TSした元ニート自堕落おっさん聖女はガワしか変わらない   作:オマエはいつでも善良な市民

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第4話

北の森での激闘を終えた、一行は次なる目的地へと馬車を走らせた。数日間の旅路の果て、地平線の向こう側に陽光を反射させて白く輝く巨大な威容が現れる。ここは水上の都、自由貿易都市「オーラム・ヴェール」である。

 

「……これはまた。随分と景気の良さそうな街だな。みんな、あそこの尖塔を見て。金箔が貼ってあるよ」

 

御者台の隣で、アレンが眩しそうに目を細めて感嘆の声を漏らした。

高くそびえ立つ白亜の城壁を潜り抜けた瞬間、一行を迎え入れたのは、耳を打つような喧騒だった。迷路のように入り組んだ水路には、山のような物資を積んだ小舟が音もなく行き交い、橋の上では商人が、宝石、香辛料、魔導具を巡って熾烈な交渉を繰り広げている。

 

「ふん、成金趣味な街だ。信仰よりも、帳簿の数字を優先する輩ばかりが集まっているのだろう」

 

カイルが不機嫌そうに鼻を鳴らすが、その隣でシーラは「あっちの屋台、見たことない肉が焼けてるわよ!」とはしゃいでいる。

この街は、讃美歌よりも金貨の触れ合う音が尊ばれ、信仰よりも信用という名が優先される、金融の都市であった。

一行はまず、運河沿いに建つ高級宿『碧水(へきすい)の揺り籠亭』へと馬車を寄せた。

チェックインを済ませ、それぞれの部屋に最低限の荷物を解いたところで、アレンがロビーに全員を集めた。

 

「さて、ここからは各自別行動だ。僕は勇者として、この都市を統治する都市長との公式な面会がある。魔王軍の動向についての情報共有が必要だからね」

 

「私は、都市の中央神殿へ向かいます」

 

カイルが神妙な面持ちで一歩前に出た。

 

「数日後に予定されている、この地の最高典礼官……オーラム枢機卿とシャロン様の公式会合、および宗教会議の事前打ち合わせです。聖女様を不当に待たせるような無礼があってはなりませんからな」

 

「私は市場の視察(食べ歩き)に行ってくるわ!」

 

シーラが元気よく手を挙げ、それぞれの行き先が決まった。

最後にアレンが、腰に下げていたずっしりと重い魔導バッグを解き、シャロンの手へと預けた。

 

「シャロン、君にはパーティの活動資金を、この都市で流通している『オーラム大金貨』へ両替しておいてもらえるかな? この街のギルドを通した通貨でないと、あらゆる決済で不利益を被るらしいんだ。聖女である君なら、窓口での信用も厚いだろう。……頼めるかい?」

 

「聖女なら安心だ」という、これ以上ないほど純粋で、かつ残酷な信頼の言葉。

受け取ったシャロンは、完璧な聖女の微笑みを浮かべたまま、しとやかに頷いた。

 

「承知いたしました、アレン様。財を預かる身として、一分の狂いもなく管理してまいりますわ。……皆様も、それぞれの責務を全うされますよう」

 

黄金の瞳に慈愛の光を湛え、シャロンは優雅に会釈した。

だが、その内側に潜む佐藤健一は、バッグから漏れ出る「金貨500枚」の圧倒的な重量感に、かつてないほど卑俗で邪悪な動悸を覚えていた。

 

(……500枚。500枚だぞ。こんな額が、パーティにあったとは……!)

 

シャロンは、自らの頬が欲に吊り上がらないよう、精神力の全てを動員して顔筋を制御していた。

仲間たちがそれぞれの目的地へと散っていくのを見届け、シャロンは1人、オーラム・ヴェールの中央ギルド本部へと足を向けた。

 

 

□■□■

 

 

白大理石の円柱が並ぶロビーには、武装した冒険者たちと、羽ペンの音を忙しなく響かせる事務官たちが入り乱れている。シャロンが足を踏み入れた瞬間、その場の喧騒が、潮が引くように静まり返った。

 

「失礼、両替をお願いしたいのですが」

 

窓口に歩み寄り、凛とした声で告げた。

受付の男は当初、あまりの美貌に目を奪われて呆然としていたが、彼女がカウンターに置いた「あるもの」を見た瞬間、その顔面から血の気が引いた。

シャロンが提示したのは、勇者パーティの身分証を兼ねた、オリハルコン製の「聖光教・筆頭聖女」の紋章である。

そこには、大陸の八割が帰依する最大宗教「聖光教」の象徴である『十二条の光輪』の意匠が、緻密な彫金で刻まれていた。

 

(これ。実質、この世界の印籠みたいなもんだからな。教団の筆頭聖女ってだけで、大抵の役所仕事はフリーパスだ)

 

シャロンは内心で、その権威の重さを再確認していた。この紋章は、国教の象徴的な地位にあること、そして国家が認めた最高戦力の一員であることを公に証明しているのである。

 

「こ、これはようこそいらっしゃいました……! 聖光教の筆頭聖女のシャロン様……! 勇者アレン様御一行の……!!」

 

職員の声が裏返り、ギルド内に激震が走る。

周囲の冒険者たちはその女に視線を集中させ、中には反射的に跪き、胸の前で光輪の印を結んで祈りを捧げる信徒の姿すらあった。

 

「すぐに、奥の特別賓客室へご案内いたします! 支部長! 支部長を呼べッ! 特級の茶葉も用意しろ!」

 

ギルドの職員は、その神々しいオーラと紋章の重圧に圧倒され、恐縮しながら彼女を奥へと通した。本来なら一割は取られるはずの換金手数料も、「教団への寄進と、人類の希望たる勇者一行への敬意」という名目で、全額免除という異例の対応になった。手続きは、健一が拍子抜けするほどスムーズに、かつ最高級の待遇で完了した。

重厚な魔導バッグの中には、オーラム・ヴェールの刻印が打たれた、新品の『オーラム大金貨』500枚が収まった。

 

(……よし、第一段階クリア。あとは、アレンが都市長と話し込み、カイルが神殿で枢機卿との打ち合わせに難儀している間に、俺の『聖なる義務』を果たすだけだ)

 

宿『碧水(へきすい)の揺り籠亭』のスイートルーム。

部屋に戻るなり、シャロンは音を立てずに扉の(かんぬき)を下ろした。カチャリ、という金属音が、彼女……佐藤健一にとっての、真の「仕事」開始を告げるファンファーレだった。

 

「……ふぅ。よし、誰も見てねえな」

 

扉には三重の拒絶結界。窓の隙間には認識阻害の呪符。さらには部屋全体に、内部の音を一切外へ漏らさない「完全防音」の結界を重ねる。これほど厳重な魔導構成は、魔王軍の幹部を暗殺する時ですら用いない。

 

「……さて。アレンは都市長と面会、カイルは神殿、シーラは食べ歩き。しばらくは戻ってこねえはずだ」

 

計画通りの完全なる沈黙を確認すると、シャロンはベッドに腰掛け、深く息を吐いた。そして、世間どころか勇者パーティの誰一人にも、決して知られてはならない特級変身魔法の詠唱を開始する。

 

「『(ことわり)の殻を脱ぎ捨て、魂の澱みを形に成せ……。在るべき怠惰、在るべき矮小、その真実を此処に』」

 

自分自身の()()を起点とする独自の術式。

光が溢れ、法衣に包まれた絶世の美少女の輪郭が、ゆっくりと、しかし確実に崩れていく。

白銀の流れるような髪は急速に短くなり、頭頂部は心なしか寂しく地肌が透け始めた。陶器のように透き通っていた肌は、適度に脂ぎった、どこか黄ばんだ褐色へと変わる。凛とした無駄のない体躯は、重力に従うように弛み、日々の不摂生と長年のストレスを象徴するように少しばかり腹の出た、見事な中年の肉体へと変貌を遂げた。

鏡の中に立っていたのは、聖女シャロンではない。

 

40代の身だしなみに気を遣わないおっさん、佐藤健一その人であった。

 

「ああ……本当は元の姿(聖女)のままで入りたいけど、あんな目立つ格好で出入りするわけにはいかないからな。……そうなるとこの姿になるしかないんだよな」

 

変身魔法というのは、その姿を維持しようとすればするほど、その()()を繋ぎ止めるために秒単位で膨大な魔力を垂れ流す。だが、今のこの姿は、健一の魂の型に完璧に合致している。魔力の消費は、普段の聖女としての姿以上に抑えられていた。

これこそが、健一にとっての究極の「省エネ形態」。

彼は、新品の金貨が詰まったバッグを肩に担ぎ直し、自らの腹をパンパンと叩いた。

 

「待ってろよ、ワイバーンども。前世の競馬と『ウ◯娘』で培った俺の『愛竜眼』が、今日こそ火を吹くぜ……!」

 

彼は隠し持っていた転移スクロールを迷いなく引き裂いた。

行き先は、熱狂と絶望の地――オーラム・ヴェールワイバーンレース場である。

 

 

□■□■

 

 

転移の光が収まった先は、不浄な熱気が渦巻く世界だった。

空を切り裂くワイバーンの咆哮、観客たちの野卑な怒号、そして安酒と獣臭が混じり合った独特の臭気が、健一の鼻腔を容赦なく突く。

彼は聖女の時には決して許されない、下品に歪んだ笑みを浮かべ、場内へと足を踏み入れた。

周囲を見渡せば、一攫千金を夢見て血走った眼をした男たちや、身なりのいい貴族が裏でこっそり雇った代打ちたちが、手垢にまみれた出走表を睨みつけている。

健一は、懐に忍ばせた金貨が詰まったバッグの重みを確かめ、グイとお腹を突き出した。この姿であれば、誰も彼の正体が教団の象徴たる聖女だとは思うまい。

 

「さて、まずは小手調べだ。俺の愛竜眼を拝ませてやるぜ」

 

愛竜眼。それは前世で競馬や育成シミュレーションゲームに没頭していた健一が、勝手に名付けた自称の特殊能力だ。ワイバーンの筋肉の付き方、翼の艶、そして何よりゲートに入る直前の「目」を見れば、その日の調子が分かると豪語している。

 

「……ふむ。第3レースの5番、ありゃあいい面構えだ。昨日のエサがよっぽど口に合ったと見える。それから7番、足腰のバネはいいが、どうも隣の8番のメスを気にしてやがるな。……よし、5番の単勝に金貨五枚!」

 

窓口に向かい、健一は躊躇なく金貨を放り込んだ。

本来ならばこの金貨5枚で孤児院の子供たちの数ヶ月分の食費が賄える。だが、今の彼にとっては関係のない話である。

 

だが、結果は惨敗だった。

5番のワイバーンはスタート直後に派手なくしゃみをし、その拍子に火の粉を吹いて自爆。空中で錐揉み状態になりながら最下位で着地した。

 

「……チッ、花粉症か?おいおい、しっかりしてくれよ」

 

その後も、健一の予想はことごとく裏目に出た。

「雰囲気が張り詰めている」と見込んだ竜はスタート地点してからまもなく糞を漏らして動かず、「闘争心に溢れている」と踏んだ竜は、空中でライバルと喧嘩を始めて共倒れ。

気がつけば、数レースを終えた時点でバッグの中の金貨は目に見えて減っていた。

 

「おかしいな……。いや、これは乱数調整だ。……よし、次のレースだ! 次こそは、全部捲って、カイルの野郎に、最高級のオリハルコン製ドッグタグを買ってやるよ!」

 

負けが込むほどに、「負けを取り戻そうとするダメなスイッチ」が、音を立てて入ってしまった。

額には脂汗が滲み、聖女の時には決して見せない、浅ましい執念がその瞳に宿り始める。

健一の脳内では、もはやパーティの活動資金という概念は消え失せ、目の前の数字を「プラス」に戻すこと、ただそれだけが至上命題となっていた。

 

しかし、健一の願いは、周囲の怒号にかき消された。

負けが重なり、バッグの底に張り付くように残った金貨は、500枚のうち、わずか50枚。一割を切った。ここで引けば、まだ「強盗に遭った」だの「不運な事故で紛失した」だの、聖女の演技力で誤魔化せるかもしれない。だが、前世からギャンブルに魅入られたおっさんの脳内に「撤退」の二文字は存在しなかった。

 

「最終レース……。ここで一発、どデカい倍率を当てなきゃ、俺の首と胴体が『さよなら』しちまう……」

 

脂汗でべたついた手で出走表をなぞる。

1番人気、2番人気のワイバーンは、いかにも強靭な翼と鋭い眼光を備えている。だが、そんな堅実な配当では、失った450枚を取り戻すことは不可能だ。

その時、健一の「愛竜眼」が、出走表の隅に記された一頭の異質な存在を捉えた。

 

『13番:ソムヌス・アンセム』

 

倍率は100倍。

 

「ソムヌス……眠りの神……とどのつまり『眠りの神の賛歌』か。……ほう」

 

健一の濁った瞳には、その高潔な名前が「勝利の福音」に見えた。

 

「……なるほどな。敵に自分が眠っていたのではないかと錯覚させるほどの圧倒的な速度。あるいは、あまりの速さに観客が夢を見ていると錯覚するほどの走り。……これだ。これしかねえ! この名前こそが、俺を救う讃歌(アンセム)なんだよ!」

 

パドックに目をやれば、ソムヌス・アンセムは他の竜たちが闘争心を剥き出しに咆哮を上げている中で、一頭だけ小刻みに首を揺らし、心地よさそうに目を細めている。健一には、それが「極限の集中状態」に見えた。

 

「……よし、13番。単勝に50枚、全部だ!!」

 

窓口の係員は「正気か、おっさん?」という目で竜券を発行する。

だが、拳を握りしめた健一の背中には、聖女としての面影は1ミリも残っていなかった。

そして、運命のファンファーレが鳴り響く。

ゲートが一斉に開き、砂埃と共に猛々しいワイバーンたちが大空へと飛び出した。

 

「行けえええっ! 飛べ! 飛べよソムヌス!! 勝利の聖歌を響かせろッ!!」

 

健一の絶叫が響き渡る。

しかし、上空で激しい順位争いが繰り広げられる中、健一の視線が注がれたスタート地点では――ソムヌス・アンセムが、ゲートが開いた衝撃で驚いたのか、その場でどっかと座り込み、そのまま鼻から大きな提灯を膨らませてスースーと寝息を立て始めた。

 

「……え、寝た?」

 

ゲートが開いた瞬間に、寝た。

空ではワイバーンたちが互いの翼を切り裂き、炎を吐き散らし、文字通りの空中戦を演じている。だが、地面に鎮座する13番には、スタートの号令などどこ吹く風。

 

「……え、アンセム……これじゃ『賛歌』じゃなくて、『子守唄』じゃねえか……!」

 

ここでようやく、健一は名前に込められた底意地の悪い皮肉に気づいた。ソムヌス・アンセム――こいつは速いから眠りを誘うのではない。ただただ、寝るのが大好きなだけなのだ。

 

「……終わった。これがバレたら追放どころか、アレンの剣で微塵切りにされる……」

 

手元に残ったのは、ただの紙屑となった竜券と、一杯のぬるいビールだけ。

健一は、夕暮れのレース場の隅で、おっさんの姿のまま力なく膝をついた。目の前が真っ暗になり、二度目の「死」が、現実的な足音を立てて近づいてくるのを感じた。

 

「……はは、笑えよ。パーティの金を使い込んで一文無しだ」

 

手の中の竜券は、脂汗でくしゃくしゃになり、もはや何枚の金貨と引き換えに手に入れたものかすら判然としない。

上空では、激闘を繰り広げていたワイバーンたちの咆哮が響いている。一番人気のワイバーンと、二番人気のワイバーンが、もはやレースというより殺し合いに近いデッドヒートを演じていた。

 

「行け……もう誰でもいいから、さっさとゴールしてくれ……。俺の人生もろとも、全部終わらせてくれ……」

 

健一が天を仰ぎ、自嘲気味に呟いた、その時だった。

 

「……ん? 何だ、あの雲」

 

夕焼け空を切り裂くように、突如として異様な黒雲がレース場の上空を覆い尽くした。それは自然の摂理を超えた、魔力的な乱気流――通称「竜巻の檻」と呼ばれる局地的な天候異変だった。

 

「な、なんだぁ!?」

「おい、ワイバーンたちが!」

 

観客席がパニックに包まれる。上空で首位を争っていた人気のワイバーンも、突如発生した凄まじい上昇気流に飲み込まれ、制御を失った。激しく衝突し、あるいはパニックを起こして火を吹き散らしながら、1頭、また1頭と、コース外の遥か彼方、法の届かない未踏の森や海へと吸い込まれていく。

 

「全竜、コースアウト! 飛行不能! 救助班を出せッ!」

 

実況の声が悲鳴に変わる。空は一瞬にして静まり返り、荒れ狂う風だけがレース場を叩いた。

……だが。

その暴風が吹き荒れる地上、スタート地点のゲートの真下だけは、不思議なほど凪いでいた。

 

「……あ」

 

健一の視線の先で、地面にどっかと座り込んでいたソムヌス・アンセムが、ようやく目を覚ました。

大きな欠伸を一つ。そして、自分が置かれている状況など1ミリも理解していない様子で、トボトボと、本当に散歩でもするかのような足取りで飛び出す。

 

「……え?」

 

他の全竜が上空で失格、あるいは行方不明となった中、13番だけが、一歩も「空へ飛ばなかった」がゆえに、唯一コース内に留まっていたのだ。

ソムヌス・アンセムは、誰もいない、静まり返ったコースの白線を、欠伸をしながら跨いだ。

 

『……ゴ、ゴールイン。……13番、ソムヌス・アンセム!!』

 

一瞬の静寂の後、レース場が割れんばかりの怒号と悲鳴に包まれた。

 

「ふざけるな!」

「全額払い戻しだろ!」

 

健一は、震える手で竜券を見つめた。

100倍。

500枚賭けていれば5万枚だったが、最後にヤケクソで投じたのは残りの50枚。

それでも、5000枚。

 

「……お、おい。5000枚……?5000枚って……え? 勝った? 俺、勝ったのか……!?」

 

おっさんの顔が、歓喜と狂気で歪む。50枚が、5000枚に。

元金の500枚を補填しても、手元には4500枚の純利益が残る計算だ。

 

「デヘ、デヘヘヘヘヘ……! 聖女やってて良かった……主様、あんた最高だよ!! 聖光教バンザイ!!」

 

健一は、宿屋へと転移で戻るまでの間、おっさんの姿のまま、まるでメスを拾ってきたゴブリンのような下品な笑い声を上げ続けた。

 

 

□■□■

 

 

宿のスイートルームで聖女の姿に戻ったシャロンは、抑えきれないニヤけ面を必死に「慈愛の微笑み」へと矯正していた。

配当の受け取り際、窓口で「500枚は現物、残りの4500枚は換金証明書」として受け取った。バッグの中には、ずっしりとしたオーラム大金貨500枚の重みがある。

 

(パーティには『聖女の徳で、手数料を全額免除してもらいました』と500枚を差し出せばいい。そして俺の手元には隠し持った4500枚の証明書が残る……! 完璧だ、俺!)

 

シャロンは、軽やかな足取りで宿を出た。

だが、ギルド本部に近づくに連れ、シャロンの頬がピクリと引き攣った。大通りを埋め尽くす野次馬と、ギルドを包囲する騎士と「聖光教・異端審問官」たちの冷徹な法衣の群れ。

 

「……な、何事だぁ?」

 

人だかりの中から、アレン、カイル、シーラの3人がこちらを振り返った。

 

「あ、シャロン! 今ギルドが大変なことになってるんだ!」

 

アレンが指差した先では、ギルドの階段に立った聖光教のスティムソン教区長が、羊笏を振り上げて宣告していた。

 

「静粛に! 我らが主の導きにより、このギルドは魔王軍の資金洗浄拠点として断罪された! 本刻を以て、当ギルドが発行・または管理する預かり証や換金証、およびオーラム刻印の大金貨はすべて、不浄な資金移動の調査が完了するまで無期限の利用停止とする!市内の全商店での受け取りを禁じ、当分は教団通貨のルナ・タリスを用いるべし!また、ルナ・タリスへの両替を受け付けるのはすべて現金のみとする!すべては聖光の御名の下に!」

 

教区長の峻厳な声が響き渡ると同時に、シャロンの脳内で、バラ色の豪遊計画が音を立てて崩れ去った。

 

(……1銭も、使えねえ。俺の金貨4500枚が紙切れになりやがった……!)

 

証明書はただの紙屑。

シャロンは、その場に力なく膝をつき、顔を覆って震え始めた。

 

「……ああ、主よッ…………!」

 

「シャロン! 大丈夫かい!?」

 

アレンが慌てて駆け寄り、彼女の肩を支えた。その瞳には、絶望に打ちひしがれる聖女への、心からの申し訳なさが浮かんでいた。

 

「……すまない。シャロン。僕が、オーラム・ヴェールで活動するならこの街の通貨に両替しておいた方が便利だろうなんて、君に指示したばかりに……!」

 

アレンは、悔しそうに拳を握りしめた。

 

「君はただ、僕の言葉に従ってくれただけなのに。……僕が、ギルドの闇を見抜けなかった僕が、リーダーとして失格だったんだ……!」 

 

「シャロン様が責任を感じる必要はありません」

 

カイルもまた、沈痛な面持ちで首を振った。

 

「そして、聖女様。どうか顔を上げてください。あなたはただ、我らのために仕事を引き受けてくださっただけ。……悪いのは、神聖なギルドを汚した魔王軍と、それを見過ごした我々の油断です」

 

「そうだよ、シャロン! お金なんて、ひとまず何とかなってるし! それより、シャロンがそんなに悲しんでる方が辛いよ!」

 

シーラまでもが、健一の真っ黒な内心など露知らず、純粋な善意で励ましてくる。

 

「…………ああ、皆様……」

 

完璧な聖女の嘆きを演じながら、内なる健一は血の涙を流していた。

仲間たちの信頼が、まぶしすぎる。アレンの謝罪が、鋭利な刃物のように胸に突き刺さる。

 

懐には、いつか調査が終われば価値が戻るかもしれないが、今はただ虚しい4500枚の金貨分の紙切れ。

オーラム・ヴェールの夕焼けは、あまりにも残酷に、善意の仮面を被ったまま「手元に金はあるのにパン一つ買えない」という地獄に落ちた聖女の背中を、いつまでも照らし続けていた。

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