トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第57話 最終調整

 クエスト先の森でアースサーペントを討伐したise会シロツメ支部の九人。彼らが元来たワンダーメイズを抜けて、植物学者の女ソシエラのいた神技のスタート地点である人面樹の森への帰還後────。

 

 一枚の大きな葉に浮かんでいたクエスト依頼の文字がうっすらと消えていく。葉脈に流れる極微弱な魔力は変わらず、その人面樹のいる方角を指し示していた。

 

 アキトが依頼を消化した葉をじっとりと湿った幹に貼り付け、タイキが入手していたミラーを人面樹の根元へと差し込み置き納品した。

 

 貼り付けられた一枚の大きな葉は鮮やかな緑の魔光を放ち、呼応する様に人面樹の根が生き物のようにうねる。土中へと根に絡めたミラーの欠片を引き摺り込み、その煌めきが深くへと埋もれていく。

 

「これで……終わり?」

 

 今ミラーを土深くに飲み込んだ人面樹の見せた動き、それがクエストを達成した合図というのならば、これで今日の神技は無事クリアされたのかどうか。正面に聳える一本の人面樹に目を細めたリリスは、古杖を胸に抱えたままそう尋ねた。

 

 人面樹レインは依然、樹液に湿っている。集まった皆が静寂の中で、動きの止まったその濡れた奇妙な木のことを注視していると──。

 

 突然、離れて立っていた者の足元にも伝うほどの地鳴りが響いた。すると、その地鳴りと同時に正面に聳えていた巨木が震え出した。『がさがさがさがさ!』と、狂った様に枝葉の一本までもが乱舞し揺れ、無数の木の葉が天から払われるように落ちていく。

 

 樹液を泣くようにだくだくと滴り垂らしながら枯葉を落とす、突如変貌した人面樹の無惨な有様を見て、シロツメ支部の団員たちはその驚きの色を隠せない。

 

「なななななな、ちょ、ちょっと待て!? なにやってんのこれ!?」

 

「枯れたぞ?」

 

「おまけにめそめそ泣いてやがる? 失敗か? いや、成功? 樹液を採ってくる」

 

「甘いのか?」

 

「おい待て素手はやめろ、かぶれるかもしれねぇ。このビンか手袋を使え」

 

「ってあんたたちまだ食材探ししてぇ!? そんな場合じゃ……え、そうなの?」

 

「どうでしょう……」

 

 リリスは取り乱したように驚愕し、アトラは淡々と人面樹の酷い泣きっ面に指をさす。怪訝な顔で顎に手を当てていたコックのペコロは、ふと閃き、樹液の採取に動き出した。

 

 果たしてクエストは失敗か、成功か。ミタライが白いティーテーブルへと横目を向ける。

 丸い机の上にあるソーサーに白い波打カップを、ことりと静かに置く──。ハーブティーをちょうど飲み干した枯れ草色の髪の女が、唇についた香る雫を長い舌で舐め上げた。

 

 

 

 

 

 

 樹液を涙の様に流し、葉を枯らせ地に散らしていく。レインと名付けられたその人面樹に一体何が起こっているのか。

 

 シロツメ支部九人の様々な推察が飛び交う中、アキトが口角をわずかに上げていた枯れ草髪の女へと問いかけた。

 

「みどりちゃん考案のゲーム、ワンダークエストを盛り上げるための一種の演出かい?」

 

 みどりちゃんとは一体誰のことを言っているのか。黒髪の男がじっと向けてきた視線と疑いの言葉に、ソシエラはぴくりと首を向け反応した。

 

「あら、そんなに意地悪に見えたかしら? ふふっ安心してちょうだい、これは自然の代謝。むしろその子は、あなたたちのした親切なお世話に喜んで震えたのよ。それであなたたちに気を利かせて、今のは余分な葉を払っただけ。クエストはまだ残っているわ」

 

 ソシエラはティーテーブルの椅子から悠然と立ち上がり、悪びれることなく淡々とそう言った。ソシエラから何か彼らに意地悪を働きかけたつもりはなく、むしろ人面樹レインは喜びに打ち震えているのだと彼女は主張する。

 

 確かにまだ緑の葉は枝葉に残されている。よりどりみどりあった選択肢は減ったものの、全ての葉が一斉に枯れた訳ではなかった。木に宿る魔力や栄養には限りがある、葉が枯れたからといってそれが一概に悪いことだとは言えないのだ。

 

「なるほど、みどりちゃん。草木の世界も案外効率良くできているという訳か。そうだね……今更ぬるい依頼は取り扱わない、冒険者の実力に見合うものを提供する。それにはジブンも大いに同意だね、やるじゃないかレインくん」

 

 首を縦に振ったアキトは、ソシエラの説いた言葉の意味を理解したようだ。そしてギルド職員シロイとしての顔を持つ彼はどこかシンパシーを感じたのか、人面樹レインくんの賢い働きぶりを褒めた。

 

「ええ、そうね。──……あと、みどりちゃんじゃないわ、みどりちゃんじゃ」

 

 ソシエラは淡々とした口調で勝手につけられていたニックネームを正そうと試みるが、彼女の小鳥の囀るような声量は彼の背にあまり届かなかったようだ。

 

 ソシエラの放った弱々しいツッコミを背中に受け流し、軽く挙げた手をひらひらと揺らしたアキトは、さっそく今目の前にした人面樹に失礼し、その濡れた幹の上を器用によじ登っていく。

 

 そして彼は、残る緑の葉の中から既に魔力を感知し目星をつけていた二枚の葉を、手早く選び摘み取った。

 

 すると、今アキトの取った行動の意図を察したミタライが即座に的確な指示を皆に向けて飛ばした。

 

「こうして九人でぞろぞろ固まっていても仕方がありませんね。ここからは効率よく二班に分かれて動きましょう。依頼の葉を手にあのワンダーメイズをくぐれば、それぞれがまたクエスト先の指定の場所にショートカットで着くはずです」

 

 枯れ落ちていないクエストが、まだまだ樹上に青々と芽吹いている。だが、その人面樹が枯れた危うい状況にいるのもまた事実、植物学者のソシエラのした説明が額面通りに全てだとは思えなかった。

 

 この神技【ワンダークエスト】にはおそらくタイムリミットが設けられてある。そう踏んだミタライは、ここからは班を二つ以上に分け、請け負った複数のクエストを同時進行で片付けていく効率的な方針を取ることに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミタライの指示通り、総勢九人いた団員は二班に分かれて石洞窟の入場ゲートを抜け、人面樹レインから請け負った葉に記されたクエスト先へと向かった。

 

 そして二班が人面樹の森を出発したそれから、一時間ほどの時が経過し──。

 

 神技のスタート地点、金のクラン章の刺繍された緑の旗が風に揺らめくその場所に、あたたかな湯気が立ち上り始めた。疲れた冒険者たちの鼻腔をくすぐる美味しそうな香りが辺りに漂っていた。

 

 ちょうどその頃にタイキ、リリス、美楚羅、ガーネットたちのいる第二班がワンダーメイズの石洞窟を抜けて達成したクエスト先から戻って来た。

 

 無事帰還を果たし一つ安堵の重い息を吐いたリリスだったが、ふと漂って来た匂いに釣られて木々の先を抜けて行くと──。広がる土肌の景色には焚き火と謎の大きな鍋の存在、そしてその火と鍋の前に仁王立ちをする飴色髪の男の姿を見つけてしまった。

 

「アレ、なんであんたここに? 支部長やアイツと一緒じゃなかったの? それともあっちももう片付いて戻って来てる感じ?」

 

「知らねぇが。コックが魔物と戦ってばかりでどうすんだよ」

 

 焚き火にさらした寸胴鍋をかきまわし、ぐつぐつと煮えるスープの具合を見つめたまま、ペコロが今寄って来たリリスにそう言った。

 

「あんたねぇ……そうかもしれないけど、あれだけ動けるんだから。コックだなんてそれこそ気分で変えて使い分けてるんじゃないのー?」

 

 アースサーペント討伐で見せた動きの質を考えれば、そのコックに軽い文句の一つぐらいは添えたくもなった。リリスは肩をすくめながら、コックの持論に少し呆れた様子で息を吐いた。

 

「勘違いするな、俺がこのクランに雇われたのはコックとしての腕を買われてのことだ。冒険者になったつもりはねぇよ。それに──肝心な時にバテて動けなくなるようじゃ意味がねぇってこった。……よし、こんなもんでいいか」

 

 どうやら冒険者とコックの区分は彼にとっては大事なことらしい。冒険者と魔術師の区分が曖昧になってきている今のリリスとは、また違った考えを持ち合わせているようだ。

 

 コックのこだわりに一定の理解を示しつつも、苦笑するリリスは、それよりもそのお言葉の後半で彼が言ったことに少し引っかかりを覚えた。

 

「肝心……? アレ、それって?」

 

 「肝心な時は今ではないのか」そう思い一瞬首を傾げたリリスだったが、彼女の視線はふと視界端に見えたある物へと吸い寄せられた。

 それは実に見覚えのある大きな壺であった。竜曜日の神技の終わり際、彼女が夕暮れの赤竜船の上で目撃したあの大壺だ。

 

「あぁ。【カチュラスープ】だ。そろそろ馴染んで美味しくなった頃合いだと思ってな。俺の手で最終調整をしていたところだ。味見するか?」

 

 コックは既に煮えたぎるそのスープの味付けをまとめあげる最終段階だった。

 肉丁コンガ・リー・ダン、激丁ペネロ・ペッパー、そして今目の前にいる玉ねぎ丁ペコロ・ココット、裏の祭典に呼ばれるほどの一流揃いの彼らが協力して作り上げたのが【カチュラスープ】。ガライヤの料理人たちが古くから崇める我儘な火の神様カチュラへと捧げる、贅を尽くした即興のスープであった。

 

「あぁ! あの時の重たいアレね! え、いいの? じゃあ一口……え、え、う、うまぁっ!?」

 

 ペコロからそっと手渡された小皿のスープを口に含んだ瞬間、口内で爆ぜるように広がった旨味に、リリスは目をまんまると見開きかつ飛び上がるように驚いた。美味い、それ以上に表す言葉がすぐには見つからない。そんな様々な食材の旨味が凝縮された、今まで味わったことのない驚愕のスープだった。

 

「うまくいったか……」

 

 ペコロは同じくお玉で掬い上げたスープの最後の味見をしながら、静かに緑の旗の揺らめきを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだね、ジブンのギフトを一口に名付けるとするならば──【嘘から出た実】。そう呼ぶのが現状は、しっくりとくるかな?」

 

 薄暗いワンダーメイズの洞窟内。野暮用を思い出し班から外れしばらく一人になった道化師は、今カードから不思議にも取り出した爆発性の木の実【ジバカナッツ】を片手に、独り言をつぶやきながら歩き出した。

 

「石の円盤から魔力を支払い取り出すカードの分だけ、ギフトを好きに行使することができる。日々鍛えてはいるが、一日に使えるカードの数には当然制限がつく。記録は最高何枚だったかな? まぁデメリットと言えばそれが大きいだろう。だがそれらのカードをタネに、見たものはだいたい真似することができるよ。理解が深いほどに模倣は完璧に近くなるが、初見のギフトや武器を真似ることはとても難しく効率が悪いね。真似られたとしても実のないハリボテじゃ意味がないからね」

 

 傍らに浮かぶ奇妙な石の円盤のその口から、また一枚のカードを取り出しながら道化師は暗がりの洞窟を『コツコツ』とブーツの足音を響かせていく。

 

「かつて栄光の騎士団時代、このレイピアに四属性を纏わせ扱うことができたのも、ジブンがとても器用なのではなく実はこのギフトの恩恵だと気づいた。だが、同時に一見便利なこのギフトがジブンの体をじわじわと蝕んでいることにも気づいたのさ」

 

 道化師は今は疼きを潜めたその背中をそっと撫で上げる。仮初のクラン章が刺繍された緑のマントが小さく揺れる。

 

「そこでジブンは何をしたか? ──そうギフトとの対話だ。ジブンは騎士団業の合間を縫った修練の末に、示現(じげん)にまで至ったジブンのギフトと、その能力の行使に伴うデメリットについて話し合いをしようと思ったのさ。対価をもっとマイルドな別のものにしてくれとへりくだり懇願したのだが……このギフトは実に口の回るお喋りでねぇ。なかなか融通が利かないのさ。おまけに口から出まかせばかりを言う嘘つきと来た。しかもこちらの嘘までご丁寧に見抜いてくる厄介さ、まったく誰に似たのだか。ともかくこのままでは話し合いは平行線、それどころか不当な契約を一方的に押し付けられてしまう。だから──ジブンは彼に、優しくこう囁いてあげたのさ」

 

 道化師は足をぴたりと止めた。そして後ろを彷徨っていた石の円盤を振り返り、その目を妖しく細めながら──。

 

「〝キミは、ジブンが作り上げた嘘だよ〟と」

 

 道化師は口をあんぐりと開けたまま固まった石の獅子に指をさし、微笑する。

 

「それまでゲラゲラと笑っていた示現したギフトは、ひとたび真実を知るとこのように沈黙したよ」

 

 道化師は肩をすくめ、指を弾き鳴らした。すると浮かんでいた石の獅子の顔は嘘のように霧散しその場からかき消えていった。

 

 ワンダーメイズをくぐる途中の道。洞窟の中で独りごちていた男は、クラブのジャックのトランプを片手に挟んだまま、ふと立ち止まった。そして何を思ったのか、何の変哲のない道に見えたその場から、いきなり天の石壁をレイピアで狙い鋭く突いた。

 

 同時に放り投げたジバカナッツにレイピアの切先は突き刺さり、それが起爆し天井を崩していく。

 

「さておき──注文通り。期待はしていなかったが……やるじゃないか、シュゲくん。後でお礼をしないとね、もっとも後があればだ・け・ど、フフ」

 

 天井からパラパラと礫と石埃が落ちていく。マントで起こした風で塵を払いながら、道化師の彼は落ちていく石屑の中に紛れていた一枚の薄汚れたカードを掴み取り、さっと手で汚れを拭った。

 

 新たに手に入れたのは、ハートのジャック。今手元でペアになった同質の魔力の通った二枚の「11」を眺めて、道化師は口元を歪ませ口角を吊り上げていく。

 

「エクセレント! ──さて問題は、ジブンにコレを構えるその器量と資格があるかどうか……。ならばもう一度、騎士団の誇りに懸けてみるのも、悪くない。フフ」

 

 砕かれた岩肌の隙間から、一条の白い光が差し込んでいる。まるで欠けた月のスポットライトのように、光のシャワーを一身に浴びて見上げる彼と、地に落ち埃の被った一本のレイピアを厳かに照らしていた────。

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