杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地のトオル専用研究室は、夜遅くまで柔らかな灯りが灯っていた。
机の上には、厚いノートが何冊も積まれている。表紙にはトオル自身が丁寧に描いたタイトル――『ダンジョン怪物図鑑』。
中身は、トオルが出会ったモンスターのすべてが、事細かに記されていた。
名前、全長、体重、特徴、食用かどうか、習性、危険度……そして、トオルが自分で描いた可愛らしいイラスト。
ゴブリンの小さな体型、ホブゴブリンの筋肉質な姿、ゼノモーフの黒い外殻、ティガレックスの獰猛な顔……どれもが、少年らしい柔らかなタッチで生き生きと描かれている。
トオルは杖くんを膝に置き、ペンを走らせながら真剣に書いていた。
「このエルダーゴブリン種は……知能が人間以上で、魔法も使えるから要注意だね。
習性は……群れで連携して罠を張る……」
杖くんが、銀髪を優しく揺らしながら、ノートを覗き込んだ。
『トオルちゃん、すごいわね。
もう数百種を超えてるのに、まだ毎日新しいページを増やしてる。
これ、日本政府にも毎日新しい情報が届いてるんでしょう?』
トオルは小さく頷いた。
「うん。政府の人に『みんなが安全になるように』って渡してるんだ。
生態系も違う生き物が、なんでこんなにダンジョンにいるんだろう……不思議だよね」
コッコロが隣の椅子に座り、トオルの肩にそっと手を置いた。
「トオル様……この図鑑は、本当に素晴らしいです。
私たちエルフも、知らないモンスターがたくさん書いてあります」
そのノートは、すでに日本政府の生物学者チームにコピーされ、新たな「ダンジョン生物学」として研究されていた。
数百種を超えるモンスターのデータは、日々増え続け、科学者たちは徹夜で解析を進めている。
ある研究室では、生物学者がノートを広げて興奮していた。
「この老竜の血の成分……癌治療に応用できる可能性が!
鱗の構造も、ミスリルに匹敵する……」
別の学者が、トオルの可愛らしいイラストを見て微笑んだ。
「少年が描いた絵なのに、こんなに正確……。
生態系が違う世界の生き物が、なぜ一か所に集まっているのか……これこそが、ダンジョンの最大の謎だ」
トオルは、そんな研究者たちの熱狂を知らずに、ノートに新しいページを加えていた。
「次は……五十階で見たティガレックスだね。
あれは本当に強かった……」
杖くんが、トオルの頭を優しく撫でた。
『トオルちゃん……あなたが書いたこの本が、世界中の科学者を動かしてるわ。
でも、あなたはただ「みんなが安全になるように」って思ってるだけ。
それが、一番素敵なことよ』
基地の外では、秋の風が吹き始めていた。
ガンダムとザクが広場に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
トオルは、ノートを閉じながら小さく微笑んだ。
「みんなが、怖がらないように……もっと書くよ」
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、深淵の秘密を、静かに記録し続けていた。
霧の港町は、少年の図鑑と、世界の好奇心に包まれながら、輝き続けていた。