“魔女の森”に迷い込んだ。
泣き叫び、取り乱した記憶だけが残り、
肝心の出来事は思い出せない。
数年後、森は消え都市になった。
だが、あの日の記憶だけが、
どこか不自然に欠けている。
以前、よそで投稿していた物を書き足して持って来ました。
軽い気持ちで読んでください。
「ちょっとー!たーくん!どこに行ったのー!近くにいるのなら出て来てよー!私、倒れちゃうよー!……本当に倒れちゃうよぅぅ。…うう、わああぁぁぁん。」
ここは何処か遠くの国に属する木々が生い茂る森の中。
頭上を照らす日差しは、木々の隙間から微かに零れる程度だった。
昼間だと言うのに、森の奥は薄暗い。
人も滅多に近寄らない場所だった。
そんな森の中をこの少女は一人でいた。連れがいたのか少女は声を上げて叫ぶが、辺りに響くだけで戻っては来なかった。
それでも少女は叫び続けていた。それしか出来る事が無かったのだろう。
少女に荷物は無かった。持って来なかったのか、落としたのか、それを知る物はここにはいなかった。
「うう、おなかすいたぁ…。パン、どこ…いっちゃったぁの…?」
少女の声は次第に小さくなっていった。
もう叫ぶ力は残っていないのだろう。
少女はまだ幼く、七五三を終えたばかりに見える。
幼い体で森の奥をさまよい続ければ、体力が尽きてしまうのも無理はなかった。
「うぅぅ…」
そして、ついに少女はその場にへたり込んでしまった。
肩を震わせて、力なく吐く息は小さい。このままでは少女が死ぬのも時間の問題だ。
幸いな事に、今はまだ日が高く辺りも暖かい。これならば寒さで凍え死ぬまでには時間が掛かる。
それに、少女の上着は厚手だった。
それまでに助けが来れば助かるだろう。だが、ここはこんな人も寄り付かない森の中。
今の少女では助けを呼ぶ事も出来ないだろう。上着を考慮に入れたとしても、助けが来る可能性も低いだろう。
この状況を打破できる方法は思い付かない。少女にはどうしようもない。
時が経った。
あれから高かった日は落ち、照らしていた木洩れ日は消えた。
灯の無いこの森は真っ暗となった。あの少女はどうなったのだろうか。
その過程に興味は無かった。だから、少女が死んでいく過程は見ていない。
死んでいるだろうか、生きているだろうか。知りたいのはそれだけだ。その解に直接得る物は無い。だが、その解を知る事で私に得れらる物があった。だから私は、その解を知るためにこの森を進んでいた。柄にもなく心は浮ついていた。少女はすぐそばだ。
目の前をけたたましい音を立てて列車が走って行く。
ここは大国の中心地。
塗装されたコンクリートの壁が立ち並ぶ並木通りに、鉄の車輪が行き来する。交差点には青信号を待つ、人々の波がうねりあっていた。
ここには大きな都市が栄えている。
そんな中、少し大人になった少女は、感慨深い物を感じていた。
ここは数年程前までは、大きくて暗い森が広がっていた。人は寄り付かず、整備もされずに伸びきった木々。日差しが入り辛くて昼間でも薄暗かった。
そのせいで人々にあの森は魔女の森と恐れられ、滅多に人が立ち入らない場所となっていた。
アタシも用事が無ければそんな場所には立ち入らなかった。
「……本当にあの時はどうかしていたわ」
アタシがまだ幼かった頃に、一度だけあの森を訪れた事がある。その時は、いくつだったかしら?…5歳、かしらね。
幼馴染の、当時はたーくんと呼んでいた彼。その彼と共に、森の奥に生息している、なんて言われていた植物を採取しに行った。
…思えばあの頃は、噂話を受け流す事を知らなかったな。
今ならそんな事はしない。それに、暗い森に二人で入るにしては、装備が心許無かった。
ランタンに肩掛け鞄。用意できたのがそんな装備だった。
だから、はぐれた時はそれはもう大変だった。
彼とはぐれたのは森の中腹部辺りだと思う。
散策しながら歩いていたアタシは、彼とは違う道を歩いているのに、気が付かなかったのだ。
しかも、肩に掛けていた鞄は休憩している時に、何処かに行ってしまった。
あの中には後で食べようと入れていたパンが、入っていたのに。
持って来た荷物も無くなって、あんな暗い森の中で一人になった。
…だから仕方なかったんだ。
焦って混乱状態に陥ったって、仕方が無かったんだ。
あの時はどうしようも無くなっていて、本気で焦っていた。
だから何か、すっごいこっぱずかしい事をしていた気がする。
誰もいない状況だったから、たがが外れていたはずだから。いつもと違う事を、口走っていたはずなんだ。
しかし、あの時の記憶は何故か、靄が掛かった様に思い出せない。
ただ、アタシが何かを口走っていた事。それだけが、頭の中に残っているのだ。
年を取って、大人になった今でも、あの時に何を口走っていたのかは思い出せない。
でも、別に内容を知りたい訳じゃ無い。…思い出すとはずかしいし。
…ただ、それを彼に聞かれていたのか。それが気がかりなのだ。
彼がそんな事を気にするような人じゃ無いのは、分かっている。
でも、アタシ自身の問題として、彼にそんな姿を見られたなんて嫌だ。
知ったら彼は絶対にイジってくる。彼だけ知ってる状態でイジられるなんて………本当に嫌だ。
だから、はずかしいけど思い出す事を偶にやっている。
…成功はしてないけれど。
本当にあの時程、焦ったらダメだって思う事は無い。
あの時だって、深呼吸でもしていればこんな事にはならなかったのだ。
だってあの時、着ていた上着のポッケに、両手程のお菓子が入っていた。落ち着いていれば、醜態をさらさないで済んでいたはず。
それなのにアタシは落ち着く事が出来なかった。
子供だったから仕方ない、そう割り切れたら楽なのだろう。
でも、アタシにとって羞恥という物、は簡単に割り切れる物では無かった。
実際にアタシが落ち着いたのは、そんな醜態をさらした後だった。
散々騒いだアタシは疲れて、その場に座り込んでいた。
肩を震わせて呼吸を整えようとしていた。
そんな時だった。
ガサ……
すぐ近くの茂みが揺れる。
風ではない。誰かが、そこを歩いたような音だ。
聞こえた瞬間、アタシは何を思ったのか咄嗟に死んだ振りをした。
おそらく熊が来たと思ったからだ。
今になって思えば、あれは人間だったのかなぁと思う。あの森で熊が出た何て噂は聞かなかったし…。
その物音は死んだ振りを続けるアタシを置いて、何処かに行ってしまった。
遠くなった物音を背に体を起こす。
助けてくれなかった。その時に思ったのはそれだ。
やっぱり熊だったのかな?
人間だったら、アタシのことを助けてくれたはずだし。
考えていたら、自然と落ち着いて来たんだよね。
だから、ガサっていった上着のポッケにも気づけたんだ。
取り出した時は、なんか安堵と渇いた笑みが浮かんだんだ。
入っていたお菓子は、森に行く前日に親から貰っていたお菓子だった。着ていた上着に入れっぱなしになっていたのだ。
思わず、最初から気づけよって自分に言っちゃった。
まあ、その後すぐに腹に入れたんだけども。
まあ、助かったんだしいいか。……いや、やっぱりあの助かり方は良くないわ。
だって、アタシが助かった原因は森で火事が起こったからだし。
火の元は彼なのが更に良くないわ。
なんで転んだ拍子に、ランタンを壊して森に引火させるのよ!
しかも、彼が転んだ場所がアタシのいた所から5分も掛からない所だったのよ!
そんなに近くにいたのなら、アタシの叫び声で来てくれてもいいじゃない、聞こえる距離にいたでしょうに!
……あ、でも聞かれたらはずかしい。
…でも、助かった。
助かったから、それで良いのよ。…そうよね?
「おーい、おーい、きこえてるー?」
「ええ、助かったから良かったのよ!」
「…助かった?…何の事だ?おーい、返事してくれ。」
ええ、助かったから、アタシが多少はずかしい所を見られても良いのよ。うん。
………あら?彼の声が聞こえたような…?
「…ん、やっと気が付いたか?呼んでも譫言ばっかだから心配したぜ?」
「………(ぱくぱく)」
「ん、またか?」
「い、何時からい、いたのよ!」
「何時からって言われてもなぁ…。そうだな、お前がこう、遠くを見ていたあたりかな?なんかこう、昔を思い出すような感じで。」
いつの間にか現れていたこの男は、さっきからアタシの回想に出て来ていた幼馴染である。
それにしたって、はっきりしない答え方ねぇ。
それじゃあ、何時からかわかんないわよ…。
それなのに、なんで的確に当てて来るのよ。アタシの心を読めるっていうの?
「それで、何を見てたんだ?随分長く見ていたけど」
「……別に、わざわざあなたに言うほど大した物じゃないわよ」
「えー、そう言われると気になるんだけど」
「そんな事を言っても絶対に教えないからね」
「…はいはい、分かったよ。もう聞かない、これでいい?」
「…ええ、まあ、それでいいわ」
彼は困った顔をしながら両手を挙げて、降参の旨を伝えて来る。
…これ以上駄々を捏ねたら馬鹿な子供と同じじゃない。
そう考えると自然にアタシの方が折れて彼を許した。
これが惚れた弱みって奴なの?…まったくもう、仕方ないんだから。
「あ、そうだ。他にも用事があったんだ」
「なによ、レポートか何かかしら?」
「お、良く分かったね。教授からこれを明後日までに仕上げて来てくれって言われてね。僕じゃあ、終わりそうになかったから君に手伝って欲しかったんだ」
「時間ないじゃない!急ぎましょう、明後日ならギリギリね」
ああ、あの森は大きい都市に変わったのに、彼やアタシは変わらないのね。
全然閉まらないじゃない。まったくもう、無理やり終わるわよ。
「ああ、そうだ、昔で思い出した」
「急にどうしたのよ、びっくりしたじゃない」
「ああ、ごめんごめん。いやさぁ、森の火事があったじゃん。原因は俺だけど」
「そうね、結構大事になったわね」
「それでさぁ──
──あの後にさ、あの森で死体が発見されたんだ」
「へ、そんなの聞いた事無いわよ!?…まさか、火事で…?」
「いや、死因は別だったみたい。あの森って熊が出没するんだ。だから、それは熊に襲われたからっていう事みたい。」
「…そうなの、あんたが殺したんじゃないかと心配したじゃない。…でもまあ、良かったわ。幼馴染に人殺しがいたなんて目覚めが悪すぎる物。」
「…そうだね。」
そう言っていた彼は、不思議と遠くを観ていた。
彼の瞳に映っていたあの少女は、誰だったのだろうか。