武術の王『虎杖悠仁』   作:やめろ小僧、その技は俺に効く

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九綱、偏光、烏と声明、表裏の間——

 

 

 

 「僕はね、ずっと全力で戦ってみたかったんだ」

 

 お、おう……いや、なんか急にそんな事言われても納得できないですよ五条先生。ついさっきまで宿儺と頼光さんと金時さんと万とかいう宿儺大好きな人と裏梅さんっていう宿儺大好きな人と真希さんと五条先生が暴れていて、京都全体が半壊しかけてたのに、その流れで「戦おう」と言われても困る。

 

 しかも五条先生は本気だった。めちゃくちゃ楽しそうな顔をしている。青い目が子供みたいに輝いていて、さっき京都の一角を消し飛ばした人間とは思えないくらい無邪気だった。

 

 五条先生が如来神掌第十式をご披露して、東堂が拍手して、なんかもう訳分かんねぇ感じで全員が離れて、それからまた戦いが始まった。何を言ってるか分からねぇと思うが、俺もよく分かってない。

 

 ただ現実として、俺は今、五条先生と戦っていた。ちなみに東堂は何故か離れた高層ビルの上で腕を組みながら「ブラザー!!最高だぞぉ!!」とか叫んでる。アイツ、さっきからずっとテンションが高い。東堂曰く、もう京都には一般市民はいないらしい。不義遊戯で全部避難させたんだと。いや意味分かんねぇ。どうやってんだよ。でも東堂ならやれそうだから困る。

 

 遠くでは宿儺がゲラゲラ笑ってるし、頼光さんは黒雷を迸らせながら「虎杖くん!!負けたら許さない!!」とか叫んでるし、万さんは「宿儺ぁぁぁ!!私を見てぇぇぇ!!」って暴れてるし、金時さんは何かもう全部楽しそうだし、真希さんは裏梅さんと斬り合いながら「巻き込まれんじゃねぇぞ悠仁!!」って怒鳴ってた。地獄か?いや地獄だわ、地獄より酷いかもしれねぇ。

 

 そんな中、五条先生だけは妙に静かで、さっきまでの軽さとは違う、腹の奥にずっと溜めていたものをようやく外へ出そうとしているような顔をしていた。

 

 「渋谷に行った時さ、僕は全力で戦えなかったんだ。なんせ非術師がいるからね。僕が本気で戦えば絶対に誰かが死ぬ。まぁ……結局封印なんてされて、めちゃくちゃになっちゃったんだけどさ」

 

 五条先生が笑う。でも、その笑い方は少しだけ苦かった。

 

 渋谷。俺にとっても忘れられない場所だ。いや、正確には思い出したくても、ちゃんと覚えてない。俺は脹相達との戦いで負けて、そこで意識が途切れた。いや、存在しない記憶を見てたんだ。その後の事は断片的で、夢みたいにぼやけてる。炎。崩れた街。誰かの叫び声。ビルが壊れる音。血の臭い。

 

 そして宿儺。アイツだけは覚えてる。妙に怒ってた。俺と戦う権利を一気に無くしたからだ。

 

 それで、気付いたら街がめちゃくちゃになっていた。何が起きたのか、全部は分からない。でも俺の身体を使って宿儺が暴れた事だけは確かだった。

 

 そして乙骨先輩に殺されて、その責任を果たしたつもりでいるが、まだ心には少し残ってる。誰かに許されたわけじゃない。俺が勝手に、死んで戻ってきたからこれでいいだろって言い聞かせてるだけだ。

 

 「……はい」

 

 俺は短く返した。五条先生が空を見上げる。夜空はさっきから何回も色が変わってる。黒雷が走り、氷が空中を覆い、掌波が大気を揺らし、斬撃が雲ごと裂いていく。普通なら世界の終わりみたいな光景なのに、今はもう見慣れ始めてる自分が怖かった。

 

 「僕はね悠仁。もちろん宿儺とも戦いたかったけど、1番は君だよ。獄門疆で如来神掌の修行をしたけど、アレはハッキリ言って異常だ。それを悠仁は子供の頃からやってた」

 

 そう言いながら、五条先生が懐へ手を突っ込む。取り出された瞬間、俺は目を見開いた。

 

 「あー!!それ!!俺の!!」

 

 薄汚れたボロボロの教本。山で修行してた頃、滝に落としたり泥まみれになったりしてボロボロになった如来神掌の教本だった。

 

 「そういや先生に貸してたんだっけ!!」

 

 「フフッ、そうだよ悠仁。コレのお陰で獄門疆ではいい暇潰しができたし、僕は強くなれた。だから——悠仁、()と戦おう!!!」

 

 「お、おうー!」

 

 返事した瞬間だった。五条先生が消えた。いや、消えてない。見えてる。速すぎるだけだ。空間が縮む。五条先生の蒼。距離そのものを圧縮しながら、金色の“流れ”を纏った掌底が一直線に迫ってくる。

 

 俺は反射で腕を前へ出した。掌底。真正面からぶつかる。瞬間、爆音が鳴った。空気が押し潰され、衝撃波が周囲へ広がり、足元の大地が一気に陥没する。俺の腕へ伝わってきた感触は、硬いとか重いとか、そんなレベルじゃない。まるで山そのものが高速で殴ってきたみたいだった。

 

 ヤバい、すげぇ威力だ。しかも呪力だけじゃない。“流れ”が混ざってる。無下限呪術の呪力制御に、如来神掌の“流れ”が完全に噛み合ってる。五条先生、やっぱりめちゃくちゃだ。

 

 俺は地面を踏み締める。砕けたアスファルトが沈み込み、靴底の下でコンクリートが割れる。そして拳を握った。

 

 「じゃあ、俺も本気でいくぜ!」

 

 五条先生が笑った。

 

 「来なよ、悠仁」

 

 俺は息を吐き、肩の力を抜き、掌ではなく拳へ“流れ”を集めた。全身の骨が内側から熱を持ち、血管の奥を金色の脈動が走る。目の前には現代最強。しかも今は如来神掌まで使う五条悟。普通に考えたら勝てるわけがない。けど、不思議と怖くはなかった。身体が動きたがっている。心臓が高鳴っている。俺は五条先生の目を見て、笑った。

 

 そして、踏み込んだ。

 

 五条先生との距離が一瞬で縮まる。

 

 俺は握った拳をそのまま無拍子で五条先生の顔面目掛け放った。肩も腰もほとんど使わない。ただ最短だけを通した一撃。普通の術師なら反応すらできない速度だった。だが拳は途中で止まる。

 

 これが先生の無限のバリア。

 

 確かに届かない。どんなに力を込めても、途中で止まる。いや、止まってるというよりかは届かないって感じだ。距離があるわけじゃない。触れてるようにも見える。でも決して到達しない。空間そのものが永遠に引き伸ばされてるみたいな、意味分かんねぇ感覚だった。

 

 先生の肩がピクリと動くのが見えた。

 

 瞬間、俺は半身をズラした。

 

 凄まじい圧が横を通り過ぎる。紫色の何かが通った。圧縮された空間が後方のビル群を飲み込み、数棟まとめて消し飛ばしていく。崩壊した断面が遅れて爆散し、コンクリート片と鉄骨が空中へ噴き上がった。

 

 「やっぱ避けるよね、悠仁」

 

 「本気ですやん」

 

 「当然」

 

 俺は一気に飛び退いて構える。

 

 施無畏印。

 

 与願印。

 

 肉体を循環する呪力と“流れ”が整う。血管の内側を熱が駆け巡り、筋肉が軋み、骨格が微かに震える。肺へ空気を吸い込むだけで身体中の感覚が研ぎ澄まされていった。

 

 「今になって分かるよ悠仁。如来神掌の凄さが」

 

 「でしょ?」

 

 俺はまた踏み込んだ。

 

 地面が爆発する。アスファルトが砕け、踏み込んだ場所を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。五条先生が笑う。六眼が青く輝き、その周囲で金色の“流れ”が血脈みたいに巡っていた。

 

 次の瞬間、先生が消える。

 

 いや違う。

 

 空間が縮んだ。

 

 蒼。

 

 距離そのものを圧縮して、一瞬で俺の懐へ潜り込んできた。掌底が胸へ迫る。速い。だけど見える。俺は咄嗟に腕を交差した。

 

 掌打が直撃。

 

 爆音。

 

 空気が圧縮され、衝撃波が円状に吹き荒れる。俺の身体が地面を削りながら後方へ滑った。靴底が焼け、アスファルトが溶けたみたいに抉れていく。腕が痺れる。いや、痺れどころじゃない。骨の奥まで揺さぶられてる。

 

 「っ……!」

 

 ヤバい。

 

 今の掌打、ただの打撃じゃない。“流れ”が内部へ浸透してきた。表面を殴るんじゃなく、肉と骨の隙間へ直接衝撃を流し込んでくる感じだ。

 

 俺は滑る勢いのまま腰を落とし、地面へ手を突いた。

 

 そのまま身体を回転。

 

 右脚を薙ぎ払う。

 

 五条先生の足元へ低い回し蹴りを叩き込んだ。

 

 だが届かない。

 

 無限。

 

 蹴りが途中で止まる。

 

 けど、それで終わりじゃない。

 

 俺は止まった脚を無理矢理踏み込みへ変え、そのまま掌を突き出した。

 

 「第一式——仏光初現!!」

 

 掌が炸裂。

 

 金色の奔流が大気を押し潰しながら五条先生へ迫る。周囲の瓦礫がまとめて吹き飛び、空気そのものが振動していた。だが先生は避けない。

 

 片手を前へ出す。

 

 無下限呪術。

 

 蒼。

 

 空間収束。

 

 掌波が真正面から圧縮され、巨大だった奔流が一点へ捻じ曲げられていく。周囲の大気まで巻き込みながら収束した掌波が、最後には野球ボールくらいのサイズへ圧縮されていた。

 

 「コレ、危ないね」

 

 五条先生が笑った。

 

 次の瞬間、その圧縮された掌波が解放される。

 

 俺は咄嗟に両腕を前へ出した。

 

 直撃。

 

 爆音と共に身体が吹き飛ぶ。背中からビルへ突っ込み、壁面を貫通しながら内部へ叩き込まれた。鉄骨が折れ、ガラスが砕け、粉塵が一気に噴き出す。

 

 肺の空気が全部吐き出された。

 

 痛ぇ。

 

 でも。

 

 「ハハッ……!」

 

 なんか笑えてきた。

 

 瓦礫を押し退けながら立ち上がる。身体は痛い。腕も痺れてる。でも動ける。“流れ”が全身を循環し、壊れた筋肉と骨を無理矢理繋ぎ止めていた。蒸気を上げながら傷が塞がっていく。

 

 ビルの穴の向こう。

 

 夜空を背にして五条先生が浮かんでいる。

 

 その周囲では蒼と赫が衛星みたいに回転し、金色の“流れ”が雷光みたいに迸っていた。

 

 「最高だよ悠仁!!」

 

 先生が笑う。

 

 俺も拳を握り直した。

 

 「俺もっすよ!!」

 

 そして次の瞬間、俺達は同時に踏み込んだ。

 

 

 

 

 虎杖悠仁と五条悟が激突する。

 

 虎杖の掌が五条の無下限へ衝突し、空間を揺らした。触れていない。だが確かに押している。無限によって永遠に引き伸ばされているはずの距離、その概念そのものへ、虎杖悠仁の“流れ”が干渉していた。掌から放たれた金色の脈動が空間へ浸透し、停滞していた無限の階層を内側から軋ませていく。

 

 五条は驚いた。

 

 さっきまでは完全に止めていた。触れる事すらできなかった。だが、たった数撃打ち込んだだけで、虎杖は無限を突破する方法を生み出していたのである。

 

 (無限を押した!そうくるか!)

 

 六眼が虎杖の内部を観測する。呪力ではない。もっと根源的で、生体エネルギーに近い何か。“流れ”が掌打の瞬間だけ異様な振動数へ変質し、空間へ浸透している。無限はあらゆる接近を遅延させる術式だ。だが虎杖の“流れ”は、その遅延そのものへ圧力をかけ始めていた。

 

 「フッ」

 

 虎杖が踏み込む。

 

 目にも止まらぬ速度だった。

 

 掌。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 それら全てが無拍子で放たれ、五条の無限へ連続で叩き込まれていく。拳圧だけで周囲の空気が爆発し、衝撃波によって砕けたビルの窓ガラスが一斉に吹き飛んだ。掌が空間へ触れる度、無限の境界面へ波紋のような歪みが広がる。

 

 「ハハッ」

 

 五条は思わず笑っていた。

 

 楽しい。

 

 純粋に。

 

 獄門疆の中で何度も教本を読み返し、印を結び、呼吸を整え、“流れ”を掴み、ようやく辿り着いた領域。それを虎杖悠仁は既に当たり前のように使いこなし、更に戦闘の最中で進化していく。

 

 化け物だ。

 

 いや——最初からそうだった。

 

 五条は無下限の出力を高めながら、片手で刀印を結ぶ。周囲へ浮かんでいた蒼と赫が同時に脈動した。青と赤。引力と斥力。正反対の概念が夜空で唸りを上げ、圧縮された空間そのものが都市を軋ませていく。

 

 そして。

 

 「行くよ、悠仁」

 

 蒼と赫が同時に放たれた。

 

 青い球体が周囲一帯の瓦礫を吸い込みながら突進する。道路標識、鉄骨、自動車、コンクリート片、その全てが重力へ逆らえず巻き込まれ、渦を描きながら圧縮されていく。その横では赫が空気を押し潰し、超高熱と斥力によって大地そのものを抉りながら迫っていた。

 

 普通なら逃げる。

 

 いや、見た瞬間に死を覚悟する。

 

 だが虎杖は臆さなかった。

 

 「——ッ!!」

 

 踏み込む。

 

 両脚が地面を砕く。

 

 肉体内部を循環する“流れ”が爆発的に加速し、金色の脈動が血管みたいに全身へ走った。虎杖は向かってくる蒼へ腕を振るう。

 

 掌打。

 

 真正面から。

 

 瞬間、蒼が歪んだ。

 

 圧縮空間へ“流れ”が叩き込まれ、球体内部の呪力構造が強引に崩壊していく。吸引が乱れ、回転が止まり、次の瞬間には青い球体そのものが内側から弾け飛んだ。巻き込まれていた瓦礫が四方八方へ吹き散り、周囲一帯へ金属音と爆音が連続して響く。

 

 次に赫。

 

 赤い奔流が目前まで迫る。熱風だけで皮膚が焼ける。アスファルトが溶け、空気が赤熱し、視界そのものが揺らいでいた。

 

 虎杖はその赫へ向かって拳を放つ。

 

 爆音。

 

 拳と赫が衝突した瞬間、赤い斥力場が歪み、虎杖の腕へ超高熱と衝撃が食い込む。皮膚が裂け、血が飛び散り、筋肉が軋む。だが止まらない。

 

 “流れ”が赫へ浸透する。

 

 掌波と同じだ。

 

 呪力構造へ直接干渉し、内側から破壊する。

 

 赫が砕けた。

 

 赤い閃光が夜空へ散り、解放された斥力が暴風となって周囲のビル群を吹き飛ばす。数棟まとめて崩壊し、鉄骨が悲鳴を上げながら折れ曲がり、粉塵の壁が立ち上がった。

 

 (すごい!すごいよ悠仁!!)

 

 五条悟は歓喜していた。

 

 青い六眼が輝く。

 

 目の前には、自分が最も見たかった存在がいる。

 

 宿儺ではない。

 

 羂索でもない。

 

 ただ純粋に、武の頂へ届こうとしている虎杖悠仁という少年が、今この瞬間にも進化し続けていた。

 

 「蒼も赫も効かない、なら次はこうだ」

 

 五条が空に浮かびながら構えを取った。

 

 右手の甲を虎杖へ見せるように構え、左腕を右腕の上腕へ添える。その瞬間から周囲空間が変質し始める。夜空が軋み、大気中へ漂っていた呪力残滓が五条悟を中心に収束していった。無下限呪術による超高密度演算。そこへ金色の“流れ”が混ざる事で、空間そのものが異様な重みを帯び始める。

 

 そして五条は呪詞の詠唱を始めた。

 

 「九綱、偏光、烏と声明、表裏の間——」

 

 低い声だった。

 

 だが、その一言一言が現実へ直接刻み込まれていくような圧を持っていた。周囲数百メートルの瓦礫が微かに浮き上がり、地面へ走っていた亀裂が更に広がる。蒼と赫。相反する力場が五条の掌中で混ざり合い、その中心へ“流れ”が注ぎ込まれる事で、通常の虚式とは比較にならないほど危険な何かが生まれようとしていた。

 

 虎杖はその変化を察知する。

 

 五条へ収束し始める呪力と“流れ”。

 

 それが何を意味しているのか、本能で理解できた。

 

 危険。

 

 まともに受ければ消える。

 

 肉体ごと。

 

 存在ごと。

 

 だが虎杖は逃げない。

 

 施無畏印。

 

 与願印。

 

 両掌の間で“流れ”が循環を始め、血管のような金色の脈動が全身へ走る。骨格が軋み、筋肉が熱を持ち、掌の中心へ高密度エネルギーが集束していく。

 

 「第五式——」

 

 「さっきは避けられたけど……今度は避けないでね——虚式『茈』

 

 五条が右手の薬指を弾いた。

 

 その瞬間だった。

 

 紫色の奔流が虎杖へ向け高速で放たれる。

 

 世界が消えたように見えた。

 

 蒼による収束。

 

 赫による斥力。

 

 相反する概念が完全融合した事で発生する“虚”。紫色の閃光は空間そのものを削り取りながら進み、通過した後方ではビル群が音もなく抉り消えていく。瓦礫すら残らない。ただ一直線に、存在が消滅していた。

 

 「『迎仏西天』」

 

 虎杖悠仁が掌印を組んだ両掌を回転させる。

 

 迫り来る茈へ真正面から掌を合わせた瞬間、凄まじい圧力が虎杖の全身へ襲い掛かった。皮膚が裂け、腕の筋肉が軋み、足元の地盤が一気に崩壊する。だが虎杖は踏み止まる。

 

 掌が回転する。

 

 茈を受け流すのではない。

 

 呑み込む。

 

 高速回転する“流れ”によって虚式そのものを掌中へ巻き込み、渦のように圧縮していく。紫色の奔流が両掌の間で歪み、捻じ曲がり、徐々に球状へ収束し始めた。

 

 「ハハハハッ!!!」

 

 五条が笑う。

 

 心底楽しそうだった。

 

 六眼が輝く。

 

 (呪詞まで唱えた全力の茈を第五式で受け止めた!!その技は僕も使えるけど、まさかだよ!悠仁!)

 

 普通なら消滅する。

 

 受け止めるという発想そのものが狂っている。

 

 だが虎杖悠仁は、それをやってのけた。

 

 両掌を回転させながら“茈”を固めていく。蒼と赫が生み出す破壊エネルギーへ“流れ”が干渉し、暴走しかける虚式を無理矢理一つの球体へ閉じ込めていた。

 

 紫色の球。

 

 掌中で不安定に脈動している。

 

 周囲空間が断続的に歪み、近くを漂っていた瓦礫が触れた瞬間に消滅した。

 

 「いくぜ!!五条先生!!」

 

 虎杖が踏み込む。地面が爆散し、姿が消えた。

 

 (見えないッ!)

 

 五条は目を見開いた。六眼ですら捉えきれない。

 

 速いとか、そういう次元じゃない。虎杖悠仁は“流れ”によって肉体出力を限界以上へ引き上げ、空間そのものを踏み抜くように移動していた。

 

 刹那。

 

 既に虎杖は、空中へ浮かぶ五条の目前にいた。

 

 だが五条には無下限がある。

 

 どれだけ速くとも届かない。

 

 到達そのものを否定する絶対不可侵。

 

 しかし。

 

 虎杖は五条の胴体へ向け、球体を添えた掌を打った。

 

 無下限と球体が接触する。

 

 空間が捩れ、歪み、そして進む。

 

 茈を内包した“流れ”が無限の階層を内側から押し潰し始め、到達不可能だったはずの距離が強引に削り取られていく。

 

 「あ」

 

 五条の間抜けな声が響く。

 

 そして紫の球体が五条の衣服へ触れた瞬間、黒い布地が原子単位で崩壊するように消えていった。燃えたわけでも裂けたわけでもない。ただ“存在していた”という事実そのものを削り取られるように、服の繊維が紫色の光へ呑まれて消滅し、その奥の皮膚へ到達する。

 

 「ッ!!!」

 

 激痛。

 

 今まで味わった事のない種類の痛みだった。

 

 斬撃でもない。

 

 打撃でもない。

 

 熱でも冷気でもない。

 

 存在ごと消し去られる。

 

 そんな暴力的な“虚”が、五条悟の肉体を侵食していた。

 

 紫色の球体が接触した脇腹から肉体が消えていく。皮膚が崩れ、筋肉が削れ、肋骨が露出し、その骨すら端から粒子みたいに消失していく。通常なら即死していてもおかしくない現象だったが、五条は即座に無下限の出力を最大限まで上昇させ、更に肉体内部を循環する“流れ”を加速させた。

 

 金色の光が血管みたいに全身を奔る。

 

 消失していく箇所から猛烈な勢いで肉体が再生される。筋繊維が編み直され、骨が形成され、皮膚が再構築される。だが再生した瞬間から、また“虚”によって削り取られていく。

 

 再生。

 

 消滅。

 

 再生。

 

 消滅。

 

 その循環が五条の脇腹で同時発生していた。

 

 空間そのものが軋む。

 

 “茈”。

 

 それは本来、対象へ触れた時点で一方的に存在を消し飛ばす術式だった。だが今、虎杖悠仁はそれを第五式『迎仏西天』によって掌へ収束し、無下限すら押し込みながら直接叩き込んでいる。

 

 滅茶苦茶だった。

 

 術式理論も何もかも。

 

 だが——だからこそ。

 

 五条悟は笑いそうになる。

 

 (離すしかない)

 

 六眼が瞬時に結論を出す。

 

 このまま押し込まれれば危険だ。なら接触を切る。虎杖の身体ごと吹き飛ばす。

 

 五条は拳を握った。

 

 肉体内部を巡る“流れ”が右腕へ収束する。筋肉が膨張し、皮膚下を走る金色の脈動が眩く発光した。そして腰を捻り、至近距離から虎杖の顔面目掛け拳を叩き込む。

 

 爆音。

 

 空気が圧縮され、周囲のビルガラスが一斉に砕け散る。

 

 拳は直撃した。虎杖は避けていない。

 

 真正面から受けた。

 

 頬骨が軋み、顔面が横へ弾け飛ぶように逸れる。口端から血が噴き出し、赤い飛沫が夜空へ散った。首が大きく捻れ、普通の人間なら脳震盪どころか頸椎ごと折れていてもおかしくない威力だった。

 

 だが、虎杖悠仁は笑っていた。

 

 血をピュッと吐きながら、歪んだ顔をゆっくり戻し、金色の“流れ”を滲ませた瞳で五条悟を真っ直ぐ見上げる。

 

 「先生——闘争を楽しめ」

 

 その言葉、その瞬間だった。

 

 五条悟の脳内に溢れ出す——存在しない記憶。

 

 夕暮れだった。

 

 赤く染まった公園。西日で長く伸びた影。鉄棒。滑り台。古びたブランコ。吹き抜ける風には夏終わり特有の湿った匂いが混ざっていて、遠くではヒグラシの鳴き声まで聞こえている。

 

 五条悟は学生服を着ていた。

 

 高専二年。

 

 まだ夏油傑が隣にいて、家入硝子が呆れ顔で煙草を咥えていて、“最強”という言葉だけで全部を片付けられると思っていた頃の自分。

 

 その公園で、一人の少年が遊んでいた。

 

 淡いピンク髪。

 

 底抜けに明るい笑顔。

 

 ジャングルジムのてっぺんへよじ登り、そのまま躊躇なく飛び降りる。着地した瞬間に砂が舞い、膝を少し擦りむいたにも関わらず、痛がるどころか「おぉ!」と楽しそうに笑っている。

 

 虎杖悠仁だった。

 

 幼い。

 

 だが間違いなく虎杖悠仁。

 

 「あ!五条先生!遊ぼうぜ!」

 

 夕焼けを背負った少年が、屈託なく笑いながら手を振る。

 

 その笑顔が、妙に眩しかった。

 

 五条悟は理解できない。

 

 こんな記憶は存在しない。

 

 虎杖悠仁と初めて出会ったのは高校だ。こんな幼少期の姿など知るわけがない。なのに脳が“知っている”と錯覚する。夕焼けの温度も、風の湿度も、砂場の匂いも、少年の笑い声も、全てが現実みたいに鮮明だった。

 

 「えっ……ハハハ……いいよ!」

 

 気付けば自分も笑っていた。

 

 制服の袖を捲り、ブランコへ座る虎杖の背中を押す。虎杖は「もっと!もっと!」と騒ぎながら足をバタつかせ、「うほー!!!」と勢いよく空へ漕ぎ出していく。その姿が可笑しくて、五条は笑った。

 

 楽しかった。

 

 心の底から。

 

 “最強”とか、“呪術界”とか、そういう全部を忘れて。

 

 ただ一人の教師として、一人の子供と遊んでいる時間が、どうしようもなく自然だった。

 

 次の瞬間、記憶が切り替わる。

 

 今度は河川敷だった。

 

 虎杖が全力疾走している。

 

 まだ身体が小さい、だが速い。

 

 異常な速度で土手を駆け抜け、笑いながら振り返る。

 

 「五条先生!!見ろよ!!」

 

 その手には、泥だらけのボロボロな本が握られていた。

 

 如来神掌。あの教本。

 

 「変なジジイから買ったんだぜ!!すげぇだろ!!」

 

 虎杖が誇らしげに笑う。

 

 夕陽がその背中を照らしていた。

 

 五条は、その光景を知っている気がした。

 

 見た事もないはずなのに。

 

 知らないはずなのに。

 

 何故か胸の奥が温かくなる。

 

 まるで、本当に一緒に過ごしてきたみたいに。

 

 「……なんだよ、これ」

 

 現実の五条悟が、小さく呟く。

 

 京都コロニー上空。

 

 虎杖悠仁の掌が未だ“茈”を押し込み続けている。

 

 脇腹を削られながら、五条悟の六眼は揺れていた。

 

 存在しない。あり得ない。

 

 なのに——

 

 

 どうしようもなく、“本物”だった。

 

 

 虎杖悠仁は五条の脇腹へ押し込んでいた紫色の球体を、ぐしゃりと握り潰した。

 

 掌の内部で圧縮されていた“茈”が制御を失い、紫色の光となって四方へ弾け飛ぶ。それは単なる爆発ではない。

 

 周囲空間そのものを巻き込みながら歪曲し、捻れた座標が無理やり元へ戻ろうとした事で、大気が悲鳴みたいな振動を上げた。数百メートル先に残っていたビル外壁へ無数の亀裂が走り、地面に転がっていた瓦礫が一斉に跳ね上がる。遅れて発生した爆風が京都中心部を薙ぎ払い、粉塵と砂塵が巨大な壁のように夜空へ広がっていった。

 

 虎杖はその反動を利用するように後方へ飛び退く。砕けたビル残骸へ着地した瞬間、靴底の下でコンクリートが陥没し、ヒビが蜘蛛の巣状に広がった。だが本人はまるで危険物でも扱った後みたいに右手をぱんぱんと払い、肩の力を抜きながら苦笑する。

 

 「いやいや、あっぶねぇー……先生殺すとこだったわ」

 

 軽い口調だった。

 

 だが、事実として先程の攻防は極めて危険だった。

 

 五条悟の脇腹には未だ完全修復し切れていない傷跡が残っている。無下限の出力を最大限まで上げ、反転術式を全力で回し、更に肉体内部を循環する“流れ”を強制加速させているにも関わらず、紫色の“虚”によって削られた箇所だけは修復速度が追い付いていない。

 

 消失した肉体部分から金色の光が脈打つように溢れ、筋肉と骨格を再構築しているが、その光景自体が既に異常だった。通常の術師なら接触した瞬間に消滅して終わる。だが五条悟は、“存在を削る力”へ反転術式と“流れ”を無理やり噛み合わせる事で、肉体を半ば強引に維持していたのである。

 

 五条は静かに虎杖を見据えた。

 

 六眼の奥では、先程流れ込んだ“存在しない記憶”が未だ鮮明に残っている。夕暮れの公園。ジャングルジム。河川敷。笑っていた幼い虎杖悠仁。あんな記憶は存在しない。虎杖と出会ったのは高専へ入学してからだ。理屈では分かっている。だが脳が否定できない。風の温度も、砂場の匂いも、夕焼けの色も、あまりにも現実だった。

 

 (僕を殺せる)

 

 五条は理解していた。

 

 今の虎杖悠仁は、自分へ届く。

 

 無下限へ触れ、“虚”を押し込み、五条悟という存在そのものを消し飛ばし得る場所にいる。

 

 だが同時に、五条はもう一つの事実も理解していた。

 

 (でも殺さない)

 

 虎杖は止めた。

 

 危険を察知した瞬間、自分から“茈”を握り潰し、接触を解除した。そこに打算はない。ただ純粋に、“五条悟を殺したくなかった”という感情だけで身体が動いている。

 

 その優しさが、妙に胸へ残った。

 

 そして同時に思い出す。

 

 ——闘争を楽しめ。

 

 先程、虎杖が自分へ向けて放った言葉。

 

 だがそれは本来、宿儺が虎杖へ向けて言った言葉だった。如来神掌を極め、“流れ”を会得し、戦闘効率、虚構の機械そのものみたいな動きを見せ始めた虎杖に対し、宿儺は笑いながら言ったのである。

 

 『お前の動きはただの“作業”だ』

 

 『闘争を楽しめ』

 

 殺す。

 

 倒す。

 

 救う。

 

 最適解を選び続けるだけの戦いは、いつしか感情を削ぎ落としていく。虎杖悠仁は気付かぬ内に、“勝つ為だけ”の機械みたいな動きを始めていた。だから宿儺は煽った。もっと本能を曝け出せと。もっと命を燃やせと。

 

 そして今、虎杖は無意識のまま、同じ言葉を五条悟へ向けていた。

 

 深い意味などない。

 

 ただ純粋に楽しかったのだ。

 

 最強と呼ばれ続けた男と、真正面から全力で殴り合える事が。

 

 その瞬間を共有できる事が。

 

 だから自然に口から零れ落ちた。

 

 だが——その言葉は、五条悟の内側へ確かに届いた。

 

 最強。

 

 その言葉を背負い続けた人生。

 

 誰も隣へ立てない孤独。

 

 理解されないまま、追い付かれないまま、ただ一人で空の上を歩き続けてきた男。その五条悟が今、生まれて初めて“同じ高さで殴り合える存在”を前にしている。

 

 しかもその相手は、自分を倒せる力を持ちながら、なお笑っている。

 

 楽しいから戦おう、と。

 

 その在り方が、五条悟という存在を静かに変えていく。

 

 五条は笑った。

 

 それは今までみたいな余裕の笑みではない。挑発でも軽薄さでもない。もっと純粋な、少年みたいな笑顔だった。

 

 「ハハッ……」

 

 思わず漏れた笑い声と同時に、五条の肉体内部を循環していた“流れ”が変質を始める。青く鋭い無下限呪術の呪力、その内部を巡っていた金色の脈動、そして更に別種の何かが混ざり始めていた。白。透明に近い、澄み切った圧力。それが六眼の演算と融合し、五条悟という存在そのものを再構築していく。

 

 周囲空間が震えた。

 

 京都コロニー全域へ、これまでとは質の違う圧力が放たれる。空気が重い。空間密度そのものが変化したみたいに、遠方の瓦礫がミシミシと軋み始め、夜空を漂っていた雲が円形に押し退けられていく。

 

 宿儺が嗤う。

 

 頼光が目を見開く。

 

 金時が構える。

 

 真希が据えた目で睨む。

 

 万が恍惚と震え、裏梅が冷気を吐き出す。

 

 鹿紫雲が雷を迸らせ、大道が刀を抜き、河童が四股を踏む。

 

 呪胎九相図三兄弟が虎杖を見ながら頷く。

 

 東堂が遠方から「ブラボォォォ!!!」と絶叫した。

 

 そして虎杖悠仁だけは、その変化を真正面から見据えながら、心底嬉しそうに笑う。

 

 「そうだよ先生……ここからだ」




宿儺「!?」


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人外魔境超常決戦の対戦の順番

  • 金時vs三代六十四(河童)
  • 頼光vs裏梅vs万
  • 真希vs大道鋼
  • 東堂vs???
  • 宿儺vs鹿紫雲
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