杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
北海道の片田舎だったあの港町は、もはや「ただの漁村」ではなかった。霧の立ち込める波止場は、毎日大型の冷凍トラックと海外からのコンテナ船の影で埋め尽くされ、町の外れにぽっかりと口を開けたダンジョンの入り口は、世界中から集まる人々の視線を集めていた。
自衛隊基地の正門から続く一本道は、かつては砂利道に過ぎなかった。それが今ではアスファルトで舗装され、両側に次々と宿泊施設が建ち並んでいる。仲買人用の簡易宿から始まり、徐々に鉄筋コンクリートのビジネスホテル、海外バイヤー向けの少し高級な旅館へと変わっていった。毎朝、電話のベルが鳴り響く。東京の料亭、フランスのパリから来たシェフの代理人、ニューヨークの肉卸し業者が、基地の担当者に連絡を入れるのだ。
「今日のあばれうしどり、入荷しますか?」「ダンジョンサーモン、何キロですか?」「ドスファンゴの肉、優先で回せませんか?」
そんな声が、基地の通信室から町中に漏れ聞こえる。世界的に有名なシェフたちが「新鮮な異界食材で料理をしたい」と、基地のすぐ近くにレストランを開業し始めていた。白い壁にシンプルな看板。店内は昭和の木のテーブルと椅子だが、厨房からは世界最高峰の香りが漂う。フランス料理の巨匠がダンジョンボアの赤身をフォアグラ風に仕立て、イタリアの名シェフがダンジョンサーモンをカルパッチョにし、日本の割烹の主人があばれうしどりのすき焼きを極上の出汁で煮込む。
その料理を目当てに、世界中の食通たちが北海道へ飛んでくる。ニューヨークの美食家、ミラノの貴族、パリの批評家。宿泊施設はいつも満室で、町の人口は一気に三倍近くに膨れ上がっていた。
宿泊施設だけではない。トオルが毎日持ち帰る鉱石――マカライト鉱石とドラグライト鉱石――をいち早く入手するため、鉄鋼業の大手が支社を建て、自動車産業のメーカーが工場用地を確保し始めた。かつての漁師小屋の跡地に、鉄骨の骨組みが次々と立ち上がり、溶接の火花が夜空を照らす。港も拡張工事が始まっていた。大型船が横付けできる岸壁を新設し、クレーンを据え付け、コンテナヤードを整備する。漁船と並んで、海外からの貨物船が停泊する姿は、もう日常になっていた。
小さな港町は、食と鉱の街へと生まれ変わっていた。
基地の食堂で、トオルはその話を聞いた。新聞の切り抜きを広げ、炭治郎が静かに読み上げてくれる。
「トオルくん……町が変わったね。君のおかげだよ」
トオルは杖くんを膝に置き、少し困ったような笑顔を浮かべた。
「僕、ただ採ってきただけなのに……みんなが喜んでくれるのは嬉しいけど、でも……安く食べてもらえたらもっとよかったのに」
杖くん――人の姿のレディ・アヴァロンは、銀髪を優しく揺らし、いたずらっぽく微笑んだ。
『トオルちゃんの気持ちはわかるわ。でも、そうしないと他の人たちが困っちゃうもの。畜産も、鉄鋼も、みんな生きてるんだから。高くても、こうして世界中から人が来て、町が賑やかになる……それも、あなたの優しさがもたらした奇跡よ』
煉獄杏寿郎が、隣のテーブルで大口を開けて笑う。
「うむ! この基地の食事は日本一だ! しかも町全体が活気づいている! トオル、君はもう英雄だぞ!」
胡蝶しのぶが優雅に紅茶を啜りながら、
「ふふ、海外のシェフさんたちが『ここでしか味わえない』って言ってますわ。トオルくん、すごい影響力です」
胡蝶カナエが穏やかに頷き、
「あらあら、宿泊施設がいっぱいで、漁師さんたちも喜んでるわ。港の工事も進んでるし……トオルくんのおかげね」
竈門炭治郎は新聞を畳み、静かに微笑んだ。
「家族からも手紙が来たよ。『サーモン、美味しかった。またトオルくんにありがとうって伝えて』って。町が変わるのを見て、僕も嬉しい」
我妻善逸は冷静にデータをまとめ、
「経済効果もすごいです。税収が増えて、国も喜んでます」
嘴平伊之助は豪快に肉を頰張りながら、
「うめえ! もっと採ってこい! この町、俺たちの町だぞ!」
トオルはみんなの顔を見て、胸が温かくなった。仮面ライダー1号が静かに立って見守り、デスナイトは無言で頷き、エルダーリッチが「主よ、汝の恵みは世界に広がっている」と低く語る。妖精たちは光を散らし、食堂を優しく照らす。
外では、霧の向こうに新しく建った高級レストランの明かりが灯り、港の工事音が遠く響く。仲買人たちが電話を握り、世界中の食通たちが飛行機を降り立つ。
小さな港町は、もう昔のままではなかった。
だが、トオルは杖をぎゅっと握り、静かに呟いた。
「僕、もっと頑張るよ。みんなが笑顔でいられるように……」
杖くんが、トオルの頰にそっと手を当てた。
『ええ、そうよ、トオルちゃん。この街は、あなたの心そのもの。食と鉱と、希望で満ちてるわ』
少年と超魔導兵器の杖と、ヒーローたちと軍勢は、再びダンジョンの入り口へ向かう。
世界が変わり始めたのは、七歳の優しい少年が、ただ「みんなに美味しいものを」と願ったからだった。
食と鉱の街は、今も霧の中で輝き続けている。
人類史上最大の魔法使いの物語は、地上にも広がり始めた。