トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
コック帽を捨て置き、男は頭に鉛色の頭巾を、眉が隠れるほど目深に巻き付けた。そうして目付きが鋭く変貌したレモラは、まだ揺れ動く船体の上を前に駆け仕掛けた。
揺れる甲板の上を走り一気に距離を詰めたレモラ、その速さはタイキの予測を上回る驚くべきものだった。
また曲刀が煌めく。危うくも躱すタイキ。
すかさずタイキの放った返しの太刀は、しかし外れる。バックステップで退がる男を捉えることはできなかった。
青い雷光が妖しく明滅する。その青髪の剣士の握る雷刃を警戒するように睨み、レモラは笑った。
「おお、怖い。その雷剣、当たればただでは済まなそうだ。当たれば……だがな」
「っ……!」
ご丁寧に握手を交わした時とは違い、その灰髪の男の口調はどこか粗暴なものに変わりつつあった。
海丁レモラはあの鍔迫り合いの最中、船が波に大きく傾いた以降も、その流れごとを味方にでも付けたのか。揺れる勢いに乗じて、優勢なペースで戦いを進めているように見えた。
「これは奇しくも、さっそく宿題の答えを見せてもらうことになりそうだ」
「宿題って……何が……」
アキトの吐いた意味深な言葉に、リリスは分からず心配そうに問う。
「このままではタイキ・フジはおそらく苦戦することでしょう。そう、この船上では──」
「せんじょう……」
共に観戦をしていたミタライがそう冷徹な目で、波の上を漂う船、戦米丸のデッキを眺めながら「このままでは苦戦する」と指摘した。
アキトもミタライも、それ以上は何も言わずに戦いの模様を見守っていく。
そして、今ようやく覚悟を決めたのか、それとも挑発に乗ってしまったのか。今度は自ら前に向かい、一気にレモラへと距離を詰めてみせたタイキ。
しかしまたも繰り出した剣は当たらない。軽快なステップで避けるレモラの身をかすりもしなかった。
だが、その威力は凄まじく。勢いよく振り抜き叩きつけた雷剣は、デッキ上を焼き焦がした。
その瞬間青白くフラッシュする雷光が、避けたはずのレモラの視界一面を染め上げる。
さらにデッキから噴き上がるその雷の中を突き破るように、勇ましいシルエットが緑のマントを焦がしながら現れた。
青髪の剣士はその機に乗じて、最短距離で突貫することを選んだ。視界を撹乱し、レモラを討つために、己の雷の中へと迷わず真正面から飛び込んだのであった。
そして、果敢に意表をついた末にようやく一太刀を返したタイキであったが──。跳ね返ってきたその手応えは硬く、彼の刃を阻んだ。
「危ない危ない」
「なっ……!」
焦げ裂かれた黒いコック服の右袖は、硬質の物体に覆われていた。
それはギフトか、それとも忍ばせていた装備か。奇妙な小判状をした波打の小盾が、激しい魔光と火花を上げながら襲う刃を硬く阻んだ。
「感謝! 感激! 感応! 愛する神のご加護で……仕切り直しだぁあ! 吹っ飛べ、レハハハハ!!」
空からのしかかる雷剣はやがて勢いを失い、受け止める盾が青く妖しく帯電していく。
そしてそのまま殴りつけるように、帯電した小判状の盾の右腕を、レモラは前へと一気に突き出した。
それはまるで雷の拳の如く唸り炸裂した。
まさかのカウンターの雷が逆流し、タイキへと牙を向き襲いかかっていく。
上から乗り掛かった無礼な剣士の剣を、雷神の加護を盗み得た硬い盾が、勢いよく遠くへと弾き飛ばした。
用心にも隠し持っていた最硬の盾、幾多の首を海の底に沈めてきた愛用の刀、揺らぐ船上を支配する強靭な足腰。
海丁レモラは崩れない。神に愛されていると豪語する男は、乾いた唇に舌を舐めずり、不敵に笑った。