TSした元ニート自堕落おっさん聖女はガワしか変わらない   作:オマエはいつでも善良な市民

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やや不快な要素があります。


第1話

 その森は、陽光を拒絶するかのように厚い雲と、世の理に逆らうようにねじ曲がった巨木が支配する樹海であった。魔王軍の浸食が進むこの地では、空気さえも微かに腐敗の臭いを孕み、鳥のさえずり一つ聞こえない。そんな静寂を切り裂いたのは、鋭い金属音と、地を這うような獣たちの低い唸り声だった。

 

「来るぞ! 総員、陣形を崩すな!」

 

勇者アレンの声が響き渡る。二十一歳という若さながら、彼の佇まいには既に一軍を率いる将のような風格があった。肩まで届く輝くような赤髪は、激しい動きの中でもその輝きを失わず、意志の強さを象徴する碧眼は、真っ直ぐに敵を捉えている。彼が纏う白銀の軽鎧は、幾多の死線を潜り抜けてきた証として無数の細かい傷が刻まれていたが、その背に負った勇者の剣─── グロリアの鞘だけは、一点の曇りもなく磨き上げられていた。

アレンの前方から迫る黒い影は、魔王軍の斥候を務める魔獣──── 影獣(シャドウハウンド)である。

漆黒の体躯に赤い目を灯し、実体を持たない影のように森を駆ける凶悪な獣たちだ。その数は優に二十を超えている。

 

「ふん、この程度の雑魚、私の拳で塵にしてやるわ!」

 

真っ先に飛び出したのは、格闘家のシーラだった。十九歳の彼女は、しなやかな筋肉を躍動させ、影の群れへと突っ込んでいく。軽装の道着を纏った彼女が、深く踏み込み、魔力を練り上げた一撃を放つ。

 

ドォォォォン!

 

空気が爆ぜるような轟音と共に、先頭の猟犬が跡形もなく粉砕された。

シーラの魅力は、その野性味溢れる躍動感にある。健康的に日焼けした小麦色の肌、快活に動くたびに揺れるポニーテールの黒髪。そして、道着の上からでも一目で分かるその豊かな胸元は、激しい動きに伴って大きく波打っていた。

しかし、その曲線は、戦場にあってどこか生命の奔放さを感じさせる。

 

「おい、肉ダルマ。あまり前に出すぎるなと言っただろう。貴様のその無駄に膨らんだ肉の塊が視界を遮って、こちらの剣筋が狂う」

 

冷ややかな、しかし重厚な声が森に響く。聖騎士(パラディン)のカイルだ。名門騎士家系の次男坊である彼は、パーティの中でも一際豪華な全身鎧(フルプレート)を纏っていた。家紋があしらわれた青いマントを翻し、白銀の盾と家に代々伝わる聖剣─── サンクトゥスを構える姿は、まさに絵画から抜け出した聖騎士そのもの。冷徹なまでの美貌を湛えた端正な顔立ちは、戦いの中でも一切の乱れを見せず、白皙の肌に返り血すら寄せ付けない。

 

「あぁ? 何よ、バカイル!あんたこそ、後ろでシャロンに見惚れて足元がお留守なんじゃないの? 尻尾を振るのは敵を片付けてからにしなさいよ!」

 

「誰がバカイルだ! 私は、シャロン様をこの魔獣どもの穢れた血から守護しているのだ。貴様のような、食い気と肉の塊でできた野蛮な女と一緒にされたくないな!」

 

二人は激しい言葉の応酬を繰り広げながらも、その連携は完璧だった。シーラが敵の注意を引き、カイルがその盾で敵を弾き、長剣で確実に仕留める。互いに皮肉を飛ばし合うことで、むしろ極限状態の戦場における緊張を制御しているかのようだった。

勇者アレンは、二人の背中を信頼の眼差しで見つめながら、グロリアを掲げた。

 

「カイル、シーラ、口を動かす暇があるなら手を動かそう! 影はまだ増えている。……シャロン、皆の守りを頼む!」

 

その中心で、一際神々しい光を放ちながら佇む少女がいた。聖女シャロンである。

腰まで届く白銀の髪は、薄暗い森の中でも月光を反射するシルクのように輝き、神秘的な黄金の瞳は、世界の苦しみすべてを受け入れるかのような深い慈愛を湛えている。彼女が纏う純白の法衣は、複雑な金糸の刺繍が施され、彼女の持つ「聖性」をより一層際立たせていた。白磁のように透き通った肌、ほどよく膨らんだ胸元から、ふくよかな尻、そして法衣の隙間からのぞく艶かしい太もも。彼女は戦いの最中にあっても、まるで静かな教会で祈りを捧げているかのように、その完璧な美貌を乱すことはなかった。

 

「……ええ。主の加護が、皆様の盾となりますように」

 

シャロンが白磁のような手をゆっくりと天に掲げると、清らかな光が彼女の周囲に集まり始めた。十七歳の少女とは思えぬほどの、圧倒的な魔力の奔流。しかし、その力は暴力的な圧迫感を伴わず、むしろ春の陽だまりのような温かさを持って仲間たちを包み込んでいく。

 

「——『聖なる盾(ディバインシールド)』」

 

シャロンの声が響くと同時に、アレン、カイル、シーラの周囲に半透明の金色の障壁が展開された。猟犬たちの爪が障壁に弾かれ、虚しく火花を散らす。

 

「おお……なんと温かい光だ。シャロン様、感謝いたします!」

 

カイルが恍惚とした表情で、一瞬だけ背後の聖女を振り返った。その瞳には、単なる仲間への信頼を超えた、情熱的な思慕の念が宿っている。シャロンは彼に対し、ただ儚げに微笑んで見せた。

だが、敵もさるもの。影の猟犬たちは合体し、一つの巨大な影の塊——「大影獣(グレートシャドウ)」へと姿を変えた。その巨大な爪が、アレンの正面から振り下ろされる。

 

「アレン、危ない!」

 

シーラが叫ぶが、アレンは避けようとしなかった。彼はシャロンの魔法を完全に信じ切っていた。

 

ガギィィィン!

 

巨大な爪は、金色の障壁に阻まれ、一歩も先へ進めない。その隙を逃さず、アレンがグロリアを振り下ろす。

 

「はあああああ!」

 

聖なる一閃が大影獣(グレートシャドウ)の胴体を真っ二つに裂く。しかし、影の獣はすぐさま修復を始め、粘着質な魔力を放ちながら四人を包囲しようとした。

 

「しぶといわね……。魔力も根性も尽きないわけ?」

 

シーラが汗を拭いながら悪態をつく。その額に浮かぶ汗が、彼女の小麦色の肌をより一層艶やかに見せていた。

 

「……皆様、下がってください。これ以上、この森を穢させるわけにはいきません」

 

シャロンが、一歩前へ出た。その歩みは優雅で、まるで花の絨毯の上を歩いているかのように軽やかだ。彼女が胸元に手を組み、瞳を閉じると、森全体の空気が一変した。不浄な瘴気が押し流され、神聖な静寂が戦場を支配する。

 

シャロンの黄金の瞳が再び開かれたとき、そこには峻烈なまでの光が宿っていた。 

 

「——『主よ、迷える魂に永劫なる休息を。聖なる慈雨(ホーリーレイン)』」

 

天から、銀色に輝く光の矢が降り注いだ。それは雨のように降り注ぎ、影の猟犬たちを、そして森の瘴気を、慈悲深く、かつ容赦なく焼き払っていく。光に触れた影たちは、断末魔の叫びを上げる間もなく、純白の粒子となって空へと霧散していった。

数分後、そこには平穏な、ただの静かな森が戻っていた。

 

「……終わりました」

 

シャロンは、少しだけ肩を落とし、疲れたように微笑んだ。その姿は、あまりにも清廉で、あまりにも尊い。

 

「さすがはシャロンだ。君の力がなければ、勝つことはできなかった」

 

アレンが歩み寄り、彼女の労をねぎらう。

 

「シャロン様、お疲れではありませんか? 私に捕まってください、このカイル、貴女の剣となり盾となり、そして貴女を抱えて歩く準備はいつでもできております!」

 

「あんたは黙ってなさいよ、バカイル。シャロン、顔色が少し青いわ。早く宿へ帰ってゆっくりしましょ!」

 

シーラがシャロンの腕を取り、自身の豊かな胸元に引き寄せる。

 

「………………ありがとうございます。皆様が無事で、何よりです。……さあ、ルース・ガラドへ戻りましょう。主も、私たちが無事であることをお喜びになるはずです」

 

シャロンの機嫌の良い声に、仲間たちは皆、深く頷いた。彼女という光がある限り、自分たちはどんな闇にも立ち向かえる。誰もがそう確信していた。

 

───────────────

 

都市ルース・ガラドの巨大な正門を潜ると、そこには戦場とは無縁の、眩いばかりの活気が溢れていた。夕闇を照らす魔導灯の明かりと、立ち並ぶ露店から漂う香ばしい食べ物の匂い。そして何より、英雄たちの帰還を待ちわびていた民衆の地を揺らすような大歓声が、四人を包み込んだ。

 

「勇者アレン! 今日もこの街を守ってくれてありがとうー!!」

「カイルさまーーっ!!こっち向いて!!」

「シーラちゃーん!今度酒に付き合ってくれよー!」

「聖女様だ! 聖女様が戻られたぞ!」

 

降り注ぐ花びらの中、勇者一行は進む。

先頭を行く勇者アレンは、夕陽を背に受けてなお眩しく輝いている。

一点の曇りもない笑顔で街の人々に手を振るその姿は、正義の化身だ。

その後ろを、歩く聖騎士(パラディン)のカイルは、以前シャロンを庇った際に負った鎧の傷すらも、「聖女様をお守りした栄光の証」として、勲章のように見せびらかしている。その顔には、聖女に褒められるのを待つ大型犬のような、ひどく暑苦しい情熱が張り付いていた。

隊列の最後尾、樹海へと続く道の道中に現れた魔獣から得た素材などが入った袋を軽々と担ぎ、あくび混じりに進むのが格闘家のシーラだ。

その横にいるシャロンは白銀の髪を夜風になびかせ、一歩一歩、優雅に石畳を踏みしめて歩き、その黄金の瞳は、まるで救いを求めるすべての人々を慈しむかのように、穏やかな光を湛えていた。怪我を負った兵士がいれば足を止め、その傷口にそっと手を添えて「主の癒やし」を授ける。そのたびに上がる感嘆の声。彼女が微笑むだけで、戦いの汚れに満ちた空気さえも浄化されていくかのようだった。

 

「さあ、まずはギルドへ報告に行こう。それから、簡単に打ち上げだ」

 

アレンの言葉に従い、一行は冒険者ギルドへと向かった。

ギルド併設の食堂は、既に仕事を終えた冒険者たちでごった返していた。床は酒や泥で汚れ、天井には安煙草の煙が漂っている。アレンたちは、その喧騒の片隅にある、年季の入った木のテーブルを囲んだ。

運ばれてきたのは、大皿に盛られた野兎のシチューと、保存の利く堅い黒パンだ。それらがテーブルに置かれるや否や、パラディンのカイルが機敏に動いた。 

 

「シャロン様。このような騒がしい場所で申し訳ございません。せめて飲み物だけでも、貴女の清らかな魂に相応しいものをご用意しました」

 

カイルは懐から、丁寧に布で包まれた小瓶と、シャロン専用の白磁のカップを取り出した。彼はギルドの不衛生な水は使わず、自ら持参した聖水に近い湧水を魔法で温め、その中に希少な「銀月草」の茶葉を躍らせる。

 

「……さあ、召し上がってください。疲労回復と魔力増幅、そして精神の安寧をもたらす最高級のハーブティーです」

 

立ち上がるのは、目が覚めるほど清涼で、どこか薬臭い、気取った香草の匂いだ。カイルは跪くような姿勢で、うっとりとシャロンの顔色を窺っている。

 

「ありがとうございます、カイルさん。貴方の心遣いは、いつも私の心を温めてくれますわ。……主の愛を感じる、素晴らしい香りです」

 

シャロンは淑やかに微笑み、そのカップを両手で包み込んだ。

周囲の冒険者たちは、そのあまりにも神々しい風景に、自らの下卑た笑い声を慎むほどであった。

 

「はーっ、悔しいけどこういう時のカイルは気が効くのよねぇ…」と、シーラはぼやく。

 

勇者アレンは、こうしたやり取り様子を満足げに眺めながら、自らもジョッキを傾けた。

 

「こうして仲間と囲む食卓が、一番力が湧く。……そうだろ、みんな」

 

「ええ、アレンさん。主も、この和やかな光景をお喜びになるはずです」

シャロンは穏やかに微笑み、小さく頷いた。

 

打ち上げが進む中、シャロンは時折、疲れを見せるように伏せ目がちになり、仲間たちに「深い祈りの時間」が必要であることを仄めかした。彼女の体調を誰よりも案じるカイルが、即座に宿への付き添いを申し出たが、彼女はそれを「一人で主と向き合う静寂もまた、修行なのです」と優しく、かつ断固として拒んだ。

 

「それでは皆様。私はこれで失礼いたします。……どうか、主の加護が今夜も皆様の夢にありますように」

 

聖女としての完璧な礼を尽くし、彼女は喧騒の食堂を後にした。背中に浴びる仲間の信頼と、冒険者の崇拝の視線。彼女は宿の階段を上がるその最後の一段まで、背筋を一点の狂いもなく伸ばし、清廉な乙女としての足取りを崩さなかった。

 

 

───────────────

 

 

宿の最上階。割り当てられた特別室の前に辿り着き、彼女は重厚な扉を開けた。

室内に入り、背後で扉を閉めた瞬間、カチリという錠の音が、一つの世界の終わりを告げる合図のように響いた。

彼女は震える手で(かんぬき)を下ろし、さらに自ら編み出した「認識阻害」と「完全防音」の結界を三重に展開した。窓のカーテンを隙間なく閉め切り、魔導灯を限界まで暗く落とす。

密室となったその部屋の中、鏡の前に立ったシャロンは、じっと自らの輪郭を見つめていた。白銀の髪、黄金の瞳。光の中にあったはずのその姿が、今は部屋の闇に溶け込もうとしている。

その瞳の奥に、淀んだ影が差し込み始めたのは、その直後だった。

 

シャロンの手が、ゆっくりと、しかしどこか焦燥を含んだ動きで頭上のヴェールに伸びる。指先がヴェールを掴んだ瞬間、それまでの優雅な指捌きは消え失せた。

 

「……ッ、クッ……ハァ……ッ」

 

喉の奥から、吐息が漏れる。

ヴェールを剥ぎ取ると、彼女はそれをドレッサーの隅へと投げ捨てた。続いて、法衣の首元に指を突っ込む。金糸の刺繍が施された高価なボタンを、一つずつ丁寧に外すべきそれを、彼女は指先を鍵のように引っ掛け、無理やりこじ開けるようにして引き剥がしていった。

パチン、パチンと、糸が弾ける音が不吉に響く。

重厚な法衣の合わせ目が開き、そこから覗くのは、十七歳の少女らしい華奢な鎖骨……だけではなく内側から溢れ出すような、どす黒い執念の色だった。

 

「……あ゛ーーーーーーっ……クソ、マジで、死ぬかと思ったわ……ッ!」

 

声が、一瞬で変わった。

透き通るような鈴の音は消え失せ、粘着質な脂を塗りたくったような、まるで四十過ぎの中年男特有のような濁りきった低音が部屋に響き渡る。

同時に、聖女の凛とした佇まいは完全に崩壊した。彼女は喉の奥を鳴らし、「カハッ、ペッ」と汚い音を立てて絨毯の上に痰を吐き出すと、それを法衣の裾で無造作に踏みにじった。

 

「あー……痒い、痒すぎる……ッ! なんだよこのタイツ、中が蒸れて腐ってんじゃねえか……!?」

 

法衣は力なく床に落ち、重厚な布地が不格好に重なる。続いて彼女は、窮屈な下着の隙間に手を突っ込み、股間を執拗に、かつ豪快に掻き毟り始めた。激しい戦闘でかいた汗が、繊細な布地の中で不快な蒸れを引き起こしていたのだ。

 

ポリ、ポリ、ボリボリ。 

 

聖女の指先が、その秘部付近を容赦なく蹂躙する。ひとしきり掻き終えると、彼女は指を引き抜き、流れるような動作で鼻先に持っていった。

 

「……ふぅー……、はあ。……マジで今日、あのハウンド共と追いかけっこしたせいで、蒸れ方が尋常じゃねえわ」

 

その動作は、男が股間を掻いたあと、ただ「今日も臭いな」と認識するだけの、無機質で惰性的な日常動作そのものだった。聖女の美貌でそれを行う様子は、もはや喜劇を通り越して冒涜的ですらある。

 

彼女の内側に居座っているのは、当代随一の聖女、シャロンではない。日本の地方都市で死んだニート、佐藤健一(享年42歳 趣味:飲酒 ギャンブル アニメ)の魂である。

健一の死は、あまりにも味気ないものだった。

二十年に及ぶ生活保護による引きこもり生活の果て、スーパーの半額弁当を貪りながら安酒を煽っていたところ、運悪く喉にいか天を詰まらせた。必死にのたうち回り、誰にも助けを呼べぬまま、彼は液晶画面から流れるアイドルアニメの陽気なBGMを聴きながら、意識を失ったのである。

 

次に彼が意識を取り戻したとき、そこは異世界の片田舎にある、薄汚れた修道院の固いベッドの上だった。

彼は「シャロン」という名の、物心つく前に捨てられた孤児でかつ女性になっていた。

当然、周囲に馴染めるはずもなく、健一はおっさんの魂を隠し持ちながら、卑屈な目つきで空腹に耐え、泥水を啜るような日々を過ごした。

だが、転機は突然訪れた。修道院を訪れた高位の神官が、シャロンの中に眠る絶大な魔力を発見したのだ。

 

「この者こそ、世界を救う『聖女』だ!」

 

神殿へと連行され、豪華な衣装を着せられた健一を待っていたのは、甘美な贅沢ではなく、血反吐を吐くような「教育」の地獄だった。

高位の神官や教育係の老女たちによる、二十四時間体制の監視と矯正。

前世で二十年間、万年布団の上でアルコールを啜りながらアニメを観ていた男にとって、それは拷問に等しかった。

だが、健一には長年の引きこもり生活で培った「卑屈な生存本能」があった。ここで落第して元の粗末な修道院に戻るくらいなら、理想の聖女を完璧に『ロールプレイ』してやろうと決意したのだ。

健一はラノベやアニメの聖女キャラから盗んだ「理想の聖女像」を組み合わせ、完璧な虚像を作り上げたのだ。

その執念とも言える擬態は、厳格な教育係たちが「なんと高潔な……。主の愛が、彼女を真の聖女へと変えられたのだ!」と涙を流して感服するほどだった。

 

やがて、その圧倒的な魔力と「完璧な聖女」としての名声は国中に広がり、彼はついに魔王討伐を掲げる勇者パーティの最後の一員として選出されるに至った。

しかし、ロールプレイはロールプレイ。人目のないところでは前世と全く同じように振る舞っている。

 

彼女は下着姿のまま、ベッドの下の隠し床板を蹴り開けた。

魔法で隠していた「私物」——ドワーフ製の安酒と、干し肉の袋を引っ張り出す。

 

「酒だ……。酒が必要だ……。あの聖犬(カイル)が気取って淹れたハーブティーなんてな、あんな薬草水なんか飲むよりウェットティッシュのアルコールを啜った方がマシなんだよ……!」

 

シャロンはベッドの上にどっかりと胡坐をかき、太ももを大きく広げた。彼女は安酒の栓を歯で引き抜き、そのまま浅い喉仏を激しく上下させながら安酒を煽った。

 

「……ゴブッ、ゴブッ、……ゴホッ、ップハァァァァ!」

 

乱暴な飲み方のせいで、口の端から安酒が溢れ出し、顎を伝って滴り落ちる。その液体は、月光に輝くはずの白銀の髪にベッタリと付着し、清廉な色を濁らせ、酒臭い異臭を放つ糸へと変えていった。だが、彼女はそれを拭うことすらしない。

 

「カァーッ!! 染みるぜぇ! ギルドの消しゴムみたいな肉料理より、この一杯の泥水の方がよっぽど救いがあるわ!」

 

湿った干し肉を鷲掴みにして口に放り込む。クチャ、クチャ、という不快な咀嚼音が、聖なる夜の静寂を侵食していく。

 

卑屈な中年男にとって、世界から崇拝される現状は自身の富と自己承認欲求を満たすもの以上に、いつ「中身はおっさん」だとバレて、指を差して笑われるかという恐怖に怯えながら、そのストレスを安酒で紛らわすという、前世と似た日々へと変貌させていった。

聖女シャロンは、佐藤健一という男が、生き延びるために作り上げた「最大にして最悪の偽装」であった。

 

「……はあ。いつまでもこんな、魔王軍がどうだのっていう最前線で命を削る『聖女』なんてやってられっかよ」

 

彼女は、安酒で汚れた銀髪を乱暴に掻きあげ、ベッドのヘッドボードに背中を預けた。酒の勢いで、その黄金の瞳はどんよりと濁り、下卑た光を放っている。

 

「……いっそ、どこかの田舎街にでも引きこもって、新しい宗教でも立ち上げてやろうか。……『聖女の至福基金』。いい響きじゃねえか。俺がちょっと『主が仰っています、金を出せば救われます』って微笑めば、あの聖犬(カイル)みたいなチョロい連中が、全財産を差し出しに来るぜ……」

 

彼女は酒瓶の底をベッドに叩きつけ、下品な笑い声を漏らす。

そして、己の喉の奥からせり上がってきた巨大な空気の塊を、遠慮もなしに放出した。

「 ……ふぅ。……出た出た。溜まってたんだよ、猫被りの毒がよぉ……」

吐き出した不快な残響を耳にし、満足げに鼻を鳴らす。

酒が回り、体温が上がってくると、彼は次第に別の「欲求」を覚え始めた。前世の引きこもり生活で、数少ない娯楽として染み付いていた卑俗な習慣だ。

彼は下着の中に、その細く白い指先を無造作に滑り込ませた。

それは自愛とは程遠い、事務的な処理に等しい手つきだった。自分のものではない、若く美しい肉体。それを愛でるどころか、彼はまるで汚れた雑巾でも扱うかのように、その肢体を乱暴に弄ぶ。繊細な肌を爪で強く立て、痛みすら快楽のスパイスにするその動作は、神聖な聖女の器に対する冒涜そのものだった。

だが、その光景だけを端から見れば、神秘的ですらある優雅な動きに見えてしまう。白銀の髪がシーツに無造作に広がり、月光に照らされた肢体が、神の啓示に震えるかのように微かに波打つ。

「……ッ、ん……ハァ……ッ」

漏れ出す吐息は、確かに美少女の瑞々しい艶を含み、その表情は法悦に満ちた聖女そのものだった。しかし、その脳内にあるのは、前世で浴びるように見ていた下俗なコンテンツの断片だ。カイルが、あるいはアレンが、そして崇拝する民衆たちが、決して知る由もない汚濁の儀式。聖女の極上の肉体を、ただの快楽のための道具として使い潰す。その背徳感と、それ以上に勝る生理的な快楽に、彼女は醜く、しかし美しく身をよじった。

 

まもなく、虚無が訪れる。

彼女は、濡れた指先を自分の髪で拭おうとして思い留まり、適当な布で雑に拭うと、そのまま糸の切れた人形のように、酒の匂いが染み付いた枕に顔を埋めた。

「……あー……。……味噌汁……。……出汁が効いてて……食感が残ったネギと……わかめが入ったのが……食いてえ……」

十七歳の絶世の美少女。

その仮面の下にあるのは、光も、希望も、慈愛もない。

ただ、湿った酒の臭いと、怠惰に生きて死んだ男の魂、そして世界を騙し続けているという、底寒い愉悦だけだ。

「……あー……。……明日も、……あのキラキラした……勇者ごっこ……か……。……ひきこもりてえ……」

聖女シャロン——佐藤健一は、下品な寝屁を一つ放つと、そのまま、泥のように眠りへと落ちていった。

窓の外では、何も知らない月が、その呪わしくも美しい「偽りの神殿」を、どこまでも清らかに照らしていた。

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