杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと高級食材の市場

北海道の端っこの港町に位置する自衛隊基地は、すでに「新種食材の一大市場」として、全国、いや世界的に知られるようになっていた。霧の濃い朝、基地の正門前には、冷凍トラックが列をなし、荷下ろしを待つ業者の姿が絶えない。東京の一流料亭の仕入れ担当、フランスの三ツ星レストランのバイヤー、ニューヨークの高級肉卸し業者までが、機密保持契約書にサインをしながら、息を潜めて並ぶ。

トオルが毎日持ち帰る食材の量は、トオルから見れば「わずか」だ。ダンジョンサーモンなら数百キロ、ダンジョンボアの肉なら一トン前後、あばれうしどりの霜降り肉に至っては、せいぜい二、三百キロ。だが、その「わずか」が、市場に投下されるや否や、即完売する。競りではなく、先着順の抽選販売。抽選に当たった業者は、まるで宝くじに当たったような顔でトラックに積み込む。

特に、あばれうしどりは異常だった。牛の頑丈さと鳥のジューシーさを併せ持つ肉は、脂の甘みが舌に残り、焼けば溶けるように柔らかく、煮込めば旨味が染み出す。海外のバイヤーたちは「これは革命だ」と口々に言い、契約書に高額のサインを連ねる。パリの高級レストランでは「Aobare Ushidori」と表記され、一皿数万円のコースに並ぶ。ニューヨークのステーキハウスでは「Hokkaido Phantom Beef」として、予約が半年待ちになる。

トオルは基地の休憩室で、杖くんを抱えてその話を聞いた。新聞の切り抜きを広げ、ぽつりと呟く。

「僕、安くみんなに食べてもらいたいのに……」

杖くん――レディ・アヴァロンは、銀髪を優しく揺らし、いたずらっぽく微笑んだ。

『トオルちゃんの気持ちはわかるわ。でも、そうすると畜産業が潰れちゃうもの。牛さん、豚さん、鶏さんを育ててる人たちが困っちゃう。だから、高級食材として扱うしかないのよ。あなたが毎日採ってくるからこそ、価値があるの』

トオルは頷きながらも、少し寂しげに目を伏せた。

「うん……わかってる。でも、炭治郎さんのおうちの人たちみたいに、みんなが笑顔で食べられたらいいなって」

売り上げは、厳密に管理されていた。税金を引かれた純利益が、トオルの名義の口座に振り込まれる。金額は七歳児の想像を遥かに超えていたが、トオルはほとんど使わない。基地内の売店でアイスを買うくらいで、あとは「家族に会えたら……」と、心の中で温めているだけだ。

その結果、この基地は日本で一番食事が美味しい自衛隊基地になっていた。食堂のメニューは、毎日変わる。朝はダンジョンサーモンの塩焼きと味噌汁、昼はダンジョンボアのステーキ丼、夜はあばれうしどりのすき焼き。隊員たちは箸を止めることなく、満足げに頰を緩める。

煉獄杏寿郎は、食堂のテーブルで大口を開けて笑った。

「うむ! 今日のあばれうしどり、絶品だ! トオル、よくやったぞ!」

胡蝶しのぶは優雅に箸を動かし、微笑む。

「ふふ、こんなに美味しいお肉を毎日食べられるなんて、贅沢ですわね。トオルくんのおかげです」

胡蝶カナエは穏やかに頷き、

「あらあら、みんな幸せそう。トオルくん、ありがとうね」

竈門炭治郎は静かに一口味わい、目を細める。

「本当に……家族に食べさせてあげたいな。またトオルくんに頼もうかな」

我妻善逸は冷静に分析しながら、

「栄養価も抜群です。これだけ食べ続けたら、隊員の体力も上がりますよ」

嘴平伊之助は豪快に頰張り、

「うめえ! もっと食いてえ! トオル、明日も頼むぞ!」

トオルは食堂の隅で、みんなの笑顔を見ながら小さく微笑んだ。仮面ライダー1号が静かに立って見守り、デスナイトが無言で頷き、エルダーリッチが「主よ、汝の恵みは広まっている」と静かに語る。妖精たちは光を散らし、食堂全体を優しく照らす。

杖くんがトオルの耳元で囁く。

『トオルちゃん、見て。あなたの優しさが、みんなの食卓を豊かにしてるわ。安くしなくても、こうして笑顔が広がってる』

トオルは杖をぎゅっと握り、頷いた。

「うん……僕、もっと採ってくるよ。みんなが、毎日おいしいって思えるように」

外では、霧の向こうにダンジョンの入り口がぽっかりと口を開けている。トラックが次々と基地を出発し、新種食材を全国、いや世界へ運ぶ。

高級食材の市場は、七歳の少年の心から生まれた。

人類史上最大の魔法使いは、今日も深淵へ向かう。

それは、ただの食材ではなく、笑顔と希望の贈り物だった。

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