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引き分け
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月L以外