武術の王『虎杖悠仁』   作:やめろ小僧、その技は俺に効く

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うひょおおおお!!相撲サイコォォォー!!!

 

 

 

 

 宿儺へ向かって、頼光と金時が同時に踏み込む。黒い雷を纏った頼光の呪力が周囲空間を焦がし、金時の膂力が踏み込みだけで大地を陥没させる。その二人へ、更に横合いから乱入するように、一つの影が凄まじい速度で飛び込んできた。

 

 万だった。

 

 虫の甲殻を模した鎧が全身を覆い、節足動物のような外殻が肉体を異常なまでに強化している。背部から伸びた虫脚が地面を穿ち、そのまま一直線に宿儺へ向かって加速した。移動する度に甲殻同士が擦れ、耳障りな金属音めいた摩擦音が夜気へ響き渡る。京都コロニー中心部は既に原型を留めておらず、砕けたビル群から立ち昇る粉塵と焦げ臭い熱気が空気を濁らせていたが、その中でも万の存在感だけは異様だった。まるで巨大な肉食昆虫が獲物へ飛び掛かっているような狂気がある。

 

 「万!!邪魔をすれば殺す!!貴様が藤原に取り立てられていたのは過去の話だ!!」

 

 金時が片腕を伸ばして止めに入る。だが万は止まらない。

 

 「五月蝿いわね!!金太郎!!私に折檻されたいの!?宿儺ぁぁぁ!!いくわよぉ!!」

 

 万が歓声混じりに叫びながら、金時の剛腕を真正面から弾き飛ばした。虫の鎧によって底上げされた膂力は凄まじく、衝突した瞬間、重い衝撃音が鳴り、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。道路へ走った亀裂から砕石が跳ね、近くに転がっていた乗用車が横転しながら炎上した。

 

 「金時!!その痴女を離しといて!!宿儺を討滅するのは私よ!!」

 

 頼光が怒鳴る。

 

 「は、はいぃ!!!」

 

 金時が反射的に返事をした。

 

 完全に女二人に挟まれている。頼光は本気で怒っているし、万は本気で宿儺へ求愛している。その中央で金時だけが「何故俺が怒られているのだ……?」みたいな顔をしていた。平安を生きた怪力無双でありながら、この瞬間だけは鬼より女の方が恐ろしいと本気で思っている顔だった。

 

 そんな混沌を、宿儺だけは完全に無視していた。四つの瞳が別方向を見る。

 

 「ん?」

 

 宿儺の口元が歪む。

 

 「ククッ……また何か来たな」

 

 土埃が舞っている。崩壊した道路を跳ねるように疾走しながら、何かがこちらへ高速接近していた。地面を蹴る度に砕けたアスファルトが跳ね、瓦礫の上を異様な軽さで駆け抜けてくるその姿は、戦場の熱気と殺気から明らかに浮いている。頭頂部だけ妙に禿げ上がった奇妙な髪型に、星形の髪飾りみたいな毛並み、うすら緑色の肌、異様なまでに鍛え上げられた肉体、そして褌一丁という、情報量の多すぎる河童だった。

 

 「……妖か?」

 

 「河童ね」

 

 「河童だわ」

 

 「河童だな」

 

 金時、頼光、万、そして宿儺がほぼ同時に言った。

 

 その視線は油断なく河童を観察していた。見た目だけなら完全に妖怪である。だが放たれている気配は呪霊とも妖とも少し違う。殺意はない。敵意も薄い。あるのは純粋過ぎるほど真っ直ぐな闘争心だけであり、その熱量は宿儺達の殺し合いとはまるで質が違っていた。血の匂いでも、呪いの濁りでもない。土俵の土と汗と、真っ向からぶつかり合う喜びだけを煮詰めたような圧が、河童の全身から立ち昇っている。

 

 河童はそんな全員へ向け、堂々と四股を踏む。

 

 「俺は三代六十四!俺と相撲をやらないか!!!」

 

 その瞬間、河童を中心に領域が広がった。

 

 地面が変質する。砕けていたアスファルトが滑らかな土へ変わり、崩れた瓦礫が円状に押し退けられ、巨大なしめ縄が空間そのものへ張り巡らされていく。夜風が止まり、空気が静まり返った。そこに形成されたのは土俵。戦場のど真ん中に生まれたとは思えないほど、神事みたいな厳粛さを持つ空間だった。

 

 「俺はやらん」

 

 「金時、やってあげなさい」

 

 「金太郎、相撲なら()()()

 

 完全に押し付けだった。

 

 頼光は既に万へ殺気を向けているし、万は宿儺しか見えていない。つまり、めんどくさい処理係が必要だったのである。

 

 「えっ……」

 

 金時が頼光を見る。

 

 頼光は視線を逸らした。

 

 「……………分かりました」

 

 金時が諦めたように肩を落とす。その返答を聞いた瞬間、河童の顔が輝いた。

 

 「相撲ッ!!」

 

 「相撲か……」

 

 金時の目が少しだけ細まる。山、川、熊、猪、幼い頃に金太郎と呼ばれていた時代の記憶が脳裏を過った。山で動物達と取った相撲。泥だらけになり、倒され、笑いながらまた立ち上がった日々。その感覚を思い出した瞬間、金時の口元が自然に緩んだ。

 

 「ハハ……」

 

 (まぁ……息抜きには)

 

 「なぁ!相撲やろうぜ!!!」

 

 河童が叫ぶ。

 

 その声には一片の曇りもなかった。純粋だ。あまりにも真っ直ぐで、だからこそ気持ちが良い。殺意でも敵意でもない。ただ強者と組み合いたい、その欲求だけを剥き出しにしている。

 

 金時は肩を鳴らしながら、大きく頷いた。

 

 「……いいだろう!」

 

 「マジでぇぇぇぇ!?!?!?」

 

 河童が涙を流しながら歓喜する。

 

 その瞬間、領域が完全に閉じた。

 

 外界の音が遠ざかる。京都中心部で鳴り響いていた爆音も、宿儺達の呪力衝突も、この空間には届かない。あるのは土俵の土の匂いと、二人の吐息だけだった。湿った土の香りが鼻腔へ入り込み、汗と熱気が空気へ混ざる。まるで戦場の真ん中へ突然、神事の空間だけが切り抜かれたみたいだった。

 

 河童が腰を落とす。

 

 金時もまた重心を沈める。

 

 互いの視線が噛み合った。

 

 「はっけよい」

 

 「はっけよい」

 

 「「のこったぁぁぁ!!!」」

 

 二人同時に叫び、そして踏み込んだ。

 

 土俵の中から二人の巨体が消える。否、速過ぎて見えなくなっただけだ。次の瞬間には既に激突している。

 

 坂田金時の肩と、河童——三代六十四の肩が真正面からぶつかり合った瞬間、土俵全体が爆発したみたいに震えた。空気が圧縮され、衝突地点から円形状の衝撃波が走る。普通の建物ならそれだけで崩壊している。だが、この領域は相撲の為だけに形成された空間だった。衝撃を逃がし、土俵そのものが二人の力を受け止めている。

 

 「あんた名は!」

 

 河童が肩をぶつけながら叫ぶ。

 

 金時の肉体は異常なまでに重い。まるで山そのものを押しているみたいだった。だが河童は嬉しそうに笑っている。全身の筋肉が盛り上がり、土俵へめり込んだ足裏から力を伝達しながら、更に前へ押し込んでいく。筋肉が軋む音すら聞こえそうなほど濃密な力比べだった。

 

 「坂田金時なり!」

 

 金時もまた笑っていた。

 

 腕力ではない。殴り合いでもない。ただ相手を押し、崩し、投げる。その単純極まりない勝負が、どうしようもなく楽しい。

 

 金時が腰を落とした瞬間、重心が爆発的に沈み込み、次の瞬間には右肩が河童の胸板へ真正面から叩き込まれていた。空気が弾け、土俵の土が放射状に舞い上がる。河童の肉体が数メートル後方へ滑るが、それでも踏み止まる。裸足の指が土俵へ深く食い込み、下半身全体で衝撃を受け流していた。

 

 「強い!!!」

 

 河童が歓喜する。

 

 そのまま両腕を伸ばし、金時の胴へ組み付いた。凄まじい圧力だった。締め上げられた瞬間、金時の肋骨が軋み、筋肉の奥で骨が悲鳴を上げる。河童の腕力は異常だ。相撲だけを追い求め続けた怪物の膂力が、金時の巨体すら持ち上げようとしている。

 

 だが。

 

 「ハハハハハッ!!!」

 

 金時は腹の底から笑った。

 

 全身の筋肉が膨張する。平安時代を生きた怪力無双、その肉体が本気で力を込めた瞬間、河童の拘束が逆に押し返された。筋肉と筋肉がぶつかり合い、肉体同士の摩擦熱だけで蒸気みたいな白煙が立ち昇る。

 

 金時はそのまま河童の脇へ腕を差し込み、一気に持ち上げた。

 

 投げる。

 

 鍛え抜かれた肉体が豪快に宙を舞う。河童は回転しながらも空中で姿勢を整え、背中から落ちる直前に身体を捻って着地した。土俵の土が弾け飛び、巨大な足跡が刻まれる。

 

 「見事ぉ!!」

 

 河童が叫ぶ。

 

 次の瞬間にはまた踏み込んでいた。

 

 速い。

 

 異様なまでに低い姿勢から、河童が金時の懐へ潜り込む。肩が腹へ突き刺さるようにぶつかり、金時の巨体が僅かに浮いた。

 

 河童はそのまま押す。

 

 押す。

 

 押す。

 

 土俵が揺れる。

 

 互いの足裏が地面を削り、踏み締める度に土がめくれ上がる。肉体と肉体が擦れ合う鈍い音が響き、二人の吐息が熱風みたいにぶつかり合った。

 

 そして金時は気付いていた。

 

 楽しい。

 

 心の底から。

 

 頼光と共に鬼を討ち、妖を潰し、戦場を駆け抜けてきた人生だった。だがそこには常に殺意と死が付き纏っていた。勝たねば死ぬ。負ければ仲間が死ぬ。だから戦い続けた。

 

 だが今、この土俵にはそれがない。

 

 ただ純粋に強者同士が組み合い、力をぶつけ合っている。

 

 だから自然と笑ってしまう。

 

 「もっと来い!!河童!!!」

 

 金時が吼える。

 

 河童もまた、満面の笑みで叫んだ。

 

 「あいよぉぉぉ!!!」

 

 

 三代六十四の領域は、極めて特異な結界だった。

 

 必中効果は存在せず、術式の押し付けもない。相手を殺す為の機能も、拘束する為の構造も、精神へ干渉する要素すら存在しておらず、ただ“相撲を取る”という目的の為だけに完成された領域であり、それ以外の全てを削ぎ落とした純粋極まりない結界である。

 

 だからこそ、この領域には絶対条件が存在した。

 

 双方の了承。

 

 領域は招いた側だけでは成立しない。相撲を取る意思、土俵へ上がる覚悟、その両方が噛み合って初めて三代六十四の領域は完成する。それは呪術的な縛りを極限まで排除した結果だった。

 

 押し付けない。奪わない。ただ真正面からぶつかり合う。

 

 故に、その結界は異様なまでの純度を持つ。

 

 「うひょおおおお!!相撲サイコォォォー!!!」

 

 三代六十四が額から汗を撒き散らしながら笑い、全身泥塗れになって金時へ突っ込んでいく。肩と肩が激突し、筋肉が軋み、肉と肉がぶつかる重低音が領域内部へ響き渡り、土俵が何度も揺れた。ぶつかる度に空気が押し潰され、衝撃波めいた風圧がしめ縄を震わせる。普通の術師ならその余波だけで肉体が吹き飛びかねないが、この領域は二人の衝突を受け止める為だけに存在していた。

 

 金時もまた笑っていた。

 

 肩で押す。

 

 差す。

 

 投げる。

 

 河童も投げ返す。

 

 互いの肉体が宙を舞い、土煙が噴き上がり、足裏が土俵を削り取っていく。四股を踏む度に空気が震え、汗が飛び散り、その全てが純粋だった。そこには鬼も妖も呪霊も存在しない。ただ強者同士が真正面から組み合う歓喜だけがある。

 

 殺意がない。

 

 宿儺のような闘争心も、羂索の悪意ある企みも、五条悟と虎杖悠仁がぶつけ合っている“最強”の衝突とも違う。ただ相撲があり、ただ全力で組み合う喜びだけが存在していた。

 

 そして、この領域の最も異常な点は別にある。

 

 時間。

 

 三代六十四の結界内部と外界では、時間の流れそのものが違っていた。

 

 領域内部の一時間、それは外界において一分にも満たない。通常、時間干渉は極めて高度な結界術を必要とする。術式と結界座標を複雑に噛み合わせ、呪力循環を精密制御しなければ成立しない高等技術だ。だが三代六十四は、そこへ理論的な積み上げを殆ど用いていない。

 

 むしろ逆だった。

 

 相撲以外の全てを削ぎ落とした。

 

 必中も、防御機能も、術式拡張も、殺傷能力すら捨て、“相撲だけ”に特化した結果として、領域内部の時間効率が異常な域へ到達しているのである。余計な処理を一切行わず、組み合い続ける為だけに構築された結界だからこそ、内部時間は圧縮され、外界から切り離された独立空間みたいな性質を帯びていた。

 

 言わば、永遠に相撲を取る為の空間。

 

 それが三代六十四の領域だった。

 

 「のこったぁぁぁ!!!」

 

 河童が叫び、金時が笑いながら押し返す。土俵際で互いの筋肉が膨れ上がり、骨が軋み、踏み締めた足元から土が弾け飛ぶ。押し込む。耐える。持ち上げる。投げ飛ばす。そしてまた組み合う。

 

 互いの肉体がぶつかる度に汗が飛び散り、筋肉が悲鳴を上げ、それでも二人は笑っていた。河童の頬は紅潮し、金時の全身からは湯気みたいな熱気が立ち昇っている。筋肉が裂け、皮膚が擦り剥け、血すら滲み始めているというのに、二人ともまるで気にしていない。

 

 楽しい。

 

 どうしようもなく。

 

 ただ純粋に強者同士が組み合い、力をぶつけ合っている。

 

 それだけだった。

 

 京都コロニーでは今この瞬間も、人外達による超常決戦が続いている。宿儺が嗤い、五条悟が進化し、虎杖悠仁が拳を振るい、頼光の黒雷が夜空を裂いていた。

 

 だが、その一方で、この領域の中だけはひたすら相撲だった。

 

 投げる。

 

 押す。

 

 笑う。

 

 またぶつかる。

 

 三代六十四と坂田金時は、互いが満足するまで永遠に相撲を取り続ける事になる。そして、そこに一切の妥協は存在しない。

 

 

 河童の領域が閉じられ、その内部で坂田金時と三代六十四による終わりの見えない相撲が繰り広げられている頃、東堂葵は崩壊した高層ビルの頂上へ腕を組んだまま立ち、人外魔境と化した京都コロニー全域を静かに見下ろしていた。

 

 吹き荒れる熱風が学ランを揺らし、遠方では黒雷が迸り、氷塊が大地を覆い、空間ごと裂く斬撃が夜空へ幾筋も走っている。崩壊したビル群は既に都市としての形を失い、爆散したコンクリート片と焼け焦げた鉄骨が山脈みたいに積み重なり、その合間を怪物達が縦横無尽に暴れ回っていた。誰もが国家崩壊級の戦力であり、拳を振るい、掌を打ち、術式を解き放つ度に京都そのものが悲鳴を上げている。普通の術師なら、この戦場へ近付くだけで精神が潰れるだろう。

 

 だが東堂葵は笑っていた。

 

 「フフッ……素晴らしいぞブラザー」

 

 視線の先では、虎杖悠仁と五条悟が激突している。掌と拳がぶつかる度に空間が軋み、“流れ”と呪力が衝突する余波だけで周囲数百メートル単位の瓦礫が吹き飛び、大地が沈み込み、空気そのものが圧壊していた。宿儺がその様子を愉快そうに見上げ、頼光の黒雷が夜空を裂き、万が構築した虫型装甲が高速で空中を飛び回る。既に京都という都市は戦場ですらなく、怪物達の闘争本能を満たす為だけの巨大な箱庭へ変貌していた。

 

 東堂は、その全てを観察していた。

 

 既に全ての民間人、非術師は避難を完了している。この戦場についていけない者達、その全員を東堂はコロニー外部へ転移させ終えていた。

 

 不義遊戯。

 

 本来なら一定以上の呪力を持つ対象同士を入れ替える術式。だが東堂葵は、その術式解釈そのものを拡張していた。

 

 万物には呪力が宿る。

 

 空気、石、瓦礫、塵、水滴。

 

 存在する限り、そこには必ず呪力の残滓が存在する。

 

 多分。

 

 だが東堂はそう解釈した。

 

 そして東堂にとって最も重要なのは、“現実に存在するか否か”ではない。“そうである”と己が確信できるかどうかだった。東堂葵という男は、常識や理論によって己を縛らない。己が納得した瞬間、それは東堂の中で真実へ変わる。

 

 故に、不義遊戯は進化した。

 

 東堂はそこへ縛りを課した。攻撃には使わない。守る為だけに使う。その制約によって術式精度と適用範囲を極限まで引き上げ、京都コロニー内部に存在していた一般人達を一瞬で外部へ転移させたのである。

 

 更に現在もなお、東堂は拍手を鳴らし続けていた。

 

 「全てを逸らし、全てを守る!拍手とは魂の喝采ッ!!」

 

 意味不明。

 

 だが、やっている事は常軌を逸している。

 

 虎杖の掌波、宿儺の斬撃、五条悟の光、頼光の拳圧、万の構築術式、裏梅の氷結。それらがコロニー外へ飛び出そうとする瞬間、東堂は拍手を打ち鳴らし、瓦礫や空気や遠方の鉄骨と位置を入れ替える事で被害そのものを逸らしている。しかも東堂は今や、“物”だけではなく概念的な座標すら把握し始めていた。呪力の流れ、衝撃の進行方向、熱量の拡散、空間の歪み、それら全てを瞬間的に演算し、不義遊戯によってズラしているのである。

 

 普通ならありえない。

 

 術式範囲、演算速度、判断能力、そのどれもが既に一級術師の枠を完全に超えていた。

 

 そして、その時だった。

 

 「貴様が悠仁の兄弟を騙る男だな」

 

 東堂の背後へ気配が現れる。

 

 濃い。

 

 血臭みたいな呪力だった。

 

 振り返った東堂の視線の先には、脹相、壊相、血塗の三兄弟が立っている。長兄たる脹相は腕を組んだまま東堂を睨み、壊相は何故か半身でポージングを決め、血塗はぴょこぴょこと飛び跳ねながら東堂を見上げていた。

 

 東堂は静かに口角を吊り上げる。

 

 「騙る?騙ってなどいないさ」

 

 その瞬間、東堂の筋肉が盛り上がった。夜風で学ランがはためき、その下にある異常な筋量が浮かび上がる。

 

 「俺と虎杖(ブラザー)は魂の兄弟ッ!!」

 

 「いや違うな」

 

 脹相が即座にビシッと東堂を指差した。

 

 「俺達が本当の兄弟だ!!!」

 

 「そうだそうだ!!」

 

 壊相がノリノリでポーズを決める。

 

 「兄弟!!」

 

 血塗が飛び跳ねる。

 

 東堂の眉がピクリと動き、脹相の額にも青筋が浮かぶ。両者の背後で呪力が膨れ上がり、空気が軋み始めた。

 

 意味が分からない。

 

 何故こんな状況でそんな話になるのかも分からない。

 

 本当に決めなくていいはずなのに、何故かこの場にいる誰一人として譲る気がなかった。高層ビル上では、“虎杖悠仁の本当の兄弟”という意味不明極まりない座を巡って、別方向に頭のおかしい戦いが……

 

 「行くぞ!」

 

 脹相が両掌を合わせる。

 

 合掌。

 

 その瞬間、周囲の空気が沈み込むように重くなった。脹相の掌内部で血液が超高速回転を始め、呪力による圧縮が一気に加速していく。通常の百斂とは明らかに違う。掌印そのものが変質していた。

 

 虎杖悠仁。

 

 渋谷事変後、存在しない記憶を共有し、弟として共に過ごした時間。あの数日間の中で脹相は虎杖と共に修行し、如来神掌という異常武術の理論と“流れ”を間近で見続けた。そして記憶世界の中で積み重なった濃密な修行時間は、現実換算すれば十年近い領域へ到達している。

 

 脹相は赤血操術へ、その技術を混ぜ込んだ。

 

 血液を単純加圧するのではない。

 

 呪力、圧力、回転、掌圧。

 

 それら全てを螺旋状に一点へ捻じ込み、物質そのものを極限圧縮していく。如来神掌が持つ“掌の中へ世界を収める”という異常思想を、脹相は赤血操術で再現し始めていた。

 

 掌が震える。

 

 否。

 

 掌の中の空間そのものが悲鳴を上げていた。

 

 圧縮された血液は既に液体ではない。赤黒い点となり、周囲光景を歪ませ始めている。その重力じみた圧縮現象に、周囲の瓦礫が小刻みに浮き上がり、ビル屋上へ亀裂が走った。コンクリート片がミシミシと音を立てながら捲れ上がり、空気が渦を巻くように脹相の掌へ吸い寄せられていく。

 

 羂索ですら、その現象を見た時には明確に顔を顰めていた。

 

 掌の中に宇宙の暴威を生み出す。

 

 それは術式としてあまりにも異端だった。

 

 「合掌百斂——『特異点』」

 

 脹相が低く告げる。

 

 瞬間、東堂葵の目が見開かれた。

 

 「その構え!!虎杖のものと似ているッ!!」

 

 看破は一瞬だった。

 

 東堂は脹相の掌印、呪力循環、重心移動、その全てを視認しただけで理解していた。あれを放たせれば危険だと。

 

 だから、即座に両掌を打ち鳴らす。

 

 パァン!!

 

 乾いた拍手音が夜空へ響いた。

 

 次の瞬間。

 

 脹相の顔色が変わる。

 

 「なにぃ!?」

 

 脹相が掌を開く。

 

 そこに存在していたはずの超高密度圧縮血液が消えていた。

 

 代わりに小さな石ころが収まっている。

 

 「俺の掌の中にあった血が消え……石ころに変わっている!?」

 

 脹相が即座に飛び退き、呪力感知を広げる。だが既に“特異点”は存在しない。東堂の術式によって入れ替えられていた。

 

 「兄者!?」

 

 「脹相!?」

 

 壊相と血塗が同時に叫ぶ。

 

 二人とも何が起きたのか理解できていなかった。東堂の術式は位置交換、その認識しかない彼らにとって、“掌の中に存在していた物質だけ”を抜き取って石ころと交換するなど意味不明にも程がある。

 

 だが東堂葵は胸を張っていた。

 

 むしろ誇らしげですらある。

 

 「フハハハハ!!今の俺の不義遊戯は“対象”の概念を拡張した!!万物には呪力が宿る!!ならば石ころも血液も、空気も瓦礫も、俺の拍手一つで踊るということだ!!」

 

 万物には呪力は宿っていない。

 

 だが東堂葵には関係ない。

 

 東堂にとって重要なのは、世界がどうなっているかではない。己がどう解釈するかだった。術式とは自己認識の反映。ならば東堂葵という男の異常な自己肯定と妄信的確信は、術式そのものを書き換える。

 

 「意味が分からん!!!」

 

 脹相が本気で叫ぶ。

 

 その隣で壊相が感動したように震えていた。

 

 「す、凄い……これが兄弟愛か……!」

 

 「東堂兄ちゃんすげー!!」

 

 血塗が飛び跳ねる。

 

 「兄ちゃんではないッ!!!」

 

 「そうだブラザーだッ!!!」

 

 脹相と東堂の怒声が完全に重なった瞬間、両者の呪力が同時に爆発的膨張を見せ、崩壊しかけていたビル屋上へ更なる亀裂が走った。床面が砕け、鉄骨が悲鳴を上げる。にも拘らず、誰一人として気にしていない。

 

 超常の存在達による人外決戦とは別方向に、あまりにも不毛で、だが本人達だけは至って本気な“虎杖悠仁兄弟決定戦”が、今まさに本格的に始まろうとしていた。




京都「え、今からでも入れる保険があるんですか!?」
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