杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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昭和58年、夏。
北海道の小さな港町・岩内に、突如として「ダンジョン」が現れた。
銃弾が通じない怪物。
戦車が入らない狭い通路。
物理法則すらねじ曲げる深淵。
自衛隊は三十階で足止めを食らい、
人類は絶望の淵に立たされた。
そんな中、七歳の少年・佐藤トオルが、
ダンジョンに飲み込まれた。
普通なら即死の150階。
そこに落ちたトオルが触れたのは、
遥か昔に封印された超魔導兵器――
杖と名乗る、意志を持つ存在、レディ・アヴァロン。
「トオルちゃん……君は、私を選んだのね」
その瞬間、少年の魂に眠っていた魔力が目覚めた。
それは、人類史上最大の魔法使いの才能だった。


杖くんと落ちた少年

昭和五十八年、七月の中頃。北海道の端っこの港町は、いつものように霧が濃かった。波止場の魚臭と、潮の匂いが混じり合って、鼻の奥までじんわりと染み込んでくる。町の外れにぽっかりと口を開けた穴――ダンジョンと呼ばれ始めた異界の入り口――は、すでに自衛隊のヘリが飛び交い、トラックが砂埃を巻き上げて往復する戦場と化していた。

佐藤トオル、七歳。黒髪を短く刈り込んだ頭は、ネギ・スプリングフィールドを日本人にしたような、すっとした目鼻立ち。少し細身で、いつも優しげな笑みを浮かべている少年だった。両親と姉と妹のいる、どこにでもあるような家族の末っ子。今日は、いつものように近所の路地で石蹴りをしていたはずだった。

なのに、突然だった。

目の前がぐにゃりと歪み、足元が消えた。落ちる。落ちる。落ち続ける。風が耳元で唸り、暗闇が渦を巻いて体を飲み込んだ。トオルは悲鳴を上げようとしたが、声が出なかった。ただ、胸の奥で「死にたくない」と繰り返していた。

どれだけ落ちたのか。時間も距離もわからない。やがて、どさりと硬い石の上に叩きつけられた。痛みはなかった。代わりに、肺の中の空気が一瞬で抜け、視界が白く霞んだ。

「……っ、は……はあ……」

息を吸う。生きている。生きている。

周囲は薄暗い。巨大な石の回廊。壁には苔のようなものがびっしりと生え、ところどころ青白い光を放つ結晶が埋まっている。空気は冷たく、重い。遠くで、何かが蠢く音がした。

トオルは這うようにして立ち上がった。膝が震える。怖い。怖い。でも、死にたくない。

その時、目の前に――それがいた。

一本の杖。長さはトオルの身長ほど。材質はわからない。銀とも白ともつかぬ、淡く輝く金属のようなもの。杖の先端には、複雑な紋様が刻まれた宝玉が浮かんでいる。まるで生きているように、微かに脈打っていた。

近づいてはいけない。そう直感した。体が拒否する。皮膚が粟立つ。だが、トオルは――手を伸ばした。

触れた。

瞬間、世界が反転した。

光が爆ぜ、魔力が奔流となってトオルの体を貫いた。痛みはなかった。代わりに、魂の底から何かが溢れ出した。膨大な、果てしない魔力。トオルの潜在能力が、封印を砕く鍵となったのだ。

杖が震えた。

『……あら?』

声がした。女の声。大人の、艶のある、どこか悪戯っぽい響き。

『こんな小さな子が、私の封印を解くなんて……ねえ、君、誰?』

トオルは杖を握りしめたまま、呆然と見上げた。

「僕……佐藤トオル……」

『トオルちゃん? ふふ、かわいい名前ね。私は――まあ、名前なんてどうでもいいけど……レディ・アヴァロン、なんて呼ばれてたわ。あなたには、杖くんでいいんじゃない?』

杖の宝玉が柔らかく光った。まるで微笑んでいるように。

トオルは目を丸くした。

「杖……くん?」

『そうよ。杖くん。気に入った? それとも、もっと可愛い呼び名がいいかしら?』

トオルは少し考えて、首を振った。

「杖くんでいいよ。……杖くん、僕、死にたくない。ここから、出たい」

杖くん――レディ・アヴァロンは、くすくすと笑った。

『死にたくない、か。素直でいいわね。……いいわよ、トオルちゃん。私、あなたのものになったんだから。あなたが望むなら、どんな魔法だって使わせてあげる』

トオルは杖をぎゅっと握った。冷たい感触が、なぜか安心感に変わる。

「本当?」

『本当よ。だって、あなたの才能……私を驚かせたんだもの。魔神だって封印した私を、こんな簡単に解き放つなんて。あなたは、きっと人類史上最大の魔法使いになるわ』

トオルは、ぽかんとした。

「魔法使い……?」

『そうよ。召喚も、破壊も、創造も、何だってできる。さあ、まずは生き延びましょうか。ここは150階。地上の連中がようやく20階に辿り着いたところよ。普通なら即死だけど、あなたは違う』

遠くから、咆哮が響いた。何かが近づいてくる。

トオルは震えた。

「怖い……」

『怖いなら、呼べばいいじゃない。あなたが大好きなヒーローを』

杖くんが囁く。

トオルは目を閉じた。心の中で、強く願った。

――仮面ライダー。来て。助けて。

魔力が奔流となって杖から迸った。空間が裂け、光の渦が生まれる。

「変身!」

二つの声が重なった。

赤いマフラー。緑の複眼。バッタの姿を模した鋼の体。

仮面ライダー1号。

そして、隣に立つ青い装甲の戦士。

仮面ライダー2号。

二人は、静かに立っていた。だが、その存在感は圧倒的だった。トオルの魔力によって強化され、現実の物理法則すらねじ曲げるほどの力を宿している。

1号が、低く言った。

「トオル。俺たちが守る」

2号が頷く。

「絶対に、死なせない」

トオルは涙目で二人を見上げた。

「ありがとう……ライダーさんたち……」

杖くんが、楽しげに笑う。

『ふふ、いいわね。ヒーロー召喚。あなたらしいわ、トオルちゃん』

回廊の奥から、怪物が現れた。巨大な、甲殃のような姿。銃弾すら通じない、ダンジョンの番人。

1号がステップを踏む。

「ライダーキック!」

跳躍。回転。赤い軌跡を描いて、怪物の胸に叩き込まれる。

爆音。衝撃波。怪物が粉々に砕け散った。

2号が、静かに拳を握る。

「まだ、まだ来るぞ」

トオルは、杖を握りしめたまま、二人の背中を見つめた。

「僕も……戦うよ」

杖くんが、優しく囁く。

『もちろんよ。あなたは、もう逃げなくていいの。私がついてる。ライダーさんたちも、ついてる』

トオルは頷いた。

「うん……帰ろう。家に。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、妹に……会いたい」

杖くんが、柔らかく光る。

『ええ、帰りましょう。150階から、地上まで。どんな怪物が来ようと、どんな絶望が待っていようと……私たちは、絶対に負けないわ』

1号が振り返る。

「行くぞ、トオル」

2号が続ける。

「俺たちの、戦いが始まる」

トオルは、深呼吸した。

「うん……行こう」

少年と、超魔導兵器の杖と、二人の仮面ライダー。

四つの影が、暗闇の回廊を進み始めた。

150階から、地上へ。

それは、まだ始まったばかりの、途方もない旅の第一歩だった。

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