杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
北海道の端っこの港町、佐藤家の小さな一軒家。
雪が静かに降り積もる中、玄関のチャイムが鳴った。
美恵子がドアを開けると、そこに立っていたのは二つの異形の影だった。
一人は、紫がかったラベンダー色の髪を長く伸ばした少女。
白い鎧に身を包み、背中には巨大な盾を背負っている。
マシュ・キリエライト。
穏やかな青い瞳が、優しく微笑む。
もう一人は、黒い忍装束に覆面を被った男。
覆面には赤い文字で「忍殺」と書かれ、冷たい威圧感を放っている。
ニンジャスレイヤー。
無言で、しかし静かに佇む。
美恵子は一瞬息を飲んだが、すぐに理解した。
トオルの手紙で、よく聞く名前だ。
「……トオルから、ですか?」
マシュが柔らかく頷き、丁寧に頭を下げた。
「はい。トオルくんから、クリスマスプレゼントです。
今日はダンジョン探索で来られなかったので、私たちが代わりに持ってきました」
ニンジャスレイヤーが、低く、しかしはっきりとした声で言った。
「ドーモ。
トオルは来れない。
だが、彼の魂は常に家族の元にある」
そう言って、二人は大きなクーラーボックスを玄関に置いた。
中を開けると、父・健一の目が大きく見開かれた。
「……これは」
老竜の肉――約五十キロ。
鮮やかな赤身に、驚くほどの脂の霜降り。
ダンジョンサーモンの巨大な切り身、ダンジョンボアの塊肉、あばれうしどりの霜降り、軍隊ガニの甲羅割り……。
どれもが、市場でさえ滅多に見かけない逸品ばかりだった。
母・美恵子は涙ぐみながら、クーラーボックスに触れた。
「トオル……こんなにたくさん……」
姉・あかりは、クーラーボックスの中から小さな箱を取り出した。
中には、妹・みゆきと自分宛のプレゼント。
可愛らしい髪飾りと、手作りの小さなぬいぐるみ。
トオルの字で書かれたカードが添えられている。
「お姉ちゃん、みゆきへ。
クリスマスおめでとう。
早く会いたいよ。
トオル」
みゆきはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、目を潤ませた。
「お兄ちゃん……」
美恵子は涙を拭い、二人の使者に頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に、ありがとう」
マシュは優しく微笑み、
「トオルくんが、一番に家族のことを思っています。
だから、私たちも……こうして来ました」
ニンジャスレイヤーは覆面の下で静かに頷いた。
みゆきが、突然マシュの髪に手を伸ばした。
「わあ……きれいな髪色……紫みたい」
マシュは少し驚いたが、優しく頭を下げて触らせた。
「どうぞ。
触っても、いいですよ」
みゆきはそっと髪を撫で、目を輝かせた。
「ふわふわ……!
マシュお姉ちゃん、盾大きいね。
重くないの?」
マシュは笑って、背中の巨大な盾を軽く持ち上げてみせた。
「これ、ガラハッドさんの力があるから、重くないんです。
トオルくんを守るために、いつも持ってるんですよ」
みゆきは次に、ニンジャスレイヤーの覆面に視線を移した。
赤い文字で「忍殺」と書かれたメンポに、興味津々。
「おじさん……それ、なんて書いてあるの?」
ニンジャスレイヤーは、低く答えた。
「ドーモ。
『忍殺』……ニンジャを殺す、ということだ」
みゆきは目を丸くしたが、すぐに笑った。
「かっこいい! 忍者さんなんだ!」
ニンジャスレイヤーは覆面の下で、わずかに目を細めた。
復讐鬼の瞳に、珍しく温かさが混じる。
「……ドーモ。
子供には、優しくする」
美恵子は涙を拭いながら、二人の使者に頭を下げた。
「トオルに……ありがとうって伝えてください。
家族みんな、元気で待ってますって」
マシュは深く頭を下げた。
「はい。
必ず、伝えます」
ニンジャスレイヤーも、静かに頭を下げた。
「ドーモ。
トオルの魂は、常にここにある」
二人は静かに去っていった。
雪の降る夜道を、ゆっくりと。
佐藤家の居間では、家族がプレゼントと食材を囲んでいた。
みゆきはぬいぐるみを抱きしめ、あかりは髪飾りを付け、健一は老竜の肉を眺めながら、静かに涙を拭った。
美恵子は家族を見回し、優しく言った。
「トオル……来年は、みんなで一緒にクリスマスしようね」
雪の降る岩内では、トオルが基地の窓から空を見上げていた。
杖くんを抱きしめ、優しく呟く。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、みゆき……クリスマスおめでとう」
杖くんが耳元で囁いた。
『トオルちゃん……家族に、ちゃんと届いてるわ。
あなたの気持ちが、雪に乗って飛んでいくのよ』
家族の笑顔と、少年の祈りが、雪の夜を優しく繋いでいた。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、遠く離れた家族に、静かにクリスマスの贈り物を届け続けていた。
霧の港町は、雪と温かな想いに包まれながら、静かに輝き続けていた。